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2017/06/06

柳家さん喬「大人の落語」刊行記念落語会(2017/6/5)

「柳家さん喬『大人の落語』刊行記念落語会」
日時:2017年6月5日(月)19時
会場:深川江戸資料館
<  番組  >
柳家さん若『のめる』
柳家さん喬『締め込み』
『トーク』さん喬、ナビゲーター:亀山早苗
~仲入り~
柳家さん喬『雪の瀬川』

さん喬が初めて「大人の落語」という本を出版して、その記念落語会があった。タイトルの「大人」とは、男女関係を描いたネタを中心にして作品解説を行っている所から来たものだろう。
入り口で参加者全員に新刊が配られたが、本の見返しにさん喬本人による自筆のサインがあった。こういう所がいかにもこの人らしい。
「はじめに」の所で、さん喬は「芸論」を語るのが嫌いだと書いている。この点はアタシも同感で、芸人は自らの芸を通して観客に芸論を伝えるべきであって、芸論そのものを書いたり語ったりするのは筋違いだ。
だいたい、芸論を書く芸人にロクなのはいない。

巻末に「さん喬ひとり語り」という章があり、そこで弟子の喬太郎について触れているのでその一部を紹介しよう。
【ただ、喬太郎が二つ目になった頃からですかね、オレはこいつを一人前にしなかったら大変なことになると思いました。人間として、噺家としてのことはいろいろいうべきだろうけど、落語に関してはとにかく自由にしてやろう、好きなようにさせようと決めました。そうでなかったら、何十年にひとりというこの逸材を潰してしまうことになる。そんなことになったら、宝物を海に捨てるも同然ですからね。
(中略)
喬太郎は殻に閉じ込めたら絶対いい噺家にはなりません。私にとっても刺激になりますね。いつもこいつに負けるもんかと気持ちになれる。今だから本音をいえば、若い時は弟子の喬太郎に嫉妬していたところがあったと思う。それでも「オレは師匠なんだ」という気持ちが自分を支えていたのかもしれませんね。
私自身も若かったから、精神的にも経済的にも余裕がなくて、喬太郎については充分なことをしてやれなかったんじゃないかと今でも思うんですよ。例えば5番目の弟子が二つ目になったころ、袴を買ってやって、「あれ、喬太郎にはどうしたかな」と。だからときどき彼に聞きますよ。「オレ。おまえにこういうことした?」って。「していただきました」と言われるとほっとしますね。】
この一文を見ても、さん喬の人柄が分かる。
喬太郎はいい師匠に仕えた。

さん若『のめる』
久々だったが、上手くなった。口調が明解だし、自分の型を持ちつつあるような気がする。
来年には真打になるだろうが、もうその資格は備えている。

さん喬『締め込み』
さん喬といえば長講、人情噺というイメージが強いが、アタシはこの人の軽い滑稽噺の方が好みだ。
泥棒が忍び込んで荷物を風呂敷に包んだまでは良かったが、亭主が戻ってきて慌てて床下に潜り込む。この時に糠みそ桶の匂いが強く、「ここのかみさん、あんまり糠味噌をかき回さないな」というセリフがあるが、これは大事だ。
この女房はいわゆる糠味噌臭いタイプじゃないのだろう。だから風呂敷包みを見た亭主が、きっと他の男と浮気して駆け落ちするんだと邪推したのだ。
夫婦喧嘩のとばっちりで、煮え湯を浴びて飛び出してきた泥棒がとっさに仲裁に入ったまでは良かったが、自分が風呂敷包みをこしらえたと言いにくそうに説明しだす所が上手い。
珍しくサゲまで演じたが、好みを言わせて貰えば、亭主がお福を口説く時に出刃包丁を突きつけて「ウンか、出刃か、ウン出刃か」と迫ったというエピソードは入れて欲しかった。この亭主の乱暴で一途な性格がこの一言で表現されているからだ。

「トーク」コーナーは、本来は新刊のPRが主目的だったんだろうが、ナビゲーターを務めた書籍の編集者はあまり強くは推奨しない感じで、むしろさん喬の方がフォローしていた。
今年は入門して50周年、著書の初出版、紫綬褒章の受賞が重なった年だったが、今までで一番嬉しかったのは2014年の「国際交流基金賞」 受賞だと。確かにこの賞の過去の受章者の中では落語家は極めて稀だ。
「さん喬さんにとって落語とは?」という問いに、「生活の糧です」はご名答。

さん喬『雪の瀬川』
特に断ってはいなかったが、内容からすると『雪の瀬川(下)』ということになろう。
吉原の花魁・松葉屋瀬川に入れ込んで800両という大金を使い込み勘当された若旦那が、永代橋から川に飛び込もうと迷っている所に、以前は店の奉公人で今は紙屑屋をやっている忠蔵と云う者に出会って、忠蔵の家へ居候する事になった。
若旦那は一月ほど忠蔵の家へ厄介になっていたが、忠蔵の生活も貧しさに見かねて、瀬川宛に手紙を書く。忠蔵が直接瀬川に手紙を届ける事はできないので、幇間の揚場町の吾朝に手配してもらう。若旦那の身の上を心配していた瀬川は手紙を読んで泣き崩れる。
やがて瀬川から忠蔵へは20両という金と、若旦那には手紙の返事が届く。その手紙には、若旦那の元へ雨の日に会いに行くと書いてあった。
吉原の花魁が雨の日に会いに来ると云うのは、廓を抜け出すという事で、命がけだ。来ることはないと断言する忠蔵だが、若旦那は信じていた。
正月も明けて半ばごろ、朝から降り出した雪が積もった八つ(午前二時)頃に、一丁の駕籠が忠蔵の家の前へ止まり、中から侍のなりに変装して出てきたのは、瀬川だった。
二人は再開の喜びに震え固く抱き合う。
その後色々な経緯があって、二人は目出度く夫婦になる。
さん喬は情感溢れる静謐な語りで、それぞれの登場人物の心の動きを丁寧に描いて好演。
以前にも同じネタを聞いたことがあるが、この日は明らかに気合が入っていた。

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寄席・落語」カテゴリの記事

コメント

こういう会がありましたか。
ご紹介された喬太郎についての部分、喬太郎本人が読んだら、泣いちゃうんじゃないかな。
「大人の落語」というお題も結構ですね。
読みたくなりました。

投稿: 小言幸兵衛 | 2017/06/06 12:57

小言幸兵衛様
主催が本を出版した講談社という珍しい会で満席でした。
トークでも感じたのですが、さん喬の人柄の良さは想像通りでした。
本にはさん喬の高座が3席聴けるディスクも付いているんですが、これが映像の出ないDVDという中途半端の代物で、ここが欠点です。

投稿: ほめ・く | 2017/06/06 15:40

芸論を書く芸人に・・・
独文学者の高橋義孝も、芸術家で一番イヤなのは、自分の作品についてやたら解説をしたがる人だと書いていました。

投稿: 福 | 2017/06/07 06:47

福様
一人一人が自身の芸論を持つのは当然ですが、そえは自身の芸術や芸を通して表現すべきだと思います。「こうあらねばならない」みたいな主張には抵抗を感じてしまいます。

投稿: ほめ・く | 2017/06/07 09:11

糠床をもらってきて今朝かき回しました。
少し臭いました。

投稿: 佐平次 | 2017/06/07 10:38

佐平次様
我が家では梅干しを漬け始めたところです。糠味噌を自宅で漬ける家も減りました。

投稿: ほめ・く | 2017/06/07 18:08

ご無沙汰いたしております。私もこの会に行っておりました。「締め込み」はさん喬では初めて聴いた気がします。お福の怒る場面が可愛らしかったのが印象的でした。「雪の瀬川」は何度か聴いていますが、やはり気合が入っていたのでしょう。これだけ情感豊かな雪の瀬川だったのはそんなになかったと思います。

投稿: ぱたぱた | 2017/06/13 23:22

ぱたぱた様
『締め込み』のお福は、きっと男好きのする可愛らしい女性なのでしょう。さん喬の描き方からそう推察されます。
確かにさん喬、気合が入ってました。こういう所がライブの魅力です。

投稿: ほめ・く | 2017/06/14 01:52

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