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2015/07/26

大阪市東住吉区の「模擬原爆追悼式」

1945年7月26日に大阪市東住吉区田辺に米軍の大型爆弾が投下された。この爆弾によって、死者7人、重軽傷者73人、被災者は2000人弱にのぼったとされる。めったに空襲がなかったこの地に突如落とされた爆弾について、当時、地元では「1トン爆弾が落とされた」などと言われていた。
今から20年ほど前、愛知県春日井市の市民団体の方々が終戦50年後に公開された米軍資料から、国内に49発もの模擬原爆を投下したという資料を見つけ公表した。
広島・長崎に原子爆弾を落とす前後に、米軍が試験的に同じ大きさの爆弾を投下し、その後すぐに旋回するための訓練だったといわれている。
後にそれが全国紙で報道され、その中に地元である「田辺」の地名が記されていた。
ラジオ大阪で制作報道の仕事に携わるなどしている東住吉区に住む吉村直樹さん(68)は、「地元でこんなことがあったんか。これは調べな」と思ったと言う。
調査の結果、当時を知る人の証言などが集められ、被害の詳しい状況が明らかになってきた。

模擬原爆は1945年7月26日午前9時26分、米軍の爆撃機「B29」が同区の田辺小学校北側付近にあった料亭「金剛荘」に大型爆弾を投下したとされている。
当時、国民学校教諭として爆心地近くの工場へ学徒動員の生徒20人を引率していた同区在住の龍野繁子さん(90)は、「金剛荘から西へ150メートルの地点にいて、私がいた隣の部屋に大人が両手で抱えきれないほどの石が落ちてきて屋根と2階、1階の床を突き破りました。もし私が隣にいたらと思うとゾッとしました」と当時を振り返った。「金剛荘にはきれいな日本庭園があり、そこにあった石が150メートルも宙を舞い、工場へ落ちてきたと思う」と語った。
「模擬原爆」投下70周年の今日、爆心地近くで追悼式が行われ、当時を知る地元の人や小・中学生らが集まり、犠牲者の冥福を祈った。当時を知る女性らは「できる限り当時のことを伝えていきたい」と話した。

不勉強で「模擬原爆」の事は全く知らなかった。
米軍は原爆投下の予行演習のために、日本各地49カ所に大型爆弾を落とす訓練をしていたのだ。それもわざわざ人が住んでいる土地を使って訓練していた。
日本が戦争をしない国から戦争をする国へ大きく舵を切りつつある今日、戦争になれば人間はどんな非情な事でも出来てしまうという事を改めて肝に銘ずべきだろう。

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