人は独りでは生きていけない
「図書」2016年3月号に、国際保健学が専門の山本太郎(アノ人ではありません)長崎大学教授の『人は独りでは生きていけない―受け継ぐもの、手渡すもの』という文章が掲載されている。
なんだか人生論みたいなタイトルだが、中身はヒトに常在している細菌のことだ。
近代医学は感染症が微生物によって引き起こされ病気であり、ワクチンや抗生物質によって制御できることを明らかにした。
抗生物質のお蔭で感染症で亡くなる人は激減したが、それがいま新たな問題を私たちに突きつけているというのだ。
人間というものはこれまで、一個の独立した存在と考えられてきたが、どうやらそれは間違いであるらしい。「私」は、実は「私」に常在する細菌とともに「私」を構成しているというのだ。こうした常在細菌叢のことを「マイクロバイオータ」と呼ぶのだが、「私」は「マイクロバイオーター」との相互作用を通して、生理機構や免疫を作動させ、「私」たちヒトを形づくる。
そうか、私たちは、私たちにくっ付いている細菌類とともに生きているのか。「さいきん」まで知らなかったなぁ。
そのマイクロバイオータだが、種類は1000種類を超え、数は数百兆個(WOW! ちなみにヒトの細胞の数は約60兆個)、総重量は数キログラムに達する。遺伝子総数は約300万個で、ヒトの遺伝子のおよそ30倍の数の遺伝子が、私たちの身体の中で常に発現している。
ウ~ン、数からいったら細菌がヒトに常在しているというより、ヒトが細菌に常在しているという方が近いかな。
その大事なマイクロバイオータが今、大きな攪乱に見舞われている。
・抗生物質の過剰使用
・帝王切開の乱用
・伝統的食生活の変化
によって、である。
マイクロバイオータを大まかに分類すると、三分の一が人類に共通で、三分の一が人種や地域に共通で、三分の一が個人で異なる。
そうした細菌叢は祖母から母、母から子、子から孫へと受け継がれ、3歳までに微生物の骨格相が決まる。
乳幼児期における抗生物質の過剰投与や帝王切開はその骨格を動揺させ、長く受け継がれてきた細菌叢の多様性を消失させ、希少だが重要な細菌(中枢細菌)の喪失を引き起こす。それが病気の発症リスクを増大させるらしい。
抗生物質がヒトの常在細菌叢へ影響することはなんとなく分かるが、帝王切開はどうなんだろう。少し難しいのだが、こういう事らしい。
妊娠中に母の膣内では乳酸桿菌が優位になる。出産とともにそれまで無菌状態だった児は、羊膜の破裂とともに膣内に存在していた乳酸桿菌と接触する。これによって母の細菌が児に移植される。人類は長くこの営みを繰り返してきた。児は、こうして新たな命を始めるために必要な細菌を獲得していたのだ。
ところが帝王切開の場合はこの過程を通らないため、児は乳酸桿菌と接触せず、母親の細菌が児に移植されないのだ。
ヒトに常在する細菌は決して偶然の産物ではない。祖母から母へ、母から娘へ、娘から孫へと受け継がれてきた長い進化の過程で、私たちはヒトに役立つ細菌を選択してきた。そうした細菌の喪失は人類にとって大きな損失となる。
一度失われた種や細菌が再び回復することはない。
細菌種の喪失は、私たちの身体の中の生態系を回復不可能にし、病気を引き起こす。
肥満や糖尿病、自閉症、食物アレルギー、炎症性腸疾患、ガンなど、いずれもここ30年で大きく増加した「現代病」と呼ばれる。
マイクロバイオータの多様性や、中枢細菌の喪失がその発症リスクを高めているというのだ。
もちろん、抗生物質や帝王切開は多くの命を救ってきた。問題はその乱用だ。
どうやら私たちは細菌とともに生きている、と言うよりは細菌によって生かされているらしい。
しかも遺伝子は人間とともに、細菌の遺伝子も脈々と受け継がれているというのだ。
考えさせられるなぁ。
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