【書評】不破哲三「スターリン秘史―巨悪の成立と展開〈3〉」~ヒトラーとスターリンによる世界分割~
不破哲三(著)「スターリン秘史―巨悪の成立と展開<3>大戦下の覇権主義(上)」(新日本出版社 2015/5/16初版)
不謹慎な言い方を許して貰えればこの本はとても面白い。第二次世界大戦中のスターリン及びソ連の外交政策をここまで冷徹に批判した歴史書は珍しいと思う。それも日本共産党の最高幹部だった不破哲三によって書かれている事がとても興味深い。
【第二次世界大戦】は「大辞林」には以下に様に要約されていて、我々も学校の授業ではこうし内容で教わった様に記憶している。
「世界恐慌後,世界再分割をめざす後進資本主義国である日・独・伊のファシズム枢軸国と,米・英・仏・ソ連・中国などの連合国との間に起こった全世界的規模の戦争。1939年ドイツのポーランド侵入が発端となって開始され,41年日本の対米開戦による太平洋戦争の勃発とドイツの独ソ不可侵条約破棄による独ソ戦争により戦乱は一挙に全世界に拡大した。当初は枢軸国が優勢であったが,42年後半から形勢は逆転し,43年スターリングラードの戦いでドイツが大敗して以後,43年9月イタリアが降伏,45年5月ドイツ,続いて8月日本が無条件降伏し,戦争は終結した。」
つまり日独伊3国のファシズム枢軸国と米英ソを中心とした連合国との世界規模の戦争というのが一般的な理解だと思われる。
しかし本書によれば開戦からドイツによるソ連侵攻に至るまでの間は、ソ連は完全に枢軸国側の一員であった事が明らかにされている。その原因の全てはスターリンの覇権主義からきたもので、ヒトラーと手を結んで世界支配を目論んでいたというものだ。
二次大戦がドイツのポーランド侵攻によって開戦になったのは間違いないのだが、それは予めソ連との間の約束に従ったものだった。1939年に「独ソ不可侵条約」と「秘密議定書」が結ばれ、東欧から北欧に至る地域をヒトラーとスターリンの合意により、ドイツとソ連両国で分割支配しようという協定が行われる。その協定に従って先ずドイツがポーランドの西側から侵入し、ついで遅れてソ連が東側から侵入する手筈にしてあった。分かり易く言えば芝居の立ち回りのようにドイツがこう切り、ソ連はこう受けるという形が最初から決まっていたのだ。
開戦を契機にして独ソ両国は「約束」通り、東欧から北欧にいたる国々を支配下に収めてゆく。
問題はソ連がそれまではナチスドイツをファシズムと規定し反ファッショを世界に呼び掛けていたことだ。そこでスターリンは屁理屈をこねて開戦の責任は英仏などの連合国側にあり、彼らとの戦いを主要な目的とするよう指示し方向転換する。以後のソ連は一方でドイツの進撃を称賛するとともにドイツへの物資提供を行う。ソ連の支えがなければ二次大戦の初戦におけるドイツの勝利は不可能だったとも推定されているほどだ。
ドイツが西欧の大半を手に入れ英国との戦争を始める頃になると、イギリスの敗北を確信したヒトラーは矛先を大きく転換する。彼の本来の目標であるソ連への侵攻の準備にかかる。
しかし当時のドイツとソ連の支配地域の国境線は長大で、相手に気付かれぬように戦闘を準備することは至難の業だ。
そこでヒトラーはソ連を欺くための策略を練る。
最初に手掛けたのは「日独伊三国同盟」の締結だった。当時の日本は西欧諸国がドイツの支配下に入ったのを絶好の好機とみて、彼らが支配していた南洋の地域に侵出することを目指していた。これにドイツがお墨付きを与えるという内容に飛びついた。ドイツという勝ち馬に乗る「バスに乗り遅れるな」という日本政府内の気風も大きく影響した。
次にヒトラーが打った手は「日独伊三国同盟」を基にソ連と交渉し、ソ連を引き込んだ「四国同盟」の結成だ。つまりアメリカ大陸を除く、アフリカ大陸を含む全ユーラシア地域を独ソ日伊の四国で分け合おうという協定だ。この同盟が実現すれば、ソ連は念願の地中海、インド洋、アラビア海への進出が可能になるとあって、スターリンはこの提案を受諾する。
ここにソ連は日独伊の枢軸国と同盟を結び、連合国とは対決する立場になる。
しかし、これはヒトラーがソ連にまいたエサであり、煙幕だった。1940年12月の、四国同盟の提案にスターリンが同意する旨の回答があった直後に、ヒトラーはドイツ軍の幹部を集め対ソ軍事作戦の準備を指示する。開戦は1941年5月と設定した。ただ既に対英国との戦闘は膠着状態に入っており、ドイツの快進撃には影が差しつつあったのだが。
ヒトラーの最終目標は熟知していたスターリンとしても、ドイツに対して全くの無警戒ではなかった。大戦前に大量の軍幹部を粛清していたことや、装備の機械化が遅れていてヨーロッパ諸国に比べ軍備が大幅に劣っていた事から、軍備を増強し軍の体制を立て直す時間が必要だった。ソ連としても四国同盟によって一定期間は時間稼ぎができるというメリットがあったわけだ。
四国同盟を受けて1941年、日本の松岡外相が独伊ソ三国を訪問する。そこでスターリンから思いがけない提案がなされる。「日ソ中立条約」の提案だった。ソ連が日本の満州支配を承認し、その代りにソ連のインド侵出は認めるというものだ。日本としては先に南洋への侵出はドイツが承認し、ソ連が満州国の承認をしてくれれば、後顧の憂いなく南洋へ侵出が出来るわけだ。併せてこの条約があれば当面はソ連との軍事衝突が避けられるのも利点だった。そうした思惑からドイツの警告を無視して(ドイツは対ソ戦を決めていたので日ソ間の条約は好ましくなかったが、真意を日本に伝えるわけには行かなかった)、1941年日本はソ連との間で「日ソ中立条約」を締結する。
かくしてソ連は、枢軸国以外で満州を正式に承認した最初で最後の国になる。
日ソ両国ともに「腹にイチモツ、手にニモツ」というわけで、お互いの真意を隠したまま見掛け上の友好条約を結ぶ事にあいなった。
第3巻はここまでだ。
本書で不破は、従来の歴史書に比べヒトラーとスターリンをより狡猾な人物として描いているようだ。1940年の独ソによるベルリン会談と、それに引き続く独伊日ソ四国同盟の評価について従来の評価とは異なる結論を出しているが、最近になって公開された当時の資料やその後の戦況を見ると、不破の指摘が当っているように思える。
冒頭に記した様に、とにかく面白い本なので、興味のある方にはご一読を薦めたい。
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