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2016/12/28

少し早めですが・・・、皆さま、良いお年を!

今年も残りわずかとなりました。少々早めですが、当ブログはこの日で一年の納めにいたします。

さて来年ですが、縁起でもないとお叱りを受けそうですけど、心配なことばかりです。
先ずはアメリカ大統領のこと。
史上最低といわれた大統領選挙によって、史上最悪のトランプ大統領が誕生します。ロシアの手を借りて当選というのも、史上初でしょう。
トランプについては楽観論もあるようですが、政権移行チームに自分の家族を押し込むなど、ハナっから常識はずれもいいとこです。
側近によればトランプは新聞や本は読まず、情報はもっぱらTV番組からという人物だそうですから、物事を深く考える事は期待できません。
当選後に発信しているSNSでの発言も、思い付きと相変わらずの暴言の連発です。
なにしろ米国は我が国の最大の同盟国(御上)なので、影響を受けないわけにはいきません。

選挙中からトランプが主張していた通りであれば、先ずは在日米軍へのいっそうの費用負担を日本に求めてくるでしょう。それが嫌なら米軍を縮小するという脅しです。
お好きにどうぞと言いたいところですが、そうなると今の政権では独自の国防に力を入れろという動きが強まるでしょう。攻撃用の武器を増やすとか、稲田防衛相らが主張する核武装論が力を増す可能性もあります。
その結果、東アジアを中心に軍拡競争が起こり、一触即発の緊急事態が増す危険性が高くなります。
そう考えると、安倍政権の下では、米軍縮小を手放しでは喜べないという実に困った状況です。
アメリカン・ファーストをかかげるトランプ政権では、対日貿易交渉でもかなり厳しい要求が出されるでしょう。
TPPがとん挫したと思ったら、一難去ってまた一難です。

もう一つの大きな危惧は、ヨーロッパを中心としたナショナリズムの台頭です。
難民問題を契機として、愛国心を煽るような極右政党が躍進する動きが欧州各国で強まり、このままではEUが危機的状況に置かれかねません。
欧州に行かれた方は実感されているでしょうが、EU内部では国境が事実上なくなっています。そのために欧州各国の軍事費は大幅に低減され、その分は生活を豊かにする方へ回されてきました。
それが今は逆回転に向かうかも知れないのです。
米国のトランプ大統領の出現が、こうした傾向をいっそう後押しするでしょう。
もちろん、何も欧州に限ったことでなく、我が国を含む東アジア諸国でも十分に警戒すべき潮流です。

激しい内戦が続くシリア北部の都市アレッポ東部に住む7歳の少女バナ・アラベドさんのツイートが大きな話題をよんでいました。
「私たちは今家を失いました。軽いけがをしました。昨日から寝ていません。お腹がすきました。生きたい、死にたくない ――バナ」
シリアのアレッポでは政府軍とロシア軍との共同作戦によって、多くの市民が犠牲になっています。
バナさんのツイートでも家族の友人たちや級友たちの死が伝えられています。
中東ではいまこうした悲劇が日常的に起きていて、その結果が多数の難民を生んでいるのです。
でも、元を正せばアメリカによるアフガニスタンとイラクへの侵攻が引き金となりました。
トランプは選挙選でも難民を追い出せと叫んでいましたが、原因となった自国の責任はほお被りです。

加えて、ロシアのプーチンがまるで火事場泥棒のように中東への介入を強めています。
プーチンの戦略はかつてのソ連の版図を回復することにあるでしょう。金と力で東欧諸国への関与を強め、一部の国では既に親ロシア政権が誕生しています。
西欧各国がプーチンを警戒する中で、安倍首相が経済協力を約束するなど接近を図っていますが、どう見てもプーチンが領土を返還するとは思えません。

日本の国会では、従来の自公に加えて日本維新がすっかり与党の仲間入りで、議会は機能マヒ状態、政権の思うまま。日本維新は最近では自民党の別働隊どころか鉄砲玉の役割に徹しているようです。
来年は総選挙が予想されていますが、こうした状況を何とかせねばなりません。

本年も当ブログにお付き合いいただき、有難うございます。
来年は1月7日頃から再開する予定ですので、また宜しかったらお立ち寄りください。
それでは皆様、良いお年を!

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2016/12/27

「My演芸大賞 2016」の発表

2016年の「My演芸大賞」は次の通り。

【大賞】
桃月庵白酒「一連の『廓噺』」

【優秀賞】
柳家小満ん『応挙の幽霊』8/25 人形町らくだ亭
五街道雲助『淀五郎』10/26 人形町らくだ亭
春風亭一之輔『夢八』11/11 一之輔・夢丸二人会

【特別賞】
柳家喜多八『居残り佐平次』4/23 三田落語会

「大賞」は白酒の一連の「廓噺」と決定した。
今年の高座を見ても『二階ぞめき』『お茶汲み』『首ったけ』が佳作に選ばれているが、他にも『付き馬』『徳ちゃん』『木乃伊取り』『山崎屋』など優れた高座が多く、今や「廓噺」では第一人者と言っても良い。
廓そのものは消滅したが、水商売の女性と、そこに通い詰める男性客との人間模様というのは、今も昔も変わりはない。
文楽、志ん生、圓生らの名演を引き継ぎ、今の世代の観客に橋渡ししている功績は大だ。

「優秀賞」のうち、小満ん『応挙の幽霊』の高座は「粋」と「遊び」という落語の重要な要素を見事に示したものだ。
雲助『淀五郎』の高座では、仲蔵が淀五郎に四段目の判官切腹の型を指導するに際し、判官が自分の短慮で家来たちを路頭に迷わせて申し訳ないという気持ちを由良之助に伝えるという「肚」が大事だと諭す場面が非常に説得力があった。芝居噺の第一人者に相応しい高座だった。
佳作に最も多く名前が出ている一之輔の才能は驚異的で、『夢八』の様な上方ネタを東京で演じるのは難しいと思われた演目も難なくこなしていた。この人の高座を見ていると「陰で血の滲むような努力」などせず、いとも簡単にネタを自分のものにしているように思える。鬼才たる由縁である。
他にもいくつか推したい高座はあったが、これを推すとあれもそれもと数が多くなってしまうので、今年の優秀作は3人だけとした。
例えば、たま『紙屑屋』は未だ粗削りながら、全編高座の上で踊りまくるというエネルギーに圧倒された。芝居でいえば「けれん」だが、落語にはこうした動きで楽しませる事も必要だ。
吉坊『蔵丁稚』vs.文菊『四段目』という東西の新鋭の同じネタを聴き比べでは、甲乙つけがたかった。
小三治の『青菜』『馬の田楽』2席も滋味あふれる高座として印象に残った。

「特別賞」は今年5月に亡くなった喜多八の『居残り佐平次』で、前座に支えられながら高座に上がり、瘦せ細った身体で声も掠れがちだったが長講の『居残り佐平次』を演じきった。陽気に語る喜多八の姿に何度も涙が出そうになったのを憶えている。
結局、私が見た喜多八の最後の高座となってしまった。

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2016/12/26

2016年下半期佳作選

今年の7月~12月の間に聴いた高座の中で、優れていると思われるものを下記に列記した。
各作品は上半期の佳作を含め年末恒例の「My演芸大賞」の候補となる。

笑福亭たま『紙屑屋』7/24 花形演芸会
春風亭正太郎『佃祭』7/29 正太郎・小辰二人会
柳家小満ん『応挙の幽霊』8/25 人形町らくだ亭
柳家小満ん『素人鰻』9/21 小満ん・馬石・文菊三人会
三遊亭遊雀『不動坊』10/11 新宿末廣亭
桃月庵白酒『二階ぞめき』10/14 五街道雲助一門会
笑福亭三喬『質屋蔵』10/15 東西笑いの喬演
五街道雲助『淀五郎』10/26 人形町らくだ亭
橘家文蔵『子は鎹』11/2 国立演芸場
蜃気楼龍玉『緑林門松竹(通し)』11/7 霜月の独り看板「蜃気楼龍玉」
春風亭一之輔『夢八』11/11 一之輔・夢丸二人会
柳家小三治『馬の田楽』12/2 柳家小三治独演会
古今亭文菊『四段目』12/17 朝日名人会

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参考までに2016年上半期佳作選に選ばれた作品は下記の通り。

春風亭一朝『三枚起請』6/25 三田落語会
桂吉坊『蔵丁稚』6/19 花形演芸会スペシャル
橘ノ圓満『あくび指南』6/17 池袋演芸場
春風亭一之輔『百川』6/13 吉坊・一之輔二人会
柳家小満ん『船徳』6/5 国立演芸場
古今亭文菊『厩火事』5/14 小三治と喬・文・朝
柳家小三治『青菜』5/14 小三治と喬・文・朝
桃月庵白酒『お茶汲み』5/11 扇辰・白酒二人会
柳家小せん『湯屋番』5/5 小さん孫弟子七人会
柳家喜多八『居残り佐平次』4/23 三田落語会
古今亭文菊『締め込み』4/6 一之輔・文菊二人会
春風亭一之輔『百年目』4/1 一之輔・夢丸二人会
橘家圓太郎『馬の田楽』3/24 圓太郎ばなし
桃月庵白酒『首ったけ』3/21 国立名人会
隅田川馬石『替り目』3/14 らくご・古金亭ふたたび
桂米紫『厩火事』3/9 米紫・吉弥ふたり会
五街道雲助『五人廻し』2/27 雲助蔵出し
桂佐ん吉『立ち切れ線香』2/24 桂佐ん吉独演会
露の新治『猿後家』2/20 三田落語会
春風亭一之輔『五人廻し』2/19 春風亭一之輔独演会
桂吉坊『胴乱の幸助』2/14 志ん輔・吉坊二人会
桂かい枝『茶屋迎い』2/4 西のかい枝・東の兼好
柳家三三『粗忽の釘』2/1 プライム落語・東京
春風亭一之輔『明烏』1/30 三田落語会大感謝祭
柳家喜多八『やかんなめ』1/30 三田落語会大感謝祭

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2016/12/25

#40大手町落語会(2016/12/24)

第四十回「大手町落語会」
日時:2016年12月24日(土)13時
会場:日経ホール
<  番組  >
柳亭こみち『反対俥』
春風亭一之輔『普段の袴』
柳家さん喬『掛取万歳』
~仲入り~
橘家文蔵『猫の災難』
柳家権太楼『質屋庫』

20日頃から風邪をひき、熱は下がったものの咳と鼻水がとまらず、行くかどうか迷ったが今年最後の落語会なのでと無理してでかけた。
やはり体調の悪い時は落語会になぞ行くもんじゃない、と、そう思った。心から楽しめないのだ。
年末にかけて、お互い様、ご自愛のほどを。

こみち『反対俥』、数少ないママさん噺家。来年に真打昇進とのこと。以上。

一之輔『普段の袴』、ここの所長講にばかり出会ってきたが、この日は軽く。大師匠の十八番だったが今や一之輔の十八番。二人の演じ方の違い、特に武士の風格の出し方に時代の差を感じる。

さん喬『掛取万歳』、40回の会で意外にも掛けられてこなかったネタという紹介で。
さん喬の高座を一言で表せば「予定調和」となるか。上手いのだが、エキサイティングじゃない。人柄の良さが高座にも現れているという印象を持ってしまうのだ。

文蔵『猫の災難』、襲名を機に、こうした会にもすっかりお馴染みになった。「襲名」の成功例と言えるだろう。
悪くなかったが、兄い分が魚を買いに行ってる間に男が勝手に酒を飲んでしまう場面が長すぎて、ダレた。

権太楼『質屋庫』、最近はあまり寄席に出ていなくて地方回りが多いと言っていたが、確かに定席の顔づけは減ってるように思う。権太楼は「寄席の顔」ともいうべき人なので、ちょいと寂しい。
質屋の主の例え話が長すぎて、後半の番頭と熊がお化けを怖がる場面が縮小されていた。
熊が質屋から酒やタクアン樽を持ち出すのを告白する場面や、小僧が熊に適当なことを言って饅頭を買わせる場面が可笑しく、この人らしく会場の笑いを取っていた。

今日はこの辺で。

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2016/12/22

ここにも教育格差が

月刊誌「図書」2016年12月号に、「北海道ブックシェアリング」代表理事をしている荒井宏明氏が、北海道の小学校図書館の惨状について書いている。
札幌の隣町にある市立小学校で、学校図書館に並んでいる本がどれもひどく痛んでいて、半分以上は背表紙がはがれタイトルの判別さえできない。
中から一冊の本を取り出すと図鑑だったが40年も前に出版された本だ。
百科事典には「西ドイツの首都はボン」と書かれ、地図帳にはソ連がのっている。これでは図書館で勉強するほど間違った知識を身につけることになる。
閲覧机はなく、会議室用テーブルにパイプ椅子が並べてあるだけだ。これでは本の魅力も読書の楽しみも伝わってこない。
道内には週に数時間しか利用できない「開かずの学校図書館」が多いのもムベなるかなだ。
北海道では一般書店の閉店もあいつぎ、道内179市町村のうち約50が無書店自治体となっている。子どもから大人まで、本を手に取る手段が失われているのだ。
同じ北海道でも札幌の学校図書館は、蔵書数や図書更新の充実のみならず、学校図書館地域開放制度といった全国でも先進的な取り組みをしている。
先ほどの隣町とは雲泥の差だ。
先の小学校校長は生徒に「本が好きな子は進学で札幌に行って好きなだけ読め」と言ったこともあるそうで、悲しい現実としかいい様がない。
こうした状況は北海道だけでなく、おそらく全国の多くの地方自治体が抱える問題だろうと推測される。

なぜ学校図書館が地域によって大きな格差が生まれたのか。
その理由は、かつて学校図書の購入費は補助金扱いだったので、生徒の規模に応じて公平に配分されていた。
それが現在は地方交付税扱いになり、地方自治体の裁量で増減の措置が取られる。
財政状況が厳しい自治体だと、図書の購入費が削減されてしまうのだ。北海道のケースだと措置率が、文科省の指針の半分以下になっている。それも先進的な札幌を含めての数字なので、他の自治体は推して知るべしだ。

少なくとも義務教育である小中学校では、全国どこでも公平な教育環境が担保されるべきだ。
財政が厳しい地域の学校では、まともに学校図書を購入できないといった状況は即座に解消せねばなるまい。
その主たる原因が財源の問題であるなら、以前の補助金制度に戻せばよい。
文科省の役人たちは、一体この問題をどう考えているのだろうか。

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2016/12/20

恵比寿ルルティモ寄席2016(2016/12/19) 

「恵比寿ルルティモ寄席2016 supported by 渋谷道玄坂寄席」
日時:2016年12月19日(月)19時
会場:恵比寿ザ・ガーデンホール
<  番組  >
前座:省略
三遊亭兼好『ねずみ』
春風亭一之輔『文七元結』
~仲入り~
桃月庵白酒『二番煎じ』
橘家文蔵『芝浜』
(全てネタ出し)

人気と実力を兼ね備えた若手4人がトリ根多の長講に挑むという趣向の落語会。
休憩を除いて3時間に及ぶ熱演が繰り広げられたが、中身は色々課題も見られた。

兼好『ねずみ』
最近の兼好の高座を見ていると、芸域を拡げようとして努力しているのが感じられる。
兼好のこのネタでは、いくつか通常と異なる演出が行われている。
・「鼠屋」の主人が向かいの「虎屋」を追われるまでの身の上話を、卯兵衛の仲間である「生駒屋」に語らせる。
・甚五郎が彫ったネズミが動き回るのを最初に発見したのも生駒屋。
・生駒屋が甚五郎と知らず、仙台には腕のいい職人が沢山いるので、しっかり修業するよう勧める。→最後に謝罪。
通常では脇役の生駒屋が大活躍するのが兼好の演じ方だ。
しかし、どうなんだろう。卯兵衛の身の上話は本人がするから聞き手が感情移入できるので、第三者を介する演り方は感心しない。
また、セリフの「間」が微妙にずれる場面が何ヶ所かあったのも気になった。

一之輔『文七元結』
一之輔がこのネタを演じたらきっとこうなるだろうと予測していた、その通りの出来だった。
全体として完成度が高く、佐野槌、吾妻橋、近江屋、達磨横町の長兵衛宅、それぞれの場面もソツなく描いていた。
ただ、これは一之輔に限らず若手がこのネタを演じる時の共通点と言えるのだが、長兵衛の造形に問題がある。長兵衛はおそらく年齢は40代、動かす金から判断すると左官職の頭になるような人物と推定される。こういう男が博打にこり、挙句は借金まみれのスッテンテンという状況。
江戸っ子を気取っていても、内実は長兵衛は惨めな中年男だ。
だが若手が演じると、どうも長兵衛が若くなってしまう。吾妻橋でも長兵衛と文七は親子ほど年が違うはずだが、ヤリトリを聴いていると、それほどの年齢差を感じさせない。
そこが惜しまれる。

白酒『二番煎じ』
白酒のこのネタも通常の演じ方と異なる。
・通常は夜回りを二つの班に分けるのだが、白酒の高座では一班だけだ。
・宗助は夜回りには加わらず、一人番小屋で留守番をするが居眠りばかりしている。
・夜回りのメンバーに一人大阪人を入れている。
・半ちゃんの吉原での夜回りの時のノロケ話にかなりの時間を割いている。
キズとしては番小屋での宴会が盛大過ぎる。ここは密かな楽しみが次第に大胆になってゆく様にした方が良いと思う。

文蔵『芝浜』
文蔵のこのネタは2度目だが、前回に比べさらに完成度が上がっていた。最初は女房に騙されて断酒し仕事に励むのだが、魚勝が次第にその仕事自体が生きがいになってゆく様も丁寧に描写されていた。
最近聴いた『芝浜』でもかなりの高レベルだったと思う。
ただ根本的な問題として、このネタはこれほどの時間をかけて演じるような代物だろうかと思ってしまうのだ。
前日の朝に体験した出来事を、翌朝になって夢だ夢だと言い立てて納得させる筋に無理がある。実際の出来事には様々な痕跡が残っており、勝五郎からすればいくらでも反論できる筈だ。前日の朝の勝五郎はシラフだったのだ。
だからこの落語はメルヘンなのだ。メルヘンをメルヘン風に演じた3代目桂三木助の演じ方が正解だ。
文蔵の様にリアリティを持たせてしまうと、夢だ夢だという嘘に勝五郎が騙されるという所が不自然になってしまう。

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2016/12/18

#165朝日名人会(2016/12/17)

第165回「朝日名人会」
日時:2016年12月17日(土)14時
会場:有楽町朝日ホール
<  番組  >
前座・金原亭駒六『元犬』
鈴々舎馬るこ『小言幸兵衛』
古今亭文菊『四段目』
柳家三三『鰍沢』
~仲入り~
立川生志『看板の一』
五街道雲助『富久』

どういうきっかけで落語や寄席芸に興味を持つようになったのか、人それぞれかと思う。アタシの場合は、小学校に上がる頃から親に連れられ寄席に行くようになった。
それがとにかく面白かったのだ。全てを理解していたのではないはずだが、面白さだけは伝わってきた。
落語や漫才もそうだったが、浪曲、講談、手品、音曲といった色物も好きだった。だから退屈するような事がなかった。
今から考えると、芸の中身より芸人が演ずる姿が好きだったのかも知れない。
そのうち、子どもでも上手い人下手な人、売れる人売れない人が段々分かるようになってくる。
昔、『幸せを売る男』というシャンソンが流行ったが、アタシは落語家という職業は『幸せを売る』ことだと思う。
そして、そういう人が上手い下手の区別なく売れるのだ。
落語は大衆芸能だから、芸人はまず売れなくてはいけない。売れなくては寄席から顔づけされず、各種落語会からも声がかからない。少ないファンを集めた自分の会を細々と続けるやりかたも否定はしないが、それだけで終わったとしたら芸人の本分とは言えまい。
中学生の一時期、落語家を目指そうとしたことがあったのだが断念したのは、小さい頃からの経験が生きていたから、自分が芸人になっても売れないと悟ったのだ。その判断は正解だと今でも思っているし、子ども時代に寄席に通ったお陰と思っている。
もっとも、その後の進路が成功だったとは到底言えないのだが。
そんな経緯のせいか、寄席や落語会に行っても芸人そのものに目がいってしまう。
人を惹きつける魅力があるのかどうか、そういう目で落語家を見るのも一興だと思う。

馬るこ『小言幸兵衛』、来春の真打昇進が決まった。
ネタだが、稽古不足のせいかミスや言い間違いが目立った。
登場人物の言葉遣いも一貫していない。
勉強し直し!

文菊『四段目』、この会は概して各演者の十八番を掛ける傾向にある。この日もそうで、当たり外れがない反面、意外性もない。
文菊のこのネタも十八番で、完成度が高い。特に判官切腹の芝居仕立てを演じさせたら、若手ではこの人がトップだろう。
アタシも覚えがあるのだが、子どものうちは寄席でも芝居でも一度聞いたセリフは直ぐに暗記できた。
だから、定吉が芝居の名場面を再現するのは不自然ではない。

三三『鰍沢』、三三もこのネタをしばしば演じている。
明治時代に活躍した4代目橘家圓喬の有名なエピソードとして、真夏の暑いさなか、団扇や扇子が波を打つ寄席の中で、圓喬が真冬の噺『鰍沢』をかけ、寒さの描写を演じているうちに、団扇や扇子の動きがピタリと止んだという。
近年でも圓生や彦六の正蔵らの名演があり、これに迫る高座にはなかなかお目にかかれなかった。
三三の演出は、マクラを含めてほぼ圓生の高座に倣っている。吹雪の中を行き暮れて難儀をする旅人の描写から、一軒のあばら家での吉原で敵娼(あいかた)に出た女との再会と昔語り。
しかし、旅人が懐に100両近い金を持っていることに気付くと、女は旅人を毒殺し金を奪うことを決意する。
この肝心の変心の箇所が三三の高座では不鮮明に思えた。
以降の女の夫が誤って毒の入った玉子酒を飲んで死んでいく場面や、それに続く女から逃れた旅人が逃げ場を失い鰍沢の流れに落ちる場面は、緊迫感が出ていた。
三三の年齢を考えると十分な高座だと言えるし、これから年を重ねてさらに練り上げることを期待したい。

生志『看板の一』、お馴染みの談志のエピソードから本題に入る、これまた何度か聴いたネタだ。
マクラで先日のプーチンがなんのために来日したのかというと、日本の公安と防衛体制を確認するためとは、いかにもこの人らしい。
確かにプーチン、何しに来たんだろう?
それより、何のためにわざわざ呼んだだろう?
結果はゼロ回答どころか、マイナス回答に終わってしまった。
大山鳴動して、出てきたのは頭の黒いネズミ一匹。
ここら辺りが安倍の「すり寄り外交」の限界としか思えない。
ネタでは、看板のピンを真似する男の姿で会場を沸かせていた。

雲助『富久』、久蔵が旦那の住む芝が火事と聞いて浅草から駆け付ける場面で、「火事はどこだい牛込だい、牛の金玉まる焼けだい」と口ずさむ。火事見舞いで出入りを許してもらおうという久蔵だが、決して旦那に媚びる様子はなく、むしろ太々しさを感じるのは大師匠である志ん生の演じ方を継承している。
富が千両当たったのに富籤が燃えてしまったので換金できないと知った久蔵の落胆や怒りは、「てめえちの軒先で首をくくって、化けて出てやるからな」の啖呵で示され、「こんなんじゃ、籤に外れた方が幸せでい」のセリフで嘆きが増幅される。
鳶頭の家で久蔵が、大神宮様の中にあった千両の当り籤を額に押し頂くクライマックスまでを、この人らしい丁寧な演出で聴かせてくれた。
年の瀬の締めに相応しい一席。

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2016/12/16

年末は新日本フィル「第九」(2016/12/15)

今年も終わりに近づいたが、腹の立つことばかりだ。
安倍首相の目玉だったアベノミクスは失敗、TPPは実現不可。
国民の経済格差は拡がるばかり。
なにの内閣支持率は常に5割を維持って、どうなってんだ。
トランプが当選すると見るやいち早く駆け付けたが、オバマの不評を買ってあわてて真珠湾訪問を余儀なくされる始末。
意気込んでいたプーチンとの会談も、どうやら肝心の領土問題には進展がなさそうだ。
安倍首相はヤケにプーチンに肩入れしているが、米国大統領選挙にロシアが不正介入していたことが明らかになっているというのに、大丈夫かい?
おまけに年末のドサクサに紛れて、カジノ法案を成立させた。
無理が通れば道理引っ込む。


これも腹が立ったね。
米海兵隊オスプレイが沖縄県名護市安部の海岸に墜落した事故を巡り、安慶田光男副知事は12月14日、在沖米軍トップのローレンス・ニコルソン四軍調整官に抗議した際、「県民や住宅への被害がなかったことは感謝されるべきだと言われた」と明らかにした。米軍キャンプ・フォスターでニコルソン四軍調整官と面会後、記者団の取材に答えた。
安慶田副知事によると、ニコルソン四軍調整官は県の抗議に対し怒りをあらわにし、「抗議書にパイロットへの気遣いがあってもいいのではないか」などと反発したという。
何でオスプレイが落ちると沖縄の人たちは感謝せねばならないのか、わけ分からない。
どうやら米国は未だに沖縄を戦利品とみなし、植民地気分でいる。
愛国者を自称している連中の中に、沖縄の基地反対運動を非難し「反日」だの「シナ人」だのと悪罵を投げかけているのがいる。
真の愛国者なら、沖縄の現状にこそ怒りを燃やすのが本筋だろう。
先の米軍幹部の発言について、朝日の捏造だとSNSで拡散させたウスラトンカチ(古いね!)がいたらしい。
そうした手合いは、これからも後を絶たないだろう。

そう怒ってばかりもいられない、ここは年末定番の「第九」でもと。
以下の演奏会にでかける。

「新日本フィル『第九』特別演奏会2016」(トリフォニーホール公演)
日時:2016.12.15(木) 19:00
会場; すみだトリフォニーホール
<   プログラム   >
「ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調『合唱付き』」op.125
新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:フランチェスコ・イヴァン・チャンパ
ソプラノ:中村恵理
アルト:手嶋眞佐子
テノール:吉田浩之
バリトン:岡昭宏
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭

ウン、聴いていると確かに希望が湧いてくる気がするね。
イロイロあっても、
元気出して行きましょう!

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2016/12/15

「定式能 十二月昼能」(2016/12/14)

「東京能楽囃子科協議会 定式能 十二月昼能」
日時:2016年12月14日(水)13時30分
会場:国立能楽堂
<  番組  > 
【舞囃子】
金剛流『巻絹』
シテ:金剛永謹
観世流『小袖曽我』
シテ:武田志房
ツレ:武田宗和
宝生流『班女』
シテ:大坪喜美雄
観世流『女郎花』
シテ:武田尚浩
観世流『玄象』窕
シテ:松木千俊

【狂言】
和泉流『楽阿弥』
シテ:野村萬斎
アド:野村万作 野村裕基
地謡:深田博治 高野和憲 中村修一 内藤連 飯田豪

【能】
宝生流『舎利』
シテ:辰巳満次郎
ツレ:和久荘太郎
ワキ:福王和幸
囃子:(笛)藤田次郎 (小鼓)住駒匡彦 (大鼓)亀井広忠 (太鼓)大川典良
地謡:朝倉俊樹 金井雄資 水上優 小倉伸二郎 澤田宏司 佐野玄宜 内藤飛能 

舞囃子(まいばやし)とは、能のある曲の中の舞所だけを取り出し、シテが面・装束をつけず、紋服・袴のままで地謡と囃子を従えて舞うものを指す。
つまりサワリの部分だけをダイジェストで舞うということだから、オリジナルを知らないと面白味は分からない。
私の様なビギナー向きではなかったのか、退屈だった。

狂言『楽阿弥』
楽阿弥の霊(シテ):野村萬斎
旅の僧(アド):野村万作 
所の者(アド):野村裕基
【物語り】
伊勢参詣の旅僧が,伊勢の国の別保(べつぽう)の松原に着くと,1本の松に尺八が数多くかけられているのを見る。所の者にいわれを尋ねると,昔ここに住んでいた楽阿弥という尺八吹きが尺八の吹き死にをして,今日はその命日にあたるので,あのように尺八を手向けるのだと語り,僧にも供養を勧める。
旅の僧も懐から尺八を取り出して奏しはじめると楽阿弥の幽霊が現れる。
二人は尺八によって時代を超えた縁があったことを喜んで、尺八を一緒に吹いて楽しく過ごす。
やがて楽阿弥は、自分が非業の死を遂げたことを語り、今でもあの世で苦しんでおり、輪廻出来るものではないと僧に助けを求めつつ、消えて去っていく。

コミカルなストーリーの多い狂言にあっては異色とも思える作品で、「夢幻能」の原型となる作品だそうだ。
見所は幽霊となった楽阿弥が、自らの非業の最期を舞い語る場面で、シテの野村萬斎の朗々たる声の響き、舞いの美しさに見とれてしまった。
人間国宝の野村万作の舞台も初めて見られたし、これだけでも来たかいがあった。

能『舎利』
里人(前シテ):辰巳満次郎
足疾鬼(後シテ):同上
韋駄天(ツレ):和久荘太郎
旅僧(ワキ):福王和幸
【物語り】
出雲の国美保の関の僧が京都へ上り、唐の国から渡って来たという仏舎利を見ようと、東山の泉涌寺にやって来る。寺の僧の案内で仏舎利を拝んでいると寺の近くに住むという男(里人)がやって来て、一緒に舎利を拝む。
突然空がかき曇り稲妻が光ると男の顔はみるみる鬼と変り、自分は昔の足疾鬼(そくしっき)の執心であると言い、仏舎利を奪って虚空に飛び去って行く。
旅の僧は、寺の僧から足疾鬼が釈迦の歯を盗んで飛び去ったが、韋駄天という足の速い仏が取り返したという逸話を聞く。
二人が祈ると韋駄天が現れ、足疾鬼を天上界に追い上げ下界に追いつめ、仏舎利を取り返す。足疾鬼は力も尽き果てて逃げ去る。

舎利とは釈迦の遺骨のことで、京都の泉涌寺にある舎利堂は古くから信仰が盛んであった。白米のことをシャリというが、語源はここから来ている。
韋駄天は今でも足の速い人を指して言う。
韋駄天が足疾鬼を追い詰め打ち据える場面などがあり、見ていても分かり易い。
ただ、ここでは帝釈天から下界の地獄までのタテの時空間を平面で表現しているのだそうで、そこまでの想像力には及ばなかったのは当方の限界だ。

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2016/12/14

「ヘンリー四世 第二部‐戴冠‐」(2016/12/13)

「ヘンリー四世 第二部‐戴冠‐」
日時:2016年12月13日(火)18時30分
会場:新国立劇場 中劇場

脚本:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:小田島雄志
演出:鵜山仁
<  キャスト  >
中嶋しゅう:ヘンリー4世(イングランド国王)
浦井健治;皇太子ヘンリー(別名ハル)
佐川和正:クレランス公トマス
亀田佳明:ランカスター公ジョン
水野龍司:ウエストモランド伯
今井朋彦:高等法院長
佐藤B作:騎士フォールスタッフ(皇太子の遊び仲間)
岡本健一:(同上)
有薗芳記:ポインズ(同上)
ラサール石井:地方判事ロバート・シャロー
綾田俊樹:地方判事サイレンス
那須佐代子:その妻クイックリー
立川三貴:ノーサンバランド伯
勝部演之:ヨーク大司教
ほか

本公演は当初第一部のみ見るつもりでいたが、あまり面白かったので第二部も観劇することにした。
シュルーズベリーの戦いで勝利した国王軍だったが、ヨーク大司教が体制を立て直して再び戦いに挑む。しかし、援護を期待したノーサンバランド伯の軍が動かず、国王軍の司令官であるランカスター公に降伏し、処刑される。これを以って反乱軍は完全に鎮圧される。
フォールスタッフはシュルーズベリーの戦いで手柄を立て、過去の罪状を許されるが、相変わらず昔からの仲間とともに放蕩生活を続けていた。今度はノーサンバランド伯の討伐軍に加わることになり、昔馴染のシャロー判事の暮らすグロスターシアに徴兵に訪れえ、盛大な持成しを受ける。
一方、国王ヘンリー4世のもとに次々と勝利の吉報が届くが、病状が悪化し、3人の息子らに看取られて亡くなる。
皇太子のヘンリーは、国王としての責任と覚悟を引き継くことを決意し、ヘンリー5世として新国王に就任する。
この報せを聞いたフォールスタッフはすっかり有頂天となり、昔からのよしみで新国王から褒美や出世が得られると大喜び。仲間を引き連れて意気揚々と新王の前に姿を現すフォールスタッフだったが、ヘンリー5世からはもはや仲間との縁を切り、彼らに追放処分の命令を下す。彼らが通っていた居酒屋の女たちも投獄されてしまう。
反対に、皇太子時代に彼の放蕩を諫めて対立していた高等法院長の業績を讃え、引き続きその職務に励むよう命ずる。

戴冠したヘンリー5世には第一部で見せていた遊び好きで陽気な若者の姿は最早ない。弟が騙し討ちで敵を捕らえて処刑することを許し、今までのの遊び仲間を容赦なく追放する非情さを見せる。
それは父親の姿を見てきて、国王というものがどれだけ苛烈な役職なのかが身に沁みており、それを引き受けた覚悟と決意を示すものだ。
それとは正反対の、正義だの規範だのはクソクラエで、自らの欲望のままに生きるフォールスタッフの、どちらが人間としての魅力があるのか、シェイクスピアはこの劇を通して観客に問い直しているようだった。

全体としては喜劇と言ってよい。
第二部もフォールスタッフらが居酒屋で女たちと戯れる場面や、シャーロー判事らと宴会をする場面では、出演者同士が実に楽しそうに演じていて、それが客席にも伝わった。
クイーンのヒット曲をバックミュージックにしての楽しい舞台は、1部2部合わせて6時間の長さを感じさせない。

主役の佐藤B作を始めとして芸達者が揃い、先ずは一級のエンターテイメントと呼んでいい芝居だった。

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2016/12/10

「忠臣蔵」ならぬ「吉良のご難」

12月14日が近づくと、毎年TV番組などで「忠臣蔵」関連の番組が組まれたり、ドラマや過去の映画が再放送されたりするのが慣わしとなっている。
今年は国立劇場で「仮名手本忠臣蔵」の通し公演が3か月にわたって行われ、同じく小劇場では文楽の人形浄瑠璃による通し公演が行われている。
しかし良く考えてみれば、「忠臣蔵」(以下「赤穂事件」と呼ぶ)ぐらい被害者と加害者が逆転して描かれ、加害者側が一方的に賛美されている事件というのは稀だろう。
フィクションと事実との境目がアイマイになり、フィクションがあたかも事実の様に受け取られている事件としても特徴的だ。
江戸の元禄年間に起きた「赤穂事件」とは、次の通りだ。

【刃傷】
元禄14年3月14日、江戸城松の廊下において、赤穂藩主浅野内匠頭が高家肝煎吉良上野介に切りかかり負傷させた。
幕府は浅野内匠頭に対し切腹・御家断絶、吉良上野介に対しては「お構いなし」との裁定を行った。
内匠頭の弟で養子の浅野大学は閉門、赤穂藩の江戸藩邸と赤穂城は収公され、家臣は城下から退去となった。
【討ち入り】
翌年の元禄15年12月14日、元家老職にあった大石内蔵助以下赤穂浪人46名が、江戸本所の吉良邸に討ち入り、上野介とその家臣多数を殺害、負傷させた。
今回の事件に対する幕府の裁定は、討ち入りに参加した赤穂浪人全員を切腹させ、遺児に遠島を命じた。
一方上野介の養子吉良左兵衛は知行地を召し上げられ、他家へお預けとなった。

以上が赤穂事件の事実である。
2件とも浅野側が吉良側を一方的に襲ったものであり、吉良は完全な被害者だ。しかも吉良はフィクションで悪者扱いされていて、まさに踏んだり蹴ったりである。
この事件の不可思議な点は、先ず発端の刃傷事件にある。
意外と思われるだろうが、吉良上野介が勅使接待の補佐役に浅野内匠頭を任命したのは二度目だった。この年に朝廷側との折衝で何かと多忙を極めていた吉良が、二度目で馴れているからと浅野を指名していた。従って勅使接待の作法を吉良が意地悪して浅野に教えなかったという風説には根拠がない。
勅使は3月11日に江戸城に来訪、3日間の行事を済ませて14日に帰るというその日に刃傷事件が起きる。

この事件では当事者の二人以外に至近距離から事件を目撃し、乱心する浅野を取り押さえた人物がいる。旗本の梶川与惣兵衛である。
梶川の当日の役目は、御台所(みだいどころ:将軍綱吉夫人)から勅使への贈り物の取り次ぎ係だった。
その日、梶川は同役から勅使の時間が早まったようだと聞かされる。そうなると全体スケジュールに影響するので、とにかく責任者である吉良上野介を探し事実を確認しようとした。
途中で浅野内匠頭とばったり会い、互いに挨拶を交わした。
その直後、松の廊下の中ほどで吉良と出会い二人で面対し、勅使の時間が早まったことを話し合っていた。
その時、吉良の背後から浅野が「この間の遺恨覚えたるか」と言いながら、吉良の背中を斬りつけた。
振り返った吉良の額を浅野が斬りつけ、逃げようと再び梶川の方へ向かった吉良を浅野は背後から更に斬りかかる。
制止しようとした梶川の手が、浅野の持つ小刀の鍔にあたり、梶川はそのまま押し付けすくめた。
梶川は浅野の手を小刀もろとも離さず、駆けつけた他の者と共に浅野を別の部屋へ連行し、引き据えた。
吉良は軽傷だったため、治療を受けた後に帰宅した。

この「刃傷事件」の最大の謎は、浅野の動機が今日に至るまで不明であることだ。
取り調べにあたった多門伝八郎が近藤平八郎と共に内匠頭を事情聴取したとき、内匠頭は一言も申し開きもないとした上で、「私的な遺恨から前後も考えず、上野介を討ち果たそうとして刃傷に及んだ。どのような処罰を仰せつけられても異議を唱える筋はない。しかし上野介を打ち損じたことは残念である」と述べたという。
また浅野内匠頭は事情聴取に対し「乱心ではありません。その時、何とも堪忍できないことがあったので、刃傷におよびました」と答えている。
一方、吉良の方は全く身に覚えがないとしている。
しかし、浅野はその「私的な遺恨」について具体的なことは最後まで語らなかった。
事件が浅野の一方的な刃傷であったとしても、原因が吉良の悪口雑言であったとしたら、それは刃傷の正当な理由になった。この場合には、吉良に対しても厳しい措置が取られたであろう。
事実、寛永4年の殿中刃傷事件では、口論が原因とされて加害者と同時に被害者側もお家断絶の処分になっている。
これでは浅野に対しては切腹を命じ、吉良にはお咎めなしという幕府の裁定は当然ではあるまいか。

もう一つの疑問は、浅野が取り調べで「上野介を討ち果たそうとして刃傷に及んだ」と言っているが、果してそうだっただろうか。
浅野は無防備の吉良を2回斬りつけたにも拘らず、吉良のダメージは額を6針、背中は3針縫って治療は終わっている。吉良はそのあと、湯漬けご飯を2杯食べて元気を取り戻したと医者が記録している。
浅野は脇差しではなく礼式用の小刀を手挟んでいたが、もし小刀で相手を殺害しようとするなら、斬りつけるのではなく刺殺せねばならない。
吉良の背後から刺し、振り向いた所をさらに前面から刺していたら、高齢の吉良は致命傷を負っただろう。
さすれば事件もここで完結していた。

赤穂の浪士たちも幕府の裁定に不服なら、怒りの矛先は幕府に向かわねばならぬ筈で、吉良への復讐は筋違いだ。
幕府もそれを察し利用して、討入り後に吉良家に対して改めて重い処罰を下したのかも知れない。
短慮な大名の軽率な行動が大きな悲劇を生んでしまったが、それがフィクションとして書き換えられ、義士として賛美されて後世に名を残す結果になったのは、歴史の皮肉ということか。

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2016/12/09

「ヘンリー四世 第一部‐混沌‐」(2016/12/8)

「ヘンリー四世 第一部‐混沌‐」
日時:2016年12月8日(木)12時
会場:新国立劇場 中劇場

脚本:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:小田島雄志
演出:鵜山仁
<  キャスト  >
中嶋しゅう:ヘンリー4世(イングランド国王)
浦井健治;皇太子ヘンリー(別名ハル)
佐藤B作:騎士フォールスタッフ(皇太子の遊び仲間)
ラサール石井:キャッズヒル(同上)
有薗芳記:ポインズ(同上)
水野龍司:居酒屋の主人
那須佐代子:その妻クイックリー
*************************************************
立川三貴:ノーサンバランド伯
岡本健一:その息子ヘンリー・パーシー(別名ホットスパー)
藤側宏大:モーティマー
木下浩之:オーウェン・グレンダワー
勝部演之:ヨーク大司教
ほか

新国立劇場では、シェイクスピアの歴史劇の中では異色として知られている『ヘンリー4世』を、1部2部に分けて上演している。
ヘンリー4世の王権をめぐる闘争、ハル王子の王位継承への葛藤と成長を主題に、ハルの遊び仲間として自己の欲望のままに生きるフォールスタッフを配した芝居だ。
その第一部「混沌」を12月8日に観劇。

国王だったリチャード2世から力づくで王位を簒奪し、ランカスター朝を開いたヘンリー4世。正当な継承者ではなかったため、謀反の動きに悩まされる。
その一方で長男の皇太子ハルは仲間とともに放蕩三昧。特にフォールスタッフはハルの遊びの指南役ともいうべき遊び人で、一緒に旅人を襲っては奪った金で飲み打つ買うの自堕落な暮らし。国王もこれには頭を痛めている。
かつてヘンリー4世を王位につけるために奮闘したノーサンバランド伯らがその後冷遇されたのを恨み、息子ホットスパーを中心にモーティマーやグレンダワーらと同盟し、王位を奪うべく挙兵する。
知らせを聞いたヘンリー2世は和睦を申し入れるが反乱側に拒否され、王子ハルを指揮官にして戦いを開始する。人が変わったように勇敢に戦うハルの奮闘により戦は優勢となり、ハルはホットスパーとの一騎打ちを制して最終的に勝利する。

しかしこの劇の主人公は国王でも皇太子でもなく、飲んだくれのフォールスタッフだ。架空の人物で、享楽的で自分本位。常に自分の地位を守るために神経をすり減らす王侯貴族とは異なり、惰眠を貪る人物として描かれている。
「名誉ってなんだ? 言葉だ。その名誉って言葉になにがある? その名誉ってやつに? 空気だ。結構な損得勘定じゃないか。」とフォールスタッフは語る。
ハルの要請にこたえて出陣。小隊長として指揮をとるが危ない所は部下に行かせ、自身は戦場を逃げ回り、敵に倒されそうになれば死んだふりをして身を守る。
シェークスピアはこの芝居で、フォールスタッフに庶民の姿を代表させているようだ。

タイトルからするとシェークスピアの歴史劇というお堅いイメージがあるかも知れないが、中身は喜劇だ。役者も時に客席の人に話しかけたり、客席に座って居眠りをしたりと、サービス満点である。
厳めしい国王と放埓な皇太子の対比は、まるで落語に出てくる商家の主人とその放蕩息子の姿を見ているようだ。
お笑いあり活劇ありのエンターテイメントとしても単純に楽しめる舞台となっている。

出演者では佐藤B作の存在感が圧倒的だ。彼がこれほど上手い役者とは知らなかった。
皇太子ハルを演じた浦井健治の爽やかな演技と、敵役のホットスパーを演じた岡本健一の熱演が光る。
「第二部-戴冠-」の感想は、また後日に。

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2016/12/08

国立演芸場12月上席(2016/12/7)

「国立演芸場12月上席・7日目」

前座・柳亭楽ちん『犬の目』
<  番組  >
神田真紅『?』
雷門小助六『武助馬』
神田紅『赤穂義士伝-吉良邸討入り-』
コントD51『コント』
桂伸治『初天神』
~仲入り~
三笑亭可龍『七段目』
桂歌蔵『片棒』
マジックジェミー『奇術』
三笑亭可楽『尻餅』

国立の12月上席は芸協の芝居。入りは4分程度で、指定席は最前列を取ったが周囲に人が少なかったので、中ほどの空いてる席に移動。
全体と印象としては。よく言えば「まったり、のんびり」、悪く言えば「ゆるんでいる」。特に中堅からベテランクラスの高座に顕著だったと思う。
こういう雰囲気を好む向きには快適なのかも知れないが、アタシの場合はもどかしさが残る。

小助六『武助馬』、初見だったが、語りも間も良かった。やがて師匠の名跡を継いでいく立場なのだろう。
紅『赤穂義士伝-吉良邸討入り-』、名調子を聴かせていた。
討入りが12月14日となっているが今でいうと15日の明け方だ。当時は日の出から次の日の日の出の前までが一日だったので討入りは14日が正しい。新暦では1月30日になるので雪が降っていても不思議ではない。討入りは深夜から明け方前までなので真っ暗だったから、合言葉に答えない相手と見れば殺せという指示だった。
といった様な解説があり、これは親切だった。
ただ、一人置きに講談という並びは(演者には責任がないのだが)感心しない。
コントD51『コント』、女性客には受けていたが、こういう押し付けがましい芸は苦手だ。
伸治『初天神』、サゲまで演じ柔らかな語り口だが、メリハリに欠ける印象だった。
可龍『七段目』、マクラで定番の「落語界の氷川きよし」と紹介したら、すかさず会場からの「歌ってぇ~」のリクエストに応え、一節。ご祝儀も出てと、落協ではこういう光景はお目にかかれない。
この日もそうだが、毎度古典をきっちり演じるので好感が持てる。芝居の所作も織り込んでいい出来だった。
歌蔵『片棒』、二人目の倅の終わり部分で、時間の関係からか切ってしまった。あと5分あればサゲまで行ったと思われる。それならマクラを縮めてでも最後まで演じて欲しかった。
マジックジェミー『奇術』、客を二人も手伝いに使うのは、やり過ぎじゃないの。
可楽『尻餅』、今春の弟子・三笑亭可風の真打披露(池袋演芸場)には病気で姿が見えなかったが、この日は板付きではあったが元気な姿を見せていた。前半の『イスラムの世界』はあまり頂けなかったが、先代の十八番でもあった『尻餅』は快適なテンポで聴かせてくれた。

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2016/12/06

池袋演芸場12月上席・夜(2016/12/5)

「池袋演芸場12月上席夜の部・中日」

前座・春風亭朝太郎『真田小僧』
<  番組  >  
春風亭一左『たらちね』
二ツ目昇進・柳家小かじ『出来心』
すず風にゃん子・金魚『漫才』
古今亭志ん陽『看板の一』
春風亭柳朝『尻餅』
花島世津子『奇術』
橘家蔵之助『饅頭こわい』
古今亭志ん輔『宮戸川』
─仲入り─
三遊亭歌奴『棒鱈』
古今亭志ん橋『熊の皮』
柳家小菊『粋曲』
春風亭一之輔『富久』

久々の人が何人かいたので、池袋演芸場夜の部へ。途中までは半分程度の入りだったが、仲入り辺りから7分ほどといったところ。
この小屋のように昼夜入れ替えなしというシステムは便利なところもあるのだが、欠点は途中で退場する人の多いことだ。昼の部からずっと居続けて、時間や出演者の顔を見計らって退場するのだろうが、興をそがれることがある。
普段、鈴本や国立に足が向くのはそのためだ。

寄席に行く楽しみには二つあって、一つはもちろん噺を聴きにいくこと。もう一つは噺家そのものを観に行くことだ。
落語が上手いかどうかなら、プロより上手い素人の方は大勢いる。決定的な違いは金を払ってでも聴きに行くのかどうかだ。
当り前だがプロの落語家は芸人で、アタシたちとは住んでる世界が違う。寄席という空間で別の世界の人間に会いに行く、そこがもう一つの楽しみ方だ。
噺家は高座での話芸の力量とともに、芸人としての魅力が求められることになる。

前座の朝太郎『真田小僧』、師匠の前名を貰ってるということは将来性を買われているんだろう。語りも間も良かった。
一左『たらちね』、語りに独特の節回しがあり、気にかかる。これが「味」にまで昇華すれば大したもんになるのだが。
小かじ『出来心』、今秋二ツ目に昇進した。三三の惣領弟子で、いいとこに目を付けた。人気落語家の惣領弟子というのは美味しい位置だ。
上がっていたのか早口なのが欠点だが、大家と八五郎の掛け合いは良く出来ていた。
志ん陽『看板の一』
このネタを理解するには『チョボ一(チョボイチ)』というサイコロ賭博のルールを知る必要がある。先ず子はそれぞれ任意の目に掛け金を置く。親がサイコロ1個を振る。子が出目が当たれば数倍(通常は4倍)の掛け金を受け取る。出目が外れれば子の掛け金は親に没収される。
このケースでは子は全員ピン(一)に掛けたので、出目でピンが出れば親は全員の掛け金の4倍を子に払わねばならない。その代りニから六までの出目なら、親は子の掛け金を総取りできる。
ネタの中ではサイコロを振ってから子が掛け金を置いているので、通常のルールとは異なるようだ。
志ん陽の高座だが、いつもながらの本寸法。性格のせいなのか遠慮がちで、もう少し自分を前に押し出した方が良いと思うのだが。老成したような印象を受けてしまう。
柳朝『尻餅』、踊りを踊るような仕草が特長。背筋が伸びているので動きに見栄えがする。職人たちが米を蒸す所から餅つきまでを丁寧に演じていて(物真似なけど)、歳末らしい風情が出ていた。
蔵之助『饅頭こわい』、もしかすると初か。説明が難しいが、どことなく可笑しい。噺家としては大事な要素だ。
志ん輔『宮戸川』、霊岸島の叔父夫婦が馴れ初めを語り合う場面が良かった。お花半七の濡れ場はあっさりと。
歌奴『棒鱈』、前文に記したように、この人より上手い素人なら沢山いるだろう。しかし高座に上がっただけで客席まで明るくするような芸当は無理だ。これもプロの技。
志ん橋『熊の皮』、商売が順調にいったので早く帰った亭主を、女房は顎でこき使う。ボヤキながら懸命に用事を片付ける姿が可愛い。医者が「お前さんの事が一番好きだ」という気持ちが分かる。「わたしゃあんたが嫌い」と返す亭主を、医者はなお可愛いのだ。
今シーズンで最高の『熊の皮』だった。
小菊『粋曲』、都々逸で拍手が起きるとご機嫌、「末廣亭ではこうはいかない」と池袋の客を持ち上げる。越後獅子のリズムに乗って『仮名手本忠臣蔵』全段を2分40秒で。

一之輔『富久』
師走にふさわしいトリ根多。やはり締めはこう行きたい。
一之輔の描く幇間の久蔵はかなりふてぶてしい。火事ときいて浅草から芝の旦那の家に駆け付け出入りを許されたばかりというのに、もう酒を飲みたがる。旦那が許すと久蔵は下女を相手に茶碗酒を重ね、酔うにつけ段々と酒癖の悪さが出てくる。こうした演出は一之輔独特のものと思われる。この辺りは好みが分かれるかも知れない。
久蔵の家が火事で燃えてしまう→以前に買っていた富籤が千両当たる→肝心の籤が火事で燃えたので千両も火の煙→と思ったら長屋のカシラが大神宮様を救い出したお陰で千両富が戻ってくる
一之輔の高座は、まるでジェットコースターの様な久蔵の「禍福あざなえる縄のごとし」の浮き沈みをドラマチックに描いていた。
この日の口演時間はおよそ30分だったが、以前他の会で聴いた時は40分以上掛けていた。それでも時間の短さを感じさせない所が、この人のスゴイところだ。

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2016/12/03

柳家小三治独演会(2016/12/2)

「柳家小三治独演会」
日時:2016年12月2日(金)18時30分
会場:銀座ブロッサム
<  番組  >
柳家三之助『黄金の大黒(序)』
柳家小三治『馬の田楽』
~仲入り~
柳家小三治『宗論』

師走恒例の、銀座ブロッサム(中央会館)での小三治独演会。
スタイルはいつも同じ、前方に弟子の真打を出して本人が2席演じる。前座がいないようで、真打が高座返しやめくりをする珍しい会だ。

三之助『黄金の大黒(序)』
三之助、適度に噺は上手いし押し出しも良いのに、なぜか寄席にはあまり顔づけされない。何故だろう? 本人の意向なんだろうか。
独演会は全国各地で精力的に開いているようだが、この時期に寄席で揉まれないと将来に響くと思うのだが。
ネタは、長屋の連中の演じ分けも十分で調子よく進んでいたが、終りにミスが出ていた。後から小三治も指摘していたが、いくら「序」とはいえあまりに突然切り上げた演り方は感心しない。
名前では”いちのすけ”より上で”しのすけ”の直ぐ下の位置なんだから、頑張って欲しい。

小三治『馬の田楽』
マクラで終戦後、一家7人がバラック小屋で暮らしていて、台風で屋根が飛んでしまったと言っていた。1939年生まれなので終戦後の記憶があるのだろう。焼け野原になった近くの空き地で両親が野菜を蒔いて、その畑仕事の手伝いをしたとも。
ある時、近くに荷馬車を引いていた馬が突然倒れ、傍らにいた馬方が「死んじゃいけねえ」と言いながら馬の体をさすっていたのを鮮明に憶えていると語り、ここから本題へ。
師匠小さんの十八番だったネタ。江戸っ子が一人も出てこない点で珍しい噺といえよう。
小三治の高座は、馬方、店主、子ども達、茶屋の婆さん、百姓、吃音の男、そして最後に出てきてサゲを言う酔っぱらいの虎十といった多彩な人物をきちんと演じ分けていた。
この噺の舞台は、山間部の農村地域だろうと思われるが、そうした長閑な雰囲気も良く出ていたし、馬方の口は悪いが馬への一方ならぬ愛情も表現されていた。
いかにも小三治らしい緻密な高座だった。

小三治『宗論』
マクラで一昨日フランスから帰国したと言うと、驚きの声が客席から上がったが、今どき落語家が海外に行くのはちっとも珍しいことではない。娘さんと同伴というから私用だったのだろう。
同じ機内にラグビーの日本代表選手と乗り合わせ、彼らの体格や食いっぷりを紹介した後、江戸時代の深川不動での寒行の話題に移る。
真冬に井戸の周囲に集まり、頭から水をかぶる。男はフンドシ一丁、女は腰巻に上半身は薄い木綿の肌着という姿。この肌着が水に濡れると肌にピッタリくっつき、これが何とも色っぽい。男の中にはちょっかい出す奴もいて、お上が敷居を設けて男女を別にしたら、途端に男の参加者が激減したという。
ここからネタに入る。
この噺を聴くたびに思うのは、キリスト教団体から抗議が来ないもんだなということ。ここで描かれるクリスチャンの息子の姿は狂気としか思えない。あるいはキリスト教の中でも特殊なカルトだろうか。これでは父親も心配になるわけだ。
通常は、息子が扇子で拍子を取りながら讃美歌を歌うのだが、小三治はさらに扇子を振りながら、息子が町内の皆さんに教団の集会参加を呼び掛けるオマケ付き。
父親が怒って息子を殴りつけるのも無理はない。

また来年も来ようっと。

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