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2017/12/30

「My演芸大賞2017」

2017年中に聴いた演芸の中から特に優れたものを選び、次のように各賞を決定した。
なお、今年は二ツ目を対象とした「奨励賞」と、他に「特別賞」を設けた。


【大賞】
該当なし

【優秀賞】
柳家小満ん『茶碗割』6/12人形町らくだ亭
春風亭一之輔『唐茄子屋政談』6/16鈴本㋅中席
笑福亭三喬『らくだ』10/7東西笑いの喬演
柳家喬太郎『双蝶々(通し)』 同上
五街道雲助『夜鷹そば屋』10/20国立10月中席

【奨励賞】
春風亭正太郎『厩火事』4/19春に船
柳亭小痴楽『磯の鮑』5/4芸協仲夏祭花形

【特別賞】
立花家橘之助『浮世節』12/19国立12月中席


<選評>
「大賞」が該当なしとなったが、例年に比べ決してレベルが低かったわけではない。傑出した高座がなかったのだ。
「優秀賞」5点もみな優れていたが、もう一つ決定打に欠けていた。

日頃から古典を愛すると言いながら、「優秀賞」のうち2点が新作になった。
小満ん『茶碗割』は、尾崎紅葉の短編小説を落語化したもの。
小満んは飄々とした語りでこの噺の面白さを引き出していて、やはり小満んの様な力量がないと、演ずることが難しいだろう。
雲助『夜鷹そば屋』は、有崎勉(柳家金語楼)作の『ラーメン屋』を演者自身が舞台を江戸の移し一席にしたもの。
オリジナルに比べて遥かにストーリーが自然で、聴いていてジーンと来るものがあった。
今年最も活躍が目立った落語家といえば、一之輔だ。もはや若手という範疇を大きく超えている。
『唐茄子屋政談』の様な長講を、寄席のトリで30分ほどに短縮していたが、内容に過不足なくまとめた手腕には驚かされる。叔父さんが若く感じられたというキズはあったが、他は申し分ない。
他に『鼠穴』『富久』でも、この手腕がいかんなく発揮されていた。
喬太郎『双蝶々(通し)』だが、落語会では専ら後半だけが演じられるケースが大半だが、この噺は前半で長吉を非道さが描かれないと面白さが伝わらない。
1時間に及ぶ長講を、間然とすることなく客席を引き込んだ喬太郎の芸の高さを示した一席だった。
三喬『らくだ』は、松喬襲名を翌日に控えた三喬としての最後の高座だった。
師匠の十八番のネタに挑んだ高座だったが、先代松喬が社会の最下層に生きる人たちを地べたを這うような語りで活写していたのに対し、三喬の高座は全体にスマートに仕上がっていた。
反面、屑屋がらくだの兄貴分に酒を飲みながら身の上話しをする場面では、周囲でも涙を流す客も多く見られ、師匠とは異なる『らくだ』の世界を作り上げていた。

「奨励賞」の二人は、いま最も注目している二ツ目だ。
正太郎『厩火事』では、髪結いの女房の心理変化を表情で巧みに表現していた。このネタに関しては既に真打クラスの実力を備えていると言ってよい。
小痴楽『磯の鮑』では、珍しいネタだったが、花魁に色気があった。与太郎とのチグハグな掛け合いもテンポが良かった。
他に「粗忽長屋」では、この噺のシュールな味を引き出していた。

「特別賞」は、今年二代立花家橘之助を襲名した、橘之助『浮世節』。
小圓歌の『三味線漫談』からの転換は、相当な苦労があったと察せられる。
高座で披露した『たぬき』では、久々に音曲で感動した。


さて、今年は本稿をもって終了とします。
ホ年も沢山の方々に拙ブログにお立ち寄り頂き、感謝いたします。
来年は1月10日前後に再開する予定です。

では皆さま、良いお年を!

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2017/12/28

「2017年演芸佳作選」の発表

今年の1月から12月末までに聴いた演芸のうち、優れたものを選んだ結果は下記の通り。
意識したわけではないが全体を通して見ると、東京と上方、そして東京も4派からなべて選出されている。
顔ぶれを見ても二ツ目の若手から中堅、ベテランと年代も広い。
演目はどうしても長講や大ネタ、珍しいネタ、トリネタに偏ってしまうが、軽いネタの中にもいくつか佳品があった。
演目の大半が古典なのは、管理人の好みによる。

この中から「My演芸大賞」の大賞1点と、優秀賞数点を選ばねばならないので、今年も頭が痛い。

記載は、演者・演目・開催日・会の名称 の順となっている。

桂吉弥『質屋芝居』1/15三三・吉弥二人会
三遊亭兼好『厄払い』1/21三遊亭兼好独演会
春風亭一之輔『三井の大黒』1/23吉坊・一之輔二人会
桂吉坊『けんげしゃ茶屋』   同上
八光亭春輔『松田加賀』1/24彦六由縁落語会
春風亭一朝『中村仲蔵』   同上
桃月庵白酒『甲府い』2/18ザ・桃月庵白酒
柳亭小痴楽『粗忽長屋』3/2三越きらめき寄席
五街道雲助『おせつ徳三郎(通し)』3/18雲助蔵出し
入船亭扇遊『花見の仇討ち』4/1名作落語の夕べ
春風亭正太郎『厩火事』4/19春に船
桂佐ん吉『佐野山』4/22花形演芸会
露の新治『人権落語(仮題)』4/23露の新治落語会
立川志の輔『宿屋の富』4/24立川志の輔独演会
柳亭小痴楽『磯の鮑』5/4芸協仲夏祭花形
笑福亭たま『ちしゃ医者』6/2花形演芸会 
柳家さん喬『雪の瀬川』6/5柳家さん喬大人の落語
五街道雲助『付き馬』6/12人形町らくだ亭
柳家小満ん『茶碗割』   同上
三笑亭茶楽『三方一両損』6/14国立㋅中席
春風亭一之輔『唐茄子屋政談』6/16鈴本㋅中席
柳亭左龍『名刀捨丸』6/29三三・左龍の会
桂米左『骨釣り』8/11名作落語の夕べ
月亭可朝『算段の平兵衛』8/19月亭可朝独演会
柳家権太楼『居残り佐平次』9/2ザ・柳家権太楼
柳家権太楼『幽霊の辻』   同上
古今亭志ん五『子は鎹』鈴本9月下席(2017/9/26)
林家正雀『真景累ヶ淵「水門前の場」』9/30国立名人会
笑福亭三喬『らくだ』10/7東西笑いの喬演
柳家喬太郎『双蝶々(通し)』 同上
桃月庵白酒『氏子中』10/13白酒・文菊二人会
五街道雲助『夜鷹そば屋』10/20国立10月中席
桂吉坊『そってん芝居』10/28三田落語会
柳家小里ん『一人酒盛』11/26国立名人会
柳家小満ん『三井の大黒』12/6小満ん夜会
三遊亭遊雀『文七元結』12/8神田松之丞の会
立花家橘之助『浮世節』12/19国立12月中席
五街道雲助『二番煎じ』12/23雲助蔵出し
柳家小満ん『富久』12/23師走四景

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2017/12/27

「田茂神家の一族」(2017/12/26)

東京ヴォードヴィルショー第71回公演『田茂神家の一族』【東京凱旋公演】
日時:2017年12月26日(火)14時
会場:紀伊國屋ホール
【作】三谷幸喜
【演出】山田和也 
【音楽・演奏】園田容子
【    主なキャスト    】
田茂神嘉右衛門(前村長)   /石倉三郎
  たか子(嘉右衛門の長男の妻)/あめくみちこ
    健二(嘉右衛門の次男)/佐渡稔
    三太(嘉右衛門の三男)/佐藤B作
    四郎(嘉右衛門の四男)/市川勇
    常吉(嘉右衛門の弟)  /石井愃一
    茂(嘉右衛門の弟の娘婿)/角野卓造
井口(三太の選挙コンサルタント)/まいど豊
【その他の出演】
たかはし等・山本ふじこ・瀬戸陽一朗・中田浄
市瀬理都子・京極圭・玉垣光彦
村田一晃・大迫右典・石川琴絵
小沼和・喜多村千尋・平田美穂子

2015年初演の三谷幸喜書き下ろし作品『田茂神家の一族』の再演。
舞台はある地方の人口わずか105人の村。
24年間村長をつとめた田茂神嘉右衛門が事故で重傷を負ったため村長選に出馬できず、後継者と見られた長男も事故死。
そこで急遽、嘉右衛門の息子たちや弟、長男の未亡人らが立候補することになった。そこに東京で学者をしていた嘉右衛門の弟の娘婿も候補に加わり乱戦となる。
誰が当選しても田茂神家だが、結果はこの一族の主導権にも拘わるので、みな必死だ。
この日は村民お相手に合同演説会とあって激しい論戦が展開されると思いきや、訴えるべき政策もないので、自然と相手候補のスキャンダルを暴き合うネガティブキャンペーン合戦の様相を呈する。
票読みでは次男と三男が拮抗していたが、そこに重傷だった筈の嘉右衛門が現れ、村長選に立つという。こうなると村内の企業との強いパイプを持つ前村長が圧倒的に優勢だ。
これに対抗するために、息子たちは連合し候補者調整を行って父親に対抗しようとする。
ここまで選挙の圏外と見られたいた学者の茂が、自らが開発したヒューマン・ヴァイマス・エネルギーを使った発電所をこの村に建設し、村おこしすると宣言する。
これで形成は一変し、茂が次期村長に決まりかかるが・・・。

政策より人的なつながりや利害で動きがちな地方選挙への揶揄や、戯曲が書かれた時期を考えれば民主党政権の誕生と、その後の自民党による政権奪取も織り込まれているようだ。
スキャンダル暴露合戦を通じて、一人一人の生活実体を浮かび上がらせるという手法は巧みだし、会場は大受けだった。

しかし、カーテンコールで佐藤B作語ったのは、福島出身の佐藤が三谷に福島を舞台にした作品を依頼したし、出来たのがこの「田茂神家の一族」だと。
そうなると、茂が村に持ち込もうとしたエネルギー政策とは原発だったことになり、茂は中央政府そのもだったことになる。
ドタバタ劇のように見えて、作者の深い意図が窺える芝居だ。

公演は28日まで。

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2017/12/25

師走四景(2017/12/23)

「師走四景」
日時:2017年12月23日(土)17時
会場:浅草見番
<  番組  >
柳家小里ん『提灯屋』
柳家小のぶ『芝浜』
~仲入り~
柳家小はん『二番煎じ』
柳家小満ん『富久』

「雲助蔵出し~さよなら公演~」に引き続き、「師走四景」へ。
前の会が終わったのが15時で、この会の開場が16時30分。ということは1時間半ほど時間を潰さねばならなかったのだが、これがいけない。
酒でも飲んでつなごうかと近所を歩いていたらラーメン屋があいていたのえ店内へ。餃子と野菜炒めを肴に燗酒を飲み始めたが、何せ一人だもんだから黙々と飲むしかないのだ。
会場に戻ると運よくソファ席があいていたので座ったまでは良かったが、途端に猛烈な眠気に襲われてしまった。
気が付けば前方の出番は終わっていて、小里んが上がる所で眼が覚めた。次に小のぶが登場したのだが、声が小さくて聞こえない。一所懸命耳を傾けている内に又もや寝てしまった。
そんな訳で3席だけの短い感想を。

小里ん『提灯屋』
先代小さんの独壇場だったが、その後何人かの高座を聴いたがなかなか満足のいくものに巡り合えなかった。
この日の小里んの高座は、小さんそのものだったと言って良い。
字の読めない連中が広告のチラシをお互いにおっつけっこしながら、どういう店かを連想し合うセリフに間がいい。
連中が提灯屋に謎かけの様な妙な家紋を注文し、書けないと提灯をタダで持って帰るのだが、提灯屋が次第に怒りをため込んで行く表情の変化が巧みだ。
小さん生き写しの様な風格を見せた小里んの高座だった。

小はん『二番煎じ』
前の会で雲助が演じたばかりのネタ。
客の大半は前からの居続けであることを考慮すれば、ネタの重複は避けねばならなかったのでは。
あるいは聞き比べという趣向だったのか。
雲助と異なり小はんの高座では火の回りを二班に分けるなど、通常の演じ方だった。拍子木や金棒などの鳴り物を省略していたのは、この人の型だろうか。
番小屋での宴会では、燗酒が待てず冷で飲みだす人が出てくるのは珍しい演じ方だ。
雲助の高座の残影が強すぎて、印象が薄くなってしまったきらいがある。

小満ん『富久』
前の師匠の十八番でありお馴染みのネタだが、小満んらしい工夫がいくつか見られた。
富籤を買った久蔵が千両当たったらと、妄想する場面を加えていた。幇間の足を洗って金物屋の店を開く。そうなうと女房を持たなくてはいけないので、どんな女がいいかなと。この場面を付け加えることにより、久蔵の千両富に対する思いが伝わってくる。
久蔵が旦那の家に駆け付け、出入りを許された後で、見舞客にその事を伝える時の嬉しそうな顔。本家から見舞いに届いた酒を飲みながら帳付けする久蔵の幸せそうな顔。こういう細かな点が表現できるかがこのネタの重要なポイントだ。
久蔵が長屋が火事だと浅草に戻る場面では、火事で避難してくる人たちと交差しながら進む情景が描かれる。
旦那が久蔵の仕事が再開できるようにと奉加帳を作り、それを持って歩いている内に富籤の会場である湯島天神に着くというのも、独自の解釈だろう。
ここから千両富が当たった喜び、富籤を焼失したと知った時の落胆、そして大神宮の神棚から千両富が出て来た時の爆発的な歓喜。禍福あざなえる縄のごとしを経て、大団円を迎える久蔵の悲喜を表現した見事な高座。
今年最後の落語に相応しい一席だった。

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「雲助蔵出し~さよなら公演~」(2017/12/23)

「雲助蔵出し ぞろぞろ~さよなら公演~」
日時:2017年12月23日(土)13時
会場:浅草見番

前座・柳家小多け『真田小僧』
柳家小はぜ『厄払い』
五街道雲助『二番煎じ』
~仲入り~
五街道雲助『鰍沢』

永らく続いた「雲助蔵出し」もこの日が最終公演とあって、会場は一杯の入り。
雲助本人の説明によれば、一度に長講2席に軽いネタ1席の3席を演じるのは体力的にきつくなったとのことで、主催者に内容の変更を申し出たとのこと。
来年からは他の人を仲入りに入れて、雲助は2席という構成の落語会に模様変えする。
会の名称は「雲助浅草ボロ市」となる。
どんな掘り出し物が出て来るかお楽しみというところ。

小はぜ『厄払い』、年末に相応しいネタで、グッドチョイス。師匠の仕込みが良いせいか、堅実な高座。

雲助『二番煎じ』
通常の演じ方とは大きく異なるのは、火の回りを二組に分けない。宗助だけを番小屋に残して火の番をさえ、他は揃って火の回りに出る。
関西弁の人を入れているのも特徴的だ。
「火の用心」という言葉は全員が発し、人によってはそれが謡になり、浪曲になり、新内になりと、正に芸競べの様相となる。
吉原で火の回りをしていたという辰つあんは当時の思い出を語りだし、火の回りの最中に昔の馴染みと再会する経緯を話し始める。
この女との後日談が番小屋に戻ってから続きで語れらえるのも、雲助独特の演出だと思う。
「火の用心、さっしゃりやしょう~」の掛け声も、向かい風の時と追い風の時では声の出し方が変わるという芸の細かさだ。
火の回りの際の表の寒さと、番小屋に戻って酒と猪鍋を囲む暖かさが鮮やかに対比されていた。
番小屋での宴会も、いかにも町内の旦那衆の寄り合いという雰囲気が醸し出されていた。これを若手が演じると、こうはいかない。
『二番煎じ』という噺の面白さ、魅力を再認識させられた見事な高座だった。

雲助『鰍沢』
マクラで、こmのネタは圓朝の三題噺として紹介されてきたが、どうやら黙阿弥作が有力だと言っていた。確かにストーリーが世話物風である。また黙阿弥作による後日談の様な『晦日の月の輪』という作品もあるようだから、やはり黙阿弥作と考えるのが順当だろう。
そうした解釈からか、雲助の演じ方は芝居の世話物風だった。
旅人にとってはかつて好きだった女との再会で心弾むところがあったが、一方のお熊はこの男を殺して大金をせしめようとする。
その両者の心理の交差が、この噺のテーマだ。
最後は、先代正蔵の芝居噺仕立てのセリフで締めた。

さよなら公演に相応しい、雲助渾身の二席だった。

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2017/12/23

喬太郎『掛取り』ほかin鈴本(2017/12/22)

鈴本演芸場年末特別企画興行「暮れの鈴本掛取り三昧」

前座・橘家門朗『元犬』
<  番組  >
柳家やなぎ『つる』
翁家社中『太神楽曲芸』  
柳亭こみち『熊の皮』
蜃気楼龍玉『強情灸』
ロケット団『漫才』
柳家小ゑん『長い夜』
春風亭一朝『片棒』
~仲入り~
林家楽一『紙切り』
橘家文蔵『時そば』
桃月庵白酒『新三十石』
立花家橘之助『浮世節』
柳家喬太郎『掛取り』

鈴本演芸場12月の特別企画として、様々な演者が交代で『掛取り』に挑むという趣向。
22日は喬太郎とあって、立ち見の出る盛況だった。
会場は程よい熱気に包まれいい雰囲気だった。

門朗『元犬』、ここ最近は前座というとこの人だ。あちこちで使われていると言う事は、上手いからか。いくら前座でもあまりに下手だと、雰囲気を壊してしまうからね。先日も「今朝ほど犬になりました」でサゲた酷いのがいた。

こみち『熊の皮』、もちろん改訂版で、オリジナルは女流ではやりにくいだろう。この人はあまり女性を感じさせない所が良い。

龍玉『強情灸』、古今亭の本寸法で演じた。この日はよkぅ受けていた。

ロケット団『漫才』、時事ネタも多く挟み、勢いのある舞台だった。一時、元気がないかなと心配していたのだが、すっかり脱した様だ。

小ゑん『長い夜』、空と大地の神様が人間社会を観察するというストーリーで、だいぶ前に創作したが、時々に風俗を織り込んで新しくしているようだ。ラップを披露したり、難しい芸術論を戦わせたりと、面白く聴かせていた。

一朝『片棒』、短縮版だったが、得意の囃子の口ぶりを聴かせ所にして、前半を締めた。

楽一『紙切り』、この日のお題は、シャンシャン、戌年、曲芸。最後のお題は小さな女の子からだった。

文蔵『時そば』、時間を間違えて楽屋入りが遅れていたようで、後から他の演者からイジラレテいた。二人目の男が蕎麦を不味そうに食う所が見せ場。

白酒『新三十石』、寄席で毎度お馴染みだが、初めてのお客も多かったようで、珍妙な浪曲が大受けだった。

橘之助『浮世節』、襲名披露が終わったばかりだが、すっかり橘之助が板に付いてきた。風格さえ感じる。

喬太郎『掛取り』、、本人によれば10年以上前に一度か二度、このネタを掛けた記憶がある程度で、この日は演者が楽しくお客は楽しめないという風に演ると宣言してネタに。
内容は、小ゑんが「喬太郎の掛取りなんて、どうせまともじゃないよ」と言っていた通り。
出だしは通常通りだったが、掛取りに来る人たちの趣味が異なる。
一人目は人情噺が好きという事で、相手が「たまりたまった掛を今日は払って貰うよ」と言うと、亭主が女形になって「お前さん、夢でも見たのかい」と切り返すと、ここから落語の『芝浜』のやり取りが始まる。お終いは相手が、「じゃ、行ってくらあ」と天秤を担いで出て行ってしまう。
こんな調子で二人目は、つかこうへい作『熱海殺人事件』の舞台の再現で追い返す。
三人目は寄席好きで、馬風、円丈、雲助の形態と声帯模写を。
四人目は、ウルトラセブン50周年を記念し、TV放送の最終回を再現して宇宙の彼方に飛んで行くで、終り。
いかにも喬太郎の趣味の世界で他愛ないと言えば他愛ないのだが、喬太郎ファンが多数の客席は大喜び。
ザッツ・エンターテイメントで、年末らしく賑々しく終幕。

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2017/12/20

立花家橘之助襲名披露in国立(2017/12/19)

国立演芸場12月中席・9日目

前座・橘家門朗『雑排』
<  番組  >
三遊亭わん丈『一目上り』
桂やまと『近日息子』
五明樓玉の輔『紙入れ』
翁家社中『曲芸』
三遊亭歌之介『竜馬伝』
三遊亭歌司『小言念仏』
      ―仲入り―
『襲名披露口上』下手より司会の玉の輔、駒三、橘之助、歌司、正蔵
金原亭駒三『親子酒』
林家正蔵『ぞろぞろ』
三遊亭小円歌改メ
二代立花家橘之助『浮世節』+『舞踊・道成寺より手毬』

50日間連続の立花家橘之助襲名披露興行もこの日で49日目、四十九日だ。
平日の昼にも拘わらず9分の入りは、国立演芸場には珍しい。
この日ぼ顔ぶれを見ても、落語協会全体がこの襲名をバックアップしている姿勢が窺えるし、それが客席にも反映しているのだと思う。

そこで思い出したのが、先日の「三代目桂小南襲名」の入りの悪さだ。
襲名興行にも拘わらず、芸術協会の役員クラスの出演はゼロだった。これでは組織としてに体を成していないと言われても仕方がなかろう。
国立の12月上席は芸協の芝居だったが、トリと仲入りの名を見て、この二人の数か月前の手抜き高座が頭に浮かび、行かなかった。
どっちかはちゃんと演れよ、と言いたい。先代の名が泣くぜ。
落語協会の芝居では、まずこう言うことは起きない。
これだから芸協はダメなんだ。
所属する人たち個々には優れた芸人も多いのだが、要は協会幹部の姿勢、指導に帰するのだと思う。

話が横道にそれたが、いつもの通り短い感想を。

わん丈『一目上り』、マクラがこの日の客にやたら受けていた。ネタはソツなくまとめる。

やまと『近日息子』、トリで橘之助の相方となって見事な囃子を披露していた。橘之助の披露公演の成功にはこの人の腕が欠かせなかった。ご苦労さま。

玉の輔『紙入れ』、いつもの様に軽くか~るく。浅い出番でホッと一息させる役割で、寄席にはなくてはならぬひと。

歌之介『竜馬伝』、この人が登場すると場内の雰囲気がガラリと変わる。得意のギャグ盛り沢山の地噺。真打になった時に師匠から名前をなににしたいかと訊かれたが、今なら即座に「圓歌です」と言えたのに、と言いながら扇子で額をポンと叩く。半分は本気かな。

歌司『小言念仏』、マクラで師匠の思い出をたっぷり語る。生前、最後に師匠から受けた言葉が「お前も老けたな」だったとか。このネタの小言部分については演者によって異なるが、歌司の高座では3代目金馬を踏襲していたようだ。

『襲名披露口上』では、この襲名を誰よりも待ち焦がれたいたのは師匠の圓歌だったと言う。50日間の興行が全て昼席だったのも、圓歌のためにスケジュールだったとか。「住吉踊り」のリーダーである駒三が、若手の踊りの稽古はみな橘之助が付けてくれたと言っていた。
音曲の芸人が減っているという点も話題にのぼっていたが、アタシもかねがね心配していた問題だ。理想的には「三味線+唄+踊り+トーク+色気」だが、なかなか養成するのが大変だろう。

駒三『親子酒』、もしかして初か。正攻法の高座という印象。

正蔵『ぞろぞろ』、神様が出雲で遊び呆けているうちに浅草にある稲荷が寂れてしまったとか、茶店の婆さんの代わりに幼い娘を登場させるなど、少し変わったストーリーにしていたが、ただ長くてつまらないというのが率直な感想だ。

橘之助『浮世節』
解説によれば、浮世節と言うのは音曲の様々なジャンルの良い所を寄せ集めたものとか。それだけに芸達者が求められることになる。
小圓歌時代は『三味線漫談』だったから、芸の種類が変わるわけだ。これはとても勇気のいることだし、それだけの意気込みがあるということだ。
3曲弾いたが、やはり圧巻は『たぬき』で、時間も長ければ中身も濃い。襲名に備えて恐らくは血の滲むような稽古を重ねたのだろう。
久々に音曲で感動した。
サービスの踊りは国立だからと言って特別に、落語の『稽古屋』にも出て来る道成寺から手毬を踊ったが、これもまた実に結構。流し目が色っぽく、ちょっとゾクッとしましたね。

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2017/12/18

早坂暁氏の死去を悼む

早坂暁さんが12月16日に亡くなった。88歳だった。
「夢千代日記」「花へんろ」、素晴らしいドラマだった。
あれを超すドラマは、未だに目にしてない。
心より哀悼の意を表します。

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2017/12/17

三田落語会「さん喬・一之輔」(2017/12/16)

第53回三田落語会・昼席「柳家さん喬・春風亭一之輔」
日時:2017年12月16日(土)13時30分
会場:仏教伝道センタービル8F
<  番組  >
前座・春風亭きいち『一目上り』
柳家さん喬『抜け雀』
春風亭一之輔『化物使い』
~仲入り~
春風亭一之輔『二番煎じ』
柳家さん喬『文七元結』

12月の三田落語会昼席は「柳家さん喬・春風亭一之輔 二人会」。
ベテランと若手の組み合わせだが、さん喬は互角だと謙遜していた。

きいち『一目上り』、一之輔の弟子で、達者になりそうな気配だ。

さん喬『抜け雀』
1席目にこのネタを持ってくる所はいかにもさん喬らしい。
相変わらずの本寸法の高座で取り立てて解説する必要はない。

一之輔『化物使い』
好きなネタのようでしばしば高座に掛けている。
隠居が化物を脅すのにファイティングポーズを取ったり、のっぺらぼうの女に好みの顔を描いたりといった所が特長的だ。
隠居がのっぺらぼうの女に傍に来るように言いつけると、「大きな声を出します」と言われて「そんなんじゃない」と言い返す場面も。
従順そうで強かな面も持つ下男の造形もよく出来ていて、持ち前のテンポの良さも生きていた。

一之輔『二番煎じ』
中身に手を入れておらず、通常の演じ方。
一行が番小屋から外に出た時の寒さがあまり伝わってこなかったのと、番小屋に戻ってからの人物それぞれの演じ分けが不十分だと思われた。
連中が唄う都々逸や、例の「火の用心さっしゃりやしょうー」の掛け声が上手くなかった。
一之輔は大変な人気者だが、噺家としての大事な素養である唄や踊りの修練はどうなのか、ちょっと気になる。

さん喬『文七元結』
男の三道楽煩悩(さんどらぼんのう)や、大名の中間(ちゅうげん)部屋で博打が行われた理由についての解説をマクラに振っていたが、このネタの全編の長さを考慮すると必要だったのかどうか。
最初の長兵衛宅での夫婦喧嘩で、年頃の娘に綺麗な着物を着せてやれないと女房が嘆くセリフを加えていたが、余計な気がした。
佐野槌の女将宅では、女将が長兵衛を大声で叱りりつけるのは却って女将の貫禄を失わせる。
50両をお久を通じて長兵衛に渡す演り方も疑問だ。お久が長兵衛に、おっかさんを大事にしてというセリフも必要だろうか。
ここから吾妻橋上の場面から近江屋卯兵衛宅、再び達磨横町の長兵衛宅となるのだが、前半に時間が取られ過ぎたのか後半がかなり端折られてしまい、消化不良気味。
長講にも拘わらずあまり良い出来とは言えなかった。


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2017/12/14

「通し狂言 隅田春妓女容性」(2017/12/13)

国立劇場12月歌舞伎公演

「今様三番三(いまようさんばそう)」
大薩摩連中
長唄囃子連中
源氏の白旗を奪った平家の姫君(中村雀右衛門)が、源氏の武士たちを「布晒(ぬのさらし)」の舞で追い払うという舞踊。
「布晒」というには新体操のリボン運動と同様で、2枚の長い布を両手で地面に先が落ちぬよう巧みに振り回す。重い衣装にカツラ姿で、しかも舞踊として美しく踊る所が見ものだ。

並木五瓶=作
国立劇場文芸研究会=補綴
「通し狂言 隅田春妓女容性(すだのはるげいしゃかたぎ)」 ―御存梅の由兵衛(ごぞんじうめのよしべえ)― 三幕九場
序幕  柳島妙見堂の場
     同  橋本座敷の場
     同     入口塀外の場
二幕目 蔵前米屋店先の場
      同     塀外の場
      同     奥座敷の場
      本所大川端の場
大詰   梅堀由兵衛内の場
      同  仕返しの場
<  主な配役  >
中村吉右衛門=梅の由兵衛
尾上菊之助=女房・小梅/弟・長吉
中村雀右衛門=芸者・額の小三
中村錦之助=金谷金五郎
中村歌六=源兵衛堀の源兵衛
中村又五郎=土手のとび六
中村歌昇=延紙長五郎
中村種 助=芸者・小糸
中村米吉=米屋娘・お君
中村吉之丞=医者三里久庵
大谷桂三=曽根伴五郎
ほか

1796年(寛政8)1月江戸桐座で、3世沢村宗十郎の由兵衛、3世瀬川菊之丞の小梅と長吉などにより初演。
元禄時代の大坂で、梅渋の吉兵衛という悪漢が丁稚長吉を殺して金を盗んだ事件を元に、主役を侠客として脚色した「梅の由兵衛物」もの。
メインストーリーは若旦那の金谷金五郎のため金策に苦しむ由兵衛が、女房小梅の弟長吉が姉に頼まれてこしらえたとも知らず、大川端で長吉を殺して金を奪う、という筋(すじ)を骨子として、小梅に横恋慕する源兵衛堀の源兵衛との達引を描く。
これにサイドストーリーとして、お家の家宝である「菅家手向山の色紙」の盗難事件をめぐって忠臣と逆臣との争いが、金五郎が恋い焦がれる芸者小三の身請け話と、それを邪魔する曽根伴五郎との諍いに絡んでゆく。

「日に千両 散る山吹は 江戸の花」
「日に三箱 鼻のうえした 臍のした」
江戸の町には、日に千両の金が動いた場所が3か所ある。吉原、魚河岸、そして芝居(歌舞伎)だ。
吉原が男の遊び場だったのに対し、芝居は「女こども」という言葉通り女性が多く、落語でもお馴染みのように定吉のような小僧が主人の目を盗んでこっそりと一幕ものを観るようなこともあったようだ。
歌舞伎というと何か難しいと感えられている向きもあるようだが、決してそんな事はない。そんな難しいものを当時の江戸の人が好んで観るわけがないのだ。
入場料が高いと思われているようだが、この日の料金は5500円。一階席の端のブロックではあったが前から5列目の通路側で、舞台はよく見えた。
近ごろの落語会の料金と相対比較しても、決して高いとは思えない。

この狂言では凄惨な殺しの場面や、誤って女房の弟を手に掛か手しまった主人公と女房の愁嘆場、女たちの夫や恋する男への一途な思いといった見せ場も、芝居の各所に出て来る笑いの場面があるから生きてくる。
何より由兵衛を演じた吉右衛門の颯爽した侠気が見ものだ。とても気分良さそうに演じているのが客席にも伝わってくる。
菊之助は、大川端の場面で姉の名を叫びながら殺害されてゆく長吉の無念さ演じ、姉の小梅との二役では早変わりで客席を沸かせる。
雀右衛門が元は武家の妻という芸者役で風格を見せ、若手の米吉の娘姿が可憐。

公演は26日まで。

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2017/12/12

「断罪」(2017/12/11)

劇団青年座 第230回公演「断罪」
日時:2017年12月11日(月)14時
会場:青年座劇場
 
作=中津留章仁
演出=伊藤大
<  キャスト  >
蓮見亮介 =大家仁志
岸本亜弓 =安藤瞳
山浦順子 =津田真澄
大久保充 =逢笠恵祐
西島至 =前田聖太
千田茜 =田上唯
蓮見彩 =當銀祥恵
玉城恵令奈 =市橋恵
荒木悟 =石母田史朗
佐久間猛 =山本龍二

ストーリー。
舞台は、ある芸能事務所のオフィス。いわゆる大手ではなく中小の芸能事務所だ。元は俳優部が主体だったが、今ではモデル部が稼ぎ頭になり、その部長である荒木が社の常務になり社内を取り仕切っている。
この事務所に所属する大物俳優が生放送で政府を批判する発言を行い、TVのレギュラーやCMを降ろされ、事務所を去った。そのため俳優部は大減収となり、荒木は部長の佐久間やマネージャーの蓮見の責任を厳しく追及する。
蓮見は荒木が激しく反発するが、止むを得ず部下には所属タレントへの一層厳しい締め付けを指示する。
部下の岸本は事務所の方針に対し「人権侵害」にあたると蓮見に訴えるが、取り合ってはもらえなかった。
タレントを商品としてではなく一人の人間として見て欲しいと願う岸本は、自分の正義を貫くため社内の実態を告発する文書を外部に発表する。
しかしこの文書は社内の告発にとどまらず、芸能事務所全体に共通する問題でもあったので、大手事務所やクライアントからの怒りをかってしまう。
このままでは事務所の存続すら危うくなると荒木は憤り、岸本に退職を迫るが、これに岸本や上司の蓮見が反発し、部員全体を巻き込んだ論争となる。
タレントは人間か商品か、タレントはメディアで政治的発言をしてはいけないのか、何でも大手事務所の言いなりにならなくてはいけないのか、
論争の中で浮かび上がる部員たちの本音と建前から、彼らの生活実体が浮かび上がってくる。
一時は売上至上主義でタレントは商品と割り切る荒木の方針が勝利するかに見えたが・・・・・・。

今のTV業界は大手芸能プロ数社が握っていると言っても過言ではない。NHK紅白、レコード大賞、バラエティ、ワイドショー、ドラマ、CM、いずれをとっても、大手プロダクションの息のかかったタレントが主要ポストを占めている。
そして逆らえば干される。
劇中で、ワイドショーのコメンテーターに必ず政府側のタレントを入れるというセリフがあったが、事実だろう。それが連中のいう政治的中立だそうだ。
仕事を貰うために女性タレントたちが有力者に身体を提供する「枕営業」についても語られていた。
こんな腐った状況を放置しておけば、やがてTV自体が見放されてゆき、そうなれば芸能プロも全部無くなるという予言は、あり得ることだ。
「沈黙は迎合している事と同じだ」
「お前の戦争反対は感情だが、俺は理性で反対している」
これも蓮見のセリフだ。

今日的テーマに鋭く切り込んだ2時間の舞台は、終始緊張感に包まれていて、見ごたえがあった。
芸能プロの内情から出発し、やがて日本全体の普遍的な問題に及んでいくという脚本はよく練られている。
脇の出演者にセリフのミスがあったのは残念だったが、大家仁志、安藤瞳、津田真澄の好演が光る。

公演は17日まで。

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2017/12/10

「大手町落語会~師走特別公演~」(2017/12/9)

第46回「大手町落語会~師走特別公演~」
日時:2017年12月9日(土)13時
会場:日経ホール
<  番組  >
前座・橘家門朗『雑排』
神田松之亟『谷風の人情相撲』
春風亭一之輔『茶の湯』
柳家さん喬『鼠穴』
~仲入り~
滝川鯉昇『千早ふる』
柳家権太楼『一人酒盛り』

年末恒例の大手町落語会。仲入りがさん喬、トリが権太楼という豪華版。
番組案内のチラシで主催者が今の大相撲騒動について書いていたせいか、相撲ネタが2本出ていた。

松之亟『谷風の人情相撲』
落語ではお馴染みの『佐野山』
前日の会でも感じたが、マクラが長すぎる欠点がある。落語じゃないんだから、講談はもっとあっさりと本題に入った方が良い。
短縮版だったが、程よくまとまっていた。
「八百長」とは言わず「人情相撲」。これから力士も「八百長だ!」と指弾されたら、「いいえ、人情相撲です」と答えればいい。

一之輔『茶の湯』
この人の『茶の湯』は二ツ目時代からを入れてもう10回近く聴いたことになる。
ご存知ない方に言っておきますが、一之輔も最初はちゃんと演ってましたよ。当初から隠居の孫店の3軒長屋での引っ越し騒動については省略したり簡略化したりしていたが、それ以外は普通の『茶の湯』だった。
それが次第に変形して、通り掛かりの人も拉致監禁して強制的に茶を飲ませる、そのリーダーが定吉という今の様な形になった。
ここまで戯画化してしまうと、もはや本来のネタの面白さは吹っ飛んでしまっている。
気になるのは、一之輔もあまり楽しそうに演じていないことだ。

さん喬『鼠穴』
仲入りにしては長講のネタを掛けた。
さん喬の欠点は、小説なら「書き過ぎ」である。筋の細部を自分なりの解釈で描き過ぎるのだ。
例えば、訪ねてきた竹次郎に兄が元手を渡した後で、帰り際にいったん竹次郎を呼び止める場面を置いている。
あるいは、商売に成功した竹次郎が兄に再会に向かう所で、土産代りに1両持って出ようとするのを番頭が「店の暖簾がございます」と言って3両持たせるシーンだ。
こういう所が余計だと思う。
落語は想像の芸である。噺家の喋りを聴きながらあ、客は頭の中で色々な事を想像してゆく。
そこをあまり細かく描き過ぎると、客としては想像したり解釈したりする余地が狭められてしまう。
冗長に感じてしまうのも、その辺りに原因があると思う。

鯉昇『千早ふる』
高座に上がると、会場は一気に鯉昇ワールドとなる。ちょっと落語協会を皮肉るご愛嬌も。
「ナイル川、ガンジス川、チグリスユーフラテス川、竜田川。これみんな外国人力士の名前だ」と言って、隠居は竜田川をモンゴル出身の相撲取りに仕立てる。
千早も神代も、南千住のクラブのホステスという。
荒唐無稽の様でいて、この噺の本来の面白さはそのまま生きている。
そこが一之輔の『茶の湯』との違いだ。

権太楼『一人酒盛り』
だからアタシは芸協の後に出るのが嫌なんですと、鯉昇にイヤ味。
噺家の酒癖をマクラに振って本題へ。但し、仲入りのさん喬が長すぎて、用意していたネタではなかった模様。
相変わらずの権太楼の世界で、決して悪い出来ではなかったが、呼ばれて来たのに酒にありつけず熊にいいように使われる留さんが、途中でブツブツ不満を言うのはどうだろうか。
熊さんが一方的にしゃべる中で、相手の留さんの苛立ちや怒りが自然に観客に伝わるというのが本来の形ではあるまいか。
そうする事によって、最後に留さんが怒りを爆発させ捨てゼリフを吐いて立ち去る場面が、より効果的になるのだと思う。

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2017/12/09

神田松之丞with遊雀(2017/12/8)

「松之丞、遊雀師の胸を借りる」
日時:2017年12月8日(金)19時
会場:深川江戸資料館 小劇場
<  番組  >
前座と二人の対談に次いで
神田松之丞『宮本武蔵』
三遊亭遊雀『文七元結』
~仲入り~
神田松之丞『小猿七之助』

講談に人気が出てきたようだ。火をつけたのは神田松之丞と言って良いだろう。
大衆芸能の盛衰は女性客が握っている。その女性客のハートを射止めたのが松之丞だ。
男前だし声が良くって愛嬌がある。こっちから見れば気障が和服を着ているように映るが、あの風情が女性たちには堪らないんだろう。
戦前から戦中にかけて忠君愛国をテーマにした講談が持てはやされたが、その反動が戦後にきた。GHQの方針で仇討ものが禁止されたこともあり、戦後は人気を失った。
それでも戦後直ぐには戦前の名人上手が健在だったのと、貞山の『四谷怪談』に人気が集まっていたので、しばらくはその地位を保っていたが、そうした講釈師が亡くなっていくと、長い低迷期に入ってしまった。
新たなファンを開拓していければ、若手の女流に上手い人が出て来ているので、講談の人気が定着していく可能性があるだろう。

この日の松之亟の講談と、ゲストの遊雀の落語のネタの共通点は「身投げ」。
落語の方は身投げを助け、講談の方は身投げを殺す。
対照的な二席である。

松之丞『宮本武蔵』
最初から最後まで大声で読み続け、張り扇を叩きまくるというスタイルだが、これが受けたんだから世の中面白い。

遊雀『文七元結』
マクラ抜きの長講は50分を超える熱演。
・本所達磨横町、左官の長兵衛宅
・吉原・佐野槌の女将の座敷
・吾妻橋、橋上
・日本橋横山町三丁目の鼈甲問屋、近江屋卯兵衛宅
・再び本所達磨横町、左官の長兵衛宅
の五場を、それぞれ間然とすることなく演じきった技量は大したものだ。
見せ場の吾妻橋、橋上でもヤリトリはでは、長兵衛はとにかく文七の命を助けたい一心で50両の金を投げつけて逃げてゆく演じ方で、長兵衛の真っ直ぐな心、江戸っ子の心意気を感じさせた。
感情が盛り上がってきた所でフッと抜いて笑いを誘う間が絶妙。
芸協に遊雀あり、である。

松之丞『小猿七之助』
5代目神田伯龍が得意としていた演目で、これにほれ込んだ談志が落語にし、弟子にお談春に受け継がれている。
懇談の世界では6代目以後に継承者が無かったとのこで、松之亟によると5代目の速記や録音を元に再現したとのこと。
ストーリーは。
すばしこい身のこいなしから小猿の異名をとる船頭の七之助。一人船頭に一人芸者はご法度の屋根船に、芸者・お滝の頼みで大川を遡っていた。
永代橋に差し掛かるとドカンボコンの身投げ。
船に助け上げればさる坂問屋の手代。集金の30両をいかさま博打で取られてしまい、主人への申し訳のために身を投げたと。
そこで七之助が、そのいかさまの胴元は誰かかと訊けば、深川相川町の網打ちの「七蔵」だと。
その七蔵こそ、七之助の父親だ。このまま放置しておけば、父親がお縄になる。
そう考えた七之助は。この手代を再び川の中に落としてしまう。
だが、狭い船中のこと、きっとお滝に見られたに違いないと思った七之助はいきなり船をぐるりと回し、中州に船をつけてお滝を引きずり出し匕首で殺害しようとするが・・・。
ネタ下ろしの地域寄席では受けて、国立演芸場では蹴られたとのことだったが、この日の観客の反応は良かった。
この人の読み、世話物向きかも知れない。

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2017/12/07

小満ん夜会with小朝(2017/12/6)

「小満ん夜会」
日時:2017年12月6日(水)18:45
会場:月島社会教育会館
<  番組  >
前座・春風亭一猿『一目上り』
柳家小満ん『大神宮の女郎買い』
春風亭小朝『好色成道』
~仲入り~
柳家小満ん『三井の大黒』

会場の月島社会教育会館は初。地下鉄の月島駅の10番出口の直ぐ横にある。今回のゲストは小朝だが、小朝目当ての客は少なかったようだ。

小満ん『大神宮の女郎買い』
かつて浅草雷門脇に、磯辺大神宮があった。
近くにあった茶店では、連日のように吉原通いの連中が女郎買いの噂話。
大神宮がこれを聞き、女郎買いというのはよほど面白いものに違いないと、行ってみたくてたまらなくなった。
一人で行くのも何だからと、通りかかった門跡さま(阿弥陀如来)を誘って吉原へ向かう。
適当な見世に上がり、芸者幇間を揚げてどんちゃん騒ぎ。宜しい所でお引け。
明くる朝、若い衆が勘定書きを持って、いかにも旦那然としている門跡さまの前に差し出す。
「恐れ入りますが、昨夜のお勤め(=勘定)を願いたいので」
「お勤め」というので門跡さま、合掌してから「では、やりますよ。ナムアミダブ・・・」
「これはどうも、ではお払いを願います」
「お祓(はら)いなら、大神宮さまへ行きなさい」でサゲ。
神仏習合だった江戸期の物語で、当時の浅草や吉原の風景が描かれていた。
初めて聴いたが、初代圓遊の作で、これまた初代小せんが得意としていたようだ。
現在は小満んぐらいしか演じ手がいないのだろうか。
小満んの粋な語りがよく似合っていた。

小朝『好色成道』
いつもの軽口のマクラかrた入る。通常の寄席や独演会とは客席の反応が違う。
相変わらず他愛ない内容だったが、
・神社の参拝の作法で二礼二拍とか言われているが、江戸期まではてんでんばらばらだったのを、明治になって今の様に定めた。だから古来からの伝統ではない。
・皇族の女性の名前に「子」を付けるのは、始めを表す「一」と終わりを表す「了」の組合せ、つまり嫁いだら最後まで添い遂げるという意味からだ。
といおう蘊蓄が参考になったか。
こういう会なので、珍しい噺をと言って本題へ。
ネタの『好色成道』は菊池寛の小説を小朝が落語にしたもの。
「色ヲ好ミテ道ヲ成ス」という意味なのだろうか。
怠慢な生活を送ってきた比叡山の若い学僧が、嵯峨に参詣した帰りに道に迷い泊めて貰った宿の主が凄い美女。
出家の身であることも忘れて女と契りたくなってしまい、寝所に忍ぶと「勉強して法華経を暗唱出来るようになれば、望みを叶えてあげる」と言われる。
学僧はそれから一心不乱の法華経を学び、暗唱出来るようになって再び彼女の元を訪れる。
すると今度は、「契りを結ぶからには出世して僧都になって下さい。そうすれば願いを叶えてあげる」と言われ、これまた一生懸命に学問に励み僧都になって、三度彼女の元を訪れる。
そうすると女は、法華経の中の色々な用語の意味を質問してくる。
「方便即真実」とは何かとか、そうした問いに必死に答えるうちに、相手の女と契ろうとする気が失せてくる。
そこで僧侶はようやく気付くのだ。
これは仏が自分を導いてくれていたんだと。
一羽の鶯が庭でで鳴き、「ホウ、ホケキョ」でサゲ。
好きな女性とメイクラブしたいばかりに、男が懸命に励みに励み、やがて学を成して出世するという普遍的なストーリーと言える。
お堅い話を小朝らしく軽快に語り、楽しませてくれた。

小満ん『三井の大黒』
物語は毎度お馴染みだが、小満んの高座を聴いて思ったのは、このネタのキモは江戸っ子の、特に棟梁の政五郎の、江戸っ子としての「粋」と「意気」が表現出来るかどうかにあるということ。
「意気」はともかく「粋」の表現となると、やはり現役では小満んという事になろう。
3代目三木助を彷彿とさせるような、素晴らしい高座だった。

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2017/12/05

四の日昼席(2017/12/4)

「四の日昼席」
日時:2017/12/04(月)13時
会場:スタジオフォー
<  番組  >
桂やまと『夢の酒』
古今亭文菊『金明竹』
隅田川馬石『干物箱』
~仲入り~
初音家左橋『締込み』
古今亭駒次『アンニョン・サンヒョク』

地域寄席って、どの位あるんだろう。アタシが行ったことがあるだけで20は超えているが、都内だけでもその10倍はあるのだろう。もっとかな?
客の人数も様々で、10名程度から多い所では100名を超すケースもあった。20-50名といった人数が平均的だったと思う。
参加者のほとんどが常連さんでお互い顔見知りなので、あまり少人数の会に行くと、「あの人誰?」状態になってしまう。「どちらから?」とか「この会、なんで知りました?」という質問を受けたり、終わると「いかがでしたか?」と感想を訊かれたリする。そういう会には二度と行かない。

「四の日昼席」は今回が二度目で、毎月4日に定期的に開催しているようだ。
会場のスタジオフォーは、他にも若手中心の落語会を定期開催している。
出演者もレギュラー制をとっているようで、前回も確か同じメンバーだった様に記憶している。駒次だけが二つ目で他は真打ばかりだが、その駒次も来秋には真打に昇進する。
前座を置かず、この日の様にサラクチでいきなり真打が出てくるのが特長だ。
客席はほど良い笑いに包まれ、とても良い雰囲気だった。

やまと『夢の酒』
久々だ。前に来た時はこの人だけ出ていなかった。
鼓が得意の様で、今行われている立花家橘之助襲名興行での鼓は、やまとが担当しているとのこと。そのため、連日寄席に出ているようだ。
マクラ先代小さんに上手くなったと褒められた夢を見たと言っていたが、確かに上手くなった。
一つ一つの語りや仕草が丁寧で分かり易い。夢に嫉妬する若旦那の女房のリアクションも良く出来ていた。
それに、この人の顔がいい。いかにも噺家向きである。

文菊『金明竹』
本題の前に、店番の与太郎の所に傘、猫、主人を借りに来るという『骨皮』を入れていた。本来は別々のネタだったが、3代目金馬からこの型にしたようだ。
見せ場は道具七品の口上で、これに対する店主の女房の当惑ぶりだ。道具屋の女房だけに分からないとも言えず、戻ってきた主人に珍妙な説明をすることになる。
文菊らしい丁寧な高座で、女房の表情変化が巧み。

馬石『干物箱』
マクラでたっぷりと福岡マラソンの解説。ランナーの走り分けをアクションで示したが、この人がやると何となくユーモラスだ。
金の為とはいえ、女に会いに行く若旦那の身代わりをせねばならない善公は辛い。二階で気が緩んだ善公が、若旦那と花魁との出会いを妄想する所を見せ場に楽しく演じて見せた。

左橋『締込み』
会の中心はこの人で、終演後は出口で観客一人一人に挨拶していた。
風呂敷包みを見ただけで女房の浮気を疑うんだから、この亭主はよほどの焼き餅焼きなのか、はたまたお福がよほど艶っぽいのか。
お決まりの「ウンか出刃か、ウン出刃か」から始まっての痴話喧嘩。止めに入る泥棒と亭主との珍妙なやりとりから、珍しく最後のサゲまでを演じた。
この人が演じると、泥棒まで品良く見えてくる。

駒次『アンニョン・サンヒョク』
韓流ドラマがテーマなので、関心のない当方にとってはチンプンカンプンだったが、ストーリの荒唐無稽さは理解できた。
タイトルの中のサンヒョクは人気ドラマの役名でもあり、人気韓流スターの名前でもあるので、どちらを指しているかは不明だ。
ネタはとにかく面白かった。
この人の新作しか聴いたことがないが、語り口からすれば古典でも十分に行けると思うが。

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2017/12/02

「公益法人」と聞いて呆れる大相撲

「相撲が国技だって、オレ呆れけぇっちゃたよ。確かに国技館でやってるから国技なんだろうが。
もし大相撲が国技って言うんだったらだな、本場所と本場所の間には力士たちが全国の学校だの会社だのを回ってだよ、(相撲の)指導だの何だのしてるんなら、そりゃ国技だと認めてやってもいいよ。
けど、奴らがそんなことしてるのを聞いたことがねぇ。
たまに来るのは、祝儀が欲しい時だけだ。」
以上は、立川談志が演じた『相撲風景』という落語のマクラ部分だ。

子どもの頃、母親は「相撲取りは男芸者」と言っていた。
地方巡業ともなれば、その地元の興行師が巡業を仕切っていたが、多くはヤクザだった。
もしかすると、今でも実態は変わらないかも知れない。
相撲取りの贔屓、いわゆるタニマチだが、そのスジの人もいるだろう。
力士や親方と暴力団との関係がたびたび噂されるのも、そうした土壌があるからだ。

私は小学生の時から大相撲が大好きで、ラジオの実況放送は欠かさず聴いていた。親にねだって相撲雑誌も買っていた。
今でも、大相撲のTV中継は在宅している限り必ず観ているし、本場所も何度か観戦している。
だから、相撲ファンと言っていいだろう。

相撲協会といっても実態は部屋の親方、一門の連合体だ。
協会の理事は、それぞれの一門からの代表者で構成されている。だから一門の利益代表でもあるわけだ。協会の役員が相撲茶屋の利権に絡んでいるとの噂が絶えない。
力士が引退して親方になるためには、親方株を取得せねばならないが、億単位の金が動くとされている。

大相撲を純粋なスポーツと思ったら大間違いだ。
審判役である行司は各相撲部屋に所属しているが、そんなスポーツは他にない。
他に勝負審判が土俵下で眼を光らせているではないかという反論もあろうが、これとて部屋の親方衆が勤めている。
プロ野球でいえば、各球団の監督が試合の審判をしているようなもので、到底純粋なスポーツとは言えない。
大相撲はショーでもある。
ショーというと否定的に取る人もいるだろうが、どのショーだって演者はみな真剣に取り組んでいる。
力士たちだって、少なくとも本場所は真剣勝負している。

私はそうした「いかがわしさ」を含めて大相撲が大好きなのだ。
だから、昨今の暴力事件だの横綱の引退騒動だのを冷ややかに見ている。
まあ、あの程度のことはあるでしょう。
あんまり相撲にクリーンなものを求めてはいけない。
「公益法人」なんてガラじゃないのだ。さっさと「公益」を返上した方がいい。

大相撲に不満があるとすれば、マス席の値段が高すぎること。それも要りもしないお土産だの飲み物だのが勝手に付けられ、高くなっている。
そんな余計なものを取り払って、一人1万円程度にすれば、もっと多くの人が観戦できると思う。

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