« 「家族葬」と「お別れ会」 | トップページ | 明治時代からあった「生前退位」論 »

2016/10/27

#68人形町らくだ亭(2016/10/26)

第68回「人形町らくだ亭」
日時:2016年10月26日(水)18時50分
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座
立川笑二『道具屋』
古今亭志ん輔『犬の災難』
三遊亭金馬『ねぎまの殿様』
~仲入り~
五街道雲助『淀五郎』

フィリピンのドゥテルテ大統領だが、麻薬の容疑者を手当たり次第に殺害するというのは乱暴すぎるが、「暴言」のほうは気にならなかった。いつまでもかつての宗主国であるアメリカに言いなりにはならないぞという発言は、むしろ潔くとさえ見える。
ただ、この人のいけないのは中国に行けば中国に調子のいいことを言い、日本に来れば今度は日本に調子のいいことを言うことだ。
これでは相手にヨイショしてご祝儀という名の経済援助を引き出す幇間(タイコモチ)と変わりがない。
「バランス外交」ならぬ「タイコモチ外交」である。
日本政府も「旦那」気取りで、あちらこちらに札びらを切るのはやめてほしい。元はといえば、こっちから出た金なんだから。

前座だが、立川流の女流だったが名前を聞き漏らした。

笑二『道具屋』、立川流の二ツ目。叔父さんと与太郎の演じ分けができていない。与太郎の言葉遣いに一貫性がない。どうも立川の若手のいうのは「受ける」ためのクスグリには力を入れるが、基本がなってないようだ。

志ん輔『犬の災難』、通常は『猫の災難』のタイトルで演じられるが、大師匠の顰に倣い『犬』で演じた。大きな違いは、肴が前者では「鯛」だが後者では「鶏肉」。
でもどうなんだろう、日本酒の肴に鶏肉が合うんだろうか。焼き鳥にでもすれば良いのかも知れないが、手間がかかる。ここは鯛の方が自然だろう。
志ん輔の酒の吞みっぷりと酔態が見所。

金馬『ねぎまの殿様』、芸歴76年という天文学的数字。感心するのは高齢にもかかわらず常に観客本位を貫いていることだ。寄席の短い時間でも、必ず古典を一席うかがう。若手は手本にしてほしい。
「片仮名のトの字に一の引きようで、上になったり下になったり」という先代のお馴染みの言葉をマクラに振って本題へ。
筋は『目黒のさんま』同工異曲だが、高座にかかることが少ない。「さんま」に比べ「ねぎま」が馴染みがないせいか。でも舞台は上野広小路、鈴本のすくそばだ。ここの葦簀っぱりの店で、殿様が醤油樽に腰かけ、ねぎまを肴に燗酒を飲む姿は粋ではないか。店の小僧も殿様を特別扱いしないところが、いかにも江戸らしくていい。

雲助『淀五郎』、歌舞伎役者の出世物語という点で『中村仲蔵』と双璧で、『仲蔵』の続編のようにも見えるネタだ。
ただ両者の大きな違いは、『仲蔵』がケレンとも思える型の工夫であるのに対し、『淀五郎』の方は役者としても心構えに重点が置かれている。
それは仲蔵が淀五郎に「その場で褒められるようじゃ上手い役者とは言えない。芝居が終わって、さっきの役者は上手かったなと客が言うようでなくちゃ本物とは言えない」という意味のことを諭す所に現れている。
この場面も『中村仲蔵』を踏まえている。
仲蔵は4段目の判官を演じる際の心構えを2点示唆している。
一つは、役者自身が5万3千石の大名になりきって腹を切ること。ここで、ご贔屓すじに良い所を見せようとする淀五郎の演技を諭している。
二つ目は、自分の短慮で家来たちを路頭に迷わせることになり申し訳ないという気持ちが、筆頭家老である由良之助に伝わらなくていけない。
こうした役者の「肚」を先ず基本に据えて、後は技術的なことをアドバイスする。
この場面の仲蔵のいかにも座頭らしい仲蔵の風格と優しさ、それを受けて少しずつ心が晴れてゆく淀五郎の姿が、見事に描かれていた。
雲助の渾身の一席、このネタは現役ではこの人がベストだ。

|

« 「家族葬」と「お別れ会」 | トップページ | 明治時代からあった「生前退位」論 »

寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

昨日、四段目をみたばかり、梅玉の判官はなかなかよかったです。
葬式については私も同じ気持ちですが、死んでしまえばそれまでですなあ。

投稿: 佐平次 | 2016/10/27 22:46

佐平次様
梅玉は品があるので判官ピッタリだったでしょう。国立の忠臣蔵、スケジュールが合わなくて行けずのままです。
家族によけいな負担をかけたくないので、そろそろ「お言葉」を考えなくてはといった心境です。

投稿: ほめ・く | 2016/10/28 07:03

立川流には様々な評価があるようです。
落語協会のベテランが、次のようなことを不思議そうに書いていました。
「寄席修行をしなかった立川流の比較的若い層の落語家たちは、寄席修行をした立川流の年配の落語家たち(つまり、落語協会のベテランの元同僚)とは感じが異なる」
してみると寄席修行は大事なのかなと感じました。

投稿: 福 | 2016/10/28 07:03

福様
つまり弟子入りが、談志が協会を脱退する前か後かで芸風が異なるということなら、確かにあります。今の若手は当り前ですが脱退以後の、それも俗に四天王と呼ばれる人気者に憧れ入門した人が多いでしょうから、彼らの影響を強く受けていることになります。

投稿: ほめ・く | 2016/10/28 09:10

らくだ亭、ご無沙汰で、一年余り行っていないのですよ。
雲助良かったようですね。
ブログを拝見し、しばらく雲助も聴いていないので、どこかで聴かなきゃと思いました。

立川流、いわゆる四天王にしても、今は聴きたいという思いが失せています。
いろいろ理由はありますが、やはり落語家は寄席が基本。
そうだ、談幸は寄席で聴けますね。
寄席に出たい人は、もっと芸協に入ればいいのにと思うのですが、その後は続きませんね。
兼好なども、寄席で聴きたいなぁ。

投稿: 小言幸兵衛 | 2016/10/28 12:59

小言幸兵衛様
昨夜は立川の若手が二人出ていましたが、いい勉強になったと思います。
「らくだ亭」は主催者が宣伝に力を入れていない様子が見られますが、毎度常連の期待に応える充実した高座を見せてくれます。
兼好ですが、先月でしたか芸協の末広の席で10日間だけ顔づけされていました。見損なってしまいましたが、是非これからも続けて欲しいですね。

投稿: ほめ・く | 2016/10/28 16:04

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「家族葬」と「お別れ会」 | トップページ | 明治時代からあった「生前退位」論 »