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2016/05/10

書評「戦争は女の顔をしていない」

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ (著) 三浦 みどり (翻訳) 『戦争は女の顔をしていない』 (岩波現代文庫 2016/2/17刊)
Photo本作品は2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシ出身の作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの処女作である。そのベラルーシでは出版が許されていないが、ロシアを始め世界各国で出版され大きな反響を呼んだ。
ソ連では第二次世界大戦中に100万人をこえる女性が従軍した。それも他国のように看護婦や軍医というだけでなく、実際に武器を持って戦闘に参加した。なかにはいくつもの勲章を受章した英雄もいた。
処が、戦争が終わってみると、彼女たちは従軍したことを秘密にしたり、戦争体験をひた隠しにした。彼女たちを待ち受けていたのは周囲の女性たちの「戦地に行って男の中で何をしてきのやら」という蔑みの声であり、軍隊では同僚だった男たちも彼女らを守らなかった。そうした女性たちを訪問し、何度も説得して重い口を開かせて聞き書きしたのがこのドキュメンタリーだ。
スタートは1978年でソ連時代だったので証言も制約があった。ペレストロイカの時代になってようやく明らかにされた事実も多く、そうした証言も本書に加えられている。

先ず驚いたのは、彼女たちは自ら志願して軍隊に加わっていたことだ。なかには周囲の反対を押し切り、また軍隊から拒否されてもなお懇願して兵士となった女性も多い。
読後の感想は、ただただ慄然とするだけだった。正直、全てを読み切るのに躊躇した位だ。一夜にして髪が真っ白になった女性、重傷を負って自宅に戻ったら母親が娘だと気付いてくれなかったという女性、赤ちゃんに障害があると知った夫が「お前が戦争で人を殺した報いだ」と非難された女性など、悲しい事実をあげたら切りがない。ソ連崩壊後に明らかにされたソ連軍の蛮行(特に相手国の女性への性暴力)や、捕虜となって帰還した兵士をスパイの疑いで収容所送りをした事実なども、彼女らの証言で明らかになっている。
以下は、従軍したソ連の女性たちの証言からいくつかを抜粋した。

【村を奪還した。どこかで水を汲みたくて探し回った。ある家の庭に入ると、そこにつるべ井戸があった。彫り物で飾った伝統的なつるべ。庭に射殺されたその家の主が倒れていた。そばに飼い犬が座っている。私たちを見つけ歯をむきだした。私たちに襲いかかるのではなく、私たちを呼んでいる風だった。犬について小屋の中に入ると、戸口に奥さんと三人の子供たちが倒れていた。
犬はそのそばに座って泣いているの。本当に泣いているの。人間が泣いているみたいに。】

【戦闘は激しいものでした。白兵戦です・・・これは本当に恐ろしい・・・人間がやることじゃありません。なぐりつけ、銃剣を腹や目に突き刺し、のど元をつかみあって首を絞める。骨を折ったり、呻き声、悲鳴が渦巻いています。頭蓋骨にひびが入るのが聞こえる、割れるのが・・・、戦争の中でも悪夢の最たるもの、人間らしいことなんか何もない。戦争が恐ろしくないなんて言う人がいたら絶対に信じないわ。】

【駅が爆撃されていた。そこに子供たちを満載した列車が止まっていて、子供たちを窓から放り出し始めた。三歳から四歳までの小さな子供たち。そう遠くない所に森があって、そこにみんな走っていく。直ぐ後をドイツの戦車が続く。戦車の列が子供たちを押し潰してゆく。子供たちは跡かたもなく潰された・・・その光景を思い出すと今でも気が狂いそうになるの。】

【モスクワに住んでいる間じゅうずっと、五年ぐらいだったか、市場に行けませんでした。私が戦場で救ったために不具者として生き残った人たちが、私に気付いて、「どうしてあのとき助け出したのだ?」と言うんじゃないかと怖かったんです。若い中尉のことを憶えていたんです。その人の両足はほとんどちぎれていたんですが、爆撃の下で手当てしようとすると、その人は怒鳴ったんです。「長引かせないでくれ! とどめの一発を・・・命令だ!」分かります? その中尉と会ってしまうかもしれない・・・。】

【十年たっても眼を閉じれば浮かんでくるんです。春、戦闘が終わったばかりの畑で負傷兵を探している。畑の麦が踏み荒らされていて、ふと味方の若い兵士とドイツ兵の死体に行き当たります。青々とした麦畑で空を見てるんです。死の影さえ見えません。空を見ている・・・あの目は忘れられません。】

【「来てくれたんだね。来てくれたんだ」そして何かをささやいているんです。何を言ってのか分かりません。もう話せないわ。あの時のことを思い出すといつも涙が溢れてくる。「戦争に行くとき君にキスする間がなかった、キスしてくれ」身体をかがめてキスしてあげる。片方の目から涙がポロッとこぼれて、包帯の中にゆっくり流れて消えた。それで終わり。その人は死んだの。】

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コメント

この記事を読むだけでも精いっぱい。
同じ事実でも女性の言葉、それもノンフィクションだと、痛切さが違いますね。

佐平次様
医学生として出征し戦場で治療を行ったが、あまりの酷さに遭遇し、戦後は医師になるのをやめて、娘が医師になることも反対した女性が出てきますが、こういう所が女性の視点と言えるでしょう。久々に読むのが辛い本でした。

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