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2017/04/16

「正雀・菊志ん二人会」(2017/4/15)

「林家正雀・古今亭菊志ん 二人会 その2」
日時:2017年4月15日(土)14時
開場:橘家(四谷荒木町)
<  番組  >
前座・林家彦星『つる』
古今亭菊志ん『黄金の大黒』
林家正雀『中村仲蔵』
~仲入り~
林家正雀『一眼国』
古今亭菊志ん『黄金餅』

就寝前に落語のCDを聴きながら寝るのを日課としているが、ここ3ヶ月ほどは桂米朝だけを聴いている。
米朝の語りの魅力はいくつもあるが、それを裏付ける話芸の要素は次の様だ。
・計算され尽くしたセリフの「間」
・セリフの緩急
・声の高低
・声の強弱
こうした要素の組合せによって、米朝独特の語りの「艶」や「ドラマ性」を生んでいるのだと思う。
プロの噺家でも語りに魅力がない人がいるが、米朝の高座から学ぶべき所、大だろう。

この会の会場となった四谷荒木町は高級料理店の多い所で、私も現役時代に何度か足を運んだことがあるが、敷居の高い店だった記憶がある。
「橘家」も元は料亭だったようで、今は貸座敷となっている。詰めて30人ほどが座れる座敷と舞台があり、緞帳が設備されているのには感心した。
アクセスは地下鉄四谷三丁目駅から数分で、曙橋からも近いようだ。

正雀と菊志ん、双方の師匠同士が親しかった(もっとも彦六の方が圓菊よりずっと先輩だが)こともあって、そうしたご縁から二人会を開くことになったようだ。
菊志ん、二ツ目当時から注目していて、何度か高座を見てきた。明るい芸風で噺も上手く好感が持てた。むしろ、真打になってからあまり高座に接する機会がなくなった。
正雀、芝居噺の継承者として貴重な存在。正蔵はこの人が継ぐべきだった。
この日は二人とも、師匠の十八番を演じるという趣向。

菊志ん『黄金の大黒』
寄席だと時間の関係から途中で切ることが多いが、この日はサゲまで。聴かせ所の店子が大家を訪れ羽織をとっかえひっかえしながらお祝いの口上を述べる場面、この人らしい陽気な語りが活きていた。
悪戯した大家の倅の頭を金づちで殴ったというエピソードや、座敷に上がってからの宴会の場面もスピーディで、良い出来だった。

正雀『中村仲蔵』
ほぼ師匠の演出通りだったが、仲蔵が花道の「申し上げます」で相手の名前を失念したとき、咄嗟に本舞台の4代目團十郎に訊きにいって事なきを得て、それを機に團十郎から認められ名題に取り立てられるというエピソードを冒頭に持ってきていた。
五段目の場面では、師匠譲りの芝居の場面を忠実に再現していた。
ただ、五街道雲助や露の新治の高座に比べ、蕎麦屋で浪人風の旗本に出あって定九郎の衣装を思い立つ箇所や、日本橋の魚河岸で観客の一人が仲蔵の工夫を褒め称える箇所といった山場の盛り上げに欠けていたように思う。
サゲは師匠とは異なっていた。

正雀『一眼国』
これもマクラの向う両国での見世物小屋の風景から、師匠の演出通り。香具師が六部に珍しい話しをせがむ時には炊き立てのご飯を勧めるが、思いつかないとなると途端に冷や飯と言い出す所は先代正蔵には無かったのではないかと。
このネタ、逆転の発想の面白さがある。

菊志ん『黄金餅』
このネタの最大の聴かせ所は、なんと言っても下谷山崎町から麻布絶口釜無村の木蓮寺までの道中付けの言い立てだ。こればっかりは、今も志ん生の型を踏襲している。勿論、菊志んも同じ。
一歩間違えると陰惨な話になりかねないのだが、菊志んはカラリと演じていた。その分、貧民街から何とか這い上がろとする金兵衛の凄まじいまでの執念は薄目だったと思う。

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