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2015/10/20

「諸国を遍歴する二人の騎士の物語」(2015/10/19)

テアトル・エコー公演150「諸国を遍歴する二人の騎士の物語」-ドン・キホーテより-
日時:2015年10月19日(月)19時
会場:エコー劇場
作:別役 実 
演出:永井寛孝
<  配役  >
山下啓介/騎士1
沖恂一郎/騎士2
藤原堅一/従者1
川本克彦/従者2
永井寛孝/医者
小野寺亜希子/看護婦
溝口敦士/牧師
薬師寺種子/娘
沢りつお/宿の亭主

テアトル・エコー代表の熊倉一雄さんが2015年10月12日直腸癌のため亡くなった。外国映画の吹き替えやアニメの声優、CMなどで幅広く活躍されていた。テアトル・エコーにあっては演出家として俳優として劇団をリードしてきた。特に『日本人のへそ』を始めとする初期の一連の井上ひさし作品は熊倉一雄とのコンビで上演されている。2010年の井上ひさし追悼公演となった『日本人のへそ』では熊倉が演出し舞台にも出ていた。2014年11月に行われた舞台「遭難姉妹と毒キノコ」が最後の出演となったが、私にとってもこれが見納めになってしまった。
本公演では元々騎士1の役で出演予定だったが直前になって体調を崩して休演、結局亡くなってしまった。私も熊倉の舞台を楽しみにしていただけにとても残念だ。
ご冥福をお祈りする。

本作品は別役実フェスティバル参加作品の一つとして上演されたもので、「エコー版 不条理コメディ」と銘打っている。
ストーリーは。
荒野の一角にある、移動式簡易宿泊所。
そこへ病人目当ての医者と看護婦、死人目当ての牧師がやってきて、まだ見ぬ客を取りあっている。 宿の亭主が戻り、ここで商売をされては困ると苦言を呈しても請け合う気はない様子。
亭主の娘が「埴生の宿」を歌いながら戻ってくると、それにつられて客がやってきた。荒野を渡る風が吹き、マントをひるがえして疾風のように二人の騎士が従者を連れて、と言いたいが枯れ木のように老いぼれたヨロヨロと現われる。
しかし登場人物たちはこの老騎士二人に次々と殺されてしまう。正確には宿の娘だけは自殺し、従者は巨大な風車に突っ込み消えて行く。
殺人の理由は「殺さないと、殺されるからね」。
最終シーンは、老騎士二人がテーブルを挟んで向かい合って座り、「今は秋かい?」「そうだ、秋だよ」「だとすれば私たちは今、ゆっくり冬の方へ動いているんだ」で終幕。この二人もやがて来る自分たちの死をじっと待っている。

ウ~~ン、分からないなぁ。
こういう芝居を不条理劇ってゆうんだって。
Wikipediaの解説では次の通り。
【リアリズム演劇を含め、従来の演劇では、登場人物たちによる状況の変化を求める行動が、新たな状況を具体的に生み出し、最終的に状況が打開されるか、悲劇的な結末を迎える。このダイナミズムがストーリーの軸となっている。行動とその結果の因果律が明確な世界観と言える。
これに対し、不条理演劇では、登場人物の行動とその結果、時にはその存在そのものが、因果律から切り離されるか、曖昧なものとして扱われる。登場人物を取り巻く状況は最初から行き詰まっており、閉塞感が漂っている。彼らはそれに対しなんらかの変化を望むが、その合理的解決方法はなく、とりとめもない会話や不毛で無意味な行動の中に登場人物は埋もれていく。ストーリーは大抵ドラマを伴わずに進行し、非論理的な展開をみせる。そして世界に変化を起こそうという試みは徒労に終わり、状況の閉塞感はより色濃くなっていく。】
こ解説を読むとナルホドと合点がいく。ドン・キホーテとサンチョ・パンサを思わせる二人の老人が連続殺人を起こすのだが、理由はない。宿の娘の自殺も理由は見当たらない。現実的にもこういう事件は起きているが、極めて稀な例だ。
作者。別役実がこの作品を通して観客に何を訴えたいのか、私には理解できなかった。
どうやら私には不条理劇は無理らしい。それが分かった。

とはいえ、出演者の演技は悪くなかった。というよりは、今まで観たこの劇団の芝居の中ではかなり良かった。とりわけ沖恂一郎の飄々とした演技が印象に残った。
それにつけても、熊倉一雄を見たかったね。

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