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2017/12/25

師走四景(2017/12/23)

「師走四景」
日時:2017年12月23日(土)17時
会場:浅草見番
<  番組  >
柳家小里ん『提灯屋』
柳家小のぶ『芝浜』
~仲入り~
柳家小はん『二番煎じ』
柳家小満ん『富久』

「雲助蔵出し~さよなら公演~」に引き続き、「師走四景」へ。
前の会が終わったのが15時で、この会の開場が16時30分。ということは1時間半ほど時間を潰さねばならなかったのだが、これがいけない。
酒でも飲んでつなごうかと近所を歩いていたらラーメン屋があいていたのえ店内へ。餃子と野菜炒めを肴に燗酒を飲み始めたが、何せ一人だもんだから黙々と飲むしかないのだ。
会場に戻ると運よくソファ席があいていたので座ったまでは良かったが、途端に猛烈な眠気に襲われてしまった。
気が付けば前方の出番は終わっていて、小里んが上がる所で眼が覚めた。次に小のぶが登場したのだが、声が小さくて聞こえない。一所懸命耳を傾けている内に又もや寝てしまった。
そんな訳で3席だけの短い感想を。

小里ん『提灯屋』
先代小さんの独壇場だったが、その後何人かの高座を聴いたがなかなか満足のいくものに巡り合えなかった。
この日の小里んの高座は、小さんそのものだったと言って良い。
字の読めない連中が広告のチラシをお互いにおっつけっこしながら、どういう店かを連想し合うセリフに間がいい。
連中が提灯屋に謎かけの様な妙な家紋を注文し、書けないと提灯をタダで持って帰るのだが、提灯屋が次第に怒りをため込んで行く表情の変化が巧みだ。
小さん生き写しの様な風格を見せた小里んの高座だった。

小はん『二番煎じ』
前の会で雲助が演じたばかりのネタ。
客の大半は前からの居続けであることを考慮すれば、ネタの重複は避けねばならなかったのでは。
あるいは聞き比べという趣向だったのか。
雲助と異なり小はんの高座では火の回りを二班に分けるなど、通常の演じ方だった。拍子木や金棒などの鳴り物を省略していたのは、この人の型だろうか。
番小屋での宴会では、燗酒が待てず冷で飲みだす人が出てくるのは珍しい演じ方だ。
雲助の高座の残影が強すぎて、印象が薄くなってしまったきらいがある。

小満ん『富久』
前の師匠の十八番でありお馴染みのネタだが、小満んらしい工夫がいくつか見られた。
富籤を買った久蔵が千両当たったらと、妄想する場面を加えていた。幇間の足を洗って金物屋の店を開く。そうなうと女房を持たなくてはいけないので、どんな女がいいかなと。この場面を付け加えることにより、久蔵の千両富に対する思いが伝わってくる。
久蔵が旦那の家に駆け付け、出入りを許された後で、見舞客にその事を伝える時の嬉しそうな顔。本家から見舞いに届いた酒を飲みながら帳付けする久蔵の幸せそうな顔。こういう細かな点が表現できるかがこのネタの重要なポイントだ。
久蔵が長屋が火事だと浅草に戻る場面では、火事で避難してくる人たちと交差しながら進む情景が描かれる。
旦那が久蔵の仕事が再開できるようにと奉加帳を作り、それを持って歩いている内に富籤の会場である湯島天神に着くというのも、独自の解釈だろう。
ここから千両富が当たった喜び、富籤を焼失したと知った時の落胆、そして大神宮の神棚から千両富が出て来た時の爆発的な歓喜。禍福あざなえる縄のごとしを経て、大団円を迎える久蔵の悲喜を表現した見事な高座。
今年最後の落語に相応しい一席だった。

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コメント

『富久』は人世の縮図です。それは元より図式的ですが、久蔵という愛すべき人物によって、聴くに足るものになっています。
小満んは「あちたりこちたり」もそうですが、街中を移動する描写に長けています。江戸町案内という一面のあるこの噺もうまいでしょうねぇ。

投稿: 福 | 2017/12/26 07:21

福様
『富久』という噺は、年の瀬に贔屓をしくじり仕事も金もなかった久蔵が、火事を契機に旦那のお出入りが叶い、おまけに千両富まえ当たると言う縁起の良いストーリーです。
昔の庶民は年末にこの噺を聴いて、自らの夢を託したものと思われます。
小満んの高座も結構でした。

投稿: ほめ・く | 2017/12/26 17:24

近代文学は専ら社会や人生の暗い断面の剔抉を誠実とするものが多く、
一時期その傾向のものばかり読んでいたので、『富久』はかえって新鮮です。
おっしゃる通り歳末に相応しい縁起のよい噺で、庶民が久蔵に自己を託して歳神を迎える予祝という感じもあります。

投稿: 福 | 2017/12/27 06:53

福様
最後は縁起の良い結末を迎えるというストーリーだけに、売れない幇間である久蔵にリアリティが求まられると思います。
先代文楽が哀感を漂わせる演じ方だったのに対し、小満んの久蔵は楽観的な描き方でした。

投稿: ほめ・く | 2017/12/27 09:37

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