歌舞伎『菅原伝授手習鑑』(2015/3/4夜の部)
歌舞伎座の3月大歌舞伎公演は『通し狂言 菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』。
この芝居は『仮名手本忠臣蔵』『義経千本桜』と並ぶ歌舞伎の三大名作の一つとして知られるが未見だった。特に『寺子屋』の場については多くの落語の中のセリフとして出て来るので、一度は観ておかねば先祖の助六に顔が立たぬと、このたび鑑賞。出演者は若手人気役者が中心。予算の都合で3階席だったが最前列を取れたので十分に楽しめた。
物語は今でも天神様として祀られ人気のある菅原道真(芝居では菅丞相<かんしょうじょう>)の太宰府流罪を題材にし、三つ子の舎人(牛飼い)たちを中心に、それを取り巻く人間模様を描いたもの。
但し夜の部では既に菅丞相は時平(芝居では「しへい」)に陰謀により大宰府へ流罪になっており出番はなく、専ら三兄弟の活躍が中心となっている。
四幕目『車引(くるまびき)』
菅丞相の舎人梅王丸と斎世親王の舎人桜丸は、互いの主人を追い落とした藤原時平への恨みを晴らそうと、時平の乗る牛車に立ちはだかる。これを止めに現れたのは時平の舎人松王丸。松、梅、桜の三人は実は三つ子の兄弟で、今は敵味方に分かれている。三兄弟は遺恨を残しながらもその場を後にする。
歌舞伎の様式美を見せる芝居で、この場だけ独立して演じられる事がある。
松王丸/染五郎
梅王丸/愛之助
桜丸/菊之助
藤原時平公/彌十郎
五幕目『賀の祝(がのいわい)』
三つ子の父白太夫の七十歳の賀を祝う宴に、三兄弟はそれぞれ女房を伴い集まるはずだったが桜丸だけが姿を見せない。主が敵対関係にある松王丸と梅王丸は顔を合わせるなり喧嘩をする始末。松王丸は父親に縁切りを申し出て白太夫もこれを了承する。宴が終わり八重を残して両夫婦が帰った後、悲壮な面持ちの桜丸が姿を現すと、白太夫が腹を切る刀を三宝に載せ桜丸の前に据えた。驚く八重に桜丸は自分の行いによって菅丞相が謀反の罪を着せられたので、責任を取って切腹すると告げる。桜丸は自害して果て、八重も後を追おうとするが戻ってきた梅王丸夫婦に止められる。後のことを梅王丸に頼んだ白太夫は九州の配所にいる菅丞相のもとへと旅立つ。
松王丸/染五郎
妻・千代/孝太郎
梅王丸/愛之助
妻・春/新悟
桜丸/菊之助
妻・八重/梅枝
白太夫/左團次
六幕目『寺子屋』~寺入りよりいろは送りまで~
菅丞相に恩のある武部源蔵は妻戸浪と寺子屋を営みながら、菅丞相の子菅秀才を匿っていた。このことが時平方に発覚し、その菅秀才の首を差し出すよう命じられた源蔵。悩んだ末に、その日千代に連れられ寺入りしたばかりの小太郎という子どもの首を検分役の松王丸に差し出す。首実験した松王丸は菅秀才である事を確認する。窮地を切り抜け安堵する源蔵夫婦のもとに、小太郎の母千代が迎えに現れ、源蔵が斬りかかる。そこに最前の松王丸も姿を見せ、小太郎は自分たちの子どもである事を告げ、初めから菅秀才の身代りにするつもりだったと打ち明ける。弟たちの事を思い我が子を身代りに首を討たせた松王丸夫婦だが、源蔵夫婦と共に嘆き悲しみ、野辺の送りを行う。
余談だが、落語で聞き覚えのセリフが多く、いかにこの場が人口に膾炙していたか分かる。
武部源蔵/松緑
妻・戸浪/壱太郎
菅秀才/左近
松王丸/染五郎
妻・千代/孝太郎
涎くり与太郎/廣太郎
春藤玄蕃/亀鶴
全体の印象としてさすが当り狂言だけあって良く出来ている。様式美溢れる荒事あり、親子兄弟の別離あり、主のための腹切りあり、大事な人の身代りに自分の子どもを討たせる愁嘆場あり。立ち回りシーンからお笑いシーンまで、ザッツ・エンターテイメントだ。休憩を挟んでの4時間飽きさせない。
しかし、主のために切腹する桜丸はともかくとして、兄弟のために自分の子を討たせる松王丸の所業だが、些か理解に苦しむのだ。この芝居に限らず、主君のため恩人のために自分の子を殺したり、あるいは殺されるのを受容する場面というのは歌舞伎には多い。こうした芝居が盛んに上演されていた江戸時代に、果たして実際に起きていたのだろうか。むしろ事実と離れ、ただ理想の姿としてイデオロギー的に残されていたのではあるまいか。
近代国家になった明治以後は、相次ぐ戦争で息子を亡くした父母やその兄弟、父を失った子供たちが悲しみの中にも、お国の為、天皇陛下の為と自らを慰めてきた、そういう思想的役割を負ってきたのではあるまいか。
こうした芝居がこれからの観客にどれだけ受け容れられ、共感を呼ぶことが出来るのか、疑問である。
出演者は若手中心だけに動きが俊敏でセリフも良く通っていた。特に菊之助は口跡が良いので3階席までビンビンと聞こえた。
他に白太夫役の左團次 武部源蔵役の松緑が好演。
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