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2016/03/02

【書評】不破哲三「スターリン秘史—巨悪の成立と展開(4)」~独ソ同盟から英ソ同盟への転換~

Photo不破哲三(著)「スターリン秘史—巨悪の成立と展開〈4〉大戦下の覇権主義(中)」(新日本出版社刊 2015/9/10初版)
3巻で独ソ同盟の成立と、ヒトラーとスターリンによる世界分割構想について触れたが、独ソ関係が表面上は安定していたかに見えたがヒトラーはその陰でソ連への侵攻を着々と準備していた。「我が闘争」に見られるように元々ヒトラーは熱烈な反共主義者であり、ソ連を潰すことを最終目標に置いていた。ドイツが対イギリスとの戦争が膠着状態になっていた1941年6月にソ連への侵攻を開始する。ナチスドイツにとっては対ソ戦争は絶滅戦争としており、他と異なる特別の戦争という位置づけだった。
ドイツが約半年間かけて戦争準備をしていて、その情報はイギリスのチャーチル首相からスターリンへの親書や、日本にいたスパイ・ゾルゲからの電信により刻々と伝えられたにも拘らず、なぜかスターリンはこうした情報を握り潰し、周囲にはドイツが攻めてくることは有り得ないと断言していた。そのため初戦においてはドイツ軍は一方的な勝利を得る。
スターリンが準備を怠った原因として不破の分析によれば、
1,独ソによる世界分割を夢見ていて、ドイツの動きを見誤った。スターリンのとって当時の主敵はイギリスであり、ドイツの対英戦争を支持していたので、ドイツ軍の動きを全て対英作戦と見做していた。
2,スターリン自身は元々は反ファシズムだったのにヒトラーと手を結んでしまった。つまりイデオロギーより実利を優先したわけだ。それならヒトラーも同じ発想に違いないと勝手に解釈していた。
ともかくスターリンの甘い見通しのせいで初戦は大敗を喫したソ連軍だったが、徐々に攻勢に転じ、1942年のスターリングラードでの戦闘で勝利し、最終的にはドイツを降伏させる。
戦後にソ連のフルシチョフ首相(当時)が初めてスターリン批判を行うが、この中でスターリンは戦争指導者として無能だったと決めつけている。この点に関して不破はスターリンと直接会談した英米関係者の証言からして決して無能ではなく、むしろ優秀な指導者だったと結論づけている。不破は本書のシリーズ全6巻でスターリンの覇権主義、非情な人民支配を暴いているが、長所は長所として認めており公正な見方をしているなと感じる。

昨日の敵は今日の友、昨日まではこの戦争は帝国主義同士の戦争であり最も悪いのはイギリスだと言ってきたスターリンは、独ソ開戦と同時に180度路線を転換しイギリスと同盟を結びドイツを主敵とする反ファシズム闘争を全世界に呼び掛ける。イギリスとしてもドイツが東部戦線に集中していれば、英国本国への攻撃の手が緩むわけで、ソ連と同盟せねばならない分けがあった。
当時の共産主義運動というのはコミンテルンという最高司令本部があり、そこから世界各国の共産党に指示が出されていた。当時のコミンテルンの議長はディミトロフでスターリンとは頻繁に会談しており、また彼が日々詳細な日記をつけていた。この日記の発見により謎の多かったスターリンの言動も明らかになっている。本書でも不破は度々ディミトロフ日記を引用し、スターリンの姿を伝えている。かくしてコミンテルンからの指示が180度変わったので各国の共産党の運動も大混乱に陥った。例えばイギリス共産党へは従来は政府を戦うことを指示していたが、これからは政府と協力するよう変更になった。またドイツに占領されていた国々の共産党にはドイツ軍と戦うように命じられた。
スターリンの野望はドイツに勝つだけにとどまらず、ソ連の領土や支配地域を獲得することに向けられてゆく。

ドイツとの戦争で勝利が見えてきたスターリンの最大の関心事はポーランド問題だった。西側との緩衝地帯として是非ともポーランドをソ連支配下に置きたかった。一方イギリスにとってはポーランドとの同盟が第二次大戦の引き金になっていたので、ソ連の言い分で引き下がっていたんじゃメンツが潰れる。両者の主張は真っ向から対立した。
1944年に行われた米英ソ三首脳によるヤルタ会談は対独、対日戦争の処理について話し合われた事でよく知られるが、最も大きな論争点はポーランド問題で、8回の会談のうち7回にポーランド問題が議題となった。結論は戦前のポーランド領土の東側を削り(ソ連側に組み込み)、その代替として東側のドイツ領の一部をポーランドに組みこむ事で合意した。これはイギリス側にとっては一方的な譲歩になってしまった。なぜチャーチルはスターリンに屈したかというと、大きな要因としてソ連がドイツを追い詰めていたという実績がモノを言ったのだ。英国にとってドイツとの戦いに勝つにはソ連が東部戦線でドイツを破ることが必須条件であるし、米国は日本に勝つためにはソ連の対日参戦が是非とも必要だと考えていたので、ソ連の主張に反対しきれなかったのだ。

スターリンにとってはドイツのソ連侵攻は青天の霹靂だったに違いないのだが、それを逆手に取って自らの覇権主義に基づく領土拡張を図ってゆくことになる。
本書は独ソ戦争の全体像と、スターリンの独ソから英ソ同盟への大転換、そしてポーランドをめぐる東西対立を活写していて興味が魅かれた。

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コメント

敵の敵は味方、利用しているつもりがいつのまにか取り込まれてしまう、よくありそうなことですね。
EUの今後を展望する際にもロシアとドイツ・フランス・イギリスの利害、ギリシャなどのロシアへの接近、各国のさまざまな思惑が交錯しますね。

投稿: 佐平次 | 2016/03/03 11:03

佐平次様
第二次大戦の結果はロシアが一方的に領土を拡張する、いわば独り勝ちでした。しかしソ連邦の崩壊と共に元の木阿弥に帰してしまい、現在はその巻き返しにかかっているのでしょう。プーチンの動きを見ても、スターリンは否定されているがスタリニズムは完全に克服されておりません。

投稿: ほめ・く | 2016/03/03 17:50

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