「吉ちゃん、惚れたか!」二月大歌舞伎・夜(2016/2/3)
「二月大歌舞伎・夜の部」
日時:2016年2月3日(水)16時30分
会場:歌舞伎座
一、ひらかな盛衰記
源太勘當
< 配役 >
梶原源太景季/梅玉
腰元千鳥/孝太郎
横須賀軍内/市蔵
茶道珍斎/橘太郎
梶原平次景高/錦之助
母延寿/秀太郎
二、籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)
序幕 吉原仲之町見染の場
二幕目立花屋見世先の場
大音寺前浪宅の場
三幕目兵庫屋二階遣手部屋の場
同 廻し部屋の場
同 八ツ橋部屋縁切りの場
大詰 立花屋二階の場
< 配役 >
佐野次郎左衛門/吉右衛門
兵庫屋八ツ橋/菊之助
下男治六/又五郎
兵庫屋九重/梅枝
同 七越/新悟
同 初菊/米吉
遣手お辰/歌女之丞
絹商人丹兵衛/橘三郎
釣鐘権八/彌十郎
立花屋長兵衛/歌六
立花屋女房おきつ/魁春
繁山栄之丞/菊五郎
三、小ふじ此兵衛 浜松風恋歌(はままつかぜこいのよみびと)
< 配役 >
海女小ふじ/時蔵
船頭此兵衛/松緑
2月の歌舞伎座は夜の部へ。目的は明確で吉右衛門が出る『籠釣瓶花街酔醒』を観るためだ。
未だ小学生時分に、初代吉右衛門の舞台を観ていた。と言っても低学年だったから実際の舞台はほとんど憶えていない。小学生の頃から何度か親に連れられ歌舞伎に行ったが、ストーリーが理解できたのは高学年になってからで、10歳以下では無理だ。
ただこの芝居ではとても印象に残っている事がある。それは佐野次郎左衛門が吉原の花魁・八ツ橋を見染める場面で、花道の七三辺りで八ツ橋が振り向いてニッコリ微笑みかける。これを見た次郎左衛門が魂を抜かれた様な表情になり、ウットリと花魁の後姿を追い続けるのだが、ここで大向こうから「吉ちゃん、惚れたか!」と声が掛かった。場内は爆笑と拍手でこれを迎えた、この掛け声だけが記憶に残っている。この場合の「吉ちゃん」は初代中村吉右衛門でしかあり得ない。
幼い時の記憶とはそんなものかも知れない。
そして今までに聞いた大向うではこれが最高傑作だ。
歌舞伎の掛け声というと屋号で掛けると良く言われるが、住んでいる地名で掛けるケースもあり(この日なら尾上松緑の「紀尾井町!」)、時には先の様なウィットに富んだ掛け声もある。大向うは芝居の花であり、これも歌舞伎見物の楽しみの一つだ。
『籠釣瓶花街酔醒』についてざっと解説する。
江戸時代の享保年間に起きた「吉原百人斬り」事件をもとにした、三代目河竹新七(黙阿弥の門人)の作。
粗筋は、田舎のお大尽が江戸の吉原で一目見た花魁の美しさに魅かれ通い詰め、身請けを申し出る。花魁には言い交した間夫(本命)がいて、間夫からの強い要請でお大尽に対し身請けの件を断ると同時に、二度と来ないでくれと「縁切り」を宣言される。満座の中で恥をかかされたお大尽が怒りを募らせ、手にした妖刀で花魁を斬殺するという物語だ。
こう書くとミもフタもなくなるので、もう少し見所を紹介する。
序幕「吉原仲之町見染の場」では八ツ橋の花魁道中の華やかさが見もの。禿、新造を従えての花魁道中は夢の様な美しさ。佐野の絹商人、佐野次郎左衛門がすの姿に見とれていると、八ツ橋が振り向いて微笑む。ここですっかり魂を奪われた次郎左衛門はすっかり呆けて持っていた羽織も傘も落してしまう。
モナリザじゃないがここでの八ツ橋の微笑みは「謎」なのだが、有頂天になっている男は自分への好意だと信じてのぼせ上ってしまう。男性なら、多少覚えがあるだろう。
八ツ橋の元にせっせと通い詰める次郎左衛門に八ツ橋も誠意を尽くし、身請けの話まで進んで行く。
処が八ツ橋に親代わりという釣鐘権八という遊び人がいて、揚げ屋の立花家を通して次郎左衛門から金を引き出そうとするが断られる。その腹いせに昔からの八ツ橋の情夫(いろ)である繁山栄之丞に、このままでは八ツ橋が身請けされてしまうと告げ口し、栄之丞を焚きつける。怒った栄之丞は八ツ橋の座敷に乗り込み、次郎左衛門との縁切りを迫る。
三幕目「八ツ橋部屋縁切りの場」では、次郎左衛門が商売仲間を引き連れて座敷で待っていると、現れた八ツ橋は「ぬしと口をきくと病が起こる」と言い出し、次郎左衛門に「縁切り」を宣告する。あまりの変身に戸惑う次郎左衛門だが、仲間の前で受けた恥辱に堪えながら体を傾けこらえる。
爆発しそうになる怒りや恨みをぐぐっと飲み込みながらの次郎左衛門のセリフ、「花魁、そりゃ、あんまりそでなかろうぜ」が痛切に響く。
八ツ橋から自分には間夫がいると聞かされた次郎左衛門は諦め、傷心を抱えて故郷に帰る。
大詰「立花屋二階の場」では、数か月後に再び江戸に戻った次郎左衛門は立花屋を訪れ、八ツ橋と再会する。最初はわだかまりが解けたかに見えたが、やがて次郎左衛門は持参してきた妖刀籠釣瓶で、一刀の元に八ツ橋を斬り絶命させる。
座敷には「籠釣瓶は切れるなぁ」という次郎左衛門の言葉だけが虚ろに響く。
中村吉右衛門の演技が圧巻だった。序幕のいかにも田舎者らしい男の姿から、吉原に通い詰めるうちに次第に洗練されてゆき、有頂天になってゆくさま。そして満座の中での思いもかけぬ花魁からの縁切りに最初は戸惑いながら、恥ずかしさと怒りに堪えに堪えて行く姿を全身で表現していた。
男の可愛らしさ、色気、忍耐、そして最後の狂気のさままで、これは吉右衛門以外では演じることが出来まい。
菊之助の八ツ橋は初役と思われるが、女形としての美しさは当代屈指。次郎左衛門がメロメロになるのも無理はない。ただ縁切りの場での表情では、次郎左衛門に対し心の中では詫びていたのか、それとも情夫の手前割り切って縁切りしたのか、そこが窺えなかった。
それと八ツ橋役は代々成駒屋のお家芸だった筈だが、適役が不在だったのだろうか。
他にも書きたい事があるが、長くなったので終りにする。
« プライム落語・東京(2016/2/1) | トップページ | 桂春団治の訃報 »
「演劇」カテゴリの記事
- 辻萬長さんの死去を悼む(2021.08.23)
- 日本の戦後を問う『反応工程』(2021/7/14)(2021.07.15)
- 「彼らもまた、わが息子」(2020/2/13) (2020.02.14)
- 文楽公演『新版歌祭文』『傾城反魂香』(2020/2/11) (2020.02.13)
- 能『八島』ほか(2020/1/11) (2020.01.12)
コメント