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2015/08/30

国立演芸場「上方落語会」(2015/8/29)

特別企画公演「上方落語会」
日時:2015年8月29日(土)13時
会場:国立演芸場
<   番組   >
桂吉坊『軽業~東の旅より』
桂文鹿『紙相撲風景』
桂雀々『夢八』
―仲入り―
笑福亭三喬『月に群雲』
内海英華『女道楽』
桂米團治『蔵丁稚(四段目)』

山口組と維新の党の分裂騒動が話題になっている。どちらも内部の主導権争いが原因というのが共通項だ。山口組が名古屋と関西の対立なら、維新は東京と大阪の対立で構図もソックリ。それにしても安保法制の審議が重大な時期を迎えているというのに、維新の党は身内の争いをしてるんだから、まったくどうしょうもない連中だ。橋下は元々が安倍ベッタリだったから、援護射撃のつもりかも知れないが。

次は朝日の記事から。
【落語界の爆笑王として知られ、16年前に亡くなった桂枝雀さんの長男前田一知(かずとも)さん(43)が、枝雀さんの弟弟子の桂ざこばさんに弟子入りした。芸名は「桂りょうば」。枝雀さんとざこばさんの師匠である桂米朝さんの追善の一門会が開かれた今月16日付で入門し、二世落語家として歩み出した。】
三喬がマクラで、大阪ではこの話題でもちきりで、維新なんかどうでも良くなったと言っていた。43歳からの入門というのはハンディだろうが、枝雀の背中を見て育った人が、どんな落語家になって行くのか注目される。

国立の特別企画公演「上方落語会」、発売日の午前中には前売りが完売したそうだが、魅力的な顔ぶれだ。文鹿(ぶんろく)と米團治は初見だが、他者は何度か高座に接している。三田落語会とダブってしまったが(昨日気付く)、こちらを優先した。

吉坊『軽業』、上方落語『東の旅・往路』の一部で、お馴染みの喜六と清八の二人が見世物小屋に入るのだが、これがインチキばかり。板に血がついて「大イタチ」、ノミ取りの男がいて「とったりみたり」、六尺と三尺のフンドシで「白いクシャク」。最後は軽業小屋に入って綱渡りを見ていると・・・。
小屋がけの呼び込みと客のヤリトリ、綱渡りの足の動きを扇子と指だけで表現させる所が見せどころ。吉坊は一つ一つの動きが丁寧で、この人らしい高座だった。

文鹿『紙相撲風景』、力士の形態模写で沸かせたあと、国技館の建物から館内風景、土俵、客席、相撲茶屋までミニチュアで作り上げた男の紙相撲の噺。新作落語というより自身のマニアックな趣味の話しに近い。他の演者も初めて聴いたと言っていた珍しいネタだったが、面白く聴かせていた。

雀々『夢八』、雀々は得だ。存在自体が面白いのだから。マクラの枝雀の物真似で爆笑させた後、本題へ。仕事中に直ぐに眠くなってしまう男が、騙されて首吊りの番をさせられる。怖がる男を見た化け猫が首吊りにのり移って男に「伊勢音頭」を唄わせる。首吊りは調子に乗って全身で調子を取っていたら、綱が切れて落下。男は気絶。棒で床を叩きながら恐怖に怯える男と、陽気な首吊り男との対比が見せどころにして、客席を雀々の世界に引き込んでいた。

三喬は十八番の『月に群雲』。間抜けな泥棒と、盗品を専門に扱う道具屋の主との軽妙な掛け合いは、いつ聞いても面白い。合言葉で泥棒が「月に群雲」というと、主が煙草を一服つけてポーズを取ってから「花に風」と答えるだけで客席の笑いを誘う。ドロボウ三喬の面目躍如。

英華『女道楽』、日本で唯一人ということは世界で唯一人と言っていたが、後継者はいるのだろうか。音曲の芸人というのは年季が要る。この人や小菊の芸域に達するまでには可成りの年月がかかる。ここが噺家と違う所だ。小菊や英華の芸を見るにつけ、近ごろの可愛いだけが取り柄で素人レベルの音曲芸人を見せられるにつけ、将来の心配が先に立ってしまうのだ。

米團治『蔵丁稚』、マクラで米朝の葬儀について語っていたが、一門の代表として桂ざこばと月亭可朝が並んだ時に、「可朝って米朝の弟子だったのか」と驚いた人が多かったとか。弟子も弟子、レッキとした惣領弟子だ。
さて、東京では『四段目』と知られているこのネタ、米團治の高座は想像していたより良かった。
ただ、正蔵と同じ匂いがするのだ。そう、お坊ちゃんの匂いが。予見を持って見るせいもあるのだろうが、あまり好きになれない。

上方落語って、クセになるねぇ。

【お詫びと訂正】8/30
元の記事で「可朝の落語を東京で聴いてみたい」と書いたところ、トシ坊さんよりコメントで東京公演についてのご指摘がありました。調べたところ、過去に「川柳・可朝二人会」や「可朝・談春二人会」が東京や横浜で開かれ、可朝が『住吉駕籠』などを演じていた事がわかりました。従って、お詫びのうえ原文の該当箇所を削除致します。

2015/08/29

「中国シルクロード旅行記」のご案内

ただいま、別館にて「中国シルクロード旅行記」を掲載しています。
ご興味のある方はお立ち寄りください。

2015/08/25

「柳家小三治と若手の会」の感想

この会は都合で行けなくなり、代わりに娘にチケットを譲ったが、その感想をようやく昨日聞くことが出来たので紹介する。
「柳家小三治と若手の会」
日時:2015年8月13日(木)18時30分開演
会場:有楽町よみうりホール
<出演者と演目>(順序は不明)
柳家三之助『替り目』
古今亭志ん陽『代書屋』
古今亭文菊『千早ふる』
柳家小三治『船徳』

娘にとっては全員が初めてとなる。
最初に小三冶が登場して、自分が会長の時に特例として昇進させた若手3人の現在の実力を見て貰うのが趣旨だったが、一之輔の都合がつかず、こういうメンバーになったとの説明があった由。
本人の感想では、志ん陽『代書屋』が良かった。明るく愛嬌があり将来性を感じる。1席の後の踊りの『かっぽれ』も上出来。
三之助と文菊は平凡だった。
小三冶は、徳さんが若旦那に見えない。年を感じさせた。

(なお、ブログの再開は今月末の予定は変わらず。)

2015/08/14

お知らせ

2週間ほどブログを休載します。
再開は8月末の予定です。
この間、コメントの公開やレスが遅れることがありますので、
ご了承下さい。

2015/08/12

鈴本演芸場8月中席夜・初日(2015/8/11)

<  番組  >
柳家甚語楼『のめる』
鏡味仙三郎社『太神楽曲芸』  
古今亭志ん輔『替り目』
柳家三三『道具屋』
春風亭一之輔『初天神』
江戸家小猫『動物ものまね』
柳家喬太郎『寿司屋水滸伝』
露の新治『紙入れ』
~仲入り~
林家あずみ『三味線漫談』  
柳家さん喬『夢金』            
林家正楽『紙切り』   
柳家権太楼『鰻の幇間』 

鈴本演芸場8月中席夜の部は吉例夏夜噺と題して「さん喬・権太楼特選集」を毎年行っている。ここ十数年、ほとんど欠かさず見に来ており、今年は初日に出向く。落語協会の2枚看板が交互にトリを取り、人気落語家をズラリと揃え、中トリに上方から露の新治を迎えた。
プログラムにある様に、色物を除く出演者は開口一番からトリまで古典演目を並べ、ちょうど中ほどの喬太郎で息抜きをするというラインナップになっていいる。

いつもの様に、以下に短い感想を。

甚語楼『のめる』、もしかして初見かな? 顔に見覚えがある気がするので違うかも。釈台を置いていたのは足の具合でも悪いのか。明るい芸風で語りのテンポが良い。顔も噺家向き。
志ん輔『替り目』、酒好きの人は酒の噺が好きだ。この人の酔っ払いの仕草が上手い。もしかして最初から酔ってるんじゃないかと思わせるほどだ。女房がいる前では威張り散らしておいて、姿が見えなくなると途端に泣きながら感謝の言葉を並べる落差が良い。
三三『道具屋』、与太郎の叔父さんは大家で、陰で道具屋をやっているという設定はチョイと無理がある気がするが、このネタに関しては師匠より三三の方が面白い。与太郎の造形が良いせいだろう。
落語家がしばしばクスグリであいだみつおの「人間だもの」を使うが、調べてみたらオリジナルは「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」のようだ。下らねぇ。
閑話休題。
2代目、3代目はダメになるという例えで当代の正蔵がやり玉に上がるのだが、父親の初代三平ってそんなに上手かったかね。アタシは上手いと思った事が無いけど。上手けりゃ今ごろ「林家三平落語全集CD10巻組」なんてぇのが発売されてますよ。祖父の7代目正蔵という人も一風変わった芸風だったようで、歴代正蔵の中では異端児と言われた。そうして見ると、今の正蔵の方が噺家としては正常な気がする。好き嫌いは別だけど。
一之輔『初天神』、新人コンクールで対戦した落語家が、モノの違いを感じたと語っていた。四季にかかわらずこのネタを掛けているが、その度に金坊がパワーアップしていて、何度聴いても面白い。父親の名が八五郎っていうのは初めて聞いた。
私の見立てでは10年に一人の逸材で、この人を超える人は2020年代にならないと現れないですよ、きっと。
喬太郎『寿司屋水滸伝』、本日はここで一息、客席もね。
新治『紙入れ』、6月の三田落語会で聴いたばかりだが、マクラを含めて完成度が高いのでこの日も楽しめた。新治が演じる間男する奥方に、匂い立つような年増の色気がある。帯と着物を脱ぎすて緋縮緬1枚になって鏡台の前で寝化粧する姿には凄みさえ感じさせる。これじゃ新吉が逃げられないわけだ。勘の鈍い旦那との対象の妙。
あずみ『三味線漫談』、先ず発声が日本調になっていない。唄に情感がない。この日の様な高座に出すのは不適切。
さん喬『夢金』、気になった点がいくつか。浪人の「雪は豊年の貢ぎというが・・・」のセリフは、外から船宿に入ってきた時点で言うべきで、後で船に乗ってから言うのは変だ。船宿に入った浪人が着物に付いた雪を払い落とす仕種は欠かせない。同じく、船宿に入る際に娘が先に入っていたが、この当時はあり得ないのでは。他は良かっただけに残念な思いだ。定式化された所作というのは意味があり、順序取りに演じるべきだと思う。
釈迦に説法ではあるが。
権太楼『鰻の幇間』、3年前に三田落語会で聴いたが、その時は権太楼が何やら不機嫌で、出来も今ひとつだった。この日は出だしから気分良さそうで、高座の出来も良かった。
幇間の一八が道で出会った男からいきなり「よう、師匠」と声を掛けられる。どこかで見たことが有る様な無い様な。そこは芸人、「どうも、大将」と応じるしかない。この戸惑いながら相手に合わせる時の表情が良い。
入った店は汚いし、女中にはおよそサービス精神がない。権太楼の描く女中の無愛想ぶりは天下一品。これが後半の伏線にもなっていく。出された酒肴にはお世辞をいうが、さすがに鰻だけはいかにも不味そうに食べる。一八は正直だ。男は便所に行くふりをして逃げてしまい、勘定は一八に押しつけられる。
ここから一八の女中相手の小言が延々と続く。指摘している点は全てがその通りだが、そこには怒りや嫌みよりペーソスが強く感じられる。一方、女中の方といえばきっと眉ひとつ動かさずに平然としているんだろう。権太楼の高座は、その対比が眼に見えるようだ。ヨシオ君という小道具を使っての高座は、さすがと言うしかない。

開口一番からトリまで、密度の高いお盆興行だった。

2015/08/10

日本人が世界に誇るべきは「反軍事の精神」

2015年8月4日付朝日新聞に「戦後70年 日本の誇るべき力」と題して、ジョン・ダワー氏(マサチューセッツ工科大名誉教授、著作に「吉田茂とその時代」「敗北を抱きしめて」などがある)のインタビューが掲載されている。
この中でジョン・ダワー氏が語っている内容については示唆される点が多々あり、いくつか抜粋し紹介する。

――戦後70年をふり返り、日本が成したこと、評価できることは?
「世界中が知っている日本の本当のソフトパワーは、現憲法下で反軍事的な政策を守り続けた事です。」
「1946年に日本国憲法の草案を作ったのは米国です。しかし、現在まで憲法が変えられなかったのは、日本人が反軍事の理念を尊重してきたからであり、決して米国の意向ではなかった。これは称賛に値するソフトパワーです。変えたいというのら変えられたのだから、米国に押しつけられたというのは間違っている。憲法は、日本をどんな国とも違う国にしました。」

――その理念は、なぜ、どこから生じたのか?
「政府の主導ではなく、国民の側から生まれ育ったものです。」
「平和と民主主義という言葉は、疲れ果て、困窮した多くの日本人にとって、とても大きな意味を持った。これは、戦争に勝った米国が持ち得なかった経験です。」
「もう一つの重要な時期は、60年代の市民運動の盛り上がりでしょう。・・・・・この時期、日本国民は民主主義を自らの手でつかみ取り、声を上げなければならないと考えました。」
「今に至るまで憲法は変えられていません。結果、朝鮮半島やベトナムに部隊を送らずにすんだ。もし9条がなければ、イラクやアフガニスタンも実戦に参加していたでしょう。米国の戦争に巻き込まれ、日本が海外派兵するような事態を憲法が防ぎました。」

――現政権が進める安保法制で、何が変ると思うか?
「国際的な平和維持に貢献するといいつつ、念頭にあるのは米軍とのさらなる協力でしょう。米国は軍事政策が圧倒的な影響力を持つ特殊な国であり、核兵器も持っている。そんな国と密接につながることが果たして普通の国でしょうか。」

――戦後の日本外交は米国との関係を軸にしてきた?
「戦後日本の姿は、いわば『従属的独立』と考えています。独立はしているものの決して米国と対等でない。」
「安倍首相の進める安全保障政策や憲法改正によって、日本が対米自立を高めることはないと私は思います。逆に、日本はますます米国に従属するようになる。その意味で、安倍首相をナショナリストと呼ぶことには矛盾を感じます。」

――対外的な強硬姿勢を支持する人も増えているが?
「他国、他民族、他宗教、他集団に比べて、自分の属する国や集団が優れており、絶対に正しいのだという考えは、心の平穏をもたらします。そしてソーシャルメディアが一部の声をさらに増殖して広める。」
「本当に恐ろしいのはナショナリズムの連鎖です。国内の動きが他国を刺激し、さらに緊張を高める。日本にはぜひ、この熱を冷まして欲しいものです。」

――日本のソフトパワーで何ができるだろうか?
「戦後日本で、私が最も称賛したいのは、下から湧きあがった動きです。国民は70年の長きにわたって、平和と民主主義の理念を守り続けてきた。このことこそ、日本人は誇るべきです。一部の人たちは戦前や戦時の日本の誇りを重視し、歴史認識を変えようとしていますが、それは間違っている。」
「本当に偉大な国は、自分たちの過去も批判しなければなりません。・・・・・郷土を愛することを英語でパトリオティズムと言います。狭量で不寛容なナショナリズムとは異なり、これは正当な思いです。すべての国は称賛され、尊敬されるべきものを持っている。そして自国を愛するからこそ、人々は過去を反省し、変革を起こそうとするのです。」

2015/08/09

喬太郎「牡丹灯籠~お札はがし」ほか(2015/8/8)

「葛飾納涼落語会~真夏の特撰怪談噺~」
日時:2015年8月8日(土)16時30分
会場:かめありリリオホール
<  番組  >
前座・林家つる子『新聞記事』
林家たけ平『死神』
柳亭左龍『ろくろ首』
~仲入り~
柳家喬太郎『牡丹灯籠~お札はがし』

8日連続猛暑日という東京で、いくらか暑さが緩和された8月8日、「葛飾納涼落語会」へ。
目的は唯一つ、喬太郎の『お札はがし』を聴くためだ。
以前に、横浜にぎわい座で喬太郎が『牡丹灯籠(通し)』を演じたことがあったのだが、チケットを忘れたのを桜木町駅で気付き、取りに戻って引き返した時は既に遅し。肝心の『お札はがし』と『栗橋宿』を聞き逃してしまった。今回はそのリベンジ。

亀有駅に下りるのも約50年ぶりだ。当時、親しかった友人に創価学会の熱心な信者がいて、誘われてこの駅近くで行われた会合に出たことがある。選挙が近かったせいか公明党(当時は公明政治連盟だったかな)の区議が出席していて、話しは選挙対策が主だった。一度で懲りた。ただパンフレットやらなんやら読まされたので、学会の神髄みたいなものは理解したつもりだ。なぜ学会は安倍の「安保法制」に手を貸したんだろう。分けワカラン。

会のサブタイトルが「怪談噺」だが、『死神』と『ろくろ首』は怪談とは言えまい。チョイト無理がある。もっとも3席続けて怪談噺をミッチリ演られたら、それはそれでキツイかも。

たけ平『死神』、通常は医者になった男が金が入ると散財し、女房子どもを追い出し、愛人と関西旅行に出かけるのだが、たけ平の高座では女房は家を出ないし、愛人との旅行もない、堅実な性格のようだ。
このネタのハイライトである生命の蝋燭が並んだ洞窟の場面で、男の恐怖と緊張感の描写が薄く、平凡な出来だった。

左龍『ろくろ首』、欲得でろくろ首の女を女房にした男。なに夜中に首が伸びるなんて、熟睡してれば気にならないと大言したが、実際に見たらそれはもう怖ろしくて逃げ帰る。
左龍得意の「顔芸」を活かして面白く聴かせたが、語りにもう少し起伏が欲しいと思った。

喬太郎『牡丹灯籠~お札はがし』
この演目は多くの演者が手掛けていて、何人かの高座に接しているが、厳密な構成で演じた柳家小満ん、青春文学風の語りが効果的だった春風亭小朝という、対照的な2席を推す。
先ず、ざっと粗筋を紹介するが、通常は『お露新三郎』と『お札はがし』を併せて演じることが多い。喬太郎の高座もそうだった。

医者の山本志丈の紹介で、飯島平左衞門の娘・お露と美男の浪人・萩原新三郎が出会い、互いにひと目惚れする。
新三郎はお露のことを想い悶々とした日々を送る。
新三郎は山本志丈からお露と女中・お米が死んだと聞かされるが、夏のある日にお露が牡丹灯籠を提げたお米を連れて萩原新三郎宅の前に現れる。これを機に毎夜二人は新三郎宅を訪れ、新三郎とお露は深い仲になる。
人相見の白翁堂勇斎がお露らを幽霊だと見破り、萩原新三郎にその事実と死相が出ていると告げる。最初は否定していた新三郎だが、調べていくうちにお露らが幽霊であることがわかり、僧侶の良石の助言に従い金の仏像とお札で幽霊封じをする。
新三郎の奉公人である伴蔵と妻のお峰は幽霊から頼まれ、百両もらって一計を案じて、萩原新三郎の幽霊封じの仏像を奪いお札を取り外す。
翌日、心配になった勇斎が伴蔵と一緒に家に入ると、既に新三郎は絶命しており、その傍には2体の骸骨が置かれていた。

こうした怪談噺では笑いを避けるのが普通だが、喬太郎は四季の小咄風のマクラをふり、本編でもお峰から疑われた伴蔵が「あの二人はこれだ」と言って幽霊の恰好をすると、お峰が「ピグモン?」と訊き、伴蔵に「我慢しろ!」と言わせるクスグリを入れていた。これも全体の雰囲気には影響せず、適度な息抜きとなっている。
全体として登場人物の造形は良く出来ていて、特に伴蔵のいかにも小心者の小悪党という人物像が巧みに描かれていた。オタイコ医者の山本志丈には、もっとアクの強さを強調して欲しかった。

2015/08/08

#32大手町落語会(2015/8/7)

第32回「大手町落語会」
日時:2015年8月7日(金)19:00
会場:日経ホール
<  番組  >
入船亭小辰『子ほめ』
柳亭左龍『野ざらし』
柳家喬太郎『同棲したい』
~仲入り~
入船亭扇辰『匙加減』
柳家さん喬『唐茄子屋政談』

隔月で行われる大手町落語会は昼席だが、年に一度、8月の会だけは夜席となる。仕事の帰りに足を運んでもらおうという主旨のようで、アタシのような無職の人間が参加するのはお門違いの気もするが、まあいいか。
真打4人はレギュラーで、ネタ出しはしない。
喬太郎がマクラで9月6日に湯島天神で行う「謝楽祭」についての案内をしていた。落語協会まつりということで今年が第1回、喬太郎が実行委員長だそうで、説明にも気合が入っていた。
アタシは、もちろん行かない。
江戸っ子の生まれそこないで、祭りが嫌いというのが第一の理由。
第二は、芸人にはその「芸」だけに興味があり、「素」の人間には全く興味がない。宴席に出たことがないし、落語家と話したこともない。寄席や落語会の会場付近で顔を見ることはあるが、声を掛けたり挨拶したりしたこともない。
噺家とは、高座と客との関係と割り切っている。実にツマラナイ人間である。
従って書くことも当然ツマラナイ。面白い記事を読みたい方は、他のサイトへどうぞ。

小辰『子ほめ』、こうした見る度に成長を感じる若手というのは、いいもんだ。開口一番で前座噺を掛けたが、口調の滑らかさといい「間」の取り方といい、技量は二ツ目でもかなり上位に位置する。話し方が師匠にそっくりで、いずれそこを脱して自分の型を作り上げて行くんだろう。

左龍『野ざらし』、サゲまでの通しで演じた。この人も確実に腕を上げている。かつては『野ざらし』といえば3代目柳好と相場が決まっていたが、今の人たちは例外なく8代目柳枝の型で演じている。大筋は変らないが、隣家の男の名を尾形清十郎としているところと、幽霊が訪ねてきた時に清十郎が小脇に槍を携えツカツカツカっと語るところ、八が釣りをし出すと隣の男が餌をつけるよう勧める所などは柳枝の型だ。いまCDで両者を聴き比べると柳枝の方が上手い。柳好の方はライブで聴かないと魅力が伝わらないのかも知れない。
最初の八と清十郎との掛け合いから、釣り場での八と他の釣り人との軽妙なヤリトリまでテンポの良い筋運びで聴かせた、後半では幇間の新潮の造形が良く、八も思わず吞まれてしまう様子が描かれていた。
惜しむらくは「さいさい節」の調子が合わず、あそこは一番の聴かせ所だけに更に稽古を積んで欲しい。

喬太郎『同棲したい』、この会では毎度同じで喬太郎だけは新作を掛ける。前後の古典を間に挟まって息抜きの高座にしている。この日も冒頭の「謝楽祭」の案内から始まり、日清の焼きそば、福井のソースかつ丼といった食い物の話題をタップリとマクラに振った。客も事情が分かってるので適当に楽しんでいた。もっとも耐えきれず途中で帰ってしまった客が一人いたようだが(喬太郎がそう言っていた)。
ネタのタイトル『同棲したい』は『同棲時代』のモジリ。家族3人が居酒屋でビールを飲んでいる。夫はサラリーマンであと2年で定年、妻は同年代で専業主婦のようだ。一人息子は就職を果たしたばかり。突然、夫が妻に離婚を切り出す。驚く妻に、自分は青春時代に憧れた同棲をしたいと言うのだ。離婚届けにサインした二人は自宅を出てアパート探し。神田川の側で木造、電車が通るたびに家がカタカタ鳴る部屋に住む。夫は会社を休んで肉体労働のアルバイトをし、妻はなぜかパンツ1枚で食事作り。会いにきた息子が呆れて説教すると・・・。
噺の舞台となる『神田川』『同棲時代』ともに1970年代前半に流行った。1970年前後の学生運動が高揚期を経て挫折の時代に入り、その癒しの音楽としてフォークが大流行した。今から約40年前という事になるから団塊の世代の青春期である。喬太郎の年齢とは合わず、むしろ団塊世代に焦点をあてて作ったものと思われる。
作品としては大して良い出来とは言えないが、喬太郎の話芸でそこそこ楽しませてくれた。

扇辰『匙加減』。元々このネタは、講釈師の小金井芦州から三遊亭円窓が教わって落語に仕立てたものだが、今や扇辰の十八番。もう聴くのは5,6回目になろうか、扇辰はしばしば高座に掛けている。個々の登場人物の演じ分けも見事で完成度は極めて高い。しばくはこのネタ、扇辰の独壇場となろう。

さん喬『唐茄子屋政談』 、ネタの選定で首を傾げたのは、前々回、つまり一昨年のこの会のトリでさん喬はこのネタを演じていた。少し間隔が短過ぎやしないか。
身投げしようとしていた徳を助けたのは本所に住む叔父さん。酸いも甘いも噛み分けた苦労人だ。徳に唐茄子の棒手ふりをさせようとすると、徳がみっともないからと嫌がる。すると叔父さんは、奉公人が一生懸命仕事して稼いだ金を湯水のごとく使うヤツの方が余程みっともないと説教する。徳が荷を担いで路地を出ようとすると、反対から入ってきた商人を足止めさせておいて、徳の後ろ姿をじっと見つめる叔父。厳しさと優しさの両面を備えた叔父の人物像を描かせたら、さん喬は当代随一だろう。
徳が石につまずいて転び唐茄子を投げ出した時に、気の毒がって長屋の衆に唐茄子を買わせていた男も苦労人だ。徳の身の上話しを聞いて、「俺にもそういう叔父さんがいたらなぁ・・・」という一言で、この男の人生を暗示させる手法も見事だ。唐茄子を全部は売らず2個残し、「残りはおめえが自分で売りな」とは、実に粋な男だ。吉原田圃に差しかかった徳が、昔を思い出しながら独白する場面も良かった。
ただ、後半の裏長屋で貧しい母子と出会う場面以降は、登場人物が泣き過ぎる。くどさが目立ち、却って感情移入が出来ない。
吉原田圃で切っておいた方が余韻が残り、良かったのではと思った。

2015/08/06

私たちは何という政府を持ってしまったんだろう

広島は今日8月6日、70回目の原爆の日を迎えた。
その前日の5日、安保法案を審議している参院特別委員会で、中谷元防衛相は核兵器の輸送も法律上は排除していないと明言した。
既に他国軍に提供できる「弾薬」として、手榴弾やミサイルが含まれることを言明していた。この日の答弁により、「核兵器、化学兵器、毒ガス兵器」も自衛隊が輸送が出来ることを明らかにした。
広島と長崎で毎年行われる平和宣言では、唯一の被爆国として核兵器の全面禁止を訴えてきた。
こうした主張が徐々にではあるが世界に受け容れられつつあるというのに、日本政府は核兵器を輸送できる法律を作ろうとしている。
中谷防衛相は日本は非核3原則があり、政策上の判断として核兵器を輸送することはないと答弁していたが、「政策上の判断」なんていうものは政府の解釈次第でどうにでもなる。それは今の政府が立証しているではないか。
第一、安倍政権は非核3原則についてこれを緩和する方向で動いている。
自民党議員の中には、日本も核武装すべしと主張している者さえ少なくない。

日本が、日本人が、戦後70年にわたり営々と築いてきたことを、安倍首相らは一気に覆そうとしている。

私たちは何という政府を持ってしまったんだろう。

「もとの黙阿弥」(2015/8/5)

「もとの黙阿弥」~浅草七軒町界隈~
日時:2015年8月5日(水)16時30分
会場:新橋演舞場
作 :井上ひさし
演出:栗山民也

本作品は井上ひさしが初めて大劇場での商業演劇用に書いた作品。井上によると800本の歌舞伎台本と河竹黙阿弥全集を3回読み直した結果、狂言の作劇の基本は「ナンノダレソレ、実はナンノダレガシ」にある事を見出した。つまり登場人物のはそれぞれ一身のうちに嘘(仮の姿)と実(本来の姿)の二つを合わせ持っていて、たがいに嘘を実(まこと)と信じ込み、悲劇と喜劇を織りなしてゆくと言うのだ。
確かに歌舞伎や能、狂言といった古典芸能の世界ではそうした作劇方法が多い。
井上によればギリシア悲劇もシェイクスピアもモリエールも同じ手法で戯曲を書いているとのこと。
この芝居の登場人物は嘘と実がない交ぜになっていて、さらに劇中劇で別の人物を演じると言う二重三重構造となっていることが特長だ。

ストーリーは。
時は文明開化の明治。所は浅草七軒町。黙阿弥の新作まがいの芝居を上演して興行停止の処分を受けてしまった芝居小屋・大和座の座頭である坂東飛鶴(波乃久里子)と番頭格の坂東飛太郎(大沢健)は、しかたなく「よろず稽古指南所」を開き、日々の糧を得る日々。今日も野菜売りの安吉(浜中文一)たちや女子衆が「かっぽれ」を習いに来ている。  
そこへ男爵家の跡取りの河辺隆次(片岡愛之助)と、その書生の久松菊雄(早乙女太一)が訪れる。隆次は姉の賀津子(床嶋佳子)が勝手に決めた縁談の相手と舞踏会で踊らねばならず、久松のすすめで飛鶴に西洋舞踊を習うことにした。  
二人と入れ違いに現れたのは新興財閥の長崎屋新五郎(渡辺哲)。良縁が舞い込んだ娘のお琴に西洋舞踊を仕込んでほしいと飛鶴に頼む。
翌日、やってきた長崎屋お琴(貫地谷しほり)は女中のお繁(真飛聖)と入れ替わって相手に会い、その人柄を確かめたいと言う。  
ところが隆次と久松も同じような事情で二人が入れ替わって相手を観察することにしたから、面倒なことに。入れ替わった二組はそれぞれ別の人物に成り切ろうとするが四苦八苦。
瓢箪から駒で、二組は会話しているうちに隆次(実は菊雄)お琴(実はお繁)、菊雄(実は隆次)とお繁(実はお琴)それぞれが相手に恋心を抱いてしまう。
嘘がばれたら双方ともに破談になりかねない。最初からこの事情を知らされていた飛鶴は、全てを丸く収めるために一計を案じるが・・・。

お定まりのストーリーだが、井上作品らしく唄あり、踊りあり、生演奏あり、おまけに劇中劇では珍しい「おマンマの立ち回り」まで披露というサービス満点。
人気役者たちの華やかでコミカルな演技と、おもちゃ箱をひっくり返した様な筋書で観客を楽しませていた。
しかし井上作品として他と比較した場合は、出来が良いとは言えまい。全てが予定調和過ぎている。
劇そのものより、役者を観に行く芝居だといえよう。

主役の片岡愛之助は初見だったが、色気と愛嬌がありいかにも歌舞伎役者らしい。口跡も良い。
お琴役の貫地谷しほりは可憐で愛らしい。精一杯舞台を努めていたのが良く分かった。
飛鶴役の波乃久里子が圧倒的な存在感を見せていて、この人が出て来ると他が霞んでしまうほどだ。
女中のお繁を演じた真飛聖のコミカルな演技が光る。お琴に成りすました時の不器用さが良い。
ワキでは、国事探偵を演じた酒向芳の軽妙な演技が印象的だった。

東京公演は25日まで。
9月1日より大阪松竹座で公演。

2015/08/05

【街角で出会った美女】ラトビア編

ソ連邦の時代には、連邦を構成する各国に対して生産物の分業が行われていました。ラトビアに対しては重工業、とりわけ武器の製造が割り振られていましたが、ラトビアがソ連から離脱した際にロシアの技術者は全員引き揚げて行きました。今では武器は売れなくなり、ラトビアの武器製造工場はほとんが廃工場となって、首都リガの周辺で無残な姿をさらしています。それに代わる有力な産業が育てられていない状況が続き、経済的にはバルト三国の中で最下位に位置しています。
近年、リガを中心に観光が盛んになり、経済も少しずつ上向きになっています。
リガはバルトの真珠、あるいはバルトのパリと呼ばれていて、旧市街を中心に中世のヨーロッパの街並みがそのまま残されています。特に建築物に興味のある方にはとても魅力的な街です。

6月3日にリガの市内観光をしたのですが、大統領府の前を通るとなにやら人垣が。この日が新大統領を選ぶ選挙の決選投票が行われていて、国営放送のクルーが来て中継をしていました。
この日に新大統領としてライモンツ・ヴェーヨニス氏が選ばれ、日本でも報道されていました。こういう場面に立ち会えるのも旅の楽しみのひとつです。
取材の中心には女性アナウンサーがいて、やはりこうした重要なニュースではベテランが起用されるようです。近づいてカメラを向けるとニッコリ笑顔を見せてくれました。
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こちらは旧市街で写生をしていた女性です。
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スィグルダという街の観光名所である13世紀に建てられたトゥライダ城の受け付けの女性です。民族衣装を着ていかにも清楚な感じです。
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2015/08/04

「安保法案」って、この程度の連中が作ったんだね

参院平和安全法制特別委員会は7月3日、安全保障関連法案に盛り込まれた集団的自衛権の行使について「法的安定性は関係ない」などと述べた礒崎陽輔首相補佐官への参考人質疑を行った。礒崎氏は法的安定性を否定する考えはなかったと釈明し、「大きな誤解を与えてしまった」と述べた。
しかし磯崎の問題発言は「法的安定性は関係ない。わが国を守るために必要な措置であるかどうかは気にしないといけない」というもので、極めて論理的であり誤解のしようがないものだ。
彼は同様の趣旨の発言を繰り返しており、いわば信念に基づくもの。
委員会ではしおらしく反省して見せたが、これが本心でないことは明白だ。
礒崎陽輔といえば、安倍首相の側近の一人で、国家安全保障担当の首相補佐官を務める。自民党の憲法改正推進本部事務局長で同党の改憲草案を取りまとめ、第2次安倍内閣発足以降は首相補佐官として特定秘密保護法、そして今回の安保法制と、安倍政権の政策推進の中心的役割を担ってきた人物だ。
その人物が安全保障関連法案について「法的安定性は関係ない」と断言しているのだから、その通りなんだろう。
磯崎は他にも問題発言を起こしている。
安保法制強行採決の際に「デモは5000人未満」などというデマを流した。
2012年5月28日のツイートではこんな事も述べていた。
「時々、憲法改正草案に対して、『立憲主義』を理解していないという意味不明の批判を頂きます。この言葉は、Wikipediaにも載っていますが、学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか」
磯崎にとっては、立憲主義は意味不明なのだ。

もう一人の安倍チルドレンに登場してもらおう。武藤貴也衆院議員である。
武藤もまた神道政治連盟国会議員懇談会(会長は安倍晋三だそうだ)と、マスコミを懲らしめる発言で問題となった文化芸術懇話会のメンバーだ。
武藤は、安保法案に反対するデモを行っている団体「シールズ」(SEALDs)について、7月31日にツイッターで次のように書いた。
「彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」
反対デモをしている人たちは極端なジコチューだと断じている。
「開いた口が塞がらない」とはこの事だ。
まだある。
7月23日付では、憲法の「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」の「3原則」をやり玉に挙げ、
「戦後の日本はこの三大原理を疑うことなく『至高のもの』として崇めてきた」
「私はこの三つとも日本精神を破壊するものであり、大きな問題を孕んだ思想だと考えている」
きっと憲法を読んだことがないだろうから、教えてあげる。
【第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。】
武藤貴也が憲法を頭から否定し、「憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」意志がないなら、さっさと議員を辞めることだ。

安倍首相は、上記の彼らの主張を否定はするだろう。しかしこういう連中が傍に集まってくるのは理由があるからだ。
「類は友を呼ぶ」のだ。

2015/08/03

青年座「外交官」(2015/8/1)

劇団青年座 第218回公演『外交官』
日時:2015年8月1日(土)16時
会場:青年座劇場
作:野木萌葱
演出:黒岩亮
<  キャスト  >
平尾仁:広田弘毅=重臣会議メンバー(元首相、元外相)
山﨑秀樹:松岡洋右=元外相、国際連盟脱退と日独伊三国同盟締結に貢献
高松潤:東郷茂徳=開戦時と終戦時の外相
横堀悦夫:重光葵=元外相、終戦直後に外相再任(降伏文書に調印)
矢崎文也:白鳥敏夫=駐伊大使
豊田茂:加瀬俊一=東郷茂徳の秘書官
山賀教弘:斎藤良衛=元満鉄最高顧問、終戦時は安立電機の工員
石井淳:大島浩=駐独大使、白鳥と共に三国同盟を推進
嶋田翔平:木戸幸一=重臣会議を主宰し、首班指名の決定権を持つ

ストーリーは。
1945年9月2日、日本側全権代表団は東京湾上のミズーリ号艦上で連合国に対しての休戦協定(降伏文書)に調印し、これをもって第二次世界大戦は終結した。
同年秋、極東国際軍事裁判(東京裁判)に向け、政治家や軍事指導者たちが逮捕されていくなか、元外交官たちが集った。外務省の庁舎は焼けてしまったので場所は帝国ホテルの一室。
出席者はいずれも戦前の日本の外交を主導していた外相経験者やドイツとイタリアの駐在大使、重臣会議のメンバーら。
1931年の満州事変から日中戦争を経て日米開戦、そして敗戦に至るまでの、日本外交の検証が始まる。
「なぜあの戦争は始まったのか」。
満州建国、国際連盟からの脱退、日独伊防共協定の締結、日ソ中立条約の締結、日米交渉の決裂と対日経済制裁、太平洋戦争へ突入、終戦工作、そして広島長崎への原爆投下を経て敗戦。
こうした重大な局面全てに外交官たちは係わってきた。
その多くは意見が分かれていて、日独伊三国同盟について推進派もいれば反対派もいた。国連脱退に反対だった者もいた。日米交渉ではもっと落し所があったのではと悔む者もいる。対米戦争だけは避けるべきと主張した者もいた。終戦工作を遅らせたために原爆投下を招いたと批判する者もいる。
しかし全体としては最悪なコースを辿って敗戦に至ってしまった。
議論は時に責任のなすり合いや罵倒し合いも。
外交官の責任は極めて重い。だが責任の全てを外交官が負うべきなのだろうか。彼らの努力は結局、陸軍の暴走と国民の熱狂に押し流されてしまったと、彼らは主張する。
劇中で重光葵は言う。「あの数年の間、国民のことを考える者など我々の中には誰もいなかった。考えていたのは日本国の国益だけだ」と。
周囲から東京裁判で無罪になりたいなら、全ては陸軍の所為にするよう勧められた広田弘毅は即座に拒否する。なぜなら「自身に責任がある」事を誰よりも知っていたからだ。

この劇はフィクションとノンフィクションの中間と言えるだろう。登場する外交官はいずれも実在し、それぞれが果たした役割や主張も史実にそって描かれているようだ。
しかし全体としてはフィクションである。
ならばもう一歩踏み込んで欲しかったのは、重光の言う国益と国民との関係だ。
日本の敗色が濃くなり水面下で連合軍との間で終戦工作を進めていたが、ズルズルを延ばした挙げ句に原爆投下を招いたのは「国体護持」に拘ったからだ。外交官たちはこの期に及んでも国民の生命より国体を選んだのだ。東京裁判において最も重視したのは昭和天皇の戦争責任の免罪だった。
「国益か、国民の生命か」というのは極めて今日的なテーマでもある。
この作品はその重要な部分を回避したようで、中途半端な印象を残してしまった。

公演は9日まで。

2015/08/01

米国にとって日本は同盟国ではなかった

昨日、アメリカのNSAが日本の政府機関や日銀、大手企業への盗聴を行っていたというニュースが報じられた。
以下に、長くなるが"THE NEW CLASSIC"の当該記事を引用する(見出しは省いた)。

<引用開始>
【さきほどWikileaksや伊・エスプレッソ紙が報じたところによれば、アメリカ国家安全保障局(NSA)は、日本の内閣や各省庁、三菱など大企業を盗聴していたことが明らかになった。
Wikileaksのプレスリリースによれば、盗聴対象となったリストには2006年9月26日に発足して2007年8月27日まで続いた第一次安倍政権や、三菱の天然ガス部門や三井の石油部門といった日本の大企業、宮沢洋一経済産業大臣などの政府関係者、そして日本銀行などが含まれている。
Wikileaksによれば、アメリカは日本の貿易摩擦や技術開発計画、気候変動政策、原子力やエネルギー政策などに関心を持ち、盗聴を計画。日本側は、こうした政策に関する情報をどこまでアメリカに共有するべきか懸念を持っていたが、実際にはアメリカ政府は、多くのことを知っていたようだ。

またこれらの盗聴内容は、米国から英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドにも情報共有されていた。これら5カ国の結ぶUKUSA協定「ファイブ・アイズ」と呼ばれ、加盟各国の諜報機関が傍受した盗聴内容や盗聴設備などが共有されている。

今回リークされた内容には、ドーハラウンドと呼ばれるWTO交渉に際しておこなわれた盗聴のレポートや、2007年にブッシュ米大統領と会談した上で示された、「安倍イニシアティブ」に関する盗聴レポートなども含まれている。
他にも、環太平洋パートナーシップ(TPP)の交渉に際して、アメリカが日本の戦略を注視していたことなども示されており、日本の貿易・産業政策にアメリカが高い関心を持ち、盗聴対象としてことが伺える。
またオーストラリアのTHE SATURDAY PAPERは、盗聴リストに菅官房長官や日銀・黒田東彦総裁などの番号が含まれていたことも報じている。2009年のドーハラウンドで農林水産大臣を務めていた石破茂幹事長の動きにも、NSAは注目していたとされる。

また今回明らかになったのは、NSAが日本の政府関係者のみならず、民間企業もターゲットとしていた点だ。三菱グループの天然ガス部門は、中東・極東ロシア・インドネシア・アフリカなどの液体天然ガス開発プロジェクトに参加しており、三井物産の石油部門は、中東・東南アジア・北米・欧州など世界各国での資源開発に携わっているが、こうした企業の動向は、NSAの盗聴対象となっていた。

今月4日には米・ワシントンポスト紙が、外国情報活動監視裁判所(FISC)が2010年にNSAに対して許可した盗聴対象リストの中に、中国や北朝鮮、韓国、そして日本が含まれていたことを報じている。】
<引用終り>

NSAはドイツのメルケル首相の携帯電話まで盗聴していて、米独間の外交問題にまで発展した過去があるので、日本の各機関が盗聴対象にされていたことは驚くにあたらないのかも知れない。
注目すべきは次の2点だ。
1.またこれらの盗聴内容は、米国から英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドにも情報共有されていた。これら5ヶ国の結ぶUKUSA協定「ファイブ・アイズ」と呼ばれ、加盟各国の諜報機関が傍受した盗聴内容や盗聴設備などが共有されている。
2.外国情報活動監視裁判所(FISC)が2010年にNSAに対して許可した盗聴対象リストの中に、中国や北朝鮮、韓国、そして日本が含まれていた。
つまり日本は、アメリカと情報を共有する「ファイブ・アイズ」に入れて貰えないばかりか、中国や北朝鮮、韓国と並んで盗聴対象国とされていたわけだ。
米国との同盟強化をさけぶ日本政府としては、ここまでコケにされていたのだから怒らなくてならないだろう。安全保障関連法案の前提が崩れてきた。

もう一つは、元々これらの盗聴は国際テロを未然に防ぐという名目で行われていた筈だが、そうではなかった。
この「〇〇のためにはXXが許される」が、いずれ「〇〇のためには」が無限に拡大されてゆく事を、私たちも今後の教訓としてゆかねばなるまい。

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