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2017/12/10

「大手町落語会~師走特別公演~」(2017/12/9)

第46回「大手町落語会~師走特別公演~」
日時:2017年12月9日(土)13時
会場:日経ホール
<  番組  >
前座・橘家門朗『雑排』
神田松之亟『谷風の人情相撲』
春風亭一之輔『茶の湯』
柳家さん喬『鼠穴』
~仲入り~
滝川鯉昇『千早ふる』
柳家権太楼『一人酒盛り』

年末恒例の大手町落語会。仲入りがさん喬、トリが権太楼という豪華版。
番組案内のチラシで主催者が今の大相撲騒動について書いていたせいか、相撲ネタが2本出ていた。

松之亟『谷風の人情相撲』
落語ではお馴染みの『佐野山』
前日の会でも感じたが、マクラが長すぎる欠点がある。落語じゃないんだから、講談はもっとあっさりと本題に入った方が良い。
短縮版だったが、程よくまとまっていた。
「八百長」とは言わず「人情相撲」。これから力士も「八百長だ!」と指弾されたら、「いいえ、人情相撲です」と答えればいい。

一之輔『茶の湯』
この人の『茶の湯』は二ツ目時代からを入れてもう10回近く聴いたことになる。
ご存知ない方に言っておきますが、一之輔も最初はちゃんと演ってましたよ。当初から隠居の孫店の3軒長屋での引っ越し騒動については省略したり簡略化したりしていたが、それ以外は普通の『茶の湯』だった。
それが次第に変形して、通り掛かりの人も拉致監禁して強制的に茶を飲ませる、そのリーダーが定吉という今の様な形になった。
ここまで戯画化してしまうと、もはや本来のネタの面白さは吹っ飛んでしまっている。
気になるのは、一之輔もあまり楽しそうに演じていないことだ。

さん喬『鼠穴』
仲入りにしては長講のネタを掛けた。
さん喬の欠点は、小説なら「書き過ぎ」である。筋の細部を自分なりの解釈で描き過ぎるのだ。
例えば、訪ねてきた竹次郎に兄が元手を渡した後で、帰り際にいったん竹次郎を呼び止める場面を置いている。
あるいは、商売に成功した竹次郎が兄に再会に向かう所で、土産代りに1両持って出ようとするのを番頭が「店の暖簾がございます」と言って3両持たせるシーンだ。
こういう所が余計だと思う。
落語は想像の芸である。噺家の喋りを聴きながらあ、客は頭の中で色々な事を想像してゆく。
そこをあまり細かく描き過ぎると、客としては想像したり解釈したりする余地が狭められてしまう。
冗長に感じてしまうのも、その辺りに原因があると思う。

鯉昇『千早ふる』
高座に上がると、会場は一気に鯉昇ワールドとなる。ちょっと落語協会を皮肉るご愛嬌も。
「ナイル川、ガンジス川、チグリスユーフラテス川、竜田川。これみんな外国人力士の名前だ」と言って、隠居は竜田川をモンゴル出身の相撲取りに仕立てる。
千早も神代も、南千住のクラブのホステスという。
荒唐無稽の様でいて、この噺の本来の面白さはそのまま生きている。
そこが一之輔の『茶の湯』との違いだ。

権太楼『一人酒盛り』
だからアタシは芸協の後に出るのが嫌なんですと、鯉昇にイヤ味。
噺家の酒癖をマクラに振って本題へ。但し、仲入りのさん喬が長すぎて、用意していたネタではなかった模様。
相変わらずの権太楼の世界で、決して悪い出来ではなかったが、呼ばれて来たのに酒にありつけず熊にいいように使われる留さんが、途中でブツブツ不満を言うのはどうだろうか。
熊さんが一方的にしゃべる中で、相手の留さんの苛立ちや怒りが自然に観客に伝わるというのが本来の形ではあるまいか。
そうする事によって、最後に留さんが怒りを爆発させ捨てゼリフを吐いて立ち去る場面が、より効果的になるのだと思う。

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コメント

豪華な顔付けですね。
多少の不満はあったようですが(笑)。
一之輔師と鯉昇師の違いはキャリアの差ですかね。

投稿: 蚤とり侍 | 2017/12/11 01:39

>荒唐無稽の様でいてこの噺本来の面白さ
伝統を現代に。
現代的要素を入れ込みながら陳腐になるのを防ぎ伝統を活性化する。ほどに配慮が要って難しいですねぇ。

投稿: 福 | 2017/12/11 07:00

蚤とり侍様
顔ぶれが豪華でも内容が充実しているとは限りません。権太楼ははじめ『文七元結』を予定したようですが、『鼠穴』と噺が付いてしまうのと時間が無くなったので、変更したようです。残念でした。

投稿: ほめ・く | 2017/12/11 09:03

福様
鯉昇の高座でいえば、千早や神代が南千住のホスデスという設定ですが、竜田川にとっては銀座のホステスに振られたんなら我慢できるが、南千住のホステスに振られたんではと落胆し、相撲取りを辞めてしまう。
結構、理屈に合ってるんです。オリジナルを変えるんでも、ちゃんと計算している。こういう所に鯉昇の工夫があります。

投稿: ほめ・く | 2017/12/11 09:15

一之輔はいずれ壁にぶつかると思います。
そこでどうするかが勝負ですね。
噺家も講釈師も我慢が大事かな。

投稿: 佐平次 | 2017/12/11 09:23

佐平次様
あんまり突き当たりまで行ってしまうと、前にも進めず後戻りも出来ない。かと言って、立ち止まるには不安定。
一之輔の『茶の湯』を観ていると、そんな気がします。

投稿: ほめ・く | 2017/12/11 11:21

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