映画『帰ってきたヒトラー』、いくつかの違和感
映画館で映画を観るのは何年ぶりだろうか、思い出せない。
おそまきながら映画『帰ってきたヒトラー』をみに行った。館内はガラガラでゆっくり観られたのは良かった。眼の前の席の客が、映画が始まるまでずっと産経新聞を読んでいた。産経とこの映画の組み合わせって、と思った。
映画『帰ってきたヒトラー』の感想についてはネットでも沢山の方が書いていて、概ね好評だ。
1945年に死んだはずのヒトラーが2014年のドイツに突然よみがえったらどうなるかというのがテーマで、風刺のきいたコメディや、ドキュメンタリー手法を織り込んだ映画作りが話題になり、それらの要素は確かに優れていた。
原作を読んでいないので映画だけの感想になるが、いくつかの疑問や違和感も残った。
蘇ったヒトラーが先ず気になるのはドイツがどうなったかだ。彼はナチスが滅びるくらいならドイツ国民は全員が死んでもいいとさえ思っていた。だから復興したドイツを見て驚いたに違いないし、それは映画でも描かれている。
ドイツ以外の国で最も気になる国はソ連だったはずだ。決してポーランドやルーマニアではない。第一声は「ボルシェビキ(ソ連)はどうなった?」と訊いただろう。
何よりヒトラーは熱烈な反共主義者だった。彼が政権をとって最初に行ったのは共産党国会議員の逮捕と投獄だった。次は一般党員から同調者、社会民主主義者と次第に範囲をひろげてゆき、その多くは処刑されるか強制収容所送りとなった。映画でもヒトラーの主要な問題としてホロコーストがとりあげられていたが、これも元をたどれば共産主義撲滅の文脈からきている。
ヒトラーがソ連に侵攻する際にも、他国との戦争とは全く性質が異なることを訓示している。従来の戦闘では民間人の殺戮は避けるよう指示していたが、ソ連に関しては兵士と非戦闘員の区別なく殺戮するよう指示している。
そして対ソ戦の敗北がナチスドイツの破滅の原因となった。ヒトラーの遺体を検分したのもソ連軍だ。
だから、ヒトラーの最大の関心事はソ連(ロシア)がどうなったかだろう。
ヒトラーは自らが選挙で選ばれた、あるいは国民が選んだという主張をしていて、映画ではそこがスル―されていた。
しかし、経緯を振り返ればそれは不正確だ。
確かに選挙でナチスが過半数を占めたことは事実だが、1933年のヒトラーは政権を握ると、国会放火事件を利用し共産党議員全員と一部の社民党議員を逮捕・拘禁して、議会で圧倒的多数を得る。
そうして議会で「全権委任法」を成立させ、全ての権限をナチスが握ることになる。
同法の成立後、ナチスは他の政党や労働組合を解体に追い込み、同時に政党新設禁止法を制定し、事実上の一党独裁体制を確立していく。
つまり、1933年から終戦までの間はナチスの一党独裁体制となっていたので、選挙で国民がヒトラーを選んだわけではない。
ここは誤解のないようにして欲しい。
これは本質的な問題ではないが、ヒトラー役が本人に似ていない。映画のヒトラーは随分と体格がいいが、実物は背が低く中肉だ。顔も似ていない。あれではいくら本物だと主張しても誰も信用しないだろう。
ヒトラー役が現代の民衆の中に入ってゆき、その反応をドキュメンタリー風に撮影しているが、周囲が笑っているのは本人に似てないからでは。もしソックリさんが現れたら(例えば、ブルーノ・ガンツ)、反応は違っていたかも知れない。
この映画が単なる喜劇なら良いが、ドキュメンタリー・タッチを織り込むなら、より最適なキャスティングが必要だったと思われる。
今日8月9日、長崎原爆忌。
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