雲助蔵出し(2015/3/6)
「雲助蔵出し ぞろぞろ」
日時:2015年3月6日(土)14時
会場:浅草見番
< 番組 >
前座・林家なな子『寄合酒』
柳亭市楽『四段目』
五街道雲助『粗忽の釘』/『明烏』
~仲入り~
五街道雲助『お直し』
今日3月8日のプロ野球オープン戦、阪神-巨人戦は「永久欠番メモリアルディ」としてタイガースの選手全員が背番号10番をつけてプレーするそうだ。もちろんミスタータイガースこと、藤村富美男の背番号である。タイガース創生期からのスター選手で、王選手に抜かれるまではホームラン記録の保持者だった。物干ざおと呼ばれた長いバットを振り回す豪快な打法と、派手なプレースタイルが売り物だった。エピソードには事欠かず、3塁から飛び出して相手投手が3塁に投球し万事窮すと思われたら、藤村がいきなり大声で投手を指さし「ボーク、ボーク!」と叫び、相手が呆気にとられているうちにホームインしてしまったなんて事もあったそうだ。戦後2リーグ分裂の際に、大半のスター選手がパリーグの毎日オリオンズに引き抜かれた後も阪神に残った。そういう姿も大阪のファンのハートを掴んだのだろう。
さて昨日は浅草見番での「雲助蔵出し ぞろぞろ」、満員の入りだった。この会での雲助は特別だ、という事は他の会で雲助を聴くと実感できる。まるで自宅にいるような気楽な姿でいながら、常に100%の力を出している。最高の雲助を聴きたければ、ここに来るしかない。
なな子『寄合酒』、あそこの前座っていうのは必ず「わたくしは林家正蔵の0番弟子の林家00でございます」と自己紹介するのだが、なんの意味があるのか。「だから、どうした」と言いたくなる。ムダなお喋りはやめた方がいい。
市楽『四段目』、こういうネタに挑戦するのは良いが、それなら芝居の場面を丁寧に演じて欲しい。この手のネタはそこが肝要。
雲助『粗忽の釘』、マクラで雲助が入門当時の年寄りの噺家たちのエピソードを。ツル禿の噺家が湯船に入っていると、後からもう一人がその頭の上に自分のイチモツの乗せて「チョンマゲ」なんて。その手の話を楽屋でしていて雲助が思わず吹き出すと、「お前、年寄りをバカにしたな」と叱られた。今ではその自分が67歳の年寄りになったと。
粗忽者の大工が壁にかわらクギを打ち込んで隣家に謝りに行くのだが、女房から「お前さんも落ち着けば一人前」と言われたもんだから、隣家の部屋に上がり込み、落ち着いて世間話を始める。やがて大工は女房との馴れ初めを語るのだが、雲助のは夜店で女に腰巻を3枚買ってやって家に連れ帰る。女が台所で洗い物を始めると。その姿についムラムラ。後ろから着物の八ツ口に手を入れ女の腋の下をコチョコチョ。「もうクスグッタイからやめて! そこは腋の下じゃない!」なんて、それで一緒になりました。嬉しそうにしゃべる大工と、呆れて「あんた、何の用で来られたんで?」と問う隣家の主の困惑顔との対比が楽しい。結局クギは阿弥陀様の股間から飛び出していて、大工が「変ってますね。お宅はここに箒を掛けるんで」でサゲ。こういう軽い滑稽噺も雲助は上手い。
処で、女性の着物の八ツ口っていうのは上記の様な用途のためにあるんだと聞いた事がありますが、ホントですか? どなたかご存知の方は教えて下さい。
雲助『明烏』、大旦那に頼まれて町内の札付きの遊び人・源兵衛と太助は、堅物の若旦那・時次郎をお稲荷様のお参りと騙して吉原へ連れて行く。女郎屋だと分かり嫌がる時次郎を脅したり宥めたりして、ようやく浦里という売れっ子の花魁の部屋に放り込む。さあこれで、と意気込んだ源兵衛と太助だが、二人とも回し部屋に入れられおまけに敵娼(あいかた)が姿を見せず最悪の状況。一方の時次郎は浦里の個室に案内され、初会にも拘らず同衾。正に吉原の天国と地獄だ。
時次郎の方は浦里の手練手管にすっかりふやけて、「花魁は、口では起きろ起きろと言いますが、あたしの身体をぐっと足で押さえて・・・」なんてノロケ出す始末。
あまりの扱いの違いと時次郎の変容にカッとした源兵衛と太助、「じゃ、坊ちゃん、おまえさんは暇なからだ、ゆっくり遊んでらっしゃい。あたしたちは先に帰りますから」
「あなた方、先へ帰れるものなら帰ってごらんなさい。大門で留められる」
でサゲ。
全体として登場人物一人一人の心理描写を丁寧に描いた8代目文楽スタイルの演出。太助が朝、振られて甘納豆をヤケ喰いする場面も文楽流。
ふと思ったのだが、この噺は吉原の入門書か。描かれているのは吉原での客の明と暗。
雲助『お直し』、前席から一転して描かれるのは花の吉原でも最下層の人々。
いくら売れっ子の女郎でも盛りを過ぎれば客がつかなくなり、上手い具合に客に落籍(ひか)されて堅気になるか、吉原で遣り手の商売替えするか、より下層の女郎に落ちるかしか道はない。
この女郎も落ち込んでいる時に店の若い衆から親切にされついつい深い仲に。しかし吉原ではこれはご法度。そこは親切な主人の計らいで二人は所帯を持ち、女は遣り手、男は牛太郎になって稼ぐ。処が金が出来てくると男は浮気やら博打やらでスッテンテン。店も不義理で夫婦ともに首になってしまい食うにも困る始末。仕方なく女は最下層のケコロと呼ばれる女郎に、男はその客引きになる。
ケコロは女が客を引き留め、男の客引きが「お直し」と叫ぶとその度に花代が上がって行くシステムだ。だからとにかく女の方は客の気を引かせねばならないから甘言を弄する。それを傍で見ている男は演技だと分かっても焼き餅を妬いてしまう。
酔っぱらった大工が店の前にきて、強引に上げてしまう。大工は女にすっかり惚れこみ、夫婦話にまでなってゆく。
「夫婦になってくれるかい?」「お直し!」
「おまえさんのためには、命はいらないよ」「お直し!」
「三十両オレが払ってやるよから、一緒になろう」「まあ嬉しいよ」「直してもらいな!」
客が帰ると、亭主は「てめえ、本当にあの野郎に気があるんだろ。えい、やめたやめた、こんな商売」
「そう、あたしだって嫌だよ。人に辛い思いばかりさせて・・・。なんだい、こん畜生」
「怒っちゃいけねえやな。何もおまえと嫌いで一緒になったんじゃねえ。おらァ生涯、おめえと離れねえ」
「そうかい、うれしいよ」と、二人は仲直り。
そこへ先ほどの酔客が戻ってきて、
「おい、直してもらいねえ」でサゲ。
若い頃はこの噺は苦手だった。段々年をとって来るにつれ良さが分かって来るようになった。
恰好ばかりで生活力のないヒモ男、それが分かっていながら惹かれ尽くしてしまう女。実際にはこういう男女というのが多いのだ。そうした普遍性があるからこそ、この噺が未だに受け容れられているのだろう。
雲助は転落してゆく女の哀れさに温かい眼を注ぎ、最下層に生きる男女の深い情愛を描いて好演。
まるで川島雄三の映画の世界を観ているようで、結構な高座だった。
次回の6月の会は都合が悪くて行けず残念!
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何故かチケットを買ってなかったので深沢七郎とつきあって過ごしました。
投稿: 佐平次 | 2015/03/09 11:11
佐平次様
今回は吉原の光と影がテーマで、特に『お直し』は真に結構な1席でした。この会はハズレが無いです。
投稿: ほめ・く | 2015/03/09 15:59