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2015/05/14

良くも悪くも立川談志「書評『ひとりブタ』」

【書評】立川生志(著)『ひとりブタ』(河出書房刊 2013/12/30初版)
Photo談志の弟子と言うのはよく本を書く。それも師匠に関する本が大半だ。理由は談志についての本だと売れるからだ。良くも悪くも型破りの素材が読者を惹きつけるからだろう。あるいは弟子たちが、談志の思い出を書くことにより心のバランスを保つのかも知れない。と、この『ひとりブタ』を読んでそう感じた。
本書は談志に入門した一人の噺家が、師匠との間の葛藤と確執を経てようやく真打になり、やがて師匠を見送るまでの物語だ。
著者の「立川生志」(真打になる前は「笑志」)は博多生まれ、サラリーマンを経て談志に入門した。師匠の「あーあ、バカが又ひとり増えた――」が入門許可の言葉だ。前座時代は師匠から随分と厳しい稽古をつけられるが、これが後年生きてくる。
ある時、談志の机上に広げられた日記を見るとこう書いてあった。「笑志。こいつは、ふつうの奴と違う。ものになる奴かもしれない。だからこいつには違う教え方をしてみた」。続きがあった。「でも、ダメだった」。これって、わざわざ弟子に読ませるように仕組んだじゃないの。

前座時代で一番大変だったのは金が無いこと。立川流は寄席に出ないので兄弟子の会の手伝いで貰う小遣い程度しか収入が無い。
さらに立川流には師匠への上納金制度がある。真打は月会費4万円に昇進時30万円、二ツ目は月会費2万円に昇進時10万円、前座は月会費1万円を師匠に納めなければならない。滞納すると罰金と称して金額が2倍づけ、3倍づけにはね上がる。まるで悪徳高利貸しだね。
笑志が二ツ目に昇進する時には師匠から突然「50万年持って来い」と命じられ、仕方なく親戚に借金して納めるなんてこともあった。加えて二ツ目以上になると、出版社から談志が書いた本が数十冊も送りつけられ、これも代金が請求される。
なぜこれ程の金が必要だったのか。これは私の推測にすぎないが、談志の親族で運営しているマネージメント企業に資金が必要だったのではなかろうか。そうでもないと説明がつかない気がする。
これも「金でも取れば、その金惜しさに弟子は必死になるだろう」という師匠の親心と受け止めて修行に励むのだが、食えなくては仕方ない。内緒でアルバイトをやるが、そうすると肝心の落語の稽古をする時間が無くなる。
かくして「金」のために少なからぬ弟子たちが談志の元を去るのを、生志は悔しい思いでみつめる。

二ツ目になった笑志は精力的に独演会を開き、各種落語会へも出演する。芸が評価され、多くの賞を受賞するようになる。しかし談志は評価しない。歌と踊りをマスターするよう命じられ、それが真打昇進の条件となる。以前からそうした条件はあったのだが、生志の時は一段と厳しくなって、ハードルが一気に上がってしまった。判定するのは師匠だけで、いくら本人が万全と思っても談志がダメと言ったらダメなのだ。どうやら二ツ目に昇進した時期に師匠と行き違いがあったのが根に持たれたらしい。
そうこうしているうちに20年経ち、後輩から真打昇進を抜かれて気持ちが落ち込み、一時は師匠と刺し違いしようかと考えたほど追い込まれる。
そんな生志の元へ、実家から父が末期癌であるとの知らせが届く。談志は父親のために色紙を書いてくれ、「なるべくそばにいてやれ。親孝行は俺の趣味だ」と言って送り出してくれる。しかし生志は真打昇進の報告ができぬまま父の死を迎える。
この生志の父親の死が、談志の心に変化をもたらす。恐らく父親に息子の真打の姿が見せられなくて申し訳なく思ったのだろう。周囲の人たちの助言もあって、談志は行きつけのスナックで生志にこう言う。「なりたきゃ、なるがいいじゃねえか」。これで晴れて真打昇進が決まる。
この喜びを最初に電話で伝えたのは、何かと生志を励まし続けた兄弟子の志の輔だった。そうしたら、電話の向こうで志の輔が泣いていた。生志は、師匠との葛藤や確執をなんとか乗り越えてこられたのは志の輔のお蔭だと書く。本書では一門のこうした良い人も登場するが、批判されている人もいる。なかには実名がのっている者もいるが匿名のケースもある。匿名でも多少立川流の事を知っていれば、誰だか分かる仕掛けになっている。そういう楽しみ方もある。

生志の真打昇進披露パーティで配られた談志の挨拶文では、末尾にこう書かれていた。

生志。”かけ昇れ””暴れてこい””聞かせてこい””笑わせてやれ”
人生を語ってこいよ。
俺がついてらあ。

かつて談志と面会した生志の父親が談志をこう評していた。
「あの人は気の小さな人やねえ。ちっちゃな人やからあんな虚勢ばはっとんしゃ」。
本書は、そうした欠点や傲慢さを全てのみ込み、師匠の素晴らしさ、とりわけその芸の凄さに憑りつかれた一人の落語家の物語である。

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コメント

これほど主観性が強い師に仕えることは難事業ですね。
談志の場合、弟子との関わりがひとつの落語になります。

投稿: 福 | 2015/05/14 06:46

福様
この本を読んで私じゃ無理だと思いました。それだけに弟子はたくましくなるようですが。

投稿: ほめ・く | 2015/05/14 08:25

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