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2017/01/18

#70人形町らくだ亭(2017/1/17)

第70回「人形町らくだ亭」
日時:1月17日(火)18時50分
会場:日本橋公会堂
<  番組  >
前座・橘家かな文『松竹梅』
春風亭一之輔『味噌蔵』
柳家小満ん『羽衣』
五街道雲助『電話の遊び』
~仲入り~
柳家さん喬『夢金』

今年初めての人形町らくだ亭はレギュラーのさん喬、雲助、小満んにゲストの一之輔を加えての顔ぶれ。
演目では小満んや雲助が珍しいネタを選び、仲入り後はさん喬の長講という構成。
感想はレギュラー3人に絞り、他はアッサリと。

一之輔『味噌蔵』
注文が2点。
①奉公人たちが時々近くの居酒屋に行くと言っていたが、それなら日頃から自分たちの食べたいものを食べられる機会があったということになり、前後の話と矛盾する。
②奉公人たちの宴会の場面にもっと時間を割くべきでは。それがあるからこそ、主人が夜道を戻ってくる場面との対比が鮮やかになる。

小満ん『羽衣』
志ん生の持ちネタだったが、以後は演じ手が少なく、今では小満んの高座で知られている。別題は『羽衣の松』『三保の松原』。
マクラで羽衣と天女の蘊蓄が語られ、その中で遊女の着る「仕掛け(打ち掛け)」を屏風にかける形が、天女が松に羽衣を掛ける姿と重なるという諺が紹介される。
ストーリーは三保の松原での羽衣伝説を落語に仕立てたもの。
天女が三保の松原に降りてきて、あまりの景色の美しさに着ていた羽衣を松にかけ、素足で浅瀬に入り遊んでいた。
そこを通りかかったのが地元の漁師・伯梁(はくじょう)と言う男。酔っぱらっていたが、あまりに良い香りがするので松に近寄ると真っ白な布。これを質入れしてまた一杯呑めると上機嫌で立ち去ろうとすると、「のぅのぅ、それを持ち去られるは、天人の所持なす羽衣と申すものなり。みだりに下界の人の持つものにあらず。我に返したまえ」 と言って、金鈴を振るわすような声がした。
伯梁は拾ったものは俺のもの、グズグズ言うなら羽衣をひっちゃぶいちゃうと傍若無人な振る舞いに、呆然とたちすくす天女。
そこへ一陣の風が吹き、天女の裾が揺れて肌がチラリと見えた。
伯梁は、これが世にいう天女か、男として生まれたからには3日でもいい、俺と夫婦になれば羽衣は返してやると言い出す。
ここで天女の態度がガラリと変わり、「随分と濁った水も飲んできた。天の川じゃ心中のしそこないもしてきた」などと啖呵を切る。
お望み通り女房になってやると約束して、とにかく羽衣がないと動けないからと言って、伯梁に後ろから羽衣を掛けて貰う。
途端に天女の姿は空中高く舞い上がったから、驚いた伯梁が「おい、天人さん。今言った事は、どうしたんだい?」 。
天人が雲の間から顔を出して、「ありゃ、みんな、空言(そらごと)だよ」
でサゲ。
最初は優雅な言葉遣いだった天女が、いきなり開き直って蓮っ葉な遊女の口調になる所がミソ。マクラでの仕込みが効いている。
風で天女の裾が乱れる所では、マリリンモンローの『七年目の浮気』 のシーンが語られるなど、遊び心が溢れていた。
いかにも小満んらしい、洒落た高座。

雲助『電話の遊び』
元は上方落語の2代目桂文之助の新作『電話の散財』を2代目林家染丸が改作したものらしい。東京では5代目の俗称デブの圓生が演じていたという。
ベルが電話を発明した翌年には東京で設置されたそうだ。
私も一度しか使ったことがないが、昔の交換手を呼び出して相手につなげて貰うというタイプだ。話し中に混戦することも多く、その場合には「話し中」というと解消される、そんな時代の話。
若旦那が区議会議員選挙に立候補するというのに、父親は連日にように芸者幇間を引き連れての茶屋遊び。それでは扇橋に差し支えるというので、せめて選挙中だけでも遊びはやめるよう父親に約束させる。
それでも遊びに出かけようとする父親に番頭が、それでは贔屓の芸者に電話で唄ってもらい、父親はそれを電話口で聞きながら楽しんだらと提案し、さっそく電話を通した宴会が始まる。
「梅は咲いたか」「磯節」が唄われ父親は大喜び。途中で話し中になって中断されるが、その度に「話し中!」と言って続ける。
やがて若旦那が戻ってきて父親の姿に呆れ説教を始めると、父親は
「話し中!」でサゲ。
噺の中身より、お囃子の太田そのの唄に合わせて雲助が踊りまくり、それが途中で度々中断されまた再開される繰り返しの可笑しさが見所。
遊び人の父親と堅物の若旦那という落語には珍しい組み合わせの噺を、雲助が楽しそうに演じていた。
このネタは、他では雲助から教わった三遊亭遊雀が高座にかけている。

さん喬『夢金』
この人の高座では時々首をかしげる演出があるが、このネタもそうだった。
通常の高座では、夕刻に船宿を訪れた男女の姿が、次のように紹介される。
先ず、先に入ってきた侍が「雪は豊年の貢とは申せ、かよう過分に降られては」と言いながら、着物に付いた雪を手で払い落す。これで外は雪が降っていることが観客に分かる。
次いで、侍と娘の姿が語られる。
侍の方は、年の頃はは三十ばかり、黒羽二重が色あせた赤羽二重の黒紋の羽織、博多の帯のぼろぼろになったのを着ている。
娘の方は、年のころは十六、七、お召し縮緬の小袖に蝦夷錦の帯を締め、小紋の羽織に文金の高島田、お高祖頭巾をかぶっている。
明らかに不釣り合いの二人の姿が、この後の展開を予告している。
もう一つ、ここの描写は極めて絵画的なのだ。観客からはまるで芝居の一場面を見る様な思いになる。
従って、このネタを演じる際にはここの描写は欠かせない。
だが、さん喬は侍のセリフや雪を払う仕草をカットし、娘に至ってはどんな姿(下駄の鼻緒が切れたという設定だった)をしていたのか触れずじまいだった。
これは瑕疵なのか、それとも計算ずく?
そうした反面、侍と船宿の主との会話に余計な時間をかけ、娘を屋形船に案内する際に船頭が芝居の話題を振ったり、船への乗り込み方を説明したりする。
いずれも無駄だ。
大川へ出てからの船頭がセリフの合間に「エッヘッへ」という軽い笑いを挟むのも感心しない。これでは卑屈に見えてしまう。
後半の、娘を殺すのを手伝えと侍が船頭に迫る場面から、中州に侍を置いてきぼりにして娘を無事に実家に届ける所は申し分なかっただけに、前半の演じ方に疑問が残った。

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コメント

前は必ずのように行っていたらくだ亭にしばらくご無沙汰、行けば次回のチケットを買うのに!
こんなメンバーをあの値段で聴ける、しかも人形町、こんどはかわら版で探して行こうと思います。

投稿: 佐平次 | 2017/01/19 11:10

佐平次様
確かにこの会、今どき安い入場料で中身は毎回充実しています。
この日も1階は一杯の入りでした。

投稿: ほめ・く | 2017/01/19 11:55

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