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2017/10/08

三喬『らくだ』・喬太郎『双蝶々』(2017/10/7)

第23回「東西笑いの喬演」千穐楽
日時:2017年10月7日(土)18時
会場:国立演芸場
<  番組  >
『鼎談』山口一義、笑福亭三喬・柳家喬太郎
笑福亭三喬『らくだ』
~仲入り~
柳家喬太郎『双蝶々』

11年間、この会を主催して来られた「みほ企画」(代表・山口一義)だが、今回をもって終了となる。
こうした貴重な会がなくなるのはとても残念だし、続けて欲しいという要望もきっとあっただろうが、致し方ない。
落語会を継続的に主催するというのは、大変なご苦労があるのだろう。
今は感謝の言葉を申し上げるしかない。

明日から7代目・笑福亭松喬を襲名する三喬にとっても、この日が三喬としての最後の高座となる。
この日に掛けるネタは、大師匠・6代目松鶴、そして師匠だった6代目松喬の十八番だった『らくだ』。
対する喬太郎は、これまた大ネタの『双蝶々』の通し。

冒頭の『鼎談』で三喬が、永らく師匠の十八番である『らくだ』を演じて来なかったが、襲名を機にこのネタに取り組んだという。
稽古は弟弟子の笑福亭生喬からつけて貰ったとのこと。
師弟といっても芸風が全く異なるケースも多いが、襲名となると周囲からは先代の芸の継承が求められる。
襲名というのは挨拶回りや披露目だけでなく、そうした苦労もあるのだ。
司会の山口氏から、喬太郎さんの襲名は?と訊かれ、「師匠がまだ生きてますから」と切り返していた。この人が襲名するとなると談洲楼(柳亭)燕枝ぐらいしか思い浮かばない。長い間絶えていた大名跡だが、喬太郎か三三で復活させたらどうだろうか。

三喬『らくだ』
マクラで「らくだ」という綽名の由来の解説があった。
江戸時代、興行師が象を日本に連れてきて各地で興行をうった。象はあの巨大な体で色々な芸をするので人気が高く大当たり。
そこで、ラクダに目を付けた興行師が日本に連れてきてやはり興行をうったが、ただのそのそと歩き回るだけで何の芸当もない。散々の不評だった。
そこから、定職につかずただブラブラしている者を「らくだ」と称するようになったとか。
説得力のある説明だった。
このネタのタイトルはらくだだが、冒頭で既に死んでいるので活躍の場がない。主人公はらくだの兄貴分の弥猛(やたけた)の熊五郎と紙屑屋だ。
この熊五郎という男はやたら怖い。紙屑屋に月番を通して長屋から香典を集めるよう命じるが、断られたらドスを懐に一軒一軒回って歩くと脅す。
大家が酒と煮物の提供を拒むと、らくだの遺骸を紙屑屋に担がせて大家宅に乗り込み、自分はラクダを肩車にしながら足を動かし、紙屑屋にはラクダの腕を取らせて「かんかんのう」を踊らせる。
そうか、これは文楽のパロディなんだ。
以後は死人のかんかんのうを出すと、皆言うことをきく。それが紙屑屋にとって次第に快感になってゆく。
最初は熊五郎から強制的に飲まされる紙屑屋だが、飲むにつけ酔うにつけ次第に気持ちが大きくなり、先ず身の上話しを始める。
かつては表通りに一軒店を構えた身分だったのが大酒飲みが原因で没落し、裏長屋の貧乏暮らし。最初の女房は一人娘を置いて亡くなる。
仕方なく幼い娘を家に置いて商いに出かけるが、夕方になると娘が長屋の入口に待っていて、父親の姿を見つけると「お父ちゃん」と言って首っ玉に抱き着いてくる。
それで後添いを貰う事にしたが、継母にも拘わらず娘を実の子のようにかわいがってくれる。
毎晩帰ると遠くの酒屋まで女房を酒をかわせに行かせるが、雨風の強い晩に行くのを嫌がった。すると娘が替りに行くと言って飛び出し、全身ずぶ濡れになりながら徳利を抱えて戻ってきた。可哀そうだと思いながら、それでも酒はやめられないと嘆く。
見ると、目の前の熊五郎が肩を震わせ貰い泣きしてるではないか。紙屑屋は、
「あんたなぁ、言葉荒いけどな、あんたえぇ人やで。目ぇに情があるがな。」
この辺りから二人の立場が逆転してきて、
「こぉなったらわれも俺も兄弟分やないかい、気安ぅ兄貴、頼む、とゆえ。」
とまで言われる始末。
後半は、二人がらくだの遺骸を漬物桶に入れて担ぎ、火屋(火葬場)に向かう。
二人ともへべれけに酔っていたので、途中でつまずいてその隙にらくだの遺骸を落としてしまう。
気が付いて元に戻るが、途中で橋の袂に酔って寝ていた乞食坊主を間違えて桶に入れて火屋に着く。
そうとは知らぬオンボウが火の上に棺桶を乗せて焼き始める。
中で乞食坊主が熱いと言って騒ぎ出すと、
「おのれみたいなんはなぁ、大人しぃ焼かれてしまえッ」
「ここは、どこや?」
「ここは、千日の火屋じゃ」
「あぁ、ヒヤか、ヒヤでもえぇさかい、もぉ一杯くれ」
でサゲ。

三喬の高座は、紙屑屋と熊五郎の酒盛りの場面を中心に、二人の立場が次第に逆転してゆく過程を丁寧に描いて好演。
とりわけ紙屑屋の身の上話しの場面はしんみりと聴かせ、周囲に涙を拭く観客の姿も見えた。
社会の最下層に生きる人々の凄まじいばかりのエネルギーを感じさせていた先代松喬とは異なるが、スピーディでメリハリのある三喬の高座だった。

喬太郎『双蝶々』
「双蝶々」と書いて「じゅげむ」と読んでくれなどと、気楽な気持ちで聴いてと断ってからネタに。
ストーリーは、以前に書いたものをそのまま紹介する。
タイトルの「双蝶々」は芝居と同様で、登場人物の父親・長兵衛と倅・長吉の二人の「長」から名付けたもの。
棒手振り八百屋の長兵衛の倅・長吉は、小さいころから手に負えないワル。
継母のお光に小遣いをせびり、断られると大暴れ。酔って帰ってきた長兵衛には母親から虐められていると告げ口し、お光を殴らせる。
仲裁に入った大家が、長吉が普段から盗みをはたらいていると告げる。事実を知った父親は長吉を真っ当な人間にするため黒米問屋・山崎屋に奉公に出す。
奉公先で改心したかに見えた長吉だったが、十八のとき悪友と組んで盗みを働いているところを、不審に思って付けてきた番頭の権九郎に目撃されてしまう。
店に戻った番頭は長吉に盗みを白状させるが、主人には内緒にする代わりに、花魁を見受けする金五十両を主人の部屋から盗み出せと強要される。
まんまと金を盗み出すが小僧の定吉に見咎まれてしまい、その場で定吉を絞殺する。
約束の場所で長吉は番頭と出会うが、むざむざ金を渡すのが惜しくなり番頭を殺して奥州へ逐電する。
長兵衛夫婦は倅の悪事を知り、世間に顔向けが出来ないと長屋を転々とし、本所の裏長屋に越したころには、長兵衛は腰が立たない病になる。
貞女のお光はお百度詣りと偽って内緒で袖乞いをし、ようやく食い繋ぐ日々。
寒風吹きすさぶ中で袖を引いていると、一人の若い男が身の上を気の毒がり大金を恵んでくれる。
提灯の蝋燭の灯りで眼と眼を合せると、それが別れた長吉。今は石巻で魚屋を営んでいるが、一目父親に会いたくて江戸へ出てきていたのだ。
長吉はお光に連れられ父を見舞う。長吉は長年の親不孝を詫びて五十両という金を渡すが、長兵衛はそれよりきっぱりと悪事から足を洗えと諭す。
お互い言い争いになるが、長兵衛は最後は長吉をゆるし、涙ながらに今生の別れを告げる。
雪の降る中、長屋を去った長吉だったが、吾妻橋の手前で追手に取り囲まれ御用となる。

通常は後半の「雪の子別れ」で演じられることが多いが、この日は約1時間かけての長講で、「通し」で演じた。
全体の感想は、上手い人というのは何を演らしても上手いということだ。
声の強弱、高低からセリフの間、どれを採っても上手い!としか言い様がない。
殺しの凄惨な場面では固唾をのみ、父子の再会の場面では話に引き込まれた。
この噺は雲助やその一門、歌丸らが得意としているが、喬太郎の高座は彼らと比べても決して遜色のない出来だった。

三喬と喬太郎、共に渾身の高座を見せてくれた。

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コメント

さん喬が三語楼、喬太郎が金語楼に、と思っていたんですが。

投稿: 熊吉 | 2017/10/11 16:45

熊吉様
三語楼ですが、当代が4年前に襲名したばかりなので、これは難しいのでは。
金語楼は喜劇役者としては一流ですが、落語家としてはどうでしょうか。
三三は小三治を継ぐことになるでしょうが、喬太郎が襲名となればもっと大きな名前が要る気がします。

投稿: ほめ・く | 2017/10/11 22:08

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