名詩の超訳
昨日はよみうり大手町ホールでの「桃月庵白酒独演会」に行く予定が野暮用で行かれず、娘に譲ってしまった。夕方娘から「すごく良かったわよ」という電話があった。1月に「桂文枝独演会」を自分で観に行って(よせばいいのに)ガッカリしてきた気分を取り返したようだ。『明烏』『芝浜』『不動坊』と後タイトルが分からなかったのを加えて4席演じたそうだが、全て良かったと言っていた。初めて聴いた白酒にすっかり感心し「将来は人間国宝かもね」と言うから、「品が無いからムリだろう」と答えてやった。
名詩の超訳としては、「サヨナラダケガ人生ダ」で夙に知られる漢詩「勧酒」の井伏鱒二訳が有名だが、同じ井伏の訳で高適の「田家春望」の名訳もある。田舎の春景色を詠ったもので立春を過ぎたこの季節にピッタリだと思う。
出門何所見
春色満平蕪
可嘆無知己
高陽一酒徒
読み下し文ではこうなる。
門を出て何の見る所ぞ
春色 平蕪に満つ
歎んず可し知己無なきを
高陽の一酒徒
(平蕪:雑草の生い茂った平地、高陽:河北省保定県内の地名、酒徒:飲んだくれ)
井伏鱒二の超訳ではこうなる。
ウチヲデテミリャアテドモナイガ
正月キブンガドコニモミエタ
トコロガ会ヒタイヒトモナク
アサガヤアタリデオホザケノンダ
「高陽の一酒徒」を「阿佐ヶ谷あたりで大酒飲んだ」とは大胆な訳だが、何となく気分は分かる。
月刊誌「図書」2015年1月号に池澤夏樹の「詩人の中のいちばんの悪党」という文章が掲載されているが、この中でフランソワ・ヴィヨンの「老婆が その青春の月日の去ったのを 惜しんで」という詩を、鈴木信太郎が訳したものを紹介している。美人が老いての嘆きを詠ったものとされる。原文は不明だが訳詩は次の通り。
すんなりとした優雅な撫(なで)肩(かた)
あの長い腕、可愛らしい手
乳房は小さく 臀(ゐさらひ)は豊かな肉附
盛上り、座りがよろしく、恋愛の
晴の勝負の道場に相応(ふさ)うた舞台
あの広い腰、がつしりとした
太腿の上に座った、小庭の奥の
筑紫つび、今はどうなってゐるか
この訳文もたいそう粋だが、その鈴木信太郎が「あまりに見事」と評した訳がある。
それはこの詩を「卒塔婆小町」と題して矢野目源一が訳したものだ。
さては優しい首すじの
肩へ流れてすんなりと
伸びた二の腕 手の白さ
可愛い乳房と撫でられる
むっちりとした餅肌は
腰のまわりの肥り膩(じし)
床上手とは誰(た)が眼にも
ふともも町の角屋敷
こんもり茂った植(うえ)込(ごみ)に
弁天様が鎮座まします
確かに見事な超訳だが、最後の3行はまるで艶笑落語に出てきそうだ。
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コメント
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下品と上品は紙一重、国宝になるのも夢じゃないです。
投稿: 佐平次 | 2015/02/08 10:44
佐平次様
60代、70代の白酒がどうなっているか楽しみではありますが、こっちがその頃にはもう居ないでしょうね。
投稿: ほめ・く | 2015/02/08 15:38
白酒は独演会でしたか。
末広亭で代演を弟弟子馬石が務めました。
お嬢さん、文枝でがっかり、白酒で感心、流石ほめ・くさんの血を引いて鑑賞力が高い^^
投稿: 小言幸兵衛 | 2015/02/08 18:49
小言幸兵衛様
女房が臨月の時に人形町末広に連れて行きました。それで生まれたのが長女です。やはり「胎教」は効果があるという事なんでしょう。
投稿: ほめ・く | 2015/02/08 21:23