警察も検察もウソをつく!「殺人犯はそこにいる」
清水潔(著)「殺人犯はそこにいる-隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」(新潮社 2013/12/18初版)
警察はウソをつく。いや警察だけではない、検察もウソをつく。そして刑事事件ではほぼ100%に近い確率で裁判所は有罪判決を出す。新聞など大手メディアは独自の取材をすることなく、そのまま報道する。これが冤罪事件を生む構図であり、恐らくはこれからも正される事は無いだろう。
「足利事件」で犯人とされた菅家利和は、裁判になればきっと大岡越前守のような人は現れて自分は無罪になると信じていたそうだが、最高裁で無期懲役が確定し刑務所に服役、釈放されたのは再審決定した17年後だった。DNA再鑑定の結果、菅家は犯人では有り得ないという結論になったにもかかわらず、現在も足利県警の警察官の間では「あいつがやった」と言われているのだそうだ。
「免田事件」で死刑判決が確定し、その後の再審で無罪判決を勝ち取った免田栄が釈放されたのは逮捕から34年後だった。免田の場合も周囲の偏見から地元にいられず他地域に引っ越している。
このように警察や検察から一度犯人とされてしまうと、仮に無罪となった場合でも安穏に暮らせないという不条理な状況が生まれている。
1年以上前に出版され評判をよんだ本だが、娘から勧められてようやく読了したのだが、本書を読んで先ず感じたのは、そうした怖ろしさだ。
著者の清水潔はかつて「桶川ストーカー殺人事件」の報道で真犯人に迫り、捜査を渋っていた警察もようやく動き出して犯人を逮捕した。この時なぜ警察の腰が重たかったかというと、事件が起こる以前に被害者やその家族に対するたび重なる脅迫行為に対し警察に告訴状を提出していたにも拘らず、警察はこの内容を改ざんし被害者に対して告訴状そのものを取り下げるよう要求していた。警察はこうした不正や不手際が明らかになるのを恐れて捜査を渋っていたことが後に判明する。
その清水潔が日テレの報道記者として挑んだのが「北関東連続幼女誘拐殺人事件」だ。栃木県を群馬県との県境付近の直線距離でいけばわずか20㎞の範囲で起きた幼女ばかり狙った誘拐殺人事件だ。
1979年 栃木県足利市 福島万弥ちゃん 5歳 殺害
1984年 栃木県足利市 長谷部由美ちゃん 5歳 殺害
1987年 群馬県尾島町 大沢朋子ちゃん 8歳 殺害
1990年 栃木県足利市 松田真美ちゃん 4歳 殺害
1996年 群馬県太田市 横山ゆかりちゃん 4歳 行方不明
この5件には次のような共通項がある。
・幼女を狙った犯罪である
・3件の誘拐現場はパチンコ店
・3件の遺体発見現場は河川敷の葦の中
・事件のほとんどは週末などの休日に発生
・どの現場でも泣く子どもの姿h目撃されていない
以上のことから、清水記者は同一犯による連続殺人事件という見立てを行った。
ところが、この仮説には重大な欠陥があった。1990年の松田真美ちゃんの事件では既に犯人として菅家利和の無期懲役が確定していたのだ。決め手は「DNA型鑑定」の一致と「自供」である。しかし菅家は一貫して無罪を主張していて再審請求も行っていた。自供は強制されたものであり、DNA型については再鑑定を主張していたのだ。
真実はどうなんだろうと、著者は裁判資料を取り寄せて中身を検討するとともに、何度も事件現場や遺体発見現場に足を運び、遺族や周辺の人たちにインタビューしていく中で、次第に警察の捜査に疑問を抱くようになる。
先ず科警研による「DNA型鑑定」だが、当時の鑑定方法は不十分な点が多いことが判明しており、菅家受刑者が主張している再鑑定には根拠がある。「自供」に基づき現場での再現実験を行ったところ、自供通りに犯行を行うことは極めて困難であることが確認できた。さらに事件当日の目撃証言の中で有力と思われる二人の証言では犯人は菅家とは別人であることを示唆していて、なぜか警察はこの証言を切り捨てていた。
また警察は菅家の逮捕時に、「無職」で「隠れ家」を持ち「ロリコンビデオ」を多数保有と公表していたが、菅家は幼稚園の送迎バスの運転手をしていたが警察が園に聞き込みにいったため解雇されて「無職」になっていたこと、仕事のために実家を出てアパートを借りていたのを「隠れ家」とされたこと、「ロリコンビデオ」にいたっては1本も持っていなかった事も確認された。無理に犯人に仕立てるためには、警察はこういうウソも平気で付くのだ。
こうしたなかで、遂に菅家の再審請求が認められ、決め手となったDNA型の再鑑定が行われて被害者に付着していたものと菅家のDNA型が異なることが判明し、自供も警察の誘導であると判定されて裁判で無罪が確定する。ただこの期に及んでも警察と検察は逮捕時のDNA型鑑定の誤りを認めず、あくまで新しい(技術的に進歩した)鑑定法で差異が認められたという立場に固執する。
では、真犯人は誰なのかという、「北関東連続幼女誘拐殺人事件」としては降り出しに戻ったわけだ。実は著者らがいわゆる「足利事件」の調査を行っていた段階で、有力な犯人像が浮かんでくる。その「ルパン3世」に似た男について行動観察や周囲の証言から犯人である可能性が高いと見た著者らは、この男のDNA型の検査を専門家に依頼すると、「足利事件」の付着物とピタリと一致した。
警察にこの情報を提供し、国会でもとり上げられ首相や大臣らから捜査に前向きの答弁を引き出すが、警察も検察も動かない。真犯人の捜査より自分たちのメンツを優先させているのだ。これは「桶川ストーカー殺人事件」と全く同じ構図である。
もう一つの大きな理由としては、「足利事件」と同様に無罪を主張し、DNA型の再鑑定による再審を請求していながら、既に死刑が執行されてしまった「飯塚事件」の存在だ。処刑された久間三千年(みちとし)も有罪の決め手は「足利事件」と時と同じ方法による科警研のDNA型鑑定だった。万一、DNA型の再鑑定により冤罪であることが判明した場合には、無罪の人間に対し国家が殺人を犯したことになり、これだけは絶対に避けたいのだ。
これらの理由により「北関東連続幼女誘拐殺人事件」の真犯人に対する捜査は未だに行われていない。
本書からは著者の怒りが溢れ出ている。
刑事事件の捜査の在り方や司法の現状を考えるために、ご一読を薦めたい。
(文中敬称略)
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