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2015/07/13

「南光・南天 ふたり会」(2015/7/12)

「南光・南天 ふたり会」
日時:2015年7月12日(日)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
南光、南天『御挨拶』
桂南天『遊山船』
桂南光『抜け雀』
~仲入り~
桂南天『夢八』
桂南光『百年目』

この会は今回が3回目だそうで、毎回お客が増えこの日は2階席にも客が入っていた。小さな子どもさんの姿も目についた。『百年目』、理解できたかな?
落語のマーケットサイズという点から見れば、関西より首都圏の方が圧倒的に大きいだろうから、地域の壁をこえて今後も上方落語家の東京公演は増え続けるだろう。

この会の恒例で最初に二人の『御挨拶』がある。内容は放談、それも大半が南光の放談だが、これが毎回楽しい。今回は先ごろ亡くなった大師匠の米朝を偲ぶというのがテーマだったが、笑い話がメイン。米朝は弟子や孫弟子に対しても自分の演じた通りに演らないと機嫌が悪かったとか。
エピソードで面白かったのは、米朝の行きつけのスナックで、南光がべかこの時代にたまたま居合わせたユーミンのリクエストでカウンターの上で全裸で踊っていたところ、米朝が入ってきて叱られ出入り禁止になったとのこと。その縁で南光がパーソナリティをつとめるラジオ番組に何度かユーミンが出演してくれたそうだ。

南天『遊山船』、夏のネタだが東京では演じられないのでと選んだ理由を語っていた。こういうのは大歓迎だ。せっかく上方から来て口演するのだから、東京では聴かれないネタが好ましい。桂ざこばから教わったとのこと。
大川に夕涼みに来た長屋に住む二人連れ、喜六と清八が、浪花橋の上から大川を見ると、行きかう夕涼みの船で賑わっている。橋の上から船上の人たちをからかっていると、そこへ稽古屋の連中を乗せた船が通りかかり、見ると碇(いかり)の模様のお揃いの浴衣を着て派手に騒いでいる。清八が橋の上から「さてもきれいな碇の模様」と声をかけると、船の上の女が「風が吹いても流れんように」としゃれて返してきた。感心した清八は喜六に向かって、お前の嫁さんはあんなイキなことは言えないだろという。悔しがる喜六は長屋に帰り、女房に去年の祭りの時に着たきたない浴衣を引っ張りだし、女房はこれを着てたらいの中に入る。喜六がこの様子を見て屋根の天窓から褒めようとするが、その姿に思わず「さても、きたない碇の浴衣」。女房が「質に置いても流れんように」でサゲ。
ストーリーそのものより、舟遊びに興ずる人々の描写や、喜六と清八の上方漫才を思わせる掛け合いが聴かせどころ。情景が眼に浮かんでくるようで、、良い出来だった。

南光『抜け雀』、元は上方ネタだが今では志ん生の演出を一部取り入れた型で米朝が演じていた。南光の高座も米朝を基本にしながらいくつか独自の工夫をしている。
一つは、小田原の宿の話なのに宿の夫婦が大阪弁というのは不自然であるが、南光は亭主が大阪出身で文無しでこの宿に泊まりそのまま養子になったため、女房もいつしか大阪弁になってしまったという説明にしていた。
もう一つは例のサゲを変え、父親の絵師に鳥籠の代りに杉の梢を描かせておいて、
「わからんか、亭主。鞍馬の杉の梢。天狗になるなということじゃ」
でサゲていた。「駕籠かき」「籠かかせ」というサゲが今の人には分かりづらくなっているので変えたものとみえるが、「鞍馬天狗」も分からない人が多いかも。

南天『夢八』、これも東京落語には移されていないネタで、首吊りや怪猫が出てくるので怪談めいたこの季節の噺だ。南天の2席はいずれもグッドチョイス。
何をやってても直ぐに眠くなり夢を見てしまうという夢八、仕事が永続きしないから食うに困る生活。そこへ現れた甚兵衛がいい仕事があるからと言うと、夢八は二つ返事で引き受ける。一晩、ツリの晩さえしてくれたら弁当と手当てが付くという。
小屋の中で一晩中眠らぬように割木を叩いていれば良いと言われた夢八、その通りにしていると目の前に筵が下がっていて、その陰に人が見える。良く見ると足が宙に浮いている。ここで「首吊りの番」だという事が分かり、恐怖に怯える夢八。
小屋の屋根を歩いていた古猫が夢八の臆病をからかってやろうと、死体に息をフウーと吹きかけると、首吊り死体が喋り出した。伊勢音頭を歌えと言われた夢八は、「伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ、尾張名古屋は城で持つ・・・」と歌い始める。首吊りが合いの手を入れて体を揺すったものだから綱がプツンと切れ、夢中で歌っている夢八の前に落っこちてきた。夢八は目を回してしまった。
翌朝、甚兵衛が小屋に入ると、夢八が首吊りを抱いて寝ている。夢八を揺り起こすと、
夢八「歌います、歌います、伊勢は津で持つ・・・」
甚兵衛さん「今度は伊勢参りの夢を見とる」でサゲ。
夢八が割木を叩きながら必死に「伊勢音頭」を歌うと、首吊りがぶら下がったまま合の手を入れる場面がやたら可笑しい。前名の桂こごろう時代から今回で4度目だと思うが、南天は明るい高座と歯切れの良い語りが特長で、楽しみな存在だ。

南光『百年目』、結論から言うと、南光には失礼かも知れないが予想以上の出来だった。謹厳実直な番頭が酒が入り周囲に眼がないと放埓に変身してしまう所に、人間の持つ二面性を感じさせる。気の緩みの恐ろしさというのは我々日常でもあることだ。番頭が失敗したとして苦しむ姿に、失笑すると同時に同情心もわいてくるのは、自分にも多少の憶えがあるからだろう。
それは店の大旦那にも言えることで、一晩かかって帳簿を調べたのは経営者としての自己の責任を感じたからだ。専務の失態は社長の失態でもあるのだ。翌朝に番頭を諭す時も厳しさと思いやりの両面を見せている。
こうした細かな心理描写を南光はしっかいと描いていた。
この噺が今日まで多くに人を惹きつけるのは、物語に普遍性を有しているからだろう。

4席ともに結構でした。

【記事の修正】7/14
myonさんより喜六と清八が逆とのご指摘を受けましたので、記事中の二人の名前を入れ替えました。

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コメント

いつも楽しく拝読しておりますが、コメントさせていただくのは初めてです。

この師弟の二人会、東京でも開かれていたのですね。大阪の会は、いつも通っております。

「遊山船」ですが、清八と喜六の役回りが反対になってますねで(笑)。失礼とは思いますが、ご挨拶かねて書き込みさせていただきます。

今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: myon | 2015/07/14 09:40

myon様
ご指摘有難うございます。実は喜六か清八かはっきりしなかったにので、6代目松鶴の速記を見て記事を書いておりました。南天はざこばから教わったとあり、確認したところご指摘の通りでしたので、早速修正致します。

投稿: ほめ・く | 2015/07/14 16:34

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