落語『野ざらし』と『さいさい節』
これまた落語ファンにはお馴染みの『野ざらし』。
原話は中国・明代の笑話本「笑府」中の「学様」で、これを元に前身が沢善という名の僧だった2代目林家正蔵が作ったとされている。しかし、この噺は因果応報譚の暗いもので、それを明治期に活躍した初代三遊亭圓遊が『手向けの酒』というタイトルで現在のような滑稽噺に変えた。
上方では『骨釣り』という題で演じられる。
粗筋は。
独り者の八五郎、深夜に隣家の隠居の部屋で若い女の声。気になって問い詰めると、隠居が向島へ釣りに行った帰りに葦の間にドクロを見つけ、酒をかけて回向をした。その夜、若い娘が昼間の回向のお礼にと隠居の部屋を訪れ一晩過ごしたと言う。
羨ましくなった八五郎が釣り竿を手に向島に来ると大勢の釣り客。八五郎は魚釣りには全く興味がなく、ひたすら今夜どういう女が訪ねて来るのかという妄想を膨らませて大騒ぎ。挙句のはてに釣り糸で自分の顎(鼻)を釣り上げ、周囲を呆れさせる。
やがて夕方になると周囲の葦がガサガサときて、ムクドリが飛び立ち、後に骨があった。喜んだ八五郎は手向けの句と酒を掛け、自分の居場所を告げて立ち去る。
それを近くの屋形船の中にいた幇間(たいこ)が聞きつけ、女との約束と勘違いし祝儀をもらいに八五郎の家に訪ねてくる。
「何だお前は?」
「幇間(太鼓)です」
「しまった、昼の骨は馬の骨だったか」
でサゲ。
サゲが、幇間の名が「新潮」なのと、浅草の「新町」で作られる太鼓に馬の皮が張られたのを掛けたもの。
サゲが今では分かり難いこともあって、寄席の高座では前半の八五郎が自分の顎(鼻)を釣り、怒って釣り糸を川に投げ捨てる所で切るケースが大半だ。
この噺が人気を得たのは、なんといっても3代目春風亭柳好、俗に「野ざらしの柳好」の高座からだろう。
高座に上がっただけで客席をパーッと明るくする人柄と、釣り場の場面での八五郎の妄想と暴れぶり。そして何より途中で唄われる『さいさい節』の魅力だ。この唄が無ければ、『野ざらし』の魅力は半減すると思われるほどだ。
このネタでは8代目春風亭柳枝の高座の方が上手だと思うのだが、『さいさい節』だけは柳好にかなわない。
『野ざらし』の中の『さいさい節』はこう唄われる。
♪鐘がボンとなァりゃサ
上げ潮ォ 南サ
カラスがパッと出りゃ コラサノサ
骨がある サーイサイ
♪そのまた骨にサ
酒をば かけりゃサ
骨がべべ着て コラサノサ
礼に来る サーイサイ
そらスチャラカチャン
たらスチャラカチャン
さてその『さいさい節』だが、「江戸端唄・俗曲の試聴と紹介」というサイトで歌詞が紹介されている。
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『さいさい節』
♪姉は芸者で 妹はタイピスト 親父ゃ万年町で
コラサノサ 屑拾い サイサイサイ
♪よせば良いのに 舌切り雀さ ちょいとなめたが
コラサノサ 身のつまり サイサイサイ
♪謎をかけたら 帯紐解くのにさ 主の心は
コラサノサ 石仏 サイサイサイ
♪欲は言わない 朝昼晩にさ 違う女子と
コラサノサ 飯が食いたい サイサイサイ
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解説では、幕末から流行、横浜の野毛山にできた異人館の風俗を唄にしたもの。大正6~7年頃まで、歌詞を替えて何度も流行した、とある。
他に、「上方座敷歌の研究」というサイトでも『さいさい節』の歌詞が紹介されているが、こちらは歌詞が少し異なる。
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『さいさい節』
♪姉はダンサーで 妹は芸者
兄貴は三年前から ヤッコラサノサ
廊下ふき サイサイサイ
♪姉はラシャメン 妹はタイピスト
親父や三年前から ヤッコラサノサ
「裏あけとくなはれ」
こえくみ(肥汲み) サイサイサイ
♪枡に豆入りや裃つけて
福は内へと ヤッコラサノサ
鬼は外 サイサイサイ
♪一里二里なら てんまで通い
五里とへだたりや ヤッコラサノサ
風だより サイサイサイ
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こちらの解説では、作者、年代不詳としている
双方のサイトも唄が試聴できるようになっているが、『野ざらし』の中の曲とはメロディもリズムも異なる。『野ざらし』の『さいさい節』の方が陽気だし、艶があるのだ。
もしかすると、柳好が編曲したのではないかと思われるもするのだが、どなたかご存知であればご教示願いたい。
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