こまつ座「父と暮せば」(2015/7/11)
こまつ座公演・紀伊國屋書店提携「父と暮せば」
日時:2015年7月11日(土)17時
会場:紀伊国屋サザンシアター
作 :井上ひさし
演出:鵜山仁
< キャスト >
辻萬長 :福吉竹造
栗田桃子:娘・福吉美津江
ストーリー。
原爆が投下されて3年が経とうとする1948年7月の広島、被爆者である美津江は市立図書館に勤めながら一人で静かに暮らしている。母を幼い頃に亡くし、男手ひとつで育ててくれた父は、あの日被爆で亡くなってしまった。
ある日、美津江の前に木下という青年が現れる。岩手の出身だが原爆の惨状を見て、被爆の遺品を集めているという。下宿に置くと大家が嫌がるので図書館に保管できないかという相談だった。美津江は米軍ににらまれるから出来ないと断るのだが、一途なこの青年にほのかな恋心を抱くようになる。
そんな美津江の前に突然、亡くなった父が現れる。娘の幸せを願い必死に恋を実らせようと説得する父に対し、「自分は幸せにになんかなってはいけない」と考えて恋心を押えようとする美津江。
美津江の心には大きなわだかまりがあるのだ。一つは学業もスポーツも人間性もあらゆる点で自分より優っていた親友が爆死してしまったこと。親友の母親に会いに行くと、瀕死の母親は「なんで、あんたが助かり娘が死んでしまったの」と言い残し息を引き取ってしまった。
もう一つは、原爆投下の直後に急ぎ自宅に戻った美津江が眼にしたのは、壊れた家の下敷きになっていた父・竹造の姿だった。必死に助けようとするが重い材木がのしかかっていて動かすことが出来ず、一方火の手は迫ってくる。「お前だけでも助かれ」という父の言葉に泣く泣く現場を離れた美津江には父を見放してしまったという罪悪感が消えない。
その娘に対して父はこう言う。「人間のかなしいかったこと、たのしいかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが」「そいがお前に分からんようなら・・・・ほかの誰かをかわりに出してくれいや・・・・わしの孫じゃが、わしのひ孫じゃが」。
そうした父の言葉に背中を押され、一歩一歩前に進もうとする美津江の姿を描いて終幕。
広島の原爆投下により、一瞬にしておよそ30万人もの命が奪われた。助かった人もいて、それはいくつかの偶然が重なり生死を分けた。亡くなった人間の無念さと、生き残った人の罪悪感。これが本作品のテーマだ。残された人たちもその後に次々と発生する被爆の症状に悩まされる。加えて、当時の周囲は必ずしも被爆者に同情的ではなかったという事情も重なる。もちろん被爆の実態を隠そうとしていたアメリカ占領軍の意向もあった。
本作品はそれらの諸事情全てを、福吉父娘の会話だけで再現させようとしたものだ。その試みは大成功だと言える。観る者に戦争の悲惨さ、核兵器使用の残酷さを訴え、改めて怒りと悲しみがこみ上げてくる。
戦争法案が強行されようとしている今、一人でも多くの方に観てもらうことを願っている。
この芝居は元々が、初演に出演した”すまけい”と、梅沢昌代に当て書きした作品だそうだが、今回の辻萬長と栗田桃子の演技を見ていると正にはまり役と言ってよい。
そして、是非ハンカチのご用意を忘れずに。
東京公演は20日まで。その後全国各地で10月2日まで巡演。
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このブログを読み、思わずチケットを取り14日に観てきました。後半部分の竹造と美津江のやりとりから最後の美津江の「お父さん、ありがとう。」までがあっという間に終幕まで駆け抜けた印象でした。客席のあちこちからすすり泣きが聞こえました。実はこの日は鈴本夜の部と迷いましたが、言うまでもなく「父と暮らせば」にして正解でした。
なお、コメントが遅くなったのは、東京公演が終わって何日か経ってからの方がいいと思ったからということを申し添えます。
投稿: ぱたぱた | 2015/07/25 20:53
ぱたぱた様
この芝居の記事を書いた時に一人でも多くの方に観て欲しいと願っていましたので、とても嬉しいです。私も演劇で久々に泣きました。
投稿: ほめ・く | 2015/07/25 21:44