「城塞」(2017/4/25)
「城塞」
日時:2017年4月25日(火)13時
会場:新国立劇場 小劇場THE PIT
作:安部公房
演出:上村聡史
< キャスト >
山西惇:男
椿真由美:男の妻
松岡依都美:若い女
たかお鷹:従僕
辻萬長:男の父
新国立劇場の演劇新シリーズ「重なる視点―日本戯曲の力―Vol.2」は、1962年に初演の安倍公房作の「城塞」。
あらすじは。
時代は昭和30年の半ば。一方では安保闘争の全国的な拡がりの中で騒然とした雰囲気に満ちていて、その一方では戦後の高度経済成長の真っただ中だった。
舞台はコンクリートに囲まれた部屋、中央にスライド式の扉が床と水平に設置され、そこが地下室への出入り口となっている。左右の壁にはそれぞれドアがある。正面後方には大きな窓があり外の景色も眺められるが、普段は赤いカーテンが下りている。ここが寓意的な意味でも物理的な意味でも「城塞」という事になる。
ソ満国境でで終戦を迎えた男の父は、全財産を持って日本に戻ろうとしている。手配した飛行機には二人しか乗れない。そこで父は妻と娘を置き去りにして、息子と二人だけで逃げることを決心する。病に伏せる母親と、絶望のあまり自殺してしまう妹を前に、男は激しく父に抗議し言い争いになる。
しかし、これはこの家族の中の儀式だった。今は正気を失い時が止まってしまった父が正気に戻る時だけ、男とその妻、従僕、そして金で雇った若い女(ストリッパー)が協力し合って、昔を再現している。
父親にとって国家が全てであり、彼の恐怖は革命によって国家が消滅することにあった。一方、男は父から継いだ会社が兵器産業に組み込まれてゆくことを怖れていた。
男は若い女との性的関係に溺れ、妻との間は険悪になってゆく。
やがて儀式は質的に変わってゆく。戦争が「国民の血だけ流され、国家の血はもと通り」と憤っていた男は会社を兵器産業に組み込み、大きく発展させていた。
成金の父が築いた城塞は、今や資本家となった男の城塞と化した。
儀式の終わりに男は父に現実を突きつけ、父は狂気の中に沈み、若い女は裸になって自らを解放する。
ざっと、こんなあらすじにして見たが、正確かどうかは分からない。抽象的な表現が多く、解釈が難しいのだ。
私の見立てとしては、こうなる。
・妻や娘を置き去りにして日本に戻り大儲けする父親の姿は、戦争責任を曖昧にしながら経済復興だけを優先させていた当時の日本の姿を暗示している。
・当初は兵器産業を忌避しながら結局は兵器産業で会社を大きくする男の姿は、不戦を誓いながら再軍備から安保体制へと突き進んだ日本の姿を象徴している。
これも正解かどうかは自信がない。
観客の入りが悪かったのは、当時は神のごとき存在だった安倍公房を知る人も少なくなってきたのでは。内容が難解なことにも原因があるように思う。
出演者、特に男性陣は実力派揃いで、素晴らしい演技を見せていた。この演技を見るだけでも観劇する価値がある。
ストリッパー役の松岡依都美の躍動感も魅力的だった。
公演は30日まで。
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ぼーっと過ごしている間にずいぶんいろいろお出かけでしたね。
どうも以前より出不精になってきたと思いました。
筒井康隆はいくつか読みましたが、私には頭で書く人のような感じがしました。
隠喩などがベタ、慰安婦像問題でどんなことを言ったのか知りませんが、日本軍の強制連行を否定するような作家ではないと感じるのですが。
投稿: 佐平次 | 2017/04/27 11:45
佐平次様
安倍公房は自身が満州からの引き揚げ者で、この作品にはその経験が投影されているようです。
唱和30年代という日本が高度経済成長の真っ只中にあって、忘れ去ってはいけないという過去を安倍が採り上げたものだと思います。
投稿: ほめ・く | 2017/04/27 18:45
久々にお邪魔します。 実は転勤で、先月から東京にいます。
この作品は難解と言うよりも、正に今突き付けられている問題を見抜いていたのだと思えました。心優しい息子はなぜ豹変したのか。この親子に現実の様々な人物が重なって見えました。
辻・山西の両氏は、「本気の狂気」を感じさせました。辻萬長は軍人役が多いだけあって、こういう御本人とは思想が正反対の役が実にはまります。
投稿: 明彦 | 2017/04/29 01:08
明彦様
お久しぶりです。東京に来られたとのこと、ますます活躍の範囲が拡がることでしょう。
ご指摘の様に今日的なテーマを扱っており、俳優たちの熱演もあって見ごたえがありました。
新国立にしては空席が目立ったのは、やはり分かり難かったせいかなと思っています。
投稿: ほめ・く | 2017/04/29 09:19