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2015/10/18

#19東西笑いの喬演(2015/10/17)

第19回「東西笑いの喬演」~落語の四季~
日時:2015年10月17日(土)18時
会場:国立演芸場
<  番組  >
桂吉坊『正月丁稚』(初春)
笑福亭三喬『天王寺詣り』(春)
柳家喬太郎『重陽』(秋)
~仲入り~
柳家喬太郎『ちりとてちん』(夏)
笑福亭三喬『尻餅』(冬)
*全てネタ出し

この会は「喬太郎・三喬 二人会」として、東京と大阪で各1回の年2回開催で行われている。今回は「落語の四季」という趣向で演目を選んでいる。
公演プログラムに主催者の「みほ企画」代表者・山口一儀氏の桂米朝追悼文が掲載されていて、師の功績の一つに上方落語を全国に広めたことをあげている。ただ東京の落語愛好者の一人から言わせて貰うと、東京に限れば上方落語の紹介者としては2代目桂小文治、三遊亭百生、2代目桂小南の名があがる。この人たちの下地があったから、その後の上方落語が抵抗なく受け容れられてきたのだと思う。

吉坊『正月丁稚』、東京では『かつぎや』あるいは『七福神』というタイトルでお馴染みだが、オリジナルは上方のコッチ。大阪の元旦の情景を描いたもので、若水を汲み一同揃って雑煮を頂き新年の挨拶回りをする。正月らしく主や番頭が目出度いことを言うと、それを丁稚の定吉がいちいち混ぜっ返すというもの。ストーリーより正月を迎える店のしきたりや奉公人たちの姿を描くことに重点が置かれている。客席の反応は今ひとつだったが初春の雰囲気が溢れていて、アタシはこの日の中ではこの吉坊の高座が最も良かった様に思う。

三喬『天王寺詣り』、舞台になる四天王寺は、春と秋の彼岸には祖先の戒名を書いた経木を亀の池に流し、引導鐘をついて供養するために参詣するのだそうだ。この落語は天王寺のガイドにもなっていて、聴いていると行ってみたくなる。
不注意から愛犬を死なせてしまった喜六が知り合いの甚兵衛に案内され、犬の供養のため二人で四天王寺に行く。犬のついでに父親の戒名を経木に書くのだから、昔も今もペット好きの人というのはいたわけだ。境内のあちこちを見て回り、引導鐘をついてもらうと犬の唸り声が聞こえてきた。喜六は坊さんに「三遍目はわたいに突かせておくんはなれ」と頼み、鐘をつくと「クワーン!」と犬の鳴き声が聞こえた。「ああ。無下性(乱暴)にはどつけんもんや」でサゲ。このサゲは解説が無いと分からないのではなかろうか。6代目松鶴の録音や百生の高座では、もっと天王寺のざわつきが表現されていた記憶があるのだが。

喬太郎『重陽』、原作は上田秋成の『雨月物語』から『菊花の契り』*)だそうで(未読)、それに少し手を加えて落語に仕立てたもの。9月9日は陽の数で最も大きい9が重なるので「重陽の節句」としてお祝いする習慣があった。別名「菊の節句」とも呼ばれ菊の花を愛で菊の香りを移した菊酒を飲んだりして邪気を払い長命を願うというもの。義兄弟の武士の話で、兄が遠く離れた故郷に帰り重陽の節句までには戻ると約束する。重陽の日に首を長くして待つ弟の所へ戻ったのはなんと兄の霊。事情を聞くと君主は代替わりしており、神君は冷酷そうな人物で仕官を断ると城内に監禁される。約束を果たすために切腹して果て霊魂となって家に戻ったと言う。事情を聞いた弟は兄の城下に向かい新君と面会して激しく面罵するが、刀を抜けぬまま兄の遺骨を抱いて帰って行く。新君が弟の義を讃え、もし仕えてくれれば「重用」したものをでサゲ。
ピーンと張りつめた様な客席の雰囲気の中で語り切った喬太郎の力は評価するが、筋がどう見ても落語向きとは言えない。怪談噺でも人情噺でもないし、仇討ちでもなく勧善懲悪でもない。それと『菊花の契り』というタイトルからこの義兄弟二人は衆道の関係だったのでは。ちょっと考え過ぎかな。
註*)若鷹軍団さんからの指摘で訂正しました。

喬太郎『ちりとてちん』、後半はガラリと趣向を変えて夏の噺。と言ってもこのネタ、一時期喬太郎は頻繁に高座にかけていた。冒頭の部分でネタが分かった観衆から「エ、エー」という声が上がって、高座の喬太郎が『どうして?チンでいいだろう!』と答える場面もあった程だ。喬太郎の顔芸だけで客席を沸かせていた。
前半の新作が重かったので、後ろは軽いネタにしたようだ。

三喬『尻餅』、貧乏長屋の夫婦が正月用の餅がつけず、せめて音だけもいう事になり、女房の尻を亭主が叩くことで餅つきの音を響かせるというもの。庶民の歳の瀬の風景を描いたものの様だが、どうもバレ噺に見えてしまうのだ。四つん這いになって尻をまくった女房を見て亭主が「うわぁ~、ほぉら立派な臼やなぁ」と感嘆の声を上げるのだが、当時の房事では女性が男性に尻を向けることは無かったようだ。だから亭主にとっては初めて見る光景で、思わず見とれてしまったのだろう。この尻を亭主が叩く続けるのは何となくスパンキングを連想させる。三喬は餅つき職人の姿を丁寧に描いていたが、前半の部分で「アホ、米が買えるぐらいやったらなにも苦労するかい」と言うべき所を、米を餅と言い間違いしてしまったのが残念。
余りの尻の痛さに堪えかねて女房があと幾臼?と訊くと亭主が2臼と答える。そこで女房が「ちょっとこちの人、あとのふた臼は白蒸しで食べといて」でサゲ。白蒸しならもう餅つきの音は不要になるからだ。

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コメント

いつも高い見識のブログの内容に感服しております。といいつつ、多忙(たくさん心をなくしました…)だったため久しぶりの、密かなる訪問です。私の地元に住んだこともあるという上田秋成の『雨月物語』。そのうちの「菊花の契り」ですね。ハイ、衆道ネタとして密かに有名ですよ。でも、これを落語にするのは、至難の業だと思います。すごいチャレンジ精神ですね。

投稿: 若鷹軍団 | 2015/11/22 01:55

若鷹軍団様
オリジナルを喬太郎が小泉八雲作と言ったのでそのまま書いてしましましたが、同名の作品でも上田秋成の『雨月物語』からでしたか。有難うございます、本文を訂正します。衆道は武士の世界では普通の事だったようなので作品に採り上げられるのは不思議ではありませんが、落語のネタとしては?と首を傾げてしまいます。

投稿: ほめ・く | 2015/11/22 09:08

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