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2017/08/31

テアトル・エコー「八月の人魚たち」(2017/8/30)

テアトル・エコー公演153「八月の人魚たち」
日時:2017年8月30日(水)14時
会場:恵比寿エコー劇場
作:J・ジョーンズ、N・ホープ、J・ウーテン
翻訳:鈴木小百合 
演出:酒井洋子
<  キャスト  >
森澤早苗:シェリー/永遠のチーム・キャプテン
杉村理加:レクシー/男漁りのイヴェントプランナー
薬師寺種子:ダイナ/男勝りの弁護士
重田千穂子:バーナデット/家族問題を抱える公立小学校教師
渡辺真砂子:ジェリー・ニール/天真爛漫な元修道女

毎回、肩の凝らないコメディで楽しませてくれるテアトル・エコーの芝居。
今回は米国のトリオ作家(珍しい!)の作品の舞台化で、劇団の看板女優たちが顔を揃えた。

かつて大学の水泳部のチームメイトだった5人の女性。卒業後はそれぞれの道、それぞれの人生を歩んでいるが、毎年8月には海辺にあるコテージに集まることにしている。
水泳部の監督の息子と結婚し、今でも仲間のキャプテンであるシェリー
男性より仕事の敏腕弁護士でリッチな生活を送るダイナ
3年周期で夫を取り換えては美容整形で若さを保つレクシー
家族に深刻な問題を抱えながらいつも明るくふるまう教員のバーナデット
修道女だったがシングルマザーになって皆を驚かせる天真爛漫なジェリー・ニール
彼女たちの44歳から77歳までの再会を通して、互いが抱える様々な人生の問題を、互いの友情とチームワークで乗り越えて行くという人生賛歌の物語。

舞台の小気味よい会話の応酬で客席は笑いに包まれるが、中年から老年にかけて女性たちが抱える問題の普遍性も明らかにされてゆき、とても良く出来た作品に仕上がっている。
いまトランプ政権で顕在化しているエスタブリッシュメントに対する南部の人々の反発も、チラッと顔をのぞかせていて興味深い。

何より5人の女優たちの個性溢れる演技に注目。
特に我々男性(私だけか?)にとっては、杉村理加のダイナマイト・バディに目が離せない。

公演は9月5日まで。

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2017/08/28

#51三田落語会「権太楼・兼好 二人会」(2017/8/26昼)

第51回三田落語会昼席「柳家権太楼・三遊亭兼好」
日時:2017年8月26日(土)13時30分
会場:仏教伝道センタービル 8Fホール
<   番組   >
前座・橘家かな文『狸の札』
柳家権太楼『短命(長命)』
三遊亭兼好『大山詣り』
~仲入り~
三遊亭兼好『悋気の火の玉』
柳家権太楼『船徳』

久しぶりの三田落語会。この会は当日に次回の前売りを行うため、一度パスするとチケットが入手し難いのだ。

権太楼『短命(長命)』
マクラで池袋演芸場で演じた『幽霊の辻』を話題に。このネタ、途中から怪談噺風な展開になり、合わせて三味線の演奏が始まる。処が、その時のお囃子が新人だったので噺と三味線がチグハグになり、滅茶苦茶になってしまったという。これを高座で再現して見せていた。
本当は『青菜』を演るつもりだったが、前回、白酒が演じていたのでと『短命』に入る。
美人の女房を持つと亭主は短命になることを遠巻きに暗示する隠居と、これをなかなか察することができない男との会話。
ようやく理由が分かった男が、「じゃ、こういう風に・・・」と手真似すると、隠居が「ここは浅草演芸ホールじゃないんだから」とたしなめていた。

兼好『大山詣り』
高いテンションでマクラを語る。これはとても愉快だが、ネタに入るとテンションが下がるような気がする。
男二人が熊を丸坊主にする場面がやや長目でダレてしまった感がある。
一足先に戻った熊が長屋のお上さんたちを集める時、お上さんたちが不安を覚える様子を加えた方が、終盤に向けてより効果的なのでは。

兼好『悋気の火の玉』
軽いようだが、難しい噺なのだ。重要なのは正妻と妾の演じ分け。
片や大店の奥さんだから元は良い所の出だろう。妾の方はといえば吉原の花魁だ。この二人の女を対照的に描けるかどうかがポイントだが、どうやら兼好はこの辺りが苦手のようだ。
厳しいことを言うようだが、今の兼好の立場からすれば、より高いレベルが求められると思う。

権太楼『船徳』
前半はややあっさりと演じ、徳が二人の客を乗せて大川へ漕ぎだす所を中心に。
徳が失敗談を語る場面では、赤ん坊を負ぶったお上さんを乗せた船をひっくり返してしまったのだと。客がそれでどうなったかを訊くと徳は、「あっしはこの通り助かりました」。「お上さんの方はどうなったんだ?」と言うと、徳は「何しろ、自分のことが精一杯だったんで」。客の不安は募るばかり。
船が石垣に着いたら、通常は客の持っていた傘で石垣を突くのだが、この高座では二人の客が手で石垣を押すというのを二度繰り返していた。
1席目もそうだが、権太楼の演じる会話の間が絶妙で、当代落語界の第一人者としての実力を示していた。

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2017/08/26

オペレッタ『ボッカッチョ』(2017/8/25)

浅草オペラ100周年記念『ボッカッチョ』
日時:2017年8月25日(金)14:00
会場:文化シャッターホール

原作:ジョヴァンニ・ボッカッチョ
作曲:フランツ・フォン・スッペ
台本/訳詞/演出:角岳史
<   キャスト  >
押川浩士:ボッカッチョ
三宅理恵:フィアメッタ
小貫岩夫:ピエトロ
里中トヨコ:ベアトリーチェ
小栗純一;ランベルトゥッチョ
小仁所伴紀:レオネット
(演奏)
東京オペレッタ劇場アンサンブル
内藤歌子(ヴァイオリン)
野間美希(ピアノ)

イタリア・フィレンツェの街は守護聖人のお祭りの真最中。
ピサへ仕事に出かけていた樽職人のランベルトゥッチョが故郷のフィレンツェに戻ってくれば、女房のベアトリーチェは他の男との浮気の真っ最中だったが、何とかその場を切り抜ける。
その様子を見ていたのが、世の中のスキャンダルを面白おかしく小説に仕立てる人気作家のボッカッチョ。彼の書く小説の世界にあこがれるパレルモの王子ピエトロと出会い、弟子にしてくれとせがまれる。
そんなボッカッチョも、ランベルトゥッチョの一人娘フィアメッタと出会い、恋に落ちる。だがフィアメッタに隠された秘密があった。
一方、ピエトロはベアトリーチェにぞっこん。
怒り狂うランベルトゥッチョを出し抜いて、それぞれの恋は成就するのか・・・。

オペレッタといのは今までに何度か観たが、今回は大正時代に一世を風靡した浅草オペラのオペレッタを観劇。
時は大正デモクラシーの時代、浅草オペラはロシア革命が起きて騒然とした1917年に勃興、関東大震災の1923年に終焉する。
遠い昔のことではあるが、浅草オペラを代表する作品『ボッカッチョ』の中で唄われた「ベアトリ姐ちゃん」や「恋はやさし野辺の花よ」はその後も長く愛唱されてきて、皆さんも一度は耳にされたことがあるだろう。

そんな懐かし浅草オペラ。
歌と踊りと笑いに包まれた舞台はとにかく楽しい。
当時の若者の西欧への憧れや、旧弊にとらわれない新しい倫理観への希求が根底にあったのだろう。
息苦しい明治時代から解放されたかのような大正の「モボ」や「モガ」、「ペラゴロ」 たちの息遣いが聞こえてくるようだった。

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2017/08/22

池袋演芸場8月下席・初日(2017/8/21)

池袋演芸場8月下席昼の部・初日

前座・林家たま平『道灌』
<   番組   >
柳家小はぜ『富士詣り』
春風亭三朝『芋俵』
蜃気楼龍玉『強情灸』
林家楽一『紙切り』
八光亭春輔『権兵衛狸』
林家正蔵『夢八』
―仲入り―
桂三木男『崇徳院』
林家鉄平『寄合酒』
柳貴家小雪『太神楽』
柳家三三『磯の鮑』

池袋演芸場には下席の昼の部に来る時が多い。夜の部が特別興行のため昼夜入れ替え無しであり、午後2時から始まって5時に終わる、理想的な時間なのだ。
昼食を終えて家を出て小屋に入り、終演後は近所の飲食店を利用してもいいし、家に帰って夕食でもいい。
また、公演時間が3時間というのも丁度いい長さだ。

仲入りで上がった正蔵が、この芝居の顔づけは5月に行ったが、ノンビリと聴ける人を集めたと言っていた。お客が緊張するような噺家や、やたらギャグを入れて客席を爆笑させるような人は(誰のことかな、一之輔?)避けたそうだ。
昼下がりにボーッとしながら、時にはウトウトしながら過ごす、そういう番組となった。

小はぜ『富士詣り』
信仰としての富士登山、今と違って下から登るので5合目に着いた頃にはクタクタ。辺りも暗くなり、先達から「これは、一行の中に五戒を犯した者がいるから、山の神さまのお怒りに触れたんだ。一人一人懺悔(ざんげ)をしなくちゃいけねえ」と脅され、長屋の連中が一人一人告白を始める。
仏教でいう五戒とは、在家の信者が守るべきことがらで、次の5つだ。
1.不殺生戒(ふせっしょうかい) 
生き物を殺してはいけない。
2.不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
他人のものを盗んではいけない。
3.不邪淫戒(ふじゃいんかい)
自分の妻(または夫)以外と交わってはいけない。
4.不妄語戒(ふもうごかい)
うそをついてはいけない。
5.不飲酒戒(ふおんじゅかい)
酒を飲んではいけない
こりゃ、出家した坊さんでも無理だわ。
とにかく、交代で懺悔を始めるが、最後の熊さんは不邪淫戒。人妻といい仲になった経緯を詳しく語りだす。
相手の女房っていうのはどこの誰だと問い詰める先達に、熊は「あんたのお上さん」でサゲ。
最近では権太楼の音源がCDで市販されているが、珍しい噺といえる。
こうしたネタに挑戦する意気は買いたい。

三朝『芋俵』
よく纏まっていたが、もうちょっとこの人「らしさ」が欲しいところ。

龍玉『強情灸』
唯一の熱演で、古今亭のお家芸を披露していた。

楽一『紙切り』
この日のユルイ雰囲気にピッタリ。

春輔『権兵衛狸』
2度目だが、彦六譲りかと思える唄い調子風な語りと、この民話風のストーリーが良く合っていた。
一席終えた後の『かっぽれ』、真に結構でした。
この人、寄席に出る頻度が少ないのは何故だろう?

正蔵『夢八』
近ごろ風格のようなものが身についてきた。
上方ネタだが、最近は東京の高座でも演じる人が増えてきた。
正蔵の高座は全体にあっさりと演じていて、これはこれで東京風で良かった。

三木男『崇徳院』
久々に見たが、以前のトッポさが消えて真剣な姿勢は感じられた。やはり真打と三木助襲名への意気込みだろうか。
持ち時間の関係もあったのか分からないが、もう少しゆっくりと喋った方がこのネタには効果的だろう。

鉄平『寄合酒』
終盤で、与太郎が原っぱから味噌を拾ってくるのを忘れていて、慌てて付け加えていた。「なんか足りないと思ってた」で場内爆笑。ここが一番笑えた。こういうユルサもご愛嬌か。

小雪『太神楽』
小柄な女性が座ったままで演じるので、父性愛本能をくすぐるね。

三三『磯の鮑』
前の太神楽の紙吹雪の跡片付けで、前座が二度も高座に上がり、出番の調子がやや崩されていたが、前方の鉄平のミスや前座の慌てぶりもちゃんとフォローして本題へ。
ストーリーは先日紹介したばかりだから割愛する。
三三の良さは、場の空気を読むことが巧みな点だ。
テンポの良さも強みで、このネタに登場する与太郎の造形は三三ならではだ。

時々ウツラウツラしたので、間違いがあったらご容赦を。

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2017/08/20

#2月亭可朝独演会(2017/8/19) 

第2回「可朝のハナシ」 
日時:2017年8月19日(土)13時
会場:お江戸日本橋亭  
<   番組   >
前座・笑福亭茶光『寄合酒』
マグナム小林『ヴァイオリン漫談』
月亭可朝『鰻屋』
~仲入り~
月亭可朝&せんだみつお『対談』
笑福亭喬若『手水廻し』
月亭可朝『算段の平兵衛』

月亭可朝、桂米朝の惣領弟子にして月亭一門の総帥。いつ人間国宝になっても可笑しくないキャリアだが、絶対になりませんね。そこがいいんです。
主な経歴を紹介する。
1958年 3代目林家染丸に入門し、林家染奴。だが同年に破門。
1958年 3代目桂米朝の弟子となり、2代目桂小米朝。
1968年 初代月亭可朝を襲名。今日に至る。

せんだみつおとの対談で、最初の師匠をしくじったのは女性問題。師匠が可愛がっていた芸妓に誘われて部屋に上がって一晩過ごした。翌朝、朝食の買い物に出かけた彼女の後を歩いていたら、師匠とパッタリで、即破門。
しかし、その芸妓とは何のやましい事はなく、破門は厳しすぎるということで米朝に拾われ、弟子入りした。
せっかく弟子になったので小米朝を名乗りたいと申し出たら(「小米朝」は字画が、3,6,12と倍々になっていて縁起がいいと易者に勧められたのが理由)、米朝から弟子が自分の名をつける奴があるかと叱られた。傍にいたお上さんが、本人がこれだけ欲しがってるんだからと後押ししてくれて、望み通り小米朝に決まったという。

この他には、可朝が馬券で大当りして100万円近い金を得た。さて何に使おうかと車の中で思案していたら、仏壇屋が目にとまった。そうだ、仏壇を買おうと有り金はたいて仏壇を購入。サービスに大きな蝋燭を付けてくれた。
仏壇にお灯明をあげるのでその蝋燭を使ったが、大き過ぎて仏壇に火がまわり、そのため自宅が全焼してしまった。
可朝は病院に見舞いに行っていたら、仲間から「あんたの家が火事や」と電話があった。たまたまその日が4月1日で、てっきりエイプリルフールの冗談だと思った可朝は、「そう、いま家を燃やしてるねん」と平然としていた。

とにかく可朝はエピソードには事欠かない人で(かつて米朝が「あいつの話しを始めたら一席では足らん」と語っていた)、まるで落語の登場人物のような人生だ。

可朝『鰻屋』
マクラでいきなり政治談議。北朝鮮の金正恩が過激な言葉をはいているのは、臆病だからだ。日本へミサイルを撃ち込むなんて有り得ないと。
最初の師匠・3代目染丸直伝のネタ。
軽い噺だが、見せ場である鰻を追っていく様子を、鰻の頭に見立てた親指をにゅるにゅると突き出し、慌ててもう一方の手でそれを掴む。今度はその手から親指をにゅるにゅる出してまた反対の手で掴み・・・と、これを繰り返しながらふらふらと「鰻を追って」行く所作で会場を沸かせていた。

月亭可朝&せんだみつお『対談』
当初の予定にはなかったが、可朝のファンであるせんだが飛び入りで参加、二人の対談となった。
不倫して何が悪いと二人で盛り上がっていたが、芸能人の不倫が騒がれ出したのは、いつ頃からだろうか。不倫しようがされようが、当人たちが承知ならなんの問題もない。不承知なら関係者同士で話し合えば済むことで、周囲の人間が口出しする様な問題ではない
なんか近ごろは歪な道徳観が蔓延している。
昔の有名人たちのアブナイ話も色々と出ていた。

喬若『手水廻し』
三喬の弟子。マクラからリズムに乗り切れず、ネタに入っても今一つだった。雀々のこのネタでは腹を抱えて笑えたのだが。

可朝『算段の平兵衛』
師匠・米朝の直伝。
誤って庄屋を死なせてしまった平兵衛だが、その死を他人に押し付けながら相談に乗るふりをして謝礼をせしめ、最後は庄屋の死を事故死に見せかけ丸く収めてしまう。
通常はここで終わらせるが、可朝はさらに続ける。
近所に住む按摩・徳の市が、どこからか真相を聞きつけて、平兵衛を繰り返し脅しては金をせしめる。
いつしかこの事が役人の耳に入り、平兵衛は捕縛され厳しい取り調べを受ける。
瀕死の状態になった平兵衛の目の前に役人の袖からこぼれた銀貨が。
金に目がくらんだ平兵衛、「私がやりました」と白状する。
この終わり方は、可朝独特のものではなかろうか。
米朝の高座では、平兵衛をどこか憎めない人物に描き、陰惨なストーリーを明るく描いていた。
対する可朝の高座は端正な語りで、ドロドロとした人間の業をさらけ出す様な演じ方だった。

来年80歳を迎える可朝、まだまだ元気です。

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2017/08/19

古今亭志ん橋一門会(2017/8/18)

「古今亭志ん橋もうすぐ芸道50周年~志ん橋一門勢揃い~」
日時:2017年8月18日(金)18:45
会場:日本橋社会教育会館ホール
<   番組   >
古今亭志ん松『元犬』
古今亭志ん陽『夏泥』
古今亭志ん好『鰻屋』
古今亭志ん八『粗忽長屋』
~仲入~
志ん丸・志ん吉『茶番 忠臣蔵五段目・山崎街道』
古今亭志ん橋『火焔太鼓』
(全てネタ出し)

志ん橋一門全員が顔を揃えるのは初めてとのこと。師匠のもうすぐ芸道50周年(実際は48周年)を機に一門会を開いた。
気が付けば、と言っては失礼だが、志ん橋門下は多彩な顔触れがそろっている。
弟子の中で古今亭志ん陽(志ん朝最後の弟子)、志ん好、志ん八は、亡くなった志ん五門下からの移籍で、他の3人は直弟子。
このうち、志ん八は9月下席から真打に昇進し、2代目志ん五を襲名する。
前の席に「うなじ」の綺麗な女性がいた。アタシは女性のパーツとして最も重要視しているのは「うなじ」なので、もう気になってしょうがない。
だから、あんまり落語に集中できなかった。

志ん松『元犬』、もしかして初見。一門の末弟。爽やかな感じで好感が持てる。軽いネタを丁寧に演じていた。

志ん陽『夏泥』、したたかな長屋の男と、気のいい泥棒との対比をくっきりと描き好演。
決して器用な人ではないし、客におもねるタイプではないので、人気はいま一つの感がある。
しかし、いずれこの人は化けると、そう信じている。

志ん好『鰻屋』、別名『素人鰻』だが、8代目文楽が十八番としていた同名のネタと混乱するので、このタイトルにしたのだろう。
客の若い衆と鰻屋の主人との掛け合いは良く出来ていたが、最大の見せ場である握った手から鰻がにゅるにゅると逃げ出す所作が見られなかった。もしかすると、そういう演出なのかな。

志ん八『粗忽長屋』、この人のトボケタ風情が、ネタのシュールさを一層増していた。最近聴いたこのネタの中ではベストと言ってよい。

志ん丸・志ん吉『茶番・・・』だが、落語ばかり続くとお客に負担がかかるからという趣旨らしいが、ここは落語で良かったのでは。
個人的には志ん吉の高座を楽しみにしていたので、ちょっとガッカリ。

志ん橋『火焔太鼓』、この人の高座は久々だった。アタシとは同じ年だが、志ん橋はアタシが物心がついた頃から風貌があまり変わっていない。
マクラからサゲまで大師匠志ん生の演出そのままだったっが、道具屋夫婦が醸し出す味わいはさすがだ。このネタは、やはり演者に年季が要るのだ。

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2017/08/16

夢一夜「一之輔・夢丸二人会」(2017/8/15)

「真夏の夢一夜~一之輔・夢丸二人会~」

日時:2017年8月15日(火)18:45
会場:日本橋社会教育会館ホール
<   番組   >
前座・春風亭きいち『湯屋番』
三笑亭夢丸『旅行日記』
春風亭一之輔『藪入り』
~仲入り~
春風亭一之輔『代書屋』
三笑亭夢丸『小桜』

9年目をむかえたこの会。
お盆の日に開催ということで「真夏の夢一夜」と銘打った「一之輔・夢丸二人会」、4席の演目を創作落語(既に古典になりつつあるものも含め)で揃えた。
趣向でこうなったのか、結果としてこうなったのかは分からない。

きいち『湯屋番』
才気走った前座だと思ったら、一之輔の弟子だ。納得。

夢丸『旅行日記』
紙切りの初代林家正楽の新作で、5代目今輔の十八番。
最近では昨年亡くなった柳家喜多八が得意としていて、寄席の浅い出番などでよく掛けていた。
この宿の料理が美味いからと友人を連れて来たは良いが、5年前のは死んだ鶏を、3年前のは豚コレラで死んだ豚を料理したものだと宿の主から聞かされビックリ仰天。友人が即刻ここを出ようというので理由を訊くと、奥の部屋でこの家の婆さんが患って唸っていたで、サゲ。
夢丸の高座は、宿の主人のトボケタ味わいが出ていて、テンポも良かった。

一之輔『藪入り』
明治期に初代小せんが作った『鼠の懸賞』を、3代目金馬が人情噺風に改作し今の形になった。
アタシはどうも儒教色や宗教色の強い噺は苦手で、このネタをあまり好まない。
一之輔の高座は、そうした色を薄くしていたし、お涙頂戴風な箇所も軽く流していて、良かった。
この日も膝の痛みの関係で釈台を置いての高座だったが、使っているのが釈台だけに、段々「板についてきた」ようだ。

一之輔『代書屋』
4代目桂米團治の昭和10年の作。
2日続けて同じネタ、この人にはよくあることだが、少し内容を変えていた。前日あれだけ受けていたのだが、男の職歴を一つ増やしていたのと、代書屋が小岩の出身であることが付加されていた。
このネタは釈台が合うので、今後も各所で演じられるだろう。

夢丸『小桜』
初代夢丸の「夢丸新江戸噺」で、公募から選ばれた作品。当代は今年ネタ下ろしした様だ。
道楽がこうじて勘当になった若旦那。通い詰めた相手の花魁・小桜、今は亡くなっていて幽霊になっているが、その幽霊と所帯を持つことになる。
若旦那は店の金を使い込んでいて、借金が返せれば勘当は解かれるのだ。
ある日、身投げしようとする娘を助けると謝礼が貰えた。これで金を貯めようと、幽霊の小桜の力を借りて、せっせと身投げを見つけては謝礼をせしめる。
もう少しで借金が返せるところまで来たが、今度の相手は金がなくて身投げしようという男。仕方なく、若旦那は有り金をはたいて男に渡してしまう。
その事が本家に伝わり、無事勘当が解けるが、幽霊の小桜は去っていってしまう。
熱演だったが、もう少し語りに情緒が欲しいと思った。

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2017/08/15

#7東京四派精鋭そろい踏みの会(2017/8/14)

第七回「東京四派精鋭そろい踏みの会」
日時:2017年8月14日(月)14:00
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<   番組   >
前座・三遊亭じゃんけん『子ほめ』
春風亭一之輔『代書屋』
林家木久蔵『看板のピン』
立川生志『お菊の皿』
~仲入り~
三遊亭兼好『粗忽長屋』
三遊亭遊雀『蛙茶番』
『大喜利』下手から司会の生志、兼好、一之輔、木久蔵、遊雀

毎年、この時期恒例の四派精鋭(+α)の会。今年も賑々しく開催。
4人の演者(木久蔵の時は寝ていた)それぞれに面白かった。

ベストは兼好『粗忽長屋』。
熊のアイデンティティの喪失ぶりと、行き倒れの監視をしている中に醒めた人物を配していたのが効果的だった。

一之輔が左足の膝を痛めていて正座ができず、この日は釈台を置いての高座だった。
座って演じる落語家にとって、膝と腰に痛みは職業病のようだ。痛みを抱えている人は座布団に座るときと立つときに変な恰好をするので、直ぐ分かる。
噺家は修業の一つとして踊りを習ったりするが、あれが腰や膝の病の予防に効果的なのでは。
高座の座布団に綺麗に座ったり立ったりするのも芸のうち。
話芸を磨くのも大事だが、そうした鍛錬も大事だ。
ネタは、どうやら権太楼がベースの様だが、例によって他の人にいいとこを採り入れ、自身のギャグを加えて仕上げていた。

生志は、マクラの時事放談が相変わらず愉快だ。稲田朋美の防衛相離任式をとりあげていたが、一体どのツラ下げてと言いたくなる。まさに鉄面皮である。

遊雀は、バレ噺を楽しそうに演じていた。吉公のイチモツを見せられた海苔屋の婆さんのセリフ、「死んだ亭主のものより立派」が可笑しかった。

『大喜利』もくだらないと言ってしまえばそれまでだが、これはお遊びだからね。

今日はこの辺で。

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2017/08/13

ヤクザのヒーローはみな幕末の人間だった「博徒の幕末維新」

高橋敏「博徒の幕末維新」 (ちくま新書2004/2/6初版)
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当ブログで、2015年に”「吉良の仁吉」を知ってますか?”という記事を書いたところ、予想外にアクセスを集めている。日によっては100を超え、毎月のアクセス数ではTOP10の常連になっている。
仁吉は私たちの年代(特に男性)にはお馴染みだが、今の世代の人たちには知られていない。同時に、どんな人物なのか、興味は持たれているようだ。
吉良仁吉は「清水次郎長伝」に出てくるが、実は次郎長も、その敵役である黒駒勝蔵も、国定忠治も、「天保水滸伝」の勢力富五郎も、私たちがよく知っているヤクザ(博徒)は全て幕末に活躍した人物ばかりだ。
時代背景が描かれていないが、数多い股旅ものの主人公たちも、みな幕末の人間だったに違いない。
座頭市だって、映画の第一作で飯岡助五郎一家に草鞋を脱いでいるので、やはり設定は幕末だったということになる。
では、なぜ幕末にこれだけ多くのヤクザが活躍できたのか。言い換えれば、なぜ幕末に彼らが必要とされていたかを解き明かしているのが高橋敏「博徒の幕末維新」 である。

嘉永6年(1853)6月8日深夜、伊豆七島の流刑の島新島から、七人の流人が島抜けを敢行した。そのリーダーが、清水次郎長の敵方として知られる甲州博徒の巨魁、竹居安五郎(通称は吃安(どもやす)、安五郎は吃音のくせがありこう呼ばれた)である。
この時期には、ペリー提督率いる黒船が伊豆近海にあらわれた直後であり、その警備に手を取られ新島を管轄していた韮山代官江川英龍も島抜けを見逃がしてしまった。
しかし、島抜けに一度は成功しても大半はその後捕縛され、処刑される運命にあった。この時も、安五郎を除く6人は間もなく捕まってしまう。
ところが、ひとり安五郎のみが伊豆から甲州まで逃げ帰り、子分の黒駒勝蔵と再会を果たしている。
本書は、先ずこの謎に挑んでいる。

一つには、幕末の時代には幕府の権力が弱まり、治安の一部を博徒の親分に任せるしかなかった。いわゆる「二足の草鞋」である。
もう一つは、この年にペリー艦隊に対抗し江戸の直接防衛のために、幕府は伊豆韮山代官の江川英龍に命じて、洋式の海上砲台を建設させた。工事は急ピッチで進められ、1854年にペリーが2度目の来航をするまでに砲台の一部は完成した。
この工事には膨大な人出が要る。多数の土木作業員を一気に集め、それらを管理監督させるには、やはり博徒の親分の力が必要だったのだ。
この砲台工事を請け負った親分が竹居安五郎と懇意だったため、幕府も彼を見逃すしかなかったのだ。

「武居の吃安 鬼より怖い どもっと吃れば 人を斬る」と恐れられていた安五郎は、甲州に戻って再び活動を続けるが、幕府側の謀(はかりごと)にあって殺されてしまう。
後を継いだ黒駒勝蔵は、利権をめぐって清水次郎長と暗闘を繰り返しながら、勢力を拡大してゆく。
しかし、幕末から明治維新という時代の波は、彼らにも容赦なく押し寄せてゆく。

こんな波を上手く泳いで切り抜けたのは次郎長だ。
対する勝蔵は次第に尊皇思想に傾いてゆき、幕府方から追われることになる。
次郎長が善玉、勝蔵が悪玉と私たちが刷り込まれてきたのは、この辺りの事情からだ。
やがて勝蔵は、官軍の先遣隊である赤報隊に入隊し、慶応4年(1868)には隊長にまで昇進する。
官軍は出来るだけ抵抗なく東に向かうために、赤報隊に年貢の半減を宣伝させる。効果は抜群で、どこでも官軍は歓迎されるが、元よりそんな政策を実現する気などない。都合が悪いと見るや、赤報隊をニセ官軍として、隊員たちを処刑してしまう。
勝蔵は、この件には連座しなかったが、別の不当な理由で捕らえられ、斬首される。
本書は、その背景について詳述している。
勝蔵の墓は、子分の大岩・小岩に挟まれて、故郷で静かに眠っているという。

本書は、彼らアウトローの幕末から明治維新にかけての運命を、歴史学的に位置づけた労作である。
一読する価値がある。

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2017/08/12

「江戸落語・上方落語聴き比べの会~上方編」(2017/8/11)

横浜にぎわい座 第五十四回 上方落語会「江戸落語・上方落語聴き比べの会~上方編」
日時:2017年8月11日(金)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<   番組   >
開口一番・林家愛染『動物園』
笑福亭べ瓶『いらち俥』
笑福亭三喬『蛇含草』
《仲入り》
桂米左『骨釣り』
桂塩鯛『百人坊主』

同じネタを江戸落語と上方落語とで聴き比べするという趣向の上方編。
7月1日に行われた東京編と比べ、結論からいえば上方の圧勝だ。ネタ自身の面白さに加え、演者の力量、演じう上での工夫といった総合力の強みだ。
4席全て楽しめた。
因みに、上方→東京のネタ比較は以下の通り。
「いらち俥」→「反対車」
「蛇含草」→「そば清」
「骨釣り」→「野ざらし」
「百人坊主」→「大山詣り」

べ瓶『いらち俥』
鶴瓶の弟子で、師匠が仕事の関係上東京を拠点としているので、当人も東京住まいとか。
上方の噺家で東京の拠点を移している人は他にもいるが、それだけ東京のマーケットサイズが大きいという事だろう。
マクラで、東京と大阪の人の気質の違いを語り、ここで客席を掴んでいた。
この日の4席の中では、東西の違いが最も少ない(「いらち」とは、落ち着きのないの意)。従って、見せ方やギャグもほぼ共通だ。
べ瓶は、韋駄天の寅が高速で走る様子を客の仕草で上手く見せて爆笑させていた。
演者の魅力として、話芸、演者の華(オーラ、明るさ、色気、サービス精神など)、その他に演者の勢いというのがある。
この日のべ瓶の高座は、その勢いで魅せていた。

三喬『蛇含草』
今秋、師匠の名跡である7代目笑福亭松喬を襲名する。
この人には数年前から注目していて、東京で公演がある時は選んで見て来たので襲名は嬉しい。師匠とはだいぶ芸風は違うが、新しい松喬を作り上げて欲しい。
『蛇含草』 は3代目桂三木助が得意としていたし(ナマの高座を見ている)、東京でも演じられるので、筋はご存知の方も多いだろう。
この噺は餅を焼きながら食べる仕草が中心で、曲食いも含めていかにリアルに、かつ美味そうに食べて見せるかが腕の見せ所だ。
上に放り上げた餅をキャッチして、阪神の下手な外野手じゃこうはいかないなどと言いながら、気持ち良さそうに演じて客席を沸かせていた。

米左『骨釣り』
初見だったが、師匠の芸を忠実に受け継いでいる印象を受けた。
幇間の繁八、若旦那のお供で木津川で魚釣りをしていると、骸骨を釣り上げてしまう。若旦那の勧めで骸骨を寺に手向け回向をしてもらう。その深夜、繁八の家を訪れる者がある。戸の隙間から中に入ってきたのは、昼間の骸骨の幽霊。
事情を聞けば、もとは大店の娘に生まれたが両親と死に別れ店も人手に渡り、親類からいやな縁談を押しつけられ、木津川に身を投げたのだという。今日で浮かぶことができたので、せめてものお礼にお寝間のお伽などという。幽霊のあまりの美しさに喜んだ繁八、盃を交わして二人夜通しする。
翌朝、隣室の喜いやんが繁八を訪れ昨夜の経緯を聞いて、魚釣りとはそんな得なことがあるのかと釣道具を揃え、大川へ骨つりに行く。
いくら釣っても魚ばかり、諦めかけて中洲に小便に行き芦をかき分け進むと、砂地の盛り上がっている所がある。見ると骸骨が半分地面から出ていた。喜いやんは早速骨を掘り出し、近所の寺で回向してもらう。
その夜、喜いやんは女がいま来るか来るかと待っていると、いきなりの大声。
「我、京都三条河原にて処刑され、五体はバラバラに切りほどかれ、流れ流れて大川の中洲に醜きむくろをさらす。あらありがたの今日のご回向。せめて御礼に参上なし、閏中のお伽なとつかまつらん。」
「いやや、いやや、わたい。あんたみたいな人のお伽。男同士で何すんねんな。しかし、ものすごい人やなあ。あんた一体、どなただんねん」
「石川五右衛門じゃ」
「ああ、それで釜割りに来たんか。」
でサゲ。
『野ざらし』では娘の代わりに幇間が来るが、こちらは石川五右衛門で、さらにギャップが大きい。
サゲが下品だが、こえもご愛嬌。
米左の口演は、ハメモノをバックにして、メリハリの利いた高座だった。

塩鯛『百人坊主』
前名の桂都丸時代に聴いているが、襲名後は初めて。
長屋では毎年恒例のお伊勢参りの準備にかかっているが、先達を務める寺の和尚が旅の途中で起きる喧嘩を嫌って今年は行かないと言い出す。
困った村人たちは相談の上、一行に「腹立てん講」と名付け、「もし腹を立てたら五貫文の罰金、そして所払いにされても文句は言えない」という決めごとをして和尚を説得し、ようやく出発。
先ず、大阪から三十石で京都に向かうが、船中で皆が一口ずつ飲む寝酒を源太という男がみんなの酒を勝手に飲んでしまう。
怒る仲間に源太は、怒れば罰金と所払いだと脅して、酔っぱらって寝込んでしまう。
渋々従ったが腹の虫が収まらない仲間たちは、その夜船で寝込んでいる源太の頭を剃りあげ、坊主にしてしまう。
翌朝、坊主にされたのを気が付いた源太は怒り狂うが、怒れば罰金と所払いだと聞いて黙り込む。源太は、坊主がお伊勢さんに行くと災いがあるからと、ここから引き返し自宅に戻ると言って、一行と別れる。
2日後に家に戻った源太は、伊勢参りに出かけた男たちの女房を寺に集めて、一行が近江八景の船見物に出かけて時化にあい船が転覆、全員が死亡し自分だけ助かった。これから仲間の回向のために高野山に上ると言って、坊主頭を見せる。
これを聞いた長屋の女房連中、亭主を弔いために私も私もと、全員が坊主頭になってしまう。
帰って来た亭主たちも最初は腹を立てたが、それならいっそ俺たちもと、終いには村人全員が坊主頭になる。
一人、髪の毛がフサフサしていた。誰かと思ったら、寺の和尚だった。
このネタだけは後半にやや無理があり、『大山詣り』の方がすっきりしている。
この噺では、源太が2日時間を潰してから帰宅し、船の遭難の作り話をするのだが、これは道理にかなっている。真っすぐ帰宅したなら、近江八景の船遊びと日程上の整合性が取れないからだ。
ここは逆に『大山詣り』の方が、無理がある。
塩鯛の高座は、当時の伊勢参りの風情や、源太の人物設定を中心に、面白く聴かせていた。

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2017/08/09

喬太郎の三題噺、お題は「輪廻転生・ダイビング・口内炎」(2017/8/8)

「鈴本演芸場8月上席夜の部・8日目」

前座・柳亭市若『転失気』
<   番組   >
翁家社中『太神楽曲芸』
柳家喬之助『置き泥』
喬太郎&喬之助『お題取り』
古今亭菊之丞『悋気の火の玉』
アサダ二世『奇術』
入船亭扇辰『麻のれん』
柳家三三『磯の鮑』
─仲入り─
ホンキートンク『漫才』
入船亭扇遊『狸賽』
林家二楽『紙切り』
柳家喬太郎『三題噺』

鈴本演芸場8月上席夜の部は、特別企画公演『柳家喬太郎 三題噺地獄』。
喬太郎が仲入り前に客席からお題を三つ貰って、そのお題を織り込んだ創作落語をトリで演じるという趣向。

以前のある落語会で喬太郎が、ミスしたお詫びと客席から6つのネタを出して貰い、『初天神―反対俥―粗忽長屋―黄金餅―らくだ―寝床』を即席でつなげ、1本の噺にまとめ上げたことがあった。「落語チャンチャカチャン」だ。
その才能に舌を巻いた経験があるので、彼にとってはそう難しいことではないのかも知れない。
だが、今回は約2時間で40分間という長講を作り上げねばならないから、けっこう難題だ。

こういう所には「落語通」は、先ずお出でにならないでしょう。「あざとい」かなんかで。
でも、落語にはこうした遊び心も必要なんです。
三題噺は江戸落語の祖といわれる初代三笑亭可楽が演じていたし、中興の祖である三遊亭圓朝もしばしば高座で演じ、いくつもの名作を残している。
10日間の前売りはだいぶ前に完売しており、アタシ同様のミーちゃんハーちゃん一杯集めてこの日も大勢の立ち見の出る盛況ぶり。

そうした企画なので、他の演者は割愛し、仲入りと三題噺の紹介だけに絞ることにする。

喬太郎&喬之助『お題取り』
お題のルールの説明があった。
①前に出たお題は使わない。昨日までの7日間で採用したお題・27ヶが一覧で示される。
②会場から先ず10のお題を出して貰う、1から10までの番号をふる。
③箱の中に1から10まで番号が書いてるボールが入っていて、そこから喬太郎が3つ引き当てる。
④番号に該当した三題がこの日のお題で、「輪廻転生・ダイビング・口内炎」。
⑤加えて、日替わりの仲入り(この日は三三)の出演者自身、あるいは演じるネタを採り入れる。だから正確には「四題噺」ということになろうか。

三三『磯の鮑』
熊が与太郎に、女郎買いは楽しんだ上に金が儲かるからと吹き込み、「女郎買いの師匠」を紹介すると言って紹介状を持たせる。
断られても諦めず粘れと命じられた与太郎。
元より「女郎買いの師匠」なんているわけがないが、相手の男も与太郎の熱心さと粘りに負け、吉原のしきたりや女の口説き方を与太郎に教える。
口説きのテクニックは、花魁に「お前は私を知るまいが、私はお前を知っている。前からあがろうあがろうと思ってやっとあがることができた。これが本当の磯の鮑(アワビ)の片思いだよ」と言って相手の膝をつねるというのだ。
勇躍、吉原に乗り込んだ与太郎は若い衆を振り切って2階に上がり、花魁の部屋に入って教わった通りに口説きに取り掛かる。
ところが最後の「磯の鮑」が出てこない。
「ああ、そうだ、ワサビ、伊豆のワサビの片思いだよ」と言って、花魁の膝を思いっきりつねる。
「おお、痛い、そんなにつねると涙が出る」
「えっ、涙が出る・・・今のワサビが効いたんだろう」でサゲ。
他愛ないストーリーだが、三三の高座は持ち前のスピード感と、脳の中の配線が狂って弾けてしまったような与太郎の造形の巧みさで、客席を爆笑させていた。
今や若手は、一と三の時代である。

喬太郎『三題噺』
学校寄席というのがあるが、近ごろではワークショップと称して、芸人が使途に教えたことを、期日になって生徒がその芸を披露するという企画があるそうだ。
ある高校に出向いた講談師が、地元に伝わるという物語を読みだす。
時は幕末、この藩でも黒船の襲来に備えて殿が家中の家来たちに水連の稽古を命じる。二人の若い武士が鍛錬に励むが、その内の一人がある娘と恋仲になっている。もう一人のその娘に横恋慕をしていて、付け文が元でこれが家中に広まる。
こうした事は時節柄好ましくないと、家老が二人に水連で決着せよと命じる。具体的は岬から飛び込み(「ダイビング」)、沖の岩まで早く泳ぎついた者が勝者となり、娘を嫁にできるという。
二人の侍は海に飛びこみ岩を目指すが、娘を恋仲だった侍は海中に沈んだまま遂に上がって来なかった。
講談を初めて聴いた高校生たちは、話しの面白さと、自分たちの郷土にこんな言い伝えがあったことに感激する。
その中の男子は、ある女子と恋仲になって付き合っていたが、もう一人の男子がその女子に思いを寄せていて、このままでは「磯の鮑の片思い」に終わってしまう。この事がメールの誤信から噂が校内中に広まってしまう。
そこで先ほど聴いた講談を思い出し、郷土の言い伝えのこれこそ「輪廻転生」だと考えた二人は、学校のプールの飛び込み台からダイビングして、決着しようという事になった。
この騒ぎを聞きつけたかの講談師、「いや、あの話は嘘だった」と止めるが、二人は耳を貸そうとしないので・・・。
終いは「家老」と「過労」の地口でサゲた。
「口内炎」には苦労したようだが、他のお題と三三のネタ「磯の鮑」はそう不自然でなく噺の中に組み込まれていた。
江戸末期の武士の話しと高校生の文化活動を、男女3人の恋模様で連結させるという強引な試みだったが、短時間で良くまとめたと思う。
喬太郎の語る講談があまり上手くなかったのはご愛嬌。

今日8月9日、長崎原爆忌。

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2017/08/08

「丁寧」より「正直」な説明を

安倍首相は三語族だ。
「しっかり(と)」「緊張感を持って」「丁寧に(な)」の三語で、国会答弁などではこの三語を除くと、ほとんど意味のないことを語っている場合が多い。
特に近ごろは、「しっかりと緊張感を持って丁寧に説明してゆきたい」を連発している感がある。
各新大臣の会見でも、このフレーズを頻発していた。
しかし、大事なことは「正直に語る」ことであり、事実を隠蔽したり虚偽の答弁を「丁寧に」して貰っても意味がない。
多少ぞんざいでもいいから、何事も隠さず「正直な説明」こそ、いま求められている。

あの文書好きな官公庁が、大事な議事録や会議のメモを簡単に破棄することなど、あり得ない。
民間企業でも、相手の交渉については議事録やメモを残すことは常識だ。
契約交渉の場合、契約書の解釈について齟齬が生じることがあり、契約期間終了時までメモを残す。相手との話し合いがこじれた場合には、メモは解決のための有効な手段となるからだ。
まして官庁ならなおさらである。
いつまでも隠しておかないで、さっさと出しなさい。

「日本ファーストの会」とやらが設立されたらしい。
都議会選で躍進した味をしめて、いよいよ国政に進出するらしい。
だが、大量に当選者を出した「都民ファーストの会」は、未だ何も実績を残していない。数だけは揃えたが、海の者とも山の者ともつかぬ状況だ。
先日、毎日新聞が全都議を対象にアンケート調査を行ったが、「都民ファーストの会」所属都議は全員が「無回答」だっとと報じられている。どうやら本部の指示らしい。
主張や政策があって政党を結成するのであって、政党を作ってから政策を考えるというのは筋が通らぬ。

かつて泡の様に沢山の新党が生まれたが、大半は消滅するか、自民党など既成政党に呑み込まれてしまった。
その姿は、「日本ファーストの会」の未来を暗示しているかのようだ。

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2017/08/06

落語は趣味じゃない

他人から訊かれて返事に困る質問に「趣味はなんですか?」がある。
「そうですねぇ・・・、う~ん、特に・・無いですかね」なんてアイマイな答えになってしまう。
何かスポーツをやるわけじゃないし、絵をかいたり楽器をひくことも出来ない。
詩や短歌(啖呵なら切れるが)、俳句は、才能がないからダメ。
読書も、若い頃は趣味だといえたが、今はぜんぜん。

当ブログを読んでくださる方だと、落語が趣味では?と思われる向きもあるかもしれないが、これとて趣味とはほど遠い。
確かに寄席や落語会には出かけているが、それだけだ。
落語が趣味だという方を見ていると、落語関係の書籍や記事に目を通し、TVやラジオの演芸番組をチェックし、噺家のブログやホームページ、SNSで最新の情報を得たりされているが、私はやらない。
落語を中心とした月刊誌「東京かわら版」というのがあるが、一度も読んだことがない。
噺家と挨拶したこも、会話したこともない。
高座を離れた落語家には興味がない。
こうなると、落語が好きなのかどうかも疑わしい。
ただひたすら、ナマの高座を聴きにゆくのが好きなのだ。

別のブログで旅行記を書いているが、旅行も趣味とはいえない。
気が向いた時にアチコチ出かけるだけで、それが永年積みかさねてきたから回数だけは増えた。
旅行好きな人は、毎月のように出かける人も少なくない。
ツアーなどでご一緒する方のなかには、事前に行く先の情報を調べてくる方がいるが、私の場合はそうした準備は一切しない。
海外のツアーでは、テーマや目標を持って旅したり、珍しい品物をコレクションしたり、撮影した写真で個展を開いたりする方もいるが、そういう事にも無縁だ。

それでも落語会や芝居に行った感想やら旅行記をブログにアップしているのだから、強いていうならばブログが趣味ということにでもなろうか。

今日8月6日、広島原爆忌。

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2017/08/04

「正太郎・小辰 二人会」(2017/8/3)

「新・春に船」
日時:2017年8月3日(木)18:45
会場:内幸町ホール
<  番組  >
前座・春風亭朝太郎『一目上り』
春風亭正太郎『強情灸』
入船亭小辰『お初徳兵衛』*
~仲入り~
入船亭小辰『普段の袴』
春風亭正太郎『船徳』*
(*ネタ出し)

次代を担うであろう若手の二人会。
客の入りが悪い。
実力は十分だが、人気という点で未だこの会場を一杯にするには力が足りないということか。客の年齢層も高く、興行面では若い人をいかに惹きつけるかが課題だろう。
この会は毎回、中身は充実しているので、多くの方に足を運んでもらいたい。

前座の朝太郎『一目上り』、今秋二ツ目になるそうだ。達者だが、もっと語りにメリハリが欲しい。

正太郎『強情灸』
昼間に湯島周辺の商店街を対象に、落協恒例の謝楽祭のポスター貼りしたそうだ。喬太郎がアタマだったようだが、店に入ってゆくと「あんた、誰?」と訊かれるケースもあり、まだまだ落語を知らない人が多いんだなと。
喬太郎も、暑いのにご苦労なことだ。
このネタ、志ん生と先代小さんという大看板が得意としていたが、男が兄いの所へ来るまでの経緯が違う。志ん生の方は熱い灸をすえてきた男が自慢話をする所から始まるが、小さんの方は男が身体の具合が悪いからと自宅で灸をすえてきた所から始まる。
正太郎は、マクラの熱い湯に我慢しながら入る場面を含め、ほぼ志ん生の型だった。粋がっていた兄いが、熱さを我慢して苦悶する所が見せ場を正太郎は表情変化で見せていた。
この人は、顔の筋肉が良く動く。

小辰『お初徳兵衛』
この日、正太郎が後席で演じる『船徳』は、初代志ん生作の人情噺『お初徳兵衛浮名桟橋』を初代圓遊がパロディ化し1席にまとめたもの。
この日はオリジナルの噺とパロディ化した噺の両方が聴けるという趣向だ。
志ん生や息子の馬生が得意としていたが、小辰は雲助から伝わったのではと推察される。
先ず船頭になった徳が、まだ見習いの頃に猪牙舟で客をしくじったというエピソードを入れていた。
四万六千日の最中、油屋の九平次が得意先の天満屋とお初を連れて浅草観音にお参りをしようと徳の船で向かう。途中て天満屋が吉原で昼遊びをして夜は柳橋に繰り出そうと提案したことから、船を吉原近くにつけることになった。しかし、吉原に外の芸者を連れてゆくのはご法度。
仕方なくお初一人は柳橋へ戻ることになった。
一人船頭一人芸者は避けるのが習いだが、徳もお初も構わないということで、二人は柳橋に向かう。
途中、急な大雨になり仕方なく首尾の松の下で船をもやって雨宿りする。
船端で雨に濡れる徳を見て、お初は船中に招き入れる。
そこでお初の身の上話しが始まり、お初がまだ子供の頃に徳兵衛の長屋に住み、その頃から徳に憧れていた。
徳が柳橋で芸者と遊んでいると聞いたお初は、徳兵衛会いたさに柳橋の芸者になったこと、男嫌いで通っているのも徳兵衛に操を立ててのことだったなどが語られる。
そして、今日こそは思いを遂げてくれと徳に迫るお初(ウラヤマシイ!)。
そこで近くに落雷があり、思わずお初を抱きしめる徳兵衛・・・。
小辰の高座はしっとりとした味わいがあって、良い出来だった。お初の純でひたむきな風情も良かった。
惜しむらくは、お初にもっと色気があったらと。これはもう少し女性修業が必要なのかも。

小辰『普段の袴』
このネタ、近ごろでは一之輔がしばしば高座にかけていて、どうもその印象が強いので、小辰のような正規品を聴くと逆に新鮮に聞こえる。
真っ直ぐに語ってちゃんと笑いが取れるのが小辰の強み。
敢えて注文するとすれば、もう少し荒々しさというか若さが欲しい。あまりに納まりがが良すぎると、老成したような感じを受けるかも知れないからだ。

正太郎『船徳』
仲入りの小辰にあてつける様に思いっきり弾けた高座だった。
徳は新米のくせに、やたら恰好だけはつけたがる。竿を頭の上で振り回しながら左右交互に漕いでみたり、芸者を見つけると乙に気取ってみたり。
石垣に船をつけて客から叱られると逆ギレして居直り、反対に客を謝らせる。
とにかく傍若無人なのだ。
それでもどこか憎めないのは、正太郎自身のキャラのせいかも。
船中の二人の客の様子も上手に描いて好演。

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2017/08/01

「旗を高く掲げよ」(2017/7/31)

劇団青年座第227回公演「旗を高く掲げよ」
日時:2017年7月31日(月)14時
会場:青年座劇場
作=古川健(劇団チョコレートケーキ)
演出=黒岩亮
<   キャスト   >
ハロルド・ミュラー(夫) =石母田史朗
レナーテ・ミュラー(妻) =松熊つる松
リーザ・ミュラー(娘) =田上唯
コンラート・シュルツ(祖父) =山野史人
ロッテ(娘の友人) =市橋恵
ペーター・マイヤー(SSの友人) =豊田茂
バウワー(副官) =鹿野宗健
ヘルガ・シュヴァルツ(妻の友人) =渕野陽子
オットー・ワルター(ユダヤ人の友人) =嶋田翔平
ブルーノ・コッホ(障がい者の友人) =小豆畑雅一

題名の「旗を高く掲げよ」は、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)党歌名、当時はドイツの準国歌扱いだった。
物語は、ナチスドイツの時代。ユダヤ人に対する組織的暴力事件(水晶の夜)直後の1938年11月13日から、ベルリン陥落直前の1945年4月21日までのの期間。
ベルリンに暮らすミュラー家は夫妻とその娘、妻の父親の三世代4人家族。夫のハロルドは善良な教師でナチスの思想とは距離を置いている。妻のレナーテはヒトラーが政権奪取してから暮らし良くなったのでナチスに魅かれ、娘のリーザはナチスが主導するドイツ女子同盟に入り、父親のコンラートは自らの経験からナチスを嫌悪している。
1938年11月に起きた「水晶の夜」で店が壊され恐怖をおぼえたユダヤ人の知人オットーが、家族と共に米国に移住するからとハロルドに別れを告げに来る。
そんな時、幼なじみSS(ナチス親衛隊)のペーターが、ハロルドの専門知識を活かせる仕事があるとSS入隊を勧誘する。
当初は気乗りがしなかったハロルドだったが、ナチス支持者の妻レナーテに背中を押されてSSに入隊する。
実際にハロルドはSSで専門知識が活かされ、それが評価されて順調に出世してゆく。友人で教師のブルーノから専門書を借りるが、彼は左手に障害があり、ナチスが障碍者は役に立たぬからと抹殺される恐れがあるとハロルドに告げる。
しかし時代は大きく動いていた。
ヒトラーはポーランドを侵略して手にいれると、西部戦線で欧州各国を撃破し、遂にはソ連に侵攻する。
その裏で、ナチスはユダヤ人絶滅を実行に移し始める。
戦線の拡大とともに、ハロルドは専門分野から次第に政策の中枢にかかわる仕事に就くようになりナチスの歯車に組み込まれてゆく。妻のレナーテは友人のヘルガの忠告にも全く耳を貸さずナチスに傾倒してゆく。高校生になった娘のリーザはヒトラーに心酔してゆき、父親のコンラートはますますナチスへの嫌悪感を強めてゆく。
しかし、ドイツがロシアに敗れロシア軍がベルリンに迫る事態になると、一家の運命は大きく回転してゆくが・・・。

ヒトラー、ナチスという魔物が、いかに善良な市民や家庭の主婦、そして子どもたちまでもを呑み込んでゆき、その中で人々はどう動いていたかをテーマにした芝居だ。
知らず知らずのうちに加害者になっていった人々を通してナチズムの恐ろしさを描くという意欲的作品である。
特にエピローグを加えることにより、ナチスの様な魔物は見て見ぬふりをしたり、知っていながら知らなかったことにする様な私たちの中に潜んでいることを示していたのは、作品の厚みを増していた。
ナチスの教訓は、極めて今日的な課題である。
人物がやや類型的に流れていたことと、ベルリンでのミュラー夫妻の結末が安易に感じられたのは疵であるが、この作品の意義を傷つけるものではない。

公演は、8月6日まで。

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