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2015/01/08

NHKは「番宣」をやめろ

NHKは毎年恒例のように年末になると「紅白歌合戦」の番組宣伝をくりひろげる。大晦日が近づくにつれてその量は増し、当日は朝から放送直前まで繰り返される。ニュース番組の中でさえ行うのだから呆れるしかない。
そしてその「紅白歌合戦」自体が他のNHK番組の「番宣番組」と化している。NHK連続テレビ小説や大河ドラマの出演者を司会や審査員に起用し、おかげで下手な司会やくだらないコントに視聴者は付きあわされる羽目になる。NHK最大の看板番組の司会にわざわざ素人を起用する神経を疑う。
その結果は歌番組だかバラエティだか分からぬような中途半端な内容になってしまった。
それもこれも、NHKが「番宣」に拘っているからだ。

番組宣伝とは、特定の番組の視聴率・聴取率を上げるために行う宣伝、広告活動である。
民放の場合は広告収入で経営を維持せねばならないので、視聴率が局の収入に直結する番組の宣伝・広報活動を行うことは理解できる。
しかしNHKは事情が全く異なる。半ば強制的に受信料を聴取しているので、視聴率と局の収入とは無関係だ。毎年「紅白」の視聴率が何パーセントだったという数字が出ているが、それでNHKの収入が左右されたという話は聞いたことがない。
問題は逆で、他の民放と違って視聴率に惑わされず放送すべきことを放送できるのがNHKの特質ではないか。その公共性を認めているから視聴者はイヤイヤながら受信料を支払っているのだ。
そこをはき違えている。
あの「番宣番組」の制作料も我々の受信料から支出されている。なんの意味もないムダな費用を使うのなら、その分受信料を引き下げて欲しい。

お笑いコンビの爆笑問題がラジオ番組内で、NHKのお笑い番組に出演したさいに、事前に用意した政治ネタをボツにされていた事を明らかにしたとある。放送前に番組関係者に対し事前に「ネタ見せ」をしたところ、政治家のネタについては全て放送できないと言われてそうだ。太田光は「これは政治的圧力でなく局側の自粛だ」と語っているが、それが怖いのだ。
報道する側が自粛する、あるいは自粛せざるを得ない状況に追い込んでおけば、別に圧力なんぞかける必要がなくなる。
最近のNHKのニュース番組を見ていても、安倍首相の「お友だち」らを会長や理事に送りこんだ効果が次第に顕著になりつつある印象を受けている。
安倍政権への「番宣」だけはゴメンだぜ。

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コメント

松陰好きな安倍にゴマをするために大河ドラマに松陰を取り上げたのは籾井会長の干渉、内部では騒動が起きているのを週刊文春がスクープしようとしたのを自民党がもみ消した。そのため新聞広告が今日にずれ込んだ。
真偽のほどは分かりませんが、あり得ると思わせるのが昨今のNHKです。

佐平次様
安倍ゴマスリドラマなんて、冗談いっちゃいけねぇ。籾井のやりそうな事ですね。

私も爆笑問題について書きましたが、NHKの“自粛”“自主規制”は恐いですね。
制作の現場から、今後優秀な人材から先にいなくなりそうな気がします。
残るのはイエスマンばかり・・・・・・。
大河は、これからどれだけ史実を捏造するのか、ある意味で興味はありますが、きっと近いうちに見るのも嫌になると思います。
今夜もBSで松陰をやってましたが、素直な気持ちで見ることはできません。
ますます、昔の池波ものを見る機会が増えそうです^^

小言幸兵衛様
今回の一連の報道を見ると、NHKの制作サイドでは上の意向に従って自主規制する体制が出来つつある気がします。ジャーナリストとしては自殺行為です。
政治風刺を止めるということは、体制に従えと同意語です。

番宣や映画の宣伝ばかりでうんざりしました。
純粋な歌合戦じゃないなら紅白はもういらないです。

あい様
歌より番宣、出場歌手よりゲストを重視、それも毎年その傾向が強まる、こんな紅白は不要です。

歌で男女の勝ち決めるのは、間違いです。
次の年の世界の希望、どうですか

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