古典芸能の入門書にも『桂吉坊がきく 藝』
桂吉坊(著)『桂吉坊がきく 藝』(ちくま文庫 2013/06/10初版)
以前に佐平次さんのサイト「梟通信~ホンの戯言」で紹介されていたもので、遅ればせながら読了。
タイトルにあるように上方落語の若手・桂吉坊が、各分野の大御所たちに芸の神髄を聞くという対談集だ。
対談の顔ぶれは次の通りで各界のトップクラスが名を連ねている。この対談から数年経て、既に数名の方が鬼籍に入ってしまった。そういう意味では貴重な著作である。
小沢昭一(俳優)
茂山千作(狂言師)
市川團十郎(歌舞伎俳優)
竹本住大夫(文楽大夫)
立川談志(落語家)
喜味こいし(漫才師)
宝生閑(能楽師)
坂田藤十郎(歌舞伎俳優)
伊東四朗(喜劇役者)
桂米朝(落語家)
桂吉坊、師匠は故桂吉朝で、桂米朝の孫弟子にあたる。数年前に一度高座を見たきりだが、童顔で少年のような風貌だった。本書中に対談した方々とのツーショットが掲載されているが、まるで祖父と孫のようだ。
吉坊はそうした外見にかかわらず、古典芸能の各分野にかなり精通していることが本書から窺える。落語は歌舞伎はもちろん、能や狂言、浄瑠璃(義太夫)などから題材を得た演目も多い。従って古典落語をきちんと演ろうとすれば、そうした様々な分野の素養が求められる。
しかし現実はどうだろう、そうした努力を意識的に続けている落語家は少ないのではなかろうか。吉坊がここ数年でいくつかの賞を受賞しているのは鍛錬の成果だろう。
本書を読んで先ず驚くのは、大御所たちが孫ほど年が違う若手落語家に対し、実に丁寧に応対していることだ。やはり一流の人物というのは人間的にも優れていることを改めて感じる。
対談の中でまだバイト時代の伊東四朗が脚本を書いて、2代目尾上松緑を訪ねて歌舞伎座の楽屋に押し掛けたところ、入り口で番頭さんに追い返されそうになっていた。そこへ奥から松緑が出てきて部屋に上げ、台本を見て女形の部分を他の役者をよんで読ませたりと、丁重に扱ってくれたというエピソードが紹介されている。伊東自身も自分が松緑だったらああいう真似は出来ないと言っているが、戦後を代表する歌舞伎役者の偉大さを物語っている。
團十郎や藤十郎との対談では、東西の歌舞伎の違い、江戸は型(成田屋や音羽屋といった伝統の)を重視
するが、上方は型より役者本人の工夫で演じるという。演出も上方はリアルで、忠臣蔵の6段目で猟から戻った勘平が東京では衣装を着替えるが、上方ではそのままの衣装でいる。勘平の腹切りも東京では正面を向いて切るが、上方では部屋の隅で背中を向けて切るといった違いがあるようだ。
團十郎を襲名してからやはり大名跡に相応しい演技をと心がけていたら、あるとき楽屋から出たら知らないおばさんが立っていて、「あなたは自分で縛っているんじゃないですか」と声をかけられ、ハッと気が付いたと述べている。世の中には凄いファンもいるものだ。
竹本住大夫は浄瑠璃を語って66年、ほとんど休演したことがないと。「少々、熱が出ようが、下痢しようが、休んだらあきまへん。悪いコンディションの時に舞台に出て、そこを抜けつくぐりつ、声の使い方を勉強してきまんねん」。落語家の中には、今日は風邪気味だの高熱が出たのと言い訳をするのがいるが、プロだったら住大夫の言葉を噛みしめて欲しい。
談志が軽い噺ほど難しいと語り、究極の落語は『あくび指南』だと。米朝は『つる』という噺に落語の基本が全て入っているという。逆に『たちきれ線香』なんて誰でも出来ると、これは米朝も談志も一致した意見のようだ。この辺りは聴き手と演者とでは違いがあるのかな。
かくのごとく、それぞれの分野の超一流の人たちが、吉坊相手に懇切丁寧に芸談を語っているので、古典芸能への恰好の入門書ともなっている。
関心のある方へはお薦めの一冊だ。
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コメント
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この本、私もブログで書いたことがありますが、いいですよねぇ。
特に“甲子園球児”だった住大夫の話が印象的でした。
吉坊の勉強家ぶりも結構だと思います。
投稿: 小言幸兵衛 | 2015/01/13 21:33
小言幸兵衛様
そうでした、幸兵衛さんも書いておられましたね。幸兵衛さん、佐平次さん、私と、同じ本を読んでもそれぞれ印象に残る所が違っているのは面白いです。
投稿: ほめ・く | 2015/01/13 23:19
もう忘れていることばかり、おかげで二度読んだ気になりました。
投稿: 佐平次 | 2015/01/14 10:57
佐平次様
あの対談に登場した大御所たち、彼らの青春期は古き良き時代でもあったんだと、羨ましくもなりました。「チョッといい話」満載でしたね。
投稿: ほめ・く | 2015/01/14 15:29