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2017/01/31

お知らせ

都合でしばらく休みます。
この間、コメントの公開やレスが遅れる場合もありますが、ご了承願います。
再開は2月末を予定しています。

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2017/01/29

トランプに期待する?

1月24日付朝日新聞に、永年にわたり政権批判を続けてきた映画監督オリバー・ストーンがインタビューで「トランプ大統領もあながち悪くない」と意外な評価をしていた。
その趣旨は次のとおり。
・米国が「米国による新世界秩序を欲し、そのためには他国の体制を変える」という政策から脱し、「米軍を撤退させて介入主義が弱まり、自国経済を機能させてインフラを改善させる」政策への転換が出来るなら素晴らしいこと。
・これまで米国は自国経済に対処せず、貧困層を増やし、自国経済を機能させてこなかった。トランプがかつてないほどの雇用を増やすというのは誇張かも知れないが、そこから良い部分を見つけねばならない。
・トランプはイラク戦争は膨大な資産の無駄だったと明快に断言している。こうしたプラスの変化は応援したい。
・ロシアがトランプを応援するためにサイバー攻撃をかけていたというCIAの見解については懐疑的だ。CIAはベトナム戦争やイラク戦争などで間違った情報を流し、他国の主権を認めたがらず、多くの国家を転覆させてきた。そんな情報機関をけなしているトランプに賛成する。
・ハリウッドのリベラルな人たちがトランプを批判している点について、彼らは真のリベラルではない。米国がテロとの戦いを宣告した2001年以降、米国に批判的な映画をつくるのが難しくなり、そうした映画がどんどん減っている。米軍が過剰に支持・称賛されたり、CIAがヒーローに仕立てられたりする映画やテレビシリーズが目立ち、非常に腹立たしい。

ただこのインタビューでは、自国第一主義を各国が掲げることにより、経済衝突の激化による軍事的緊張関係が増大する可能性については言及されていない。
さらに、トランプ流が世界に蔓延した場合に起きる人権無視、人種差別、排外主義の横行の危険性にも触れていない。
こうした点にオリバーストーンがどう答えるのかは不明だ。

もう一つ、このインタビューで注目すべき発言がある。それは日本にかかわることだ。
オリバーストーン監督は、米政府による個人情報の大量監視を暴露したCIA元職員エドワード・スノーデン氏を描いた新作映画「スノーデン」を撮るにあたり、彼とは9回会って話を聞いている。その中で日本に関して次の様に述べていた。
・スノーデンが2009年に横田基地内で勤務していた頃、日本国民を監視したがった米国が、日本側に協力を断られたものの監視を実行した。
・スノーデンは又、日本が米国の利益に背いて同盟国でなくなった場合に備えて、日本のインフラに悪意のあるソフトウェアを仕込んだ。

ここからは私の見解になるが、現在の日米関係を考えるうえで、在日米軍が今なお日本を監視し、悪意のあるソフトをインフラに仕込むことまでやっているというスノーデンの証言は非常に重要だ。
米軍は日本に多くの基地を置き、それは日本を守るためと思われているが、決してそれだけではない。
太平洋戦争で日本は米国に一方的に敗れたというのが定説になっている様だが、実際には米国も大きな打撃を受けていた。
大戦中に米軍で司令官が戦死したのも、最高位(中将)の軍人が戦死したのも、沖縄戦だけだ。沖縄戦では兵士の3分の1が精神に異常をきたし本国へ送還されたとある。終戦前の武器も装備もない沖縄戦でも米軍はこれだけの犠牲を出していた。
もちろん、沖縄県民の被害は想像を絶するものだったことは言うまでもない。
今でも米国はアジア最強の国は日本だと見ている。だから日本を敵に回すような事は絶対に避けたいのだ。
米軍の日本駐留の目的は、こう考えるべきだろう。
1.日本が二度と米国に敵対することがないよう監視する。
2.中国を封じ込め、東アジア及び東南アジアの共産化を防ぐための橋頭堡にする。
3.太平洋の制海権の確保。
4.安保条約に基づく日本の防衛。
もし、トランプが以上の諸点に興味を失い、日本を単なるビジネスパートナーとするなら、米軍の日本駐留は意味がなくなる。
日本の防衛は日本自身でとか、守って貰いたかったら費用は全額負担せよというトランプの主張は、決して的外れとは言えまい。
戦後70年、日本はいま大きな岐路に立たされている。

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2017/01/27

「ザ・空気」(2017/1/26)

二兎社公演41「ザ・空気」
日時:2017年1月26日(木曜日)14時 上演時間1時間45分
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
作・演出 永井愛
<  キャスト  >
田中哲司:今森俊一/編集長
若村麻由美:来宮楠子/キャスター
木場勝己:大雲要人/アンカー
江口のりこ:丹下百代/ディレクター
大窪人衛:花田路也/編集マン

劇評でこの芝居をホラーだと評していたのを見たが、言い得て妙だ。むしろホラー劇であって欲しいと思うのだが、これが現実に近いから始末に悪いのだ。

舞台はTV局のビル内の部屋、高層ビルらしく登場人物はエレベーターを使って部屋から部屋に移動する。
おりから、総務大臣による「放送内容が政治的公平性を欠く場合は、法に基づき電波停止を命じる」という発言を受け、ドイツにおける国家権力とメディアとの関係を取材した内容と対比させて、報道の自由についての特集番組を放送すべく準備が進んんでいる。
放送当日の昼頃とあって、全ての編集を終えて準備万端。
そこへ、編集内容について一部変更して欲しいという要望がくる。その一部だが、変更すると番組の趣旨が変えられてしまうため、編集長とキャスターは抵抗する。
しかし、番組を頭から偏向と決めつけ議会で問題にするぞという右翼団体からの脅し、子どもに扮した抗議電話、はてはキャスターとその家族の個人的な写真までが番組関係者のスマホに送られてくると、関係者に動揺が広がる。
政権やTV局の上層部の顔色をうかがいながら「空気」を読んで立ち回る人たちと、あくまで報道の自由を守るという立場の人たちとの論争、駆け引きが続き・・・。

日本のメディアが、なぜ政府寄りかという理由について、まとめてみる。
・TVやラジオの生殺与奪の権を握っているのが内閣の一員である総務大臣であること。資料を見る限りでは先進国で政府自身が電波の停止を命じる権限を持つのは、どうやら日本だけのようだ。ただ従来は、こうした伝家の宝刀をちらつかせるような事は歴代の内閣では避けていたが、安倍政権になって様相が変わってきた。
・放送の編集権が経営者にあると定められていること。劇中で、戦後新聞社の労働争議が多発した際にGHQが恐れをなしてこのような宣言をさせたのが、今も続いている。
・日本が近代化する過程で、政府とメディアが一体となって国民を善導していったという歴史的経緯があり、その伝統は今でも続いている。
・日本の記者クラブに代表されるように、報道がアクセスジャーナリズム、つまり権力に接近してネタを取ってくるというスタイルが主流である。
・メディアの経営者が首相とゴルフをしたり飲食をしたりするのが定例となっている。それは新聞の編集者やTVのアンカー、コメンテーターにまで及んでいる。
・右翼団体による抗議行動が活発になり、時には関係者の家族にまで危害を及ぼしかねない脅迫が行われ、報道の萎縮の一因となっている。

加えて、メディアに連帯感がない。
朝日新聞が慰安婦問題で記事の訂正を謝罪を行った際に、安倍首相が国会で名指しで朝日を批判した。
いま、米国のトランプ大統領が特定のメディアに嘘つきなどと攻撃しているのが話題になっているが、安倍首相の方が遥かに先輩である。
この時、朝日叩きに走った新聞社がいくつかあった。例えば読売は朝日批判の特別紙をもって拡販に回ったし、産経が我が家に勧誘に来たのは30数年住んでいて初めてのことだった。
こうした事は、他の先進国では有り得ないようだ。

以上の様な状況の中で、メディアは「空気」を読んで自主規制してしまうのだ。
そしてメディアが「空気」に支配され続ければ、やがて日本はこの芝居のラストシーンの様な状況になって行くと、この作品は警鐘を鳴らしている。
是非、多くの人に観てもらうことを願っている。

出演者では木場勝己の演技が光る。この人は何をやらしても実に上手い。

公演は東京が2月12日まで、その後3月20日まで各地で。

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2017/01/25

彦六由縁落語会(2017/1/24)

八代目林家正蔵師没後三十五年「彦六由縁落語会」
日時:2017年1月24日(火)18:45
会場:日本橋社会教育会館
<  番組  >
前座・春風亭一花『やかん』
春風亭一之輔『啞の釣り』
橘家文蔵『天災』
桂藤兵衛『首提灯』
~仲入り~
八光亭春輔『松田加賀』
春風亭一朝『中村仲蔵』

8代目林家正蔵(彦六の正蔵)が亡くなって35年がたち、それを機に所縁の演目を一門の噺家が演じるという趣向の会。
一門と言ってもこの日の出演者でいえば直弟子は八光亭春輔と桂藤兵衛(彦六死後に先代文蔵門下に移籍)の二人で、一朝と文蔵は孫弟子。一之輔にいたっては曾孫弟子で彦六に会ったこともない。林家木久扇の物真似でしか知らないそうだ。
亭号がバラバラなのもこの一門の特長で、これは8代目が正蔵を襲名した際の複雑な事情に起因する。

前座の一花『やかん』
女流の前座としてはしっかりとした語りで、機転も利きそうだし楽しみな存在になりそうだ。

一之輔『啞の釣り』
何でも思いっきり出来ちゃう一之輔、持ちネタの豊富さも若手でトップだろう。
身障者を戯画化する様な内容だが、ここまであけっぴろげに演じられると却って清々しささえ覚えてしまう。

文蔵『天災』
八五郎が大家に離縁状を書いてと頼みに来るところから、「・・・天災だろ?」「なに、先妻の間違いだ」のサゲまでのフルバージョン。
強面の八五郎は文蔵とダブり、紅羅坊名丸の心学によって変心してゆく過程が描かれていた。
ただ冒頭部分は別のネタ『二十四孝』と重なるので、ここは5代目小さん流に八五郎が心学の先生を訪れる所から始めた方が良いのでは。

藤兵衛『首提灯』
マクラで『試し斬り』『胴斬り』を演じたあと、本題へ。
見所は、田舎侍に対する江戸っ子の啖呵(やり過ぎではあるが)と、首を斬られた男の首が次第に胴とずれてゆく動き。
藤兵衛は長い顔の利点を活かし、特に首が前にガクンと落ちる動きが見事。

春輔『松田加賀』
初見、ネタも初めて。
粗筋は。
江戸時代、盲人は大きく4階級に分かれ最高位は検校。違いは杖の頂部の形状で、もし街頭でぶつかり合った場合は互いに杖をさぐり、相手の身分を知ることができた。
本郷の雑踏で検校と小僧按摩がぶつかり、杖で相手が検校だと知った小僧按摩があまりに恐れ多くて言葉もでずぺこぺこと頭を下げるばかり。検校にはそれが見えないから、怒って杖でめった打ち。
周囲に野次馬が取り囲むが、何もできない。
そこへ通り合わせたのが、神道者で松田加賀という男。
自分が一つ口を聞いてやろうと丁重な言葉で仲裁に入る。
検校もこれで機嫌を直し、あなたのお名前を伺いたいという。
「これは失礼いたしました。私はこの本郷に住んでいる、松田加賀と申します」と返事をしたが、興奮が冷めない検校は本郷のマツダをマエダと聞き違えて、これはすぐ近くに上屋敷がある、加賀百万石の殿様と勘違い。杖を放り捨ててその場に平伏。
加賀も、もう引っ込みがつかないから殿様に成りきって検校を諭す。
検校がいつまでも這いつくばっているので、松田はお祓い向かうのでこの場を離れる。
そうとは知らない検校は、いつまでも平伏を続けている。
周囲の野次馬連中が喜んで一斉にわっと笑うと、検校は膝をたたき
「さすがは百万石のお大名だ、たいしたお供揃え」
でサゲ。
これだけの噺だが、春輔の声も語りの口調も彦六に似た唄い調子。実に良いのだ。
こうしたあまり演じ手のいない彦六のネタを継承していることに敬意を表す。
そして1席終えた後の「深川」の踊り、これがまた見事。さすが、藤間流の名取りだけのことがある。

一朝『中村仲蔵』
このネタ、色々な人が高座にかけるが、やはり8代目正蔵が最高だと思う。
一朝の高座はマクラで歌舞伎のエピソード(六代目中村歌右衛門のが特に面白かったが、勿体ないので教えてあげない)を披露し、ネタへ。
ほぼ正蔵の演出に沿ったものだが、一朝独特の柔らかい語りが、より世話物風の色を濃くしていた。
この会の締めに相応しい一朝の高座、結構でした。

こういう会に出会うと得をした気分になる。
来られなかった方は残念でした。

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2017/01/24

#6吉坊・一之輔二人会(2017/1/23)

第6回「吉坊・一之輔 二人会」
日時:2017年1月23日(月)18時45分
会場:日本橋公会堂
<  番組  >
前座・柳家小たけ『たらちね』
春風亭一之輔『黄金の大黒』
桂吉坊『けんげしゃ茶屋』
~仲入り~
桂吉坊『親子酒』
春風亭一之輔『三井の大黒』

数ある「二人会」の中でも最も内容が充実していると思うのがこの「吉坊・一之輔 二人会」だ。
東西の俊英がぶつかり合うという趣旨が生きているし、いずれこの二人は東西の落語界を背負うであろう(一之輔は既に背負ってるか)。
推測にすぎないが、この二人は特に仲が良いわけではない気がする。というのは、多くの二人会では相手の高座について一言感想を言ったり、時にはイジッタリするのだが、この会ではそうした光景は見られない。
例えば、吉坊が2席目の後で踊りを見せて拍手を浴びたが、次に登場した一之輔はこの事を全くスルー。
こういう何となく張り合ってるという雰囲気が好きだ。

桂吉坊、上方の落語家についてごく浅い知識しか持っていない者として僭越ではあるが、今まで見てきた中で最も桂米朝の芸を継いでいる人だと感じている。
もちろん芸に深さ、とりわけ高座での艶では大師匠に遠く及ばないものの、年齢を考慮すれば米朝の芸に近づくことは十分可能だと思う。
もっともアタシの歳では、それを見届ける事は不可能だが。
と、これだけ褒めときゃ、後でご祝儀が届くかも。
無いかな。

一之輔『黄金の大黒』
マクラで末広亭の小三治の代バネに呼ばれたと言っていた。そういう位置にきているということだ。
このネタ、中途で切るケースが多いが、サゲまで演じた。
長屋の住人同士の店賃をめぐる会話、羽織を回しっこして代わる代わる大家に口上を言う場面、ご馳走を前にして狂喜する長屋の面々の描写、大家の倅の悪戯を咎めて膝蹴りしたと言って大家を慌てさせる場面、いずれもポイント掴んで楽しませてくれた。
金ちゃんのお祝いの口上が特に傑作。

吉坊『けんげしゃ茶屋』
「けんげしゃ」というのは縁起担ぎを指すらしい。米朝の師匠の時代でさえ使われていなかった言葉だそうで、古い表現だ。
色街というのは縁起を担ぐのだが、この噺の主人公の旦那はわざわざ縁起の悪い言葉を使って相手をからかうのが趣味だ。
大晦日、居場所がなくて街をぶらつく旦那に、出入りの又兵衛が出会う。ミナミにと誘われた旦那は、ミナミに囲っている芸者の国鶴の所に悪戯を仕掛けることを思い付き、又兵衛に元日に十人ほどの人数を引き連れて葬礼姿で国鶴の茶屋に繰り出してもらいたいと頼む。
元旦に旦那は国鶴のいる茶屋に出向き、新年の挨拶に出て来た国鶴や女将にさんざん不吉なことを言って困らせる。
ここに又兵衛ら一行が葬礼姿で店に現れ、これ又縁起の悪い言葉を並べる。
茶屋の女子衆が悲鳴を上げると、これを聞きつけた幇間が座敷に上がってきて、陽気に騒ぎ出す。これでは趣向がぶち壊しと旦那が激怒し、幇間を𠮟りつける。
慌てた幇間は、今度は死に装束に位牌を手にして不吉な事を言って、旦那を喜ばす。
「これまで通り、贔屓にしてやる」
「ご機嫌が直りましたか? ああ、めでたい」
「また、しくじりよった!」
でサゲ。
ストーリーは他愛ないもので、茶屋遊びの雰囲気、特に色街の元旦風景が描かれているかが噺のポイントだ。
吉坊は歳が若いのに茶屋遊びの描写が上手く、元旦の華やかな模様が良く描かれていて、だからこそ旦那の縁起の悪い遊びが際立つ。
こうした茶屋遊びのネタに上方落語の本領があるのだと思う。

吉坊『親子酒』
一転して大酒飲みの滑稽噺。
東京でもしばしば演じられるが、上方のは先ず父親が泥酔して家に戻り、息子が帰って来ていないと聞くと怒り説教してやると息巻きながら寝てしまう。
一方、息子の方も泥酔して帰宅途中でうどん屋に寄り、うどんの上に山盛りの唐辛子をかけてしまい食べられず。自宅がどこにあるかも分からず、近所の玄関を片っ端から叩く始末。ようやく自宅に辿り着くが、寝ている父親につまずいて転んでしまう。
この後のサゲは東京と同じ。
見所は息子の嫁さん相手に父親が息子の飲酒癖を怒りながら寝入ってしまう場面と、息子がうどんに唐辛子を掛け過ぎ無理に食べる場面。
この噺を得意としていた桂枝雀ほど弾けてはいなかったが、親子の酔っぱらう姿を吉坊は楽しそうに演じ、客席を沸かしていた。
一席終わった所で、『合羽や』の踊りを披露。
これがコミカルながら、形がしっかりとしていて結構なもの。
『合羽や』
♪城の馬場で日和が良うて合羽やが合羽干す
にはかに天狗風合羽舞上がる
合羽や親爺がうろたえ騒いで堀えはまる
あげておくれつめたいわいなオオキにはばかりさん
一里二里ならてんまでかよう五里とへたづりやマァ風便り♪
(「上方座敷唄の研究」サイトより)

一之輔『三井の大黒』
こうしたネタも難なくこなしてしまう、この人の才能には驚く。
甚五郎、大工の政五郎、その女房、弟子たち、それぞれの人物の演じ分けも申し分なく、堂々たる『三井の大黒』だった。

4席、全て満足した。

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2017/01/23

三遊亭兼好独演会(2017/1/21)

「お宝三席・兼好独演会」
日時:2017年1月21日(土)19時30分
会場:なかの芸能小劇場
<  番組  >
三遊亭兼好『厄払い』
三遊亭じゃんけん『真田小僧』
三遊亭兼好『千早ふる』
~仲入り~
三遊亭兼好『うどん屋』

21日は久々に昼夜のダブルヘッダー。昼は可朝で夜兼好。
この会場では「らくご長屋」シリーズとして、定期的に落語家の独演会が行われている。
兼好もここで毎月独演会を行っているが、この日は「お宝三席・兼好独演会」と題しての特番の会だ。
さて、どんなお宝が演じられるのか。

兼好『厄払い』
開口一番で本人が登場し、年末から正月にかけての季節限定のネタを。
かつては黒門町の持ちネタであり、米朝や小三治など大物が高座にかけている。
仕事もせずブラブラと過ごす与太郎に、見かねた叔父が大晦日だからと厄払いを勧める。お礼に小銭と煎り豆が貰えるから母親に渡すようにと言われる。
厄払いの口上は、
「あーらめでたいなめでたいな、今晩今宵のご祝儀に、めでたきことにて払おうなら、まず一夜明ければ元朝の、門に松竹、注連飾り、床に橙鏡餅、蓬莱山に舞い遊ぶ、鶴は千年、亀は万年、東方朔は八千歳、浦島太郎は三千年、三浦の大助(おおすけ)百六ツ、この三長年が集まりて、酒盛りをいたす折からに、悪魔外道が飛んで出で、妨げなさんとするところ、この厄払いがかいつかみ、西の海へと思えども、蓬莱山のことなれば、須弥山(すみせん)の方へ、さらぁりさらり」
と長く、与太郎にはとても憶えられない。
口上を紙に書いてもらい、早速町へ出かける。
他の厄払いに一緒に行こうとお願いするが断れる。
もうヤケになって「出来立ての厄払い」と歩いていると、商家の主が面白そうだからと与太郎を呼び込み、厄払いを頼む。
お礼は前払いでと金を貰うが少ないと文句をいい、豆を貰えばその場でボリボリ食べだす。
肝心の口上は紙に書いたものを読み上げるが、それも間違いだらけ。
そのうち面倒くさくなって与太郎は逃げ出してしまう。
「あっ、だんな、厄払いが逃げていきます」
「逃げていく? そういや、いま逃亡(東方)と言ってた」
でサゲ。
兼好演じる与太郎のトボケタ味が活かされていた。
近ごろの様に歳末から正月の風景が昔と一変してしまったので、こういうネタもやり難い時代になった。

兼好『千早ふる』
マクラで、今の日韓関係のようにお互いが正しい主張をしているのに険悪になっているのに対し、落語の世界では双方が間違っているのに丸く収まると語って本題へ。
こちらも百人一首なので正月向きのネタだ。
正攻法の高座だったが、このネタを得意としている扇辰、文蔵、鯉昇らに比べややパワー不足の感あり。

兼好『うどん屋』
こちらも冬のネタで、どうやらこの日は季節感のある演目を選んだようだ。
最初に登場する婚礼帰りの男の演じ方に疑問が残った。男が婚礼の会場に着くと、花嫁になる娘が入り口で「おじさん、おじさん」と歓迎してくれたと言うのだが、それだと婚礼の席で花嫁が男に三つ指をついて「おじさん、さてこの度は・・・」という肝心のセリフが薄まってしまう。入り口での娘の挨拶は不要だと思う。
男が婚礼の様子を繰り返すとうどん屋がそれを混ぜっ返す場面では、いくつか過程がカットされていた。恐らくミスだろうと思う。
その後の、うどん屋が寒さの中を荷を担いで売り歩く姿や、うどんを注文した男が美味そうに食べる所や、うどん屋が落胆したり期待したりという表情の変化は良く表現されていた。

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2017/01/22

月亭可朝独演会(2017/1/21)

第一回「可朝のハナシ」
日時:2017年1月21日(土)13時
会場:お江戸日本橋亭
<  番組  >
前座:笑福亭茶光『動物園』
岡田まい『囃子』
月亭可朝『世帯念仏』
~仲入り~
鏡味味千代『太神楽』
月亭可朝『色事根問』

月亭可朝、桂米朝の一番弟子(入門時は「桂小米朝」)、でも何故か惣領弟子として扱われていない。むしろ「月亭一門」の総帥の方が通りがいいか。
トレードマークはカンカン帽。
年配の方なら『嘆きのボイン』で大ヒットしたのをご存知だろう。大の博打好きで女好き、ここ数年は警察の御厄介になっていないと本人が語っていたが、そういう人だ。
国政にも2度チャレンジしているがいずれも落選。
師匠の米朝が、「アイツの事を話し出したら落語が終わってしまう」と言うほどエピソードにはこと欠かない。
近年になって大阪繁盛亭にも出演しているようだが、この日は東京での会の第一回目となる。
可朝の演目はいずれも最近では高座にかかる機会が少なく、忘れられない様にという事で選んだと言っていた。

岡田まい『囃子』
お囃子の人だが短い高座を務めた。「伊勢音頭」と「かっぽれ」の唄の間に出囃子を弾いていた。可朝にお尻を触られそうになったと言っていた。

可朝『世帯念仏』
出囃子に合わせて踊る様な恰好で高座に上がる。
マクラで広島の原爆投下の話題にふれ、いつかアメリカに仕返しをしてやろうと思っていたそうだ。原爆を持ってる国はいくつもあるが、実際に落としたのは米国だけ、恐ろしい国だと。
続いて世の中の陰陽についてと、宗旨にも陰陽があるとして本題へ。
ネタは、東京では『小言念仏』として知られている。
念仏に合間に家族に小言を言ったり、ドジョウ屋を呼んでドジョウを計らせたり、寝相の悪い娘を注意したりと。
短縮版で、米朝の高座に比べ低いトーンの語りだったが、静かに可笑しさを伝えるような一席だった。

味千代『太神楽』
こちらは可朝に胸を触られそうになり、「私は夫も子どもいるんです」と言ったら可朝は「その方がいい」と答えたとのこと。
寄席の太神楽は複数で演じる事が多いが、この人は一人で全部演る。曲芸の腕前も客のイジリ方もどうにいっており、感心した。

可朝『色事根問』
マクラは女性の話題。後1年で80歳になるのだが、こういう年になると女性に対してアクセルとブレーキを間違えてしまう事があるそうだ。自らの経験や、友人だった横山ノックのスキャンダルを例にあげて語っていた。
いくつになっても女性は欲しい。それも生理的な要求ではなく、自分の事を気にかけたり心配してくれる様な女性がいないと寂しいと。
それはアタシも分かる気がする。
演目は2代目桂小南や師匠の米朝の持ちネタだった。
ある男、隠居の元を訪ねて女に惚れられるコツをきく。
隠居が言うのには、
「女に惚れられるには、一見栄、二男、三金、四芸、五精、六未通(おぼこ)、七科白、八力、九胆、十評判という」
そこでかの男に当てはめてみると、これが全て失格。
芸はというと、男は体中に墨を塗り尻に蝋燭をさして「蛍踊り」が得意だと言って、隠居を呆れさせる。
最後の評判で、隠居が男に上等の下駄に履き替える癖を指摘し、評判が悪いと注意する。
男は、履き替えなんてしていないと否定し、裸足で行って帰りに上等の下駄を履いて来るのだと。
これでサゲ。
1席目と同様に淡々と語るスタイルだが、マクラを含めて味のある高座だった。
ネタに出た、女性にモテるための十則、今でも参考になるかも。

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2017/01/18

#70人形町らくだ亭(2017/1/17)

第70回「人形町らくだ亭」
日時:1月17日(火)18時50分
会場:日本橋公会堂
<  番組  >
前座・橘家かな文『松竹梅』
春風亭一之輔『味噌蔵』
柳家小満ん『羽衣』
五街道雲助『電話の遊び』
~仲入り~
柳家さん喬『夢金』

今年初めての人形町らくだ亭はレギュラーのさん喬、雲助、小満んにゲストの一之輔を加えての顔ぶれ。
演目では小満んや雲助が珍しいネタを選び、仲入り後はさん喬の長講という構成。
感想はレギュラー3人に絞り、他はアッサリと。

一之輔『味噌蔵』
注文が2点。
①奉公人たちが時々近くの居酒屋に行くと言っていたが、それなら日頃から自分たちの食べたいものを食べられる機会があったということになり、前後の話と矛盾する。
②奉公人たちの宴会の場面にもっと時間を割くべきでは。それがあるからこそ、主人が夜道を戻ってくる場面との対比が鮮やかになる。

小満ん『羽衣』
志ん生の持ちネタだったが、以後は演じ手が少なく、今では小満んの高座で知られている。別題は『羽衣の松』『三保の松原』。
マクラで羽衣と天女の蘊蓄が語られ、その中で遊女の着る「仕掛け(打ち掛け)」を屏風にかける形が、天女が松に羽衣を掛ける姿と重なるという諺が紹介される。
ストーリーは三保の松原での羽衣伝説を落語に仕立てたもの。
天女が三保の松原に降りてきて、あまりの景色の美しさに着ていた羽衣を松にかけ、素足で浅瀬に入り遊んでいた。
そこを通りかかったのが地元の漁師・伯梁(はくじょう)と言う男。酔っぱらっていたが、あまりに良い香りがするので松に近寄ると真っ白な布。これを質入れしてまた一杯呑めると上機嫌で立ち去ろうとすると、「のぅのぅ、それを持ち去られるは、天人の所持なす羽衣と申すものなり。みだりに下界の人の持つものにあらず。我に返したまえ」 と言って、金鈴を振るわすような声がした。
伯梁は拾ったものは俺のもの、グズグズ言うなら羽衣をひっちゃぶいちゃうと傍若無人な振る舞いに、呆然とたちすくす天女。
そこへ一陣の風が吹き、天女の裾が揺れて肌がチラリと見えた。
伯梁は、これが世にいう天女か、男として生まれたからには3日でもいい、俺と夫婦になれば羽衣は返してやると言い出す。
ここで天女の態度がガラリと変わり、「随分と濁った水も飲んできた。天の川じゃ心中のしそこないもしてきた」などと啖呵を切る。
お望み通り女房になってやると約束して、とにかく羽衣がないと動けないからと言って、伯梁に後ろから羽衣を掛けて貰う。
途端に天女の姿は空中高く舞い上がったから、驚いた伯梁が「おい、天人さん。今言った事は、どうしたんだい?」 。
天人が雲の間から顔を出して、「ありゃ、みんな、空言(そらごと)だよ」
でサゲ。
最初は優雅な言葉遣いだった天女が、いきなり開き直って蓮っ葉な遊女の口調になる所がミソ。マクラでの仕込みが効いている。
風で天女の裾が乱れる所では、マリリンモンローの『七年目の浮気』 のシーンが語られるなど、遊び心が溢れていた。
いかにも小満んらしい、洒落た高座。

雲助『電話の遊び』
元は上方落語の2代目桂文之助の新作『電話の散財』を2代目林家染丸が改作したものらしい。東京では5代目の俗称デブの圓生が演じていたという。
ベルが電話を発明した翌年には東京で設置されたそうだ。
私も一度しか使ったことがないが、昔の交換手を呼び出して相手につなげて貰うというタイプだ。話し中に混戦することも多く、その場合には「話し中」というと解消される、そんな時代の話。
若旦那が区議会議員選挙に立候補するというのに、父親は連日にように芸者幇間を引き連れての茶屋遊び。それでは扇橋に差し支えるというので、せめて選挙中だけでも遊びはやめるよう父親に約束させる。
それでも遊びに出かけようとする父親に番頭が、それでは贔屓の芸者に電話で唄ってもらい、父親はそれを電話口で聞きながら楽しんだらと提案し、さっそく電話を通した宴会が始まる。
「梅は咲いたか」「磯節」が唄われ父親は大喜び。途中で話し中になって中断されるが、その度に「話し中!」と言って続ける。
やがて若旦那が戻ってきて父親の姿に呆れ説教を始めると、父親は
「話し中!」でサゲ。
噺の中身より、お囃子の太田そのの唄に合わせて雲助が踊りまくり、それが途中で度々中断されまた再開される繰り返しの可笑しさが見所。
遊び人の父親と堅物の若旦那という落語には珍しい組み合わせの噺を、雲助が楽しそうに演じていた。
このネタは、他では雲助から教わった三遊亭遊雀が高座にかけている。

さん喬『夢金』
この人の高座では時々首をかしげる演出があるが、このネタもそうだった。
通常の高座では、夕刻に船宿を訪れた男女の姿が、次のように紹介される。
先ず、先に入ってきた侍が「雪は豊年の貢とは申せ、かよう過分に降られては」と言いながら、着物に付いた雪を手で払い落す。これで外は雪が降っていることが観客に分かる。
次いで、侍と娘の姿が語られる。
侍の方は、年の頃はは三十ばかり、黒羽二重が色あせた赤羽二重の黒紋の羽織、博多の帯のぼろぼろになったのを着ている。
娘の方は、年のころは十六、七、お召し縮緬の小袖に蝦夷錦の帯を締め、小紋の羽織に文金の高島田、お高祖頭巾をかぶっている。
明らかに不釣り合いの二人の姿が、この後の展開を予告している。
もう一つ、ここの描写は極めて絵画的なのだ。観客からはまるで芝居の一場面を見る様な思いになる。
従って、このネタを演じる際にはここの描写は欠かせない。
だが、さん喬は侍のセリフや雪を払う仕草をカットし、娘に至ってはどんな姿(下駄の鼻緒が切れたという設定だった)をしていたのか触れずじまいだった。
これは瑕疵なのか、それとも計算ずく?
そうした反面、侍と船宿の主との会話に余計な時間をかけ、娘を屋形船に案内する際に船頭が芝居の話題を振ったり、船への乗り込み方を説明したりする。
いずれも無駄だ。
大川へ出てからの船頭がセリフの合間に「エッヘッへ」という軽い笑いを挟むのも感心しない。これでは卑屈に見えてしまう。
後半の、娘を殺すのを手伝えと侍が船頭に迫る場面から、中州に侍を置いてきぼりにして娘を無事に実家に届ける所は申し分なかっただけに、前半の演じ方に疑問が残った。

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2017/01/16

吉弥『質屋芝居』・三三『元犬』ほか(2017/1/15)

「柳家三三・桂吉弥 ふたり会」
日時:2017年1月15日(日)14時
会場:紀伊国屋サザンシアター
<  番組  >
開口一番・桂そうば『手水回し』
桂吉弥『質屋芝居』
柳家三三『二番煎じ』
~仲入り~
柳家三三『元犬』
桂吉弥『一文笛』

年に一度の三三・吉弥ふたり会。東西の人気と実力を備えた二人の会とあって会場は満席だったようだ。
5席演じられたが、注目の2席を先ずとりあげたい。

吉弥『質屋芝居』
歌舞伎でお馴染みの『仮名手本忠臣蔵』、落語の演目の中でも数多くとりあげられている。
各段の構成は以下の通り。
大序:兜改め
二段目:桃井若狭介屋敷
三段目:進物場、刃傷場(喧嘩場)
四段目:判官切腹
道行旅路花婿
五段目:鉄砲渡し、二つ玉
六段目:勘平切腹
七段目:祇園一力茶屋
八段目:道行旅路嫁入
九段目:山科閑居
十段目:天河屋義兵衛宅
十一段目:討ち入り

今年、桂文我が東京で「忠臣蔵通し公演」というタイトルで行った演目は以下のようにネタ出しされていた(未見)。
大序:『田舎芝居』
二段目:『芝居風呂』
三段目;『質屋芝居』
四段目:『蔵丁稚』
五段目:『五段目』
六段目:『片袖』
七段目:『七段目』
九段目:『九段目』
十段目:『天野屋利兵衛』
十一段目:『三村次郎左衛門』

東京の高座にかかるネタは、次の通り。
四段目:『淀五郎』『四段目(蔵丁稚)』
五段目:『中村仲蔵』
七段目:『七段目』

こうして見るとやはり上方落語の方がネタは豊富だ。
この日、吉弥が演じたのは『質屋芝居』、忠臣蔵の三段目にあたる。
あらすじは。
ある質屋、主人から番頭、丁稚にいたるまで家内中が芝居好き。
そこへ客が来て、急に葬礼の送りに必要になったので質入れしていた葬式の裃(かみしも)を出して欲しいと、質札と現金を持ってきた。
主人の命令で定吉が蔵に行って裃を探していると、隣りの稽古屋から、三味線の音が聞こえる。その音につられて定吉は裃を身につけると、忠臣蔵の三段目“喧嘩場”を一人で演じはじめる。
店にはもう一人客が来て、先日質入れした布団が貸し布団で、蒲団屋から返せと迫られているので、直ぐに請け出して欲しいと質札と現金を持ってきた。
今度は番頭が蔵に行くと、定吉が目をむいて喧嘩場を演じている。そこで布団を塀の書割に見立て、三段目の内”裏門・塀外の場面”の場を二人で演じ始める。
客がいつまでも品物が戻ってこないと文句を言うと、今度は主人が蔵へ行くと番頭と定吉が大立ち回りの真っ最中。そこで主人は木戸番に扮してしまう。
二人の客がもう待てないと蔵へ乗り込んでくると、裃も布団も芝居に使われてメチャクチャ。怒って中へ入ろうとすると、木戸番の主人に止められる。
「中へ入んねやったら、札は?」
「札は表で、渡してます。」
でサゲ。
芝居の木戸銭の札と、質札の札を掛けたものだ。
質入れを経験したことが無い人が今では大半だろう。三段目の”裏門・塀外の場面”の場もお馴染みでないので分かり難いかも知れない。
吉弥は得意の芝居仕立てで三段目の見せ場をタップリと演じ好演。上方落語らしい華やかな新春の高座だった。

三三『元犬』
しばしば前座が演じるネタだが、三三クラスが演ると面白くなる。犬の動きも研究しているようだ。
通常と大きな違いはサゲ。隠居が「ほら、お湯がチンチンいってるから」と言うとシロがチンチンの真似をする所までは一緒だが、使いから戻ってきた”おもと”まで同じようにチンチンの真似をする。
そこでシロが”おもと”を見て、「あ、おっかさん」でサゲ。
一足先に人間になっていた母親とシロが、ここで再会できたというわけだ。
古典を主に演じている三三だが、以前から新作落語にも挑戦している。その影響からか古典をプチ改作する手法も目立つ。
このネタでも、隠居から聞かれてシロが身の上話をする際にサゲを仕込んでいて、よく考えられている。成功例だと思う。

その他は駆け足で。
そうば『手水回し』、雀々を思わせる高座で、特に長頭(ちょうず)を回す場面が良く出来ていた。

三三『二番煎じ』、番小屋から外へ出た時の寒さがあまり感じられなかった。寒暖の差の表現はこの噺の大きなポイントなので、惜しまれる。

吉弥『一文笛』、マクラでとりあげたNHK連続TV小説の話は面白かった。ネタは想定内の出来。

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2017/01/13

初めての新派「華岡青洲の妻」(2017/1/12)

初春新派公演「華岡青洲の妻」四幕
日時:2017年1月12日(木)15時15分
会場:三越劇場
有吉佐和子・作
齋藤雅文・演出
<  主なキャスト  >
於継:水谷八重子
華岡青洲:喜多村緑郎
加恵:河合雪之丞
小陸:波乃久里子
於勝:甲斐京子
ほか

雑食系なもので、様々な演劇分野を観てきたが、新派と宝塚だけは今まで縁がなかった。両方ともTVの舞台中継は何度か見ていてヅカにはおよそ魅力は感じないが、新派は一度観てみたいと前から思っていた。
本当は花柳章太郎らの名優が揃っていた時期が一番良かったのだろうが、見逃してしまった。
現在の新派は水谷八重子と波乃久里子の二人を柱にしているようだが、この日もさして大きな会場でないにも拘わらず空席が目立ち、人気の低迷が窺われる。
客層も年配のご婦人が多い。
昨年は、歌舞伎の先代猿之助の弟子から市川月乃助を移籍、数十年ぶりに2代目喜多村緑郎の名跡を復活させた。
今月からは同じく市川春猿を移籍、河合雪之丞を襲名させた。河合は新派創設時の名優「河合武雄」から採り、雪之丞は猿翁から許しを得たというもので、いかに力を入れているかが分かる。
こうしたテコ入れが奏功し、若い観客をどれだけ惹きつけられるかが大きな課題だろう。
  
華岡青洲は、江戸時代の外科医。記録に残るものとして、世界で初めて全身麻酔を用いた手術(乳癌手術)を成功させた。
麻酔薬の開発を始める。研究を重ねた結果、曼陀羅華の実(チョウセンアサガオ)、草烏頭(トリカブト)を主成分とした6種類の薬草に麻酔効果があることを発見。動物実験を重ねて、麻酔薬の完成までこぎつけたが、人体実験を目前にして行き詰まる。
実母の於継と妻の加恵が実験台になることを申し出て、数回にわたる人体実験の末、於継の死と加恵の失明という大きな犠牲の上に、全身麻酔薬「通仙散」を完成させる。
その後、近隣の女性に全身麻酔を使った乳癌の摘出手術を成功させる。
彼の名を一躍世間に知らしめたのは有吉佐和子の小説『華岡青洲の妻』がベストセラーになったからで、この芝居はその小説を戯曲化したもの。

あらすじは、新派のHPより下記に引用。
江戸時代後期、紀州にある華岡家。
代々、貧乏ながらに志を持って医業に勤しむ家柄で、当主の青洲も三年前より京都で修行の身。
留守を預かるのは、青洲の母・於継に、妹・於勝と小陸、そして近郷の名家・妹背家から嫁いできた加恵で、遊学中の青洲に仕送りをするため、女たちは毎日機(はた)を織ることに余念がない。
加恵の慣れない様子にも優しく言葉をかける於継―二人の仲は人も羨むほどの睦まじさだ。
そんなある日、青洲が突然京都から帰ってくると、様子が一変する。まるで加恵の存在などなかったかのように、青洲の身の周りの世話をする華岡家の女たち。
実の母娘以上の結びつきすら感じていた加恵は戸惑い、於継に焦がれていた想いは変化して―姑と嫁、二人の間に目には見えない争いが起きていた。
最新の医学を学んで帰ってきた青洲は、曼陀羅華(チョウセンアサガオ)を主薬とする麻酔薬の研究と乳癌手術の可能性に執念を燃やしている。
麻酔薬完成のためには人体による実験を残すのみとなったとき、於継と加恵は競って自らの身を捧げると言い出した――。

青洲の妻・加恵は、当初は青洲の母・於継に憧れて嫁入りし、夫が不在のうちは二人とも仲良くやっていた。処が、夫が帰宅した途端に状況は一変し、嫁姑は険悪になる。二人の女が一人の男を取り合うという、今も続く永遠のテーマだ。
二人の意地の張り合いは、やがて麻酔薬の人体実験をどちらが先に受けるかを争うまで先鋭化する。
二人の間柄は、最終的には嫁が姑を心から許すという結末になるのだが、それは姑の死を経てからだ。つまり、そこまで行かないと決着しない。
劇中で、青洲が医師でありながら二人の妹の命を救えなかったり、麻酔薬の実権で母を死なせ妻を失明させてしまった苦悩が描かれる。
だが、嫁姑の対立に青洲がどこまで真剣に悩み、解決しようとしていたのかは描き切れていない。

八重子と雪之丞が演じる嫁姑の火花を散らすごとき嫉妬のせめぎあいが見所。八重子が息子の前に出ると可愛らしい女に変貌する姿はさすがだが、声のかすれは聞いていてかなりキツイ。
雪之丞は新婚当初の初々しい嫁の姿から、年月を経るうちに次第に変わってゆく姿を演じて好演。貴重な存在となるだろう。
青洲を演じた祿郎は、やや一本調子のセリフが気になった。もう少し演技に陰影が欲しいと思ったが、或いはそういう役柄なのか。
青洲の妹を演じた久里子、京子はいずれも熱演で、他の脇役陣も堅実な演技を見せていた。

公演は23日まで。

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2017/01/11

#1二人三客の会(2017/1/10)

第一回「二人三客の会」
日時:2017年1月10日(火)19時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・金原亭駒六『元犬』
瀧川鯉昇『千早ふる』
春風亭一之輔『茶の湯』
~仲入り~
林家楽一『紙切り』
入船亭扇遊『天狗裁き』

本来なら横浜にぎわい座での第30回「落語睦会」となるところだったが、喜多八の死去により「二人三客の会」として新たに出発することとなった。
会の命名は扇遊とのこと。
毎回、番組は次の通りとなるようだ。
・扇遊と鯉昇が交互に前方とトリを務める
・落語家のゲスト一人は仲入り
・色物のゲストはトリの前の出番
今回、落語のゲストが一之輔、色物は楽一という前記の顔づけとなった。

鯉昇『千早ふる』
このネタはだいぶ以前に一度聴いていたが、今回は大きく変えていた。
・歌の意味を訊きにきた父親が、なかなか隠居の部屋へ上がろうとしない。理由は娘の目を盗んで便所から裸足で逃げてきたからで、そのまま部屋に上がったので隠居に、先ず部屋の拭き掃除をさせられる。
・竜田川はモンゴルから来た力士。
・竜田川がご贔屓から連れていって貰ったのは南千住のクラブ。
・クラブのナンバー1が千早、ナンバー2が神代。
・振られた竜田川は傷心を抱えてモンゴルに帰国、親の家業の豆腐屋を継ぐ。
・千早はモンゴルの金持ちの女になるが、相手が破産したため草原をさまよい、竜田川の店先に立ち、オカラを求める。
・竜田川から突かれた千早は遠くチョモランマを超えて飛び去る。
・騒動が終わって竜田川は出来た豆腐を水槽に沈める。
・「とは」はモンゴル語で「豆腐屋」の意味。
改作とまではいかないがオリジナルを大幅に変形していたが、スケールの大きい『千早ふる』に仕上がっていた。
鯉昇のとぼけた味が十分に発揮されていて、場内は爆笑。

一之輔『茶の湯』
このネタは未だ二ツ目時代から何度聴いたことか。その度に少しずつ中身を変えているが、あまりに変形が頻繁なので、今回はどこが変わっているのか明確に伝えられないほどだ。
一之輔の『茶の湯』の大きな特長は次の通り。
・隠居の孫店に住む豆腐屋、鳶頭、手習いの先生が茶の湯に招待され、オリジナルでは引っ越し騒ぎが聴かせ所の一つだが、ここをスルーしている。
・茶の湯の来手がなくなると、通りすがりの人間を拉致してまで強引に茶を飲ませる。今回は三角頭巾をかぶった「茶茶茶グループ」を登場させた。
・小僧の定吉が次第に人格破壊してゆく。
この演目は鯉昇の十八番でもあり、ネタの選定としてはいかがなものかという感はあったが、会場はこの人がお目当てという方もいたようで、沸いていた。
ただ、いつもの一之輔に比べややパワー不足の感あり。疲れかな?

楽一『紙切り』
2度目。紙切りの技術は別として、寄席の色物の芸人としてはテンポが悪い。紙を切っている時間をどう使うかの研究が必要だろう。時間も長すぎた。

扇遊『天狗裁き』
語りの確かさ、登場人物の演じ分けが扇遊の魅力。古典の楷書で聴かせて客を納得させる点で貴重な存在だ。
今回は木に吊るされた男が天狗の団扇で中天高く飛ばされる場面を、まるでフィギュアスケートの高速スピンの様なイメージで表現し、拍手を浴びていた。
欲を言えば、このネタをトリで掛けるなら志ん生や先代馬生が演じたように、このあと男が騙して天狗から団扇を奪い、大病の娘の病を治して金持ちの婿になるという後半を付け足して欲しかった。
トリ根多としては、少し物足りなさを感じた。

客の入りも良かったし、第一回としては先ずは順調な滑り出しの「二人三客の会」だった。

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2017/01/10

落語『野ざらし』と『さいさい節』

これまた落語ファンにはお馴染みの『野ざらし』。
原話は中国・明代の笑話本「笑府」中の「学様」で、これを元に前身が沢善という名の僧だった2代目林家正蔵が作ったとされている。しかし、この噺は因果応報譚の暗いもので、それを明治期に活躍した初代三遊亭圓遊が『手向けの酒』というタイトルで現在のような滑稽噺に変えた。
上方では『骨釣り』という題で演じられる。

粗筋は。
独り者の八五郎、深夜に隣家の隠居の部屋で若い女の声。気になって問い詰めると、隠居が向島へ釣りに行った帰りに葦の間にドクロを見つけ、酒をかけて回向をした。その夜、若い娘が昼間の回向のお礼にと隠居の部屋を訪れ一晩過ごしたと言う。
羨ましくなった八五郎が釣り竿を手に向島に来ると大勢の釣り客。八五郎は魚釣りには全く興味がなく、ひたすら今夜どういう女が訪ねて来るのかという妄想を膨らませて大騒ぎ。挙句のはてに釣り糸で自分の顎(鼻)を釣り上げ、周囲を呆れさせる。
やがて夕方になると周囲の葦がガサガサときて、ムクドリが飛び立ち、後に骨があった。喜んだ八五郎は手向けの句と酒を掛け、自分の居場所を告げて立ち去る。
それを近くの屋形船の中にいた幇間(たいこ)が聞きつけ、女との約束と勘違いし祝儀をもらいに八五郎の家に訪ねてくる。
「何だお前は?」
「幇間(太鼓)です」
「しまった、昼の骨は馬の骨だったか」
でサゲ。
サゲが、幇間の名が「新潮」なのと、浅草の「新町」で作られる太鼓に馬の皮が張られたのを掛けたもの。
サゲが今では分かり難いこともあって、寄席の高座では前半の八五郎が自分の顎(鼻)を釣り、怒って釣り糸を川に投げ捨てる所で切るケースが大半だ。

この噺が人気を得たのは、なんといっても3代目春風亭柳好、俗に「野ざらしの柳好」の高座からだろう。
高座に上がっただけで客席をパーッと明るくする人柄と、釣り場の場面での八五郎の妄想と暴れぶり。そして何より途中で唄われる『さいさい節』の魅力だ。この唄が無ければ、『野ざらし』の魅力は半減すると思われるほどだ。
このネタでは8代目春風亭柳枝の高座の方が上手だと思うのだが、『さいさい節』だけは柳好にかなわない。

『野ざらし』の中の『さいさい節』はこう唄われる。

♪鐘がボンとなァりゃサ
 上げ潮ォ 南サ
 カラスがパッと出りゃ コラサノサ
 骨がある サーイサイ
♪そのまた骨にサ
 酒をば かけりゃサ
 骨がべべ着て コラサノサ
 礼に来る サーイサイ
そらスチャラカチャン
たらスチャラカチャン

さてその『さいさい節』だが、「江戸端唄・俗曲の試聴と紹介」というサイトで歌詞が紹介されている。
*********************************************************
『さいさい節』
♪姉は芸者で 妹はタイピスト 親父ゃ万年町で 
 コラサノサ 屑拾い サイサイサイ
♪よせば良いのに 舌切り雀さ ちょいとなめたが 
 コラサノサ 身のつまり サイサイサイ
♪謎をかけたら 帯紐解くのにさ 主の心は 
 コラサノサ 石仏 サイサイサイ
♪欲は言わない 朝昼晩にさ 違う女子と 
 コラサノサ 飯が食いたい サイサイサイ
**********************************************************
解説では、幕末から流行、横浜の野毛山にできた異人館の風俗を唄にしたもの。大正6~7年頃まで、歌詞を替えて何度も流行した、とある。

他に、「上方座敷歌の研究」というサイトでも『さいさい節』の歌詞が紹介されているが、こちらは歌詞が少し異なる。
**********************************************************
『さいさい節』
♪姉はダンサーで 妹は芸者
 兄貴は三年前から ヤッコラサノサ
 廊下ふき サイサイサイ
♪姉はラシャメン 妹はタイピスト
 親父や三年前から ヤッコラサノサ
 「裏あけとくなはれ」
 こえくみ(肥汲み) サイサイサイ
♪枡に豆入りや裃つけて
 福は内へと ヤッコラサノサ
 鬼は外 サイサイサイ
♪一里二里なら てんまで通い
 五里とへだたりや ヤッコラサノサ
 風だより サイサイサイ
************************************************************
こちらの解説では、作者、年代不詳としている

双方のサイトも唄が試聴できるようになっているが、『野ざらし』の中の曲とはメロディもリズムも異なる。『野ざらし』の『さいさい節』の方が陽気だし、艶があるのだ。
もしかすると、柳好が編曲したのではないかと思われるもするのだが、どなたかご存知であればご教示願いたい。

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2017/01/09

落語『棒鱈』と『琉球節』

落語ファンにお馴染みの『棒鱈(ぼうだら)』。
ストーリーは、江戸っ子二人が飲んでいる隣座敷の田舎侍。どうやら芸者をはべらせて飲めや唄え。それも分けの分からない唄を大声でがなるだけ。
イライラを募らせた江戸っ子の一人が隣座敷の襖から中をのぞこうとして転び、そのまま室内に乱入。怒った侍が手討ちにすると息巻き、料理人が仲裁に入るが、手に持っていた胡椒を振りかけたものだから、侍も江戸っ子も芸者たちも揃ってハクションハクション。
「二階の喧嘩はどうなったい?」
「今ちょうど胡椒(故障)が入ったとこだ」
サゲ。
胡椒と、「邪魔が入る」を意味する故障とをかけたサゲだ。

題名の『棒鱈』も分かり難いが、もともとは鱈の三枚におろしたのを素干しにしたものを指す。俗称で間抜け、野暮の意味で使われ、江戸っ子が田舎侍を揶揄する時にも使われた。
また、噺の中で田舎侍があつらえた料理の「鱈もどき」にも引っかけているが、最近の高座ではこの料理名は使われない様だ。

この噺の聴きどころはストーリーそのものより、田舎侍の珍妙な唄と、手討ちにすると脅された江戸っ子の胸のすくような啖呵にある。
その侍が唄う唄だが3曲あり、『百舌鳥の嘴(もずのくつばす)』『十二ヶ月』そして『琉球(りきゅう)』だ。
噺の中で『琉球』はこう唄われている。
♪りきゅう~(琉球)おじゃるなぁら~、わらず(草鞋)履いておじゃぁれ。りきゅうはァいすわらァこいすわらァ。ひたりゃひとよめ、みろくまんずの、ふたつふけたら、くわんばくわんば、ぱ~っぱ♪

こんな唄は無いだろうと思っていたら、実際にあった。
出典は「古今流行音曲惣まくり」(明治24年12月8日発行)で、曲名は『琉球節(りきゅうぶし)』。
歌詞は、以下の通り。

『琉球節』

琉球と鹿児島と 地続きならば
通うて酒盛り してみたい
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガンヨ セツセ

児(ちご)が前髪 切らしてやるならば
妾(わ)しも止めましょ 振袖を
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガンヨ セツセ


琉球へおじゃるなら 
草鞋を履いておじゃれ
琉球は石原こいし原
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガン

花は霧島 煙草は薩摩
ういて上がるが桜島
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガン

逢いはしなんだか玄界灘で
二本柱の帆前船
シタリヤヨメヨメ シンニヨタヨタ
シテガンガン

(岩波文庫『近代はやり唄集』より)

囃子の部分は異なるが、歌詞は落語の中とほぼ同じ。
明治24年発行の本に載っていたということは、それ以前に座敷唄として広まっていたのだろう。
ここから、噺の中に出てくる田舎侍は薩摩藩士であることが分かる。
『棒鱈』の舞台は幕末という設定だが、この噺が作られたのは恐らく明治期と思われる。
背景には江戸っ子の薩長嫌いがあり(他に『首提灯』)、それは存外今でも続いているかも知れない。
なお『百舌鳥の嘴』と『十二ヶ月』は今のところ出所不明だ。

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2017/01/08

「豚小屋」(2017/1/7)

地人会新社『豚小屋~ある私的な寓話~』
日時:2017年1月7日(土)19時
会場;新国立劇場 小劇場

作:アソル・フガード
翻訳・演出:栗山民也
<  キャスト  >
北村有起哉:パーヴェル・イワーノヴィッチ  
田畑智子:プラスコーヴィア

地人会新社の旗揚げ公演と同じ南アフリカ共和国の劇作家、アソル・フガードの作品『豚小屋~ある私的な寓話~』 。
本作品は、第二次世界大戦中に旧ソ連軍から脱走し、41年間豚小屋で生きていた実在の人物に刺激を受けた著者が書いた戯曲だ。
物語は。
舞台は、ある私的な寓話~と副題があるように、それは「想像上のどこかの小さな村にある豚小屋」。と言っても、登場人物の名前やセリフから旧ソ連のどこかと思われる。
主人公パーヴェル・イワーノヴィッチ(北村有起哉)は軍から脱走して10年。湿っぽくうすら寒い家畜小屋で、豚と隣り合わせに暮らしている。兵士の脱走は軍法でも最高刑で、見つかれば銃殺は免れない。
最初は彼を匿い、今では妻となって世話をしているプラスコーヴィア(田畑智子)。
「戦勝記念の日」に、その場に出て自分の存在を明らかにしようとするパーヴェル。しかし着ていくつもりだった軍服はぼろぼろだった。どちらにしても二人が「この場所」を出る事は危険であり、この先の運命がかかっているのだ。
それから長い長い月日が過ぎ去ってゆく。
外の空気が吸いたいと言い出したパーヴェルは女装し、二人は夜中の町に出る。風・大地の匂い・満天の星・コオロギさえも二人にとっては感動なのだ。そしてもっと先までと言うパーヴェルを妻は必死に止める。
再び豚小屋に戻ったパーヴェルだが、「人民委員会」からの声が届き、豚小屋を開き豚を解放するよう命じられ、その通りに実行する。
その姿を見て、自分も外へ出て行き軍に自首する決意をするパーヴェルに、妻のプラスコーヴィアは仕舞ってあった彼の服を持ち出し「結婚式の時に着たあんたのスーツ、いつかきっと必要な時が来るかもって気がして」と告げる。
二人は寄り添いあって、夜明けの街に中に消えて行く。

これといった大きな出来事もなく、舞台は淡々と進んでゆく。
後半に入ってパーヴェルが外の空気を吸い感想するあたりから舞台は大きく動き出す。豚小屋は社会からの隔離、あるいは拘束状態を示しているのだろう。
それは南アのアパルトヘイトや、旧ソ連の政治犯を寓意してかのようだ。人間の尊厳と自由への希望が、本作品のテーマと言える。
そうした厳しい状況の中での夫婦の深い絆、この作品のもう一つのテーマだ。
見終わってジワリと感動が呼び起こされる、そういう芝居。

公演は15日まで。

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2017/01/07

そんなに「トランプ」が怖いのか

トランプ米国次期大統領の暴言がとまらない。妄言と言った方が正確かな。
一昨日にはツイッターで、トヨタがメキシコに工場を建設する計画している問題に関して、「米国に建てるか、国境で高い税金を払へ」と脅した。
米国の大統領になる人物が日本の一企業の工場建設にまで口を出すとは、なんと「ケツの穴の小さなヤツ」だろうか。
そう嘲笑し返すしかない。
トヨタは今のところ計画を変更する気はないようだが、他社の中にはメキシコへの進出を見直す動きが出ているとのこと。
チキンな経営者もいるもんだね。

オスプレイの事故原因が未だ解明されない中で、日本政府が早々にオスプレイの飛行と給油訓練を認めたのも、トランプの顔色を窺っているためと報じられている。
何をそんなにトランプを怖れているのだろう。
普段は偉そうなことを言ってるが、安倍も稲田もしょせんはアメリカのポチだね。

さて、そのトランプだが、次期大統領としては不安がいっぱいだ。
大統領選挙の当日に、当選者の不支持率が60%だったというのは異例らしい。
それでも大統領に就任したら、米国の指導者として言動を改めるのではという期待もあったが、その気配はない。
果して4年間の任期を全うできるのかという疑問の声も出ている。
一つは、ここの所、米国の情報機関が相次いで発表している、ロシア・プーチンによる選挙干渉の事実だ。
もちろん、この情報によって選挙結果がひっくり返ることはないが、多くの米国民から大統領としての正統性に疑問が持たれるだろう。これは連邦議会での政権運営に影を落とす可能性がある。
二つ目は、トランプは共和党の大統領でありながら、従来の共和党の政策とあまりにかけ離れているという点だ。
・親ロシア→共和党は伝統的に反ロシア色が強い
・保護主義→共和党は自由貿易志向
・大きな政府→共和党は小さな政府が目標
連邦議会では共和党が多数を占めているとはいえ、基本政策があまりにかけ離れていると協力が得られなく可能性がある。
三つめは、トランプが就任後も今のような暴言、妄言を繰り返していると、米国自身の信用力を落とし、やがて国家間の軋轢を生むことになろう。

大事なのは、トランプに怖れることなく、就任後の政策や発言を注視することだ。
(敬称略)

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2017/01/06

「カーテンコールをもう一度」初日(2017/1/5)

The レビュー「カーテンコールをもう一度!」
日時:2017年1月5日(木)17時
会場:天王洲 銀河劇場
脚本:山川啓介
演出:本間憲一
<   出演   >
金井克子、前田美波里、中尾ミエ、尾藤イサオ
ほか

今年は久々に寄席の初席をはずし、こちらの芝居を。大きな声では言えないが、寄席より安い料金で入れた。
ストーリーは、伝説のレストラン・シアター”カーテンコール”の舞台で活躍した金井克子・前田美波里・中尾ミエの3人が再開し、父親が彼女らのファンだったという男の依頼で、30年ぶりに伝説のレビューを再現するというもの。
まあ、ストーリーはあってなきが如く。専ら年齢を足すと210歳という3人と、これも同世代の尾藤イサオを加えたレビューが見もの。
客席も、若い人もチラホラいたが多くは出演者と同世代とお見受けした。
古くは日劇ウエスタンカーニバルから、NHK「歌のグランド・ショー」、そして資生堂の小麦色のポスターをリアルタイムで体験してきた人たちだ。
余談だが「歌のグランド・ショー」の冒頭で踊る金井克子がクルリと回るとパンツが見えるのが評判になって、「今週は何色かな?」なんてことを楽しみにしていた。西野バレエ団後輩の由美かおるが、「11PM」で網タイツ姿でカバーガールをつとめていたのもこの頃だ。
先ずは3人のスタイルの良さに驚嘆する。日頃も節制し、この日のために厳しいレッスンを続けた効果だろうが、大したものだ。
レビューの中の歌では中尾ミエも尾藤イサオも若い頃よりむしろ歌唱力が増しているように見えた。
女性3人のダンスはさすがに全盛期の様にはいかないが、それでも動きが良いし身体の線も綺麗だ。
レビュー全体の中の3人の出番が思ったより少なかったのと、マジックの場面はダレた。踊りの振り付けやキレも、最近のミュージカルを見慣れているとかなり見劣りする。
そうした弱点はあるものの、男性客にとっては若き日のトキメキを思い起こさせ、女性客にとっては努力すれば70歳になってもあれほど美しさが保たれるのだという希望(錯覚?)を抱かせ、いずれも新年を迎え元気な気持ちにさせてくれた。
公演は9日まで。

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2017/01/05

「子どもの貧困問題」の解決こそ喫緊の課題だ

年賀状に近況が書かれていると読むのが楽しくなる。今年頂いた年賀状では、かつての会社の上司が「子どもの貧困問題」に取り組んでいるとのこと。私より5歳年上なのにと、わが身を振り返り恥ずかしくなった。
いま取り組まねばならない課題が多々あるが、なかでも「子どもの貧困問題」の解決は最優先課題といって良い。

この件に関して駒崎弘樹氏(認定NPOフローレンス代表理事/全国小規模保育協議会理事長 )が「2017年にはぶっ壊したい、こどもの貧困を生みだす日本の5つの仕組みとは」という記事で書いている。
極めて実践的な内容と思われるので、内容の一部を紹介したい。
1、生活保護家庭の子どもは大学に行っちゃダメ
「生活保護家庭の子どもたちは、大学進学できない」というのだ。
これは大学進学が贅沢という考えからだそうだ。
しかし、駒崎氏が指摘しいるように「安定した仕事につき、貧困の連鎖から抜け出すためには、大学進学という道は非常に有効です」。
但し、抜け道があって「生活保護を受けていても、”世帯分離”と言って、進学する子どもだけ世帯から外してしまうことで、その子は大学に進学することはできます」。しかし「世帯分離した分だけ、生活保護費は数万円減ります」ということになるのだ。
今の時代、大学に進学することは贅沢でもなんでもないのであって、貧困の再生産とう負のサイクルを止めるためにも、直ちに見直しが必要だ。
2、妊娠したら高校退学させられる
「全国の高校では、妊娠した場合、退学させるというルールになっている」というのだ。例えば「岩手県教育委員会の制定する『岩手県立高等学校の管理運営に関する規則』の中には懲戒規定があり、性的暴行(レイプ)と並んで妊娠を退学処分としている」という
レイプと妊娠を同列におくというのもムチャな話だが、妊娠を「させた方」には何もお咎めがなく、「させられた方」だけが処分の対象になっている。
駒崎氏はこう続けている。
「ほぼ99%、妊娠させた方の男はバックれます。女の子はシングルマザーとして、働きながら子どもを育てていきますが、高校中退で安定した仕事につける確率は相当低くなります。 当然貧困化するリスクが上がり、子どもに教育投資できず、子どももまた貧困化していく可能性が高まります。
学校が貧困を生み出しているじゃないか!」
3、低所得のひとり親に出される給付金支給が4ヶ月に1回
「低所得のひとり親には、児童扶養手当という給付金が支給されます。 月最大で4万2000円、子ども2人目は1万円というわずかなものですが、これがひとり親家庭のライフラインになっています。
さて、この児童扶養手当、役所から振り込まれるのが、4ヶ月に1回なんです」。
役所は4ヶ月計画的に使えば良いと言うが、カツカツの生活をしていると3ヶ月の終わり頃にはお金がなくなり、消費者金融や闇金から借金し、最後は生活が破綻するケースが出てくる。
「そうやってにっちもさっちも行かずに、県営団地を立ち退きさせられるその日に、中1の娘を運動会のハチマキで母親が首を絞めて殺した事件が銚子市でありました」。
駒崎氏はこう呼びかける。「厚労省さん、年金が2ヶ月に1回、生活保護は毎月支給なんだから、児童扶養手当も毎月支給にしてください」。
4、義務教育でも金がかかりすぎ
私事であるが、孫娘が昨年中学に進学した。公立中学だが、制服代だけでセットで数万円、他にも諸々の教材費がかかる。部活でバスケット部に入ったが、このユニフォームやらシューズやらひと揃えで10万円近くかかったそうだ。娘は「これだけの費用、他のご家庭ではどうしてるのかしら?」と言っていた。
義務教育は無償の筈だが、実際にはかなりの金がかかる。
金額は一定なので、当然、貧困家庭への負担は大きい。
駒崎氏は言う。
「何ですか、この”学校指定”って。何で学校指定の文房具屋で買わないとダメなんですか?これって、地元の文房具屋への、制服だったら洋品店への公共事業ですよね?その公共事業を、なんで子育て世帯の財布から出さないといけないんですかね?」
制服代だって高すぎだ。イギリスでは500円程度の学校もあるそうで、官民あげて義務教育にかかる費用を抑える工夫が必要だ。
5、医療的ケア児は普通に学校に行けない
この件では駒崎氏は次のように記している。
「鼻からチューブを入れたり、気管切開をしている『医療的ケア児』。こうした障害のある子達が特別支援学校に行こうとすると、『親が同伴で付いてきてくれたら、通学できますよ』と言われます。
親は学校で教育を受けさせたいと思うので、仕方なく一緒に通学します。そして教室の端っこで、6時間座って待っています。待機児童ならぬ待機親です。
当然仕事は辞めざるを得ません。だいたいの場合、母親が辞めます。共働き家庭は、片働きになり、収入は激減します。医療的ケア児家庭は、公共交通機関での移動がしづらいため、車を持たなくてはなりません。そうした費用も家計を圧迫します。
ひとり親だったら、生活保護しか道はありません。医療的ケア児の介護に心身ともに負担がかかるのに、我々の社会は更に経済的にも追い打ちをかけているのです」。
駒崎氏によればこの問題は、学校に訪問看護師が行けるようにして、親の代わりに医療的ケアをしてあげればある程度解決する、と言うのだ。
だが、訪問看護は健康保険法で「居宅(家)だけ」に限られている。それなら法律を変えれば良いわけだ。

以上の諸課題は、いずれも僅かな制度改正で実現できることであり、子どもの貧困と貧困の再生産の克服に効果を発揮するものと思われる。
「子どもの貧困問題」の解決には他にも重要な課題があると思うが、とにかく早急に対策を講じることが大切だ。

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2017/01/03

「喪中はがき」について考える

新年そうそう縁起でもない話題で恐縮だが、「喪中はがき」について。
皆さんのご家庭にも毎年何通かの喪中はがきが届くと思われるが、考えてみると今や「喪中」「喪に服す」という生活習慣がほとんど失われているのに、「喪中はがき」だけが独り歩きしているのではなかろうか。
 
以下、「仏事まとめ百科」のサイトより引用。
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「喪に服する」
近親者が亡くなった場合に、一定の期間、死を悼(いた)み、身を慎むことを「忌服(きふく)」と言ったり、「服喪(ふくも)」と言ったりします。 古くは、門戸を閉じ、酒肉を断ち、弔(ちょう)せず、賀(が)せず、音曲をなさず、嫁とりをせず、財を分かたずというようなしきたりが暮らしの中に 息づいて、それが今日も、部分的に受け継がれているのです。
特に忌服期間中は、故人の冥福を祈り、行動を慎みます。晴れがましいことや派手な行動は慎みましょう。門や玄関の正月飾り(注連縄、門松など)、鏡餅等の飾り付けや正月料理、お屠蘇でのお祝いは致しません。
年始まわりや神社、仏閣への初詣も控えるのが一般的です。
「忌中、喪中の期間」
明治7年に出された太政官布告では、別表のように、忌(忌中)と服(喪中)の期間をこと細かく定めています。忌と服は、謹慎度の深さによって分けられますが、おおまかには、忌は自宅に謹慎する期間、服は喪服を着用する期間と考えていいでしょう。現在ではもちろん、こうした法令はすべて撤廃(昭和22年に廃止)されていますが、仏事の慣例としては、今もこの太政官布告が一つの目安にされていて、たとえば父母の死亡に際しては七七忌(四十九日)までが忌中、一周忌(一年間)までが喪中とされることが多いようです。
 
続柄忌日数服(喪)日数
父母 50日 13カ月
養父母 30日 150日
30日 13カ月
20日 90日
嫡子(息子) 20日 90日
その他の子(娘) 10日 90日
養子 10日 30日
兄弟姉妹 20日 90日
祖父母(父方) 30日 150日
祖父母(母方) 30日 90日
おじ・おば 20日 90日
夫の父母 30日 150日
妻の父母 なし なし
曾祖父母 20日 90日

※太政官布告『忌服令』(昭和22年廃止) 
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明治から昭和の初めまでは「喪中」 は法令で定められていた。それも男女や尊属・卑属による差別に加え、同じ子どもでも長男とそれ以外の子どもでは差をつけるなど、今の時代にはとうてい受け容れられない内容になっている。廃止は当然だろう。
もちろん、家族や親しい親族が亡くなった時には死を悼む気持ちが続き、とてもお祝い事などする気になれないというケースもある。そういう時には「喪中はがき」も意味がある。
しかし形式上は喪中なので「喪中はがき」を出しておいて、クリスマスを祝い、忘年会ではドンチャン騒ぎ、大晦日は紅白歌合戦を見て、元日は朝から酒を飲んでゴロゴロというのでは、「喪中」が泣く。
そんな形式上だけの「喪中はがき」なら、やめても良いのではなかろうか。
 

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2017/01/01

新年ご挨拶

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新年、明けましておめでとうございます。
ご家族皆様の健勝と、
平和で災害のない年となるよう、
祈念いたします。
2017年元旦

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