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2016/07/31

【都知事選】タマが悪すぎた

7月31日に投開票された東京都知事選は事前の予想通り小池百合子の圧勝に終わった。政治と金にまつわるスキャンダルで2期続けて都知事が途中で交代する事態を受けての選挙だった。しかし「政治と金」では最もキナ臭い小池百合子を選んだことが適切であったかどうかは、大いに疑問の残るところではある。
保守分裂という中で、久々に野党が勝てる選挙だっただけに、残念な結果に終わってしまった。

私は鳥越俊太郎に投票したが、これまた事前の予想通りで惨敗した。
選挙前は有力視され、序盤ではトップ争いと報じられたいた鳥越が、選挙運動が進むうちに次第に失速し破れさった原因はなんだったのか。一口にいえば、タマ(候補者)が悪すぎたからだ。
①鳥越候補が何を訴えたかったのか、何をしたかったのかが、最後まで分からなかった。選挙直前の討論会で、公約の中心を「ガン検診100%」として、思わずのけぞった。本人もこれから勉強すると言っていたが、そのピント外れは最後まで治らなかったように思う。
②前項と関係するが、候補者の必死さが伝わってこない。これが、有権者側から見ると熱意に欠けているように映る。
③やはり年齢と健康状態に不安が解消されなかった。演説の回数や時間が少なかったことから、「やっぱり」と思わせてしまった。
④周囲の声をきくと、鳥越は意外に人気がなかった。私の知り合いでは、なぜ宇都宮健児にしなかったのかという意見が強かった。
⑤その宇都宮弁護士だが、鳥越を勝たせるために立候補を取り下げたと思われていたが、最後まで鳥越の応援に立たなかった。これが野党側も分裂していたのではという疑念を持たれてしまった。
⑥鳥越を中傷するキャンペーンは確かに激しかった。もちろん、その背景には政府や与党のメディア戦略があったのは間違いない。しかし鳥越自身がこうした中傷に毅然と立ち向かう姿勢に欠けていたのも事実だ。

選挙というのは、当たり前だが候補者の姿勢が大事という事を再認識させられる結果と言えよう。

投票日の前日に二つの動きがあり、これも注目される。
一つは、民進党の岡田が次期に代表戦には出馬しないと公表したことだ。今回の都知事選が影を落としたことは否定できまい。野党共闘路線を進めていた岡田の退陣が、今後の民進党の路線に影響するのは避けられまい。
もう一つは、安倍首相が橋下徹ら、おおさか維新の会の関係者との会談を持ったことだ。小池が都知事に当選となると、自民党としては小池に何らかの処分が迫れる。安倍政権として小池とのパイプを繋ぎ止めておきたいという意向と、東京に足場を持ちたいという思惑のおおさか維新側との意見交換が目的ではなかったかと睨んでいる。

新都知事は決まったが、都政は波乱含みの様相を呈するようだ。

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2016/07/30

「正太郎・小辰 二人会」(2016/7/29)

春に船「正太郎・小辰 二人会」
日時:2016年7月29日(金)18時45分
会場:内幸町ホール
<  番組  >
前座・入船亭辰のこ『狸札』
春風亭正太郎『釜泥』
入船亭小辰『金明竹』
ゲスト・五街道雲助『持参金』
~仲入り~
入船亭小辰『鰻の幇間』
春風亭正太郎『佃祭』

「正太郎・小辰 二人会」に「春に船」とは粋な名前を付けたもんだ。1年限りで5回の開催、今回が3回目。
近ごろは芸協の二ツ目がイケメンという事でメディアで採り上げられているが、落語協会の二ツ目は顔で負けても実力で勝負だ。名前をあげればこの二人に柳亭市童かな。
二人が前半では軽いネタを各一席、ゲストを挟んで後半は長講を各一席という趣向

正太郎『釜泥』
石川五右衛門の子分たちが釜茹でになった親分の敵をとろうと、釜という釜を全て盗んでしまおうという。商売道具の釜を盗られたんじゃ大変だと、店の主の爺さんが釜の中で不寝番をすることになった。すると隙を見ちゃ婆さんは釜の蓋を閉じようとする。注意すると今度は下から火を焚こうとしたり、釜の蓋に重石を乗せようとする。どうやら婆さんは爺さんを亡き者にしようとしているようだ。爺さんは爺さんで、釜の中で若い女とさし向かいになってやったり取ったりという夢想を膨らませている。退屈した爺さんが釜の中で一人酒盛りを始め、やがて寝入ってしまう。そうとは知らず泥棒二人がまんまと釜を盗んで担いでいると、突然中から人が現れる。驚いた泥棒は「出たぁ~」とばかり釜を放り出して逃げてしまう。残された爺さんは空を仰いで、「今度は家を盗まれたか」でサゲ。
小噺に毛のはえた程度の軽い噺だが、正太郎は爺さんと婆さんとの軽妙なヤリトリや、爺さんが妄想する場面を膨らませて面白く聴かせた。

小辰『金明竹』
正太郎が「動」なら小辰は「静」。師匠譲りの低い声だがメリハリのある語りで、「道具七品」の言い立ては見事。欲を言えば、若いんだからもう少し弾けても良い気がするけど。

雲助『持参金』
小辰が雲助は時間ギリギリに来て終わればサッと帰ると言っていた。雲助一門会でも、自分の出番が終わるとサッと帰ってしまうと白酒が言ってたっけ。江戸っ子だからね、さっぱりしてるんだ。続けて小辰が、雲助の高座を聴いていると、自分が空しく感じるとも言っていたが、実感だろう。
雲助の得意ネタとはいえ、実に上手い。嫁を世話した隠居がさんざん嫁の欠点をあげ連ねていくのだが、主人公の男がその嫁を見て「言われるほどぁ、悪くねぇ」という所に、この男の優しが現れている。きっと幸せな夫婦になっただろう。

小辰『鰻の幇間』
幇間が浴衣がけの男に逃げられるまでは良かったが、後がいけない。店員の女に色々と文句を並べる場面になると、男が幇間には見えなくなる。これではこのネタのキモである野だいこの悲哀が消されてしまう。先代文楽や志ん朝とは言わず、喜多八という立派な手本が身近にあったんだから、もっと勉強をして欲しい。

正太郎『佃祭』
序盤をカットし、次郎兵衛が佃の渡しで仕舞船に乗り込むのを女が袖を引いてとめる場面からスタートした。次郎兵衛が佃島の女の家にあがり夫婦から礼を言われるシーンは心情に溢れていた。最大の見せ場である、次郎兵衛が死んだと思い込んだ長屋の連中が葬儀の準備をしたり、揃って悔みを言いに行く場面も良く出来ていた。皆、トンチンカンな悔みを言ってぶち壊す中で、与太郎だけがまともな悔みを言うという演じ方は正太郎独自のものと思われる。次郎兵衛が戻った後のドタバタや、最後まで焼餅を焼く女房の姿も巧みに描かれていた。
全体として上出来で、とても二ツ目の高座とは思えない。
正太郎、恐るべし。

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2016/07/29

ヘイトスピーチとヘイトクライム

アドルフ・ヒトラー「戦争は不治の病人を抹殺する絶好の機会である」。

ナチス政権下では、身体障害者や精神障害者は社会には「無用」であり、生きる価値なしと見なされた。
第二次世界大戦が終わるまでに、知的障害、身体障害、精神障害のある人は、ナチスの「T-4」または「安楽死プログラム」によって、幼児や児童を含む約20万人が殺害された。

ネットの一部では、このナチスと同様の主張をしている者もいる。
相模原事件はこうした土壌の上に、起こるべくして起きた事件とも言える。
実に恐ろしいことだ。

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2016/07/28

鈴本演芸場7月下席・昼(2016/7/27)

鈴本演芸場7月下席昼の部・7日目

前座・三遊亭歌実『元犬』
<  番組  >
春風亭一蔵『猫と金魚』
松旭斉美智・美登『奇術』
古今亭菊丸『たがや』
桂文楽『悋気の火の玉』
すず風にゃん子・金魚『漫才』
古今亭菊之丞『親子酒』
五街道雲助『堀の内』
柳家小菊『粋曲』
三遊亭歌之介『母ちゃんのアンカ』
─仲入り─
ホームラン『漫才』
五明樓玉の輔『お菊の皿』
入船亭扇遊『浮世床-夢-』
鏡味仙三郎社中『太神楽曲芸』
古今亭菊太楼『井戸の茶碗』

妻が珍しく「今日、でかけないの?」ときいてきた。どうやら午後からアタシが不在なのが都合がいいらしい。
背中を押されちゃ仕方ない。寄席の昼の部に行こうと先ず末廣亭の番組を見たら、トリが文治なのでパス。池袋の出演者に三平の名があったので行く気をなくした。そんなわけで、無難な鈴本へ。顔付けには初めての人、久々の人の名前があったのも良かった。
開演およそ30分前に着いたら、一杯の入りだったので驚いた。団体客が多かったようだ。

前座の歌実『元犬』、「かじつ」と読む。鹿児島実業高校の出身のしゃれらしい。口調がはっきりしていて良い。
一蔵『猫と金魚』、着物の柄が浴衣みたいなので、羽織を脱ぐと相撲取りが座ってるみたいだ。明るい芸風がネタと合っていた。
菊丸『たがや』、季節に因んだネタで、威張りくさった侍への町人たちの怒りと、それに怯む侍の対照的な姿が描かれていた。この武士の一行だが、家来が槍を立てていたので正式の「供揃え」だったいうのは、菊丸の解説で初めて知った。だから、たがやが「供さき」を切ったので、手打ちにしようとした分けだ。
文楽『悋気の火の玉』、久々だ。先代の十八番を軽く演じる。
菊之丞『親子酒』、トリをつとめる弟弟子の盛り立て役として軽いネタで。父親が次第に酔ってゆく様はさすがに上手い。
雲助『堀の内』、軽いネタに見えるが、結構難しいのだと思う、下手な噺家が演った日にゃ聴いちゃいられないもん。こういうネタもこの人はニンだ。
小菊『粋曲』。小菊姐さんの唄声を聴くだけで幸せな気分になれるのは、アタシだけ?
歌之介『母ちゃんのアンカ(かあちゃんのあんか)』、一昔前までは芸人が自分の家族のことを高座でしゃべるのは忌避されていた。これを破ったのは師匠・圓歌の『中沢家の人々』だろう。歌之介のこのネタも全編自分の生い立ちや家族のことがテーマだ。『中沢家』同様におそらくは虚実ないまぜに語っているのだろうが、自分に酔って語るので観客を引き込む力は強い。落語というよりは、教祖の話術に近いかな。そこが好みの別れる所だろう。
ホームラン『漫才』、この日はTVショッピングをテーマに勘太郎が一人でしゃべっていたが、面白かった。基本は二人に芸があるからで、なかには芸の無い芸人もいるので困る。
玉の輔『お菊の皿』、よけいなギャグを入れた分だけ、つまらなくしていた。真っすぐに演じても十分面白いネタなのに。
扇遊『浮世床-夢-』、膝前だがきちんとした芸を見せるのは、いかにもこの人らしい。
菊太楼『井戸の茶碗』 、初だ。トリということで少し気負いがあったのか早口で、もう少し言葉を選んで語った方がいいと思った。登場人物の掘り下げも不十分に感じた。しかし、明るいキャラと語りがネタの爽やかさを引き立てていて、この点はとても良かった。

若手、ベテラン、中堅がそれぞれの芸と役割を演じて見せ、充実の下席だった。

自宅に帰ったら、「あんたがいなくて助かったわ」と妻が。助かった? 何が?

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2016/07/27

相模原事件は典型的な「ヘイトクライム」だ。

実におぞましい事件が起きてしまった。
被害者の無念やご家族の怒りを思うと、言葉もない。
相模原市緑区千木良(ちぎら)の障害者施設「津久井やまゆり園」で7月26日未明、刃物を持った男が入所者らを襲い、19人が死亡、26人がけがをした事件で、神奈川県警に殺人未遂などの容疑で逮捕された元職員の植松聖(さとし)容疑者(26)が、「意思の疎通ができない人たちをナイフで刺した」と供述していることが県警への取材でわかった。県警は植松容疑者が身勝手な動機から、重度の障害者を狙って事件を起こしたとみて調べる。県警は27日、容疑を殺人に切り替え、横浜地検に送検する。
県警の調べに対して容疑を認め、「障害者なんていなくなればいい」と話しているという。

容疑者は日頃から重度の障碍者を安楽死させよとか皆殺しにするといった意見を周囲にもらしており、犯行の動機が障碍者の抹殺を狙ったものと見てよい。
この事件は「ヘイトクライム」とみなされる。
聞きなれない言葉かも知れないが、 新語時事用語辞典では次のように定義されている。
【人種や宗教などに対する差別意識や憎悪を動機とする犯罪行為の総称。人種や民族、宗教、あるいは障害を持っていることや、同性愛のような特定の嗜好に対する差別や暴力もヘイトクライムに含まれる。】
多種多様な人種が共存する米国では、ヘイトクライムは長らく大きな問題となっている。全米で年間6000件、7000件といった単位のヘイトクライムが発生しているとされている。
日本ではこうした犯罪は極めて稀と考えられてきたが、今回のような大量殺傷事件が起きてしまった。
ネットの世界では、社会的弱者や少数者、あるいは民族への差別的言論が飛び交っている。そうした風潮が、これから日本でも今回のような「ヘイトクライム」を引き起こしかねない。

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2016/07/26

【街角で出会った美女】インド編

インドを最初に訪れたのは、今から約30年ほど前になります。6月末というインドでも最も気温の高い季節に行ったのは無謀でしたが、とにかく暑さと不潔さで参りました。レストランに入るとウエイターが肩からちょうどバスタオルの様な布を掛けていました。黒ずんでいてどう見ても清潔には見えない。その布で皿を拭いてからテーブルに出してくるんです。ところが彼らも暑いんでしょう、その同じ布で汗を拭いていました。もう食欲なんてなくなってしまいます。コップの水をすすめられて、デンジャラスだからいらないと断ると、コップを透かして「濁ってないよ」って言うんです。
下痢に悩まされて、もう二度と来るもんかと思いましたね。
でも、妻がどうしても行ってみたいと言うので、10数年前に2度目の訪問をしました。最初に比べれば衛生状態は良くなっていましたが、ツアーの参加者のいく人かは腹を壊しました。
そして今年の初めに3度目の訪問です。
先ず驚いたのはムンバイのチャトラパティ・シヴァージー国際空港がきれいになった事です、日本風の庭園まであるんですよ。エアコンもきいていて、かつての空港を充満していたインドの香りは全く感じません。それでも空港からバスで出たとたんにスラム街が見えました。ああ、やっぱりインドだと思いましたね。今回のツアーでは参加者で体調を崩す人が一人もいなかった所をみると、インドの衛生状態もだいぶ改善されているようです。
今回のツアーでは、インドが誇るアジャンタ、エローラの二つの石窟群の観光をしましたが、実に素晴らしい。宗教遺跡としては恐らく世界でもトップクラスだと思います。
写真は、その石窟群で出会ったインド美女です。

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2016/07/25

#446花形演芸会(2016/7/24)

「第446回 花形演芸会」
日時:2016年7月24日(日)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・笑福亭希光『桃太郎』
昔昔亭A太郎『罪と罰』
瀧川鯉橋『蒟蒻問答』
カンカラ『時代劇コント』 
立川志ら乃『人情八百屋』          
―仲入り―
ゲスト・桂文治『源平盛衰記(序)』  
鏡味味千代『曲芸』  
笑福亭たま『紙屑屋』

良い高座に出会えるのは一度の会(定席なら1日)に一席あれば「御の字」だ。
この会のように予めネタ出しされていると、大概の目星がついてしまう。するってぇと、それ以外の出演者にはあまり気が入らなくなり、時にはウトウトとなる。
まあ、こちとら審査員じゃないんだから、そこは御勘弁のほどを。
例によっていくつか感想を。

A太郎『罪と罰』、榮太樓で思い出したが三角の飴、懐かしいね。久しく見てないが、今でも売ってるのかな。
ネタは創作の様で、主婦が長電話の最中、強盗が包丁を持って押し込んでくるが、話に夢中の主婦は包丁売りと間違える。やがて泥棒は料理をする羽目になり、子供たちからも料理がほめられる。うれしくなった強盗は夕食も作ることになる。そこへ別の強盗が入ってきて、包丁をちらつかせて「こういうもんだ」。「それなら、今、まにあってます」でサゲ。
古典落語でお馴染みの、間抜けな泥棒の現代版といった所だろうが、現在の話に置き換えるとリアリティがない。語りも単調だった。
鯉橋『蒟蒻問答』、一転して本格古典。こういう真っすぐな芸というのは聴いていて気分がいい。
カンカラ『時代劇コント』、コントというより、昭和初期から戦後まで続いた日本の軽演劇の流れを感じる。こういうの、大好きだ。
志ら乃『人情八百屋』、検索してみたら談志の創作とあったが、ストーリーは『唐茄子屋政談』のパクリ。唐茄子売りの若旦那を八百屋に置き換えただけで、その後日談を少し加えた程度のものだ。志ら乃の高座は数年ぶりになると思うが、当たり前だけど上手くなっている。ますます師匠や談志に似てきたようで、そこが好き嫌いの分かれ目になるだろう。
ゲストの文治『源平盛衰記(序)』、もう何回聴いたか覚えていないくらい聴いた。アタシが文治のこのネタに当たる確率は8割近いだろう。又かと思っても、やっぱり笑ってしまう反面、文治という東西にまたがる大名跡を受け継いだ噺家として、どうなんだろうという気もするけど。
           
たま『紙屑屋』、昨年度は花形演芸会の金賞に終わったので、今年はこのネタで大賞を狙うと宣言していた。
このネタは、上方落語では『浮かれの屑より』というタイトルで演じられていたが、最近では『紙屑屋』のタイトルが使われているようだ。
東京でも演じられているが、上方のは演出が異なりより演者の個人芸を披露する方に力点が置かれている。
粗筋は。
紙屑屋の源兵衛の居候となっている男が、源兵衛から「ちょっとは仕事手伝え」と言われ、長屋で紙屑の仕分けをさせられる。但し、長屋の隣に寝たきりのお婆さんと看病している息子がいるので騒がんようにきつく注意を受ける。
ところが紙屑のより分けを始めると、女から旦那にあてた手紙が出てくる。二人の出会いを妄想していると、近くの稽古屋から三味線の音。男は幇間の躍る絵を見ながら「吉兆まわし」を踊り出す。隣の家から源兵衛の所に苦情がきて、静かにするよう叱られる
その場は反省するが、男は義太夫本が出てくると、またぞろ稽古屋の音につられて「義経千本桜・吉野山」を踊りだし、トンボを切って足で壁を破って反対隣の婆さんの頭を蹴り飛ばす。再び隣室から苦情がきて、男は源兵衛からこっぴどく怒られる。
今度こそはと男は、必死に紙屑のより分けを始めるが、「娘道成寺」の唄本が出てきて稽古屋からも「道成寺」が聞こえてくる。「あかん。あかんて。」と口で言いながら手足はいつしか踊りだす。「言わず語らず我が思い」のくだりの鞠唄では熱中するあまり、隣室を抜けて表まで飛び出す。
あきれた源兵衛から人間の屑だと言われた男、
「へえ。最前からより分けております。」でサゲ。
口演の大半は踊りで、それも座って上半身だけで踊ったり、腰を割った姿勢から足を細かく動かして前進しながら上半身は舞を舞うという難しい所作が入る。最後は三点倒立を決めていた。
踊りは相当に練習したのだろう。そんなに上手いとは思わなかったが必死さは伝わってきた。
この高座にかける意気込みは十分に感じられ、「大賞」狙いに相応しい高座となった。
久々のたまの古典、堪能した。

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2016/07/23

【書評】「兵隊になった沢村栄治」

山際康之「兵隊になった沢村栄治-戦時下職業野球連盟の偽装工作」 (ちくま新書 2016/6/10初版)
本書は、戦前のプロ野球連盟が戦時下をどう切り抜けてきたかを中心に書かれている。同時に沢村栄治を始めとして多くのプロ野球創成期を担った名選手たちが、徴兵により戦地に行かされ命を奪われてゆく姿も描かれている。
日本でプロ野球がスタートするきっかけになったのは昭和9年11月20日の日米野球で、17歳の沢村投手がベーブ・ルースやルー・ゲーリッグといったアメリカのスター選手を集めて来日した全米チーム相手に、あわや完封かと思われた快投を行ったことに始まる。試合はゲーリッグのホームランにより1:0で日本チームが破れるが、スクールボーイ・サワムラの名前は全米を駆け巡った。
この結果が日本にも職業野球をいう機運を一気に盛り上げ、昭和11年2月6日に「日本職業野球連盟」が創立する。しかし創立総会から間もなく2・26事件が起きるなど、時期的には波乱含みのスタートとなる。
翌昭和12年7月7日の盧溝橋事件をきっかけに日本が中国へ攻撃を開始し、日中戦争が本格化する。
選手たちは徴兵検査を受けるが、もともと体格が良くて健康なので揃って甲種合格になる。そうなれば真っ先に戦場に行くことになる。この年の8月に早くも選手の一人が戦死する。
昭和12年の春季リーグで最高殊勲選手を受賞した沢村も、この年に郷里で徴兵検査を受け甲種合格。春にバッテリーを組んでいた捕手が前線で負傷し選手生命を絶たれたことを知り、自分の運命と重ねて落ち込んでしまう。そのためか、秋季リーグ戦では人が変わったように不振に陥る。
とうとう翌年の昭和13年1月に沢村は入営することになる。軍隊で期待されたのは彼の投擲力で、手榴弾を出来るだけ遠く、しかも目標を外さずに投げることが求められる。昭和14年になると沢村はもはや野球のことは忘れて、身も心も兵士となっていく。4月には大陸に派遣されるが、戦場は凄惨を極めていた。次々と仲間が殺されていく中で沢村の心も蝕まれ、敵陣に手榴弾を投げ込み、機関銃を撃ちまくり、白兵戦ともなれば容赦なく敵兵を刺殺した。
昭和15年になってようやく除隊となった沢村はチームに復帰するが、もはやかつての沢村ではなかった。2年間の軍隊生活が彼の体を野球選手から兵士に変えてしまった。ふがいない投球にスタンドから「そのザマはなんだ!」という罵声を浴びることもあった。

野球は元がアメリカのスポーツなので、昭和16年の日米開戦後は、軍部からの圧力が増してくる。先ずはチーム名を和名にしろという命令がくる。イーグルスは黒鷲になり、和名だった名古屋軍はユニホームの胸の「名」の字を変形してナチスの鉤十字に似せた。巨人のスタルヒンは「須田博」に変えたが、やがて外国人収容所に入れさせられる。
満州への遠征や、試合前の手榴弾投げ競争などの余興もやるようになる。
昭和16年10月には、ようやく調子を取り戻しつつあった沢村が再招集される。
軍部から連盟への要求はエスカレートしてゆき、引き分けが禁止となる。勝負は決着がつくまでやれというのだ。9回表までにリードしていたら裏は攻撃しない「アルファ勝ち」も禁止となった。勝負は最後までやれというのだ。野球のルールなど全く知らない軍人が命令するのだからトンチンカンなものになる。
敵性後の禁止は度合いを増し、やがてストライク、ボール、アウト、セーフなどの用語も禁止となる。
ストライク・ワン→ヨシ、1本
ワン・ボール→一ツ
フェア、セーフ→ヨシ
ファウル→ダメ
アウト→引ケ
次いで、徴用された人たちが働いていた産業戦士たちの職場を訪問し、慰問のための試合を行うようになる。
軍部はさらにルーズベルトに似た藁人形をグランドに作り、それを的にした遠投競争をさせよと言い出す、さすがに連盟もそれは受諾ぜず、代りに選手たちに銃剣術の余興を取り入れることにした。軍部は喜んでこの提案を受け入れた。軍人といえども、所詮は小役人の根性丸出しだ。
昭和18年1月に2度目の除隊となった沢村はチームの主将としてこの訓練に参加している。しかし2度目の軍隊生活で沢村は投手としては全く使い物にならず、時々代打で登場する程度になってしまった。
球団は選手を守るために大学生として登録し徴兵逃れを図ったが、それも学徒動員令で不可能になった。
昭和19年に入ると、連盟は選手を産業戦士として色々な工場に派遣させることにした。午前は工場、午後からは野球という生活だ。
全ては、戦時下で何とか職業野球を存続させるために連盟が行った偽装工作と言ってよい。
そうした努力も空しく、ついに昭和19年11月13日、連盟は野球を休止することを発表する。ここに結成以来9年間で、職業野球は休止のやむなきに至った。
前年に巨人軍から解雇された(この本で初めて知ったのだが)沢村は大阪の南海電鉄の車両工場で働いていた。同じ工場で勤労奉仕していた南海の選手相手に昼休みになると練習の汗を流していた(沢村は一時期南海に所属したという説もあるらしい)。今一度職業野球で投げる夢は捨てていなかったのだ。
その沢村が3度目の召集がかかったのは昭和19年10月だった。「おい、行ってくるわ」という言葉を家族に残して、門司港から出港して間もなく米軍の潜水艦に撃沈され、生存者は誰もいなかった。
この戦争で、沢村とバッテリーを組んだ名捕手の吉原正喜や、阪神の4番バッターであり投手でもあった景浦将ら多くの名選手が帰らぬ人となった。

戦争の影が近づきつつある今、こよなく野球を愛する人も、そうでない人も、手に取って見る価値がある本だと思う。

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2016/07/22

2016年上半期佳作選

今年の1月~6月の間に聴いた高座の中で、優れていると思われるものを降順で下記に列記した。
上半期は「当り」の高座が多く、初めて選出の人も何人かいる。上方落語家の名前が増えてきたのが特徴的といえる。
各作品は下半期の佳作を含め年末恒例の「My演芸大賞」の候補となる。

春風亭一朝『三枚起請』6/25 三田落語会
桂吉坊『蔵丁稚』6/19 花形演芸会スペシャル
橘ノ圓満『あくび指南』6/17 池袋演芸場
春風亭一之輔『百川』6/13 吉坊・一之輔二人会
柳家小満ん『船徳』6/5 国立演芸場
古今亭文菊『厩火事』5/14 小三治と喬・文・朝
柳家小三治『青菜』5/14 小三治と喬・文・朝
桃月庵白酒『お茶汲み』5/11 扇辰・白酒二人会
柳家小せん『湯屋番』5/5 小さん孫弟子七人会
柳家喜多八『居残り佐平次』4/23 三田落語会
古今亭文菊『締め込み』4/6 一之輔・文菊二人会
春風亭一之輔『百年目』4/1 一之輔・夢丸二人会
橘家圓太郎『馬の田楽』3/24 圓太郎ばなし
桃月庵白酒『首ったけ』3/21 国立名人会
隅田川馬石『替り目』3/14 らくご・古金亭ふたたび
桂米紫『厩火事』3/9 米紫・吉弥ふたり会
五街道雲助『五人廻し』2/27 雲助蔵出し
桂佐ん吉『立ち切れ線香』2/24 桂佐ん吉独演会
露の新治『猿後家』2/20 三田落語会
春風亭一之輔『五人廻し』2/19 春風亭一之輔独演会
桂吉坊『胴乱の幸助』2/14 志ん輔・吉坊二人会
桂かい枝『茶屋迎い』2/4 西のかい枝・東の兼好
柳家三三『粗忽の釘』2/1 プライム落語・東京
春風亭一之輔『明烏』1/30 三田落語会大感謝祭
柳家喜多八『やかんなめ』1/30 三田落語会大感謝祭

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2016/07/21

2016年6月人気記事ランキング

遅まきながら、6月の記事別アクセスTOP10は以下の通りとなった。

1 「笑点」利権
2 落語家の「実力」って、なんだろう?
3 国立演芸場㋅上席(2016/6/4)
4 花形演芸会スペシャル~受賞者の会~(2016/6/19)
5 #44三田落語会「一朝・三三」(2016/6/25)
6 【ツアーな人々】消えた添乗員
7 #5吉坊・一之輔二人会(2016/6/13)
8 強きにおもね、弱きをたたく
9 芸協真打昇進披露興行in池袋(2016/6/17)
10 柳家喜多八の死去

1位は、落語家(まともな落語が出来ないのもいるが)が出演するバラエティ番組「笑点」にまつわる利権について書いたもので、彼らの中には推定で年間1億円台を稼ぐ一方、寄席だけは食っていけない落語家の存在について言及した。
2位は、だいぶ以前に記事にしたものだが、何故か今ごろになってアクセスを集めた。この問題は、落語ファン10人に訊けば10通りの答えが返ってくるだろう。
3,4,5,7,9位は、いずれもライブの感想。落語はライブが全てと思っているので、それ以外のことはあまり興味がない。
10位は先月に続き喜多八の追悼記事が入った。喜多八ロスという言葉があるようだが、それだけ多くのファンから惜しまれている証左だ。
8位には久々に政治ネタがランクインした。直接的は舛添問題を扱ったのだが、昨今のマスメディアやネットの一部に強くみられる傾向、
・権力には迎合
・弱者たたき
・付和雷同
・道徳ファシズム
に警鐘を鳴らしたものと自負している。
惜しくも次点となってしまったが「書評『あたらしい憲法草案のはなし』」がアクセスを集めたここと合わせて、とても嬉しい。

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2016/07/20

柳家三三独演会(2016/7/19)

みなと毎月落語会「柳家三三独演会」
日時:2016年7月19日(火)19時
会場:麻布区民ホール
<  番組  >
前座・立川うおるたー『つる』
柳家三三『万両婿(小間物屋政談)』
~仲入り~
柳家三三『居残り佐平次』

名前の通り毎月開催の「みなと毎月落語会」、7月は「柳家三三独演会」。
この落語会に注文が二つある。
一つは、これほどの規模の会なのにお囃子を呼ばず、出囃子をテープで済ませていること。なんかケチ臭い。お囃子がいないとネタも限られるのに。
もう一つは、出演者に関係なく前座が立川流で、しかも大概は志らくの弟子だ。立川企画が運営しているせいだろうが、不満だ。一考を要する。

三三『万両婿』
『小間物屋政談』のタイトルの方がお馴染みで、圓生の高座が嚆矢。現役の人も圓生に倣っている。元々は世話講談の『万両婿』がオリジナルなので、こちらの演じ方の方がオリジナルに近いのかも知れない。
『小間物屋政談』とは細部にいくつか違いがあり、そこがちょいと引っかかった。

『政談』では相良屋小四郎と若狭屋甚兵衛の出会いが、小四郎が箱根山のあたりで腹の具合が悪くなり森の中へ入って用を足そうとすると、どこからか助けを呼ぶ声がする。近寄ってみると樹木に肌襦袢一枚で縛り付けられている甚兵衛を発見する。事情を聞けば、病の療養の旅の道中追い剥ぎにあったためにこのような仕打ちを受けたと言う。
一方の『万両婿』では箱根路を歩いていた小四郎がいきなり下帯1枚の男に助けを求められる、それが追剥に身ぐるみ剥がされた甚兵衛だった。
後者のケースでは、追剥は目的を達すると直ぐに甚兵衛を解き放ったということになる。しかし、それでは直ちに甚兵衛が後を追いかけたり、大声で追剥の被害を訴えることも可能になる。
ここは前者の様に身ぐるみ剥いだ後は被害者を木に縛り付けて、逃亡の時間稼ぎをするという方が理にかなっている。
また後者で、江戸きっての大店の主人が療養のために湯治に行くのに、供を連れていないというのも不自然だ。
甚兵衛は元々具合が悪いところにもってきて、追剥にあい、更に木に縛り付けられという恐怖(小四郎が見つけていなければ、そのまま死んでいっただろう)から急激に衰弱し、宿で急死したものと思える。
『政談』に比べ『万両婿』のこの場面設定には無理がある様に思う。

『政談』では小四郎が死んだと早合点した大家が、残された女房お時がまだ若い身なので、小四郎の遠戚に当たる三五郎を見合わせ夫婦にするというもの。
これに対して『万両婿』では、大家らが女房のお時に小間物屋の店を開かせ、手が足りないからと三五郎を引き合わせ、その後に夫婦にするという設定だ。
しかし、長屋住まいの小四郎は自分の店を持てないから背負い(しょい)小間物を商っていたと思われる。それが亭主が死んだと分かった途端に、女房がどうやって店舗を開けたんだろう。まさか大家が資金を調達したとも思えぬ。
この部分も、『政談』の方が理にかなっている。
甚兵衛の年齢が60歳という設定もどうなんだろう。
こうして見ていくと圓生の脚色は良く出来ており、完成度が高いことが分かる。

三三の高座は持ち前のテンポの良さで聴かせてくれたが、どうも作品自体の欠点が最後まで頭から離れなかった。
それと圓生の高座と比較するのは酷だが、もう少し人物像を練り上げて欲しいと思った。

三三『居残り佐平次』
三三のこのネタは初。こちらもテンポよく楽しい高座だった。
欲をいえば、中盤からの佐平次はもうちょっと弾けてほしい。
終盤の、喜助相手に「居残り佐平治」を名乗る場面ではもっと凄みが要る。アナーキーな凄みが。
それと座敷で勝つぁんを相手に佐平次が酒を飲む時、最初は杯で飲み始めるというのは変ではないか。杯は勝のものだろうし、ここは常法通り勝にねだって、湯のみに酒を注いで貰い飲み始める方が自然だと思う。

ブログ休載中に永六輔氏、大橋巨泉氏の訃報に接した。
お二人とも青春時代の思い出には欠かせない方だった。
ご冥福をお祈りする。

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