バグダッド動物園のベンガルタイガー(2015/12/11)
『バグダッド動物園のベンガルタイガー』
日時:2015年12月11日(金)14時
会場:新国立劇場 小劇場
作=ラジヴ・ジョセフ
翻訳=平川大作
演出=中津留章仁
< キャスト >
杉本哲太:タイガー
風間俊介:米軍兵士ケヴ
谷田歩:米軍兵士トム
安井順平:イラク人通訳ムーサ
粟野史浩:ウーダイ(サダム・フセインの長男)
クリスタル真希:イラク人女
田嶋真弓:イラク人少女/ハディア(ムーサの妹)
野坂弘:イラク人男
ストーリー
2003年にアメリカがイラクに侵攻し、空爆によって破壊されたバグダッド動物園に1匹のベンガルタイガーが残されていた。檻の前で警護のアメリカ兵二人のうち、トムが腹をすかせたトラに手を噛みちぎられる。直ちに仲間の兵士ケヴがトラはその場で射殺しトムを助け出す。死んだトラは幽霊となって撃った兵士ケヴに取り憑いてしまい、精神に異常を来たしたケヴは自殺。これまた幽霊となり、義手をつけた元相棒トムに取り憑く。フセインの長男ウーダイによって妹ハディアを殺されたイラク人ムーサは、通訳として米兵とイラク人との間で苦しむ。そしてムーサもまた元雇い主であるウーダイに取り憑かれる。
かくしてトラの幽霊、アメリカ兵ケヴの幽霊、さらにはサダム・フセインの息子の幽霊、さまよう女の子の幽霊が次々と出現する。幽霊と現実を生きる人間とが絡み合い、バグダッドに渦巻く欲望と残虐さがあらわになっていく。
2003年9月にバグダット動物園内で米兵がトラを射殺した事件があり、作者はこれに着想を得て本作品を執筆したとある。
現在の中東諸地域の混乱や、ISに代表される破壊的政治勢力が引き起こすテロの世界各地への拡散させた深刻な事態は、いずれもアメリカによるイラク侵攻が根源だ。
当初、米軍がサダム・フセイン一家を一掃しイラクを民主化した際に、イラク人から歓迎されるものと信じていた。しかし米国のイラク占領に対してイラク人の反発を招き、反米闘争も始まる。これを裏切りと見た米軍とイラク人との軍事衝突が頻発するようになり、現在に至るイラク内戦を招いた。
この芝居でもフセインの屋敷に踏み込み、二人の息子を射殺した米兵たちが屋敷の中にあった金銀財宝を持ち出し秘匿するというエピソードを織りこみ、イラク戦争の大義に疑問を投げかけている。
また現地に米兵がイラク人通訳を使用人のように扱い、イラク民間人との板挟みになった苦悩も描かれている。
射殺され幽霊にになったトラが、野生時代に幼い子どもを殺して餌にした事を思い出し、自らの獣性に悩むというシーンもある。
戦争の現実に堪えられず精神に異常をきたし自殺するという米兵の姿をケヴに代表させ、障害を負い本国に帰還してからの生活を考えて財宝に執着する米兵の姿をトムに反映させている。
こうした個々の問題提起に拘らず、私はこの作者が戯曲を通して”要するに何を言わんとしているか”が理解できなかった。この肝心な点が把握できなかったので、見終っての満足感が得られなかった。
出演者では風間俊介の熱演が光る。軽薄で繊細なおよそ兵士には不向きな人間がイラクへ派遣され狂っていく様を演じた。幽霊になってから妙に高尚な人物になる変わり身も面白かった。
他に、哲学的なトラを演じた杉本哲太、米兵とイラク人との間の板挟みに苦しむ通訳を演じた安井順平、徹底した極悪人のウーダイを演じた粟野史浩が好演。
公演期間は12月27日まで。
| 固定リンク
「演劇」カテゴリの記事
- 「青鞜」を描いた『私たちは何も知らない』(2019/12/10) (2019.12.11)
- 文楽公演『一谷嫩軍記』(2019/12/6) (2019.12.08)
- 舞踊公演「京舞」(2019/11/30)(2019.12.01)
- 「羽衣」をテーマとした能と組踊(2019/11/28) (2019.11.29)
- 『通し狂言 孤高勇士嬢景清』(2019/11/19) (2019.11.20)
コメント