書評『あたらしい憲法草案のはなし』
自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合(自爆連)『あたらしい憲法草案のはなし』(太郎次郎社、2016/6/22初版)
書籍といってもパンフレット程度のボリュームで、内容はタイトル通りの自民党が作成した憲法改正草案(以下、草案)の解説だ。文章は、現在の憲法が決められた時に文部省が発行した『あたらしい憲法のはなし』の文体をまねたもので、いわばオリジナルのパロディ風の作りとなっている。
ただ、著者が前書きにも書いている様に、出来るだけ草案の作成者の意図に沿うように書かれている。
言葉というのは難しく、例えば「原則としては・・・」とか「基本的には・・・」という時は、原則や基本以外の例外を認めることを意図している場合だ。この草案を読む時も、文章に裏にある作成者の意図をつかむことが大切だ。
自民党は結党当時から憲法改正を党是としてきた。しかし草案を読むと、彼らが現憲法の一部や条文改正なんて生ぬるいことなんかやめて、一から根本的に作り変えるという明確な意思を感じる。つまり部分的な条文の改正ではなく、根本原理を変えようとしている。
その典型は、現憲法が「国民を主人公」にしているのに対し、草案は「国が主人公」になっている点だ。憲法全体の理念は前文に示されているのは共通だが、現憲法の書き出しが「日本国民は・・・」となっているのに対し、草案では「日本国は・・・」となっている。現憲法は国民あっての国家であるという立場だが、草案は国家あっての国民なのだ。
現憲法では国民が国(権力)に対して憲法を守ることを命令しているが(立憲主義)、草案では国が国民に憲法を守ることを命令している。
本書では、草案の作成者たちの意図をこう解説する、今の憲法で「国民主権」なんて書いてるもんだから、国民はすっかりいい気になって国に権利を主張する。こうした行き過ぎを是正し、国民は公益や国防のために努力してから権利を主張しろと。
以上を基本に草案の特徴をまとめてみると、こうなる。
・国民の権利の縮小
・戦争放棄の放棄
・基本的人権の制限
以上は、実際に草案の条文全体を読み、作成者の意図を慮ると明白になる。
加えて、最も恐ろしいのは「緊急事態条項」である。
緊急事態になれば内閣は自由に法律(と同等の政令)を作ることができ、予算も自由、地方自治体への命令も出せる。さらに国民もこれに協力する義務を負う。
緊急事態を決めるのは総理大臣であり、国会承認は事後でも構わない。100日を超えれば国会の事前承認が必要になるが、裏返せば100日を超えなければ国会の事前承認は不要だ。
第二次大戦前のドイツでヒトラーが、この「緊急事態条項」を使って、ワイマール憲法を改正することなく独裁体制を構築したのは、記憶に新しい。
もしこの草案通りになったらと考えると、暗澹たる気分になる。
ここで紹介した草案の内容は全体のごく一部で、本書には草案全文も掲載されているので参考にして頂きたい。
現在のところ、現憲法を一気に変えて草案を制定する状況ではないかも知れない。しかし、自民党がこうした意志を持っており、この草案の方向で国民を導こうとしているのは明白だろう。
2時間程度で簡単に読めるので、興味のある方は是非ご一読をお薦めする。
(6/25 一部を加筆)
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コメント
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興味のある、じゃなくてどうでも多くの人に興味を持ってほしいですね。
テレビなどで町の人に聞いても無関心な・しょせん誰に入れても同じ、みたいな声が多く、肩をゆすぶってやりたい気になります。
投稿: 佐平次 | 2016/06/26 10:34
佐平次様
私は戦前の暗黒の時代を、親から聞いたり本で読んだ知識しか持っていませんが、今の時代にこうした時計の針を逆回転させようとする勢力がいることに驚きます。
草案は読んでいて、戦慄を覚えます。
投稿: ほめ・く | 2016/06/26 11:21
このブログを読み、何年か前に私の両親が「このままだと(日本は)とんでもない方向にむかうんじゃないの?」と会話していたことを思い出しました。両親の予感が外れてくれればいいのですが。
投稿: ぱたぱた | 2016/06/27 11:54
ぱたぱた様
ご両親が憂慮されたように、もし自民党の草案が通るような事になれば、日本はとんでもない方向に向かいます。イメージとしては今の中国や北朝鮮に近い国になってゆくでしょう。だから改憲だけは絶対に阻止せねばならないと考えています。
投稿: ほめ・く | 2016/06/27 13:31