« 【書評】「兵隊になった沢村栄治」 | トップページ | 【街角で出会った美女】インド編 »

2016/07/25

#446花形演芸会(2016/7/24)

「第446回 花形演芸会」
日時:2016年7月24日(日)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・笑福亭希光『桃太郎』
昔昔亭A太郎『罪と罰』
瀧川鯉橋『蒟蒻問答』
カンカラ『時代劇コント』 
立川志ら乃『人情八百屋』          
―仲入り―
ゲスト・桂文治『源平盛衰記(序)』  
鏡味味千代『曲芸』  
笑福亭たま『紙屑屋』

良い高座に出会えるのは一度の会(定席なら1日)に一席あれば「御の字」だ。
この会のように予めネタ出しされていると、大概の目星がついてしまう。するってぇと、それ以外の出演者にはあまり気が入らなくなり、時にはウトウトとなる。
まあ、こちとら審査員じゃないんだから、そこは御勘弁のほどを。
例によっていくつか感想を。

A太郎『罪と罰』、榮太樓で思い出したが三角の飴、懐かしいね。久しく見てないが、今でも売ってるのかな。
ネタは創作の様で、主婦が長電話の最中、強盗が包丁を持って押し込んでくるが、話に夢中の主婦は包丁売りと間違える。やがて泥棒は料理をする羽目になり、子供たちからも料理がほめられる。うれしくなった強盗は夕食も作ることになる。そこへ別の強盗が入ってきて、包丁をちらつかせて「こういうもんだ」。「それなら、今、まにあってます」でサゲ。
古典落語でお馴染みの、間抜けな泥棒の現代版といった所だろうが、現在の話に置き換えるとリアリティがない。語りも単調だった。
鯉橋『蒟蒻問答』、一転して本格古典。こういう真っすぐな芸というのは聴いていて気分がいい。
カンカラ『時代劇コント』、コントというより、昭和初期から戦後まで続いた日本の軽演劇の流れを感じる。こういうの、大好きだ。
志ら乃『人情八百屋』、検索してみたら談志の創作とあったが、ストーリーは『唐茄子屋政談』のパクリ。唐茄子売りの若旦那を八百屋に置き換えただけで、その後日談を少し加えた程度のものだ。志ら乃の高座は数年ぶりになると思うが、当たり前だけど上手くなっている。ますます師匠や談志に似てきたようで、そこが好き嫌いの分かれ目になるだろう。
ゲストの文治『源平盛衰記(序)』、もう何回聴いたか覚えていないくらい聴いた。アタシが文治のこのネタに当たる確率は8割近いだろう。又かと思っても、やっぱり笑ってしまう反面、文治という東西にまたがる大名跡を受け継いだ噺家として、どうなんだろうという気もするけど。
           
たま『紙屑屋』、昨年度は花形演芸会の金賞に終わったので、今年はこのネタで大賞を狙うと宣言していた。
このネタは、上方落語では『浮かれの屑より』というタイトルで演じられていたが、最近では『紙屑屋』のタイトルが使われているようだ。
東京でも演じられているが、上方のは演出が異なりより演者の個人芸を披露する方に力点が置かれている。
粗筋は。
紙屑屋の源兵衛の居候となっている男が、源兵衛から「ちょっとは仕事手伝え」と言われ、長屋で紙屑の仕分けをさせられる。但し、長屋の隣に寝たきりのお婆さんと看病している息子がいるので騒がんようにきつく注意を受ける。
ところが紙屑のより分けを始めると、女から旦那にあてた手紙が出てくる。二人の出会いを妄想していると、近くの稽古屋から三味線の音。男は幇間の躍る絵を見ながら「吉兆まわし」を踊り出す。隣の家から源兵衛の所に苦情がきて、静かにするよう叱られる
その場は反省するが、男は義太夫本が出てくると、またぞろ稽古屋の音につられて「義経千本桜・吉野山」を踊りだし、トンボを切って足で壁を破って反対隣の婆さんの頭を蹴り飛ばす。再び隣室から苦情がきて、男は源兵衛からこっぴどく怒られる。
今度こそはと男は、必死に紙屑のより分けを始めるが、「娘道成寺」の唄本が出てきて稽古屋からも「道成寺」が聞こえてくる。「あかん。あかんて。」と口で言いながら手足はいつしか踊りだす。「言わず語らず我が思い」のくだりの鞠唄では熱中するあまり、隣室を抜けて表まで飛び出す。
あきれた源兵衛から人間の屑だと言われた男、
「へえ。最前からより分けております。」でサゲ。
口演の大半は踊りで、それも座って上半身だけで踊ったり、腰を割った姿勢から足を細かく動かして前進しながら上半身は舞を舞うという難しい所作が入る。最後は三点倒立を決めていた。
踊りは相当に練習したのだろう。そんなに上手いとは思わなかったが必死さは伝わってきた。
この高座にかける意気込みは十分に感じられ、「大賞」狙いに相応しい高座となった。
久々のたまの古典、堪能した。

|

« 【書評】「兵隊になった沢村栄治」 | トップページ | 【街角で出会った美女】インド編 »

寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

『人情八百屋』は談四楼もよくかけます。
文治は先師の剽軽な芸風とそれに基づいた滑稽話を継承しようと模索していると想像しています。

投稿: 福 | 2016/07/26 07:45

福様
『人情八百屋』の語りだしを聴いたとき、初めは『唐茄子屋政談』の後日談だと思ってました。途中まではほぼそのまんまですから。
文治ですが、私の場合たまたまかもしれませんが、5回に1回は『源平』なんです。先代は志ん生のネタなども十八番としていて芸の幅が広かったし、出来れば8代目や9代目の持ちネタにも挑戦して欲しいと思います。

投稿: ほめ・く | 2016/07/26 09:41

「文治」と聞くと尻込みします、まして源平!
あの押しつけがましい間の取り方、知性のない声、、、。

投稿: 佐平次 | 2016/07/26 11:35

佐平次様
手厳しいですね。文治のあのクセあの声、治らないでしょう。それを承知で聴くしかありません。

投稿: ほめ・く | 2016/07/26 11:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 【書評】「兵隊になった沢村栄治」 | トップページ | 【街角で出会った美女】インド編 »