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2015/05/07

「雀々・生志・兼好 密会」(2015/5/6)

「雀々・生志・兼好 密会」
日時:2015年5月6日18時
会場;お江戸日本橋亭
<  番組  >
『オープニング』
三遊亭兼好『粗忽の使者』
桂雀々『鶴満寺』
~仲入り~
立川生志『紺屋高尾』

GW最終日の5月6日、旅先から戻って来たのだろう、電車の中はスーツケースを引いた客が目立つ。
この日のお江戸日本橋亭は、夕方から「雀々・生志・兼好 三人会」。会場が小さい割には豪華な顔ぶれだ。オープニングで三人会を始めたきっかけについて説明があり、雀々がメインの番組に他の二人がゲスト出演したのを機に意気投合したとのこと。上方落語協会に所属していない上方落語家と、落協や芸協に所属していない東京落語家というのが共通項らしい。
立川流では談志が健在の頃は弟子がお互いに被害者という共通性があったが、加害者がいなくなってからそうした意識が薄くなっていると、生志が語っていた。一方の円楽一門では、先代が亡くなってからより結束が強くなったと、こちらは兼好の弁。雀々は気難しい師匠の下で苦労があったようだ。
「密会」というタイトルにしたのは今回が第1回目だからで、三人会はこれからシリーズ化していく予定らしい。
出番はジャンケン(兼好が近ごろはコレばっかりとこぼしてた)で、勝者の雀々が決めた。

兼好『粗忽の使者』、兼好が描く登場人物は誰もが可愛らしい。粗忽者の使者(家族や親族の名前は憶えているが自分の名前が出てこない人物)も、訪問先の重臣も、大工の留っこも、皆愛すべき人物として描かれている。聴いていて何とも可笑しいというのが兼好の特長だ。今は滑稽噺に注力しているようだが、これからさらに飛躍しようとすれば人情噺や人情噺風のネタにも挑戦してゆかざるを得ないだろう。そこが課題か。

雀々『鶴満寺』、バスツアーの仕事で、延々と台湾の観光客相手に小咄を続けたという苦労話をマクラに振って客席を沸かせ、雀々の世界に客席を引きこむ。
十八番の『鶴満寺』、船場の旦那が幇間や芸者を伴って桜の名所、大阪の北にある鶴満寺を訪れる。ところが例年と異なり境内が森閑としているので茂八を様子見に行かせると、寺男の権助が出てきて新しい住職になってから境内での花見は厳禁、歌を詠む方なら中へ入れるという。事情を知った旦那から茂八を通して権助に天保銭(百文)を渡すとガラリと態度が変り、花を見るだけならと一行を境内に招き入れる。満開の桜の下で飲めや歌えの宴会が始まると、権助は約束が違うと怒り出す。仕方なく旦那から茂八を通して今度は一朱を渡すと、又もや態度が変り、権助自身も宴席に加わり好きな酒をがぶ飲みしだす。やがて住職が戻ると、権助は桜の木の下で寝込んでいる。起こすと酒臭い。住職が怒ると、来ていたのは歌詠みの一行だと言いはる。どんな歌かと訊かれると権助は、
「坊主抱いて寝りゃかわゆてならぬ、どこが尻やら頭やら」・・・いや間違いました、
「花の色は移りにけりな、いたずらに我が身世にふる、ながめせしまに」という、すばらしぃ歌でございました。
住職が「それは小野小町の歌『百人一首』やないか」
権助「『百に一朱』しもた~ッ、何で分かったんですか?」でサゲ。
見せ場は、権助が酒に酔って三代の住職に仕えた苦労話しをする場面で、これがとにかく捧腹絶倒。やたら可笑しいのだ。他の演者ならこうはいくまい。典型的な見る落語だ。

生志『紺屋高尾』、生志を見だしたのはブログを始めた10年前からで、当時は未だ二ツ目で名前も笑志だった。上手かったね、なぜ談志はこの人を真打にしないんだろうと思っていた。苦節を経てようやく真打昇進したと思ったら今度は大病と、苦労の連続だった。そうした苦労は必ず高座に活きると思う。
さて、お馴染みの『紺屋高尾』だが、この噺を別の角度から見ると、高級娼婦の再就職物語でもある。
花魁というお仕事柄、花の盛りは20代までだろう。だいたい28,9歳頃には年季明け、つまり定年を迎えることになる。現役中に顧客からひか(落籍)されれば行く先は決まるが、この噺の高尾のように来年3月には定年を迎えるのに未だ身の振り方が決まっていないとなれば、当然焦りもあったはずだ。このままスタッフとして店に残る手もあれば、グレードを落とした店で花魁を続ける選択肢もあろうが、それはプライドが許さない。出来れば堅気の女房にと思っていたのだろう。そこへ自分に一途な紺屋の職人が客になって現れた。接してみれば性格は良いし優しそうだ。ならばこの男とひと苦労してみよう、こう高尾は考えたんだろう。
久蔵からすれば夢のような物語だったろうが、高尾側からすればある意味「渡りに船」でもあったのだ。
このネタは非常によく出来た噺で、滑稽噺でありながら人情噺風の味付けもしてある。ただ後者は程々にしておいた方が良い。あまりにお泪頂戴に走り過ぎると却ってこのネタの味を壊す。
生志の高座はその辺りのバランスが取れていて「程の良さ」があり、好演だった。

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