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2018/01/14

予防接種したのにインフルエンザだって

「(検査結果をみながら)陽性ですね。インフルエンザです」
「でも先生、去年11月末に予防接種したばかりですが」
「ああ、それでもインフルエンザにかかることがあるんです」
「でも、それじゃ予防の意味ないですよね」
「その代り症状が軽く済みますから」
38-39℃の熱が3日も続いているというのに、軽く済んでるって?
医者のいう事は正しいようだが、それなら予防接種の前にその事を伝えるべきでは。

お陰で、落語会と演劇各1回がパーになってしまった。
ヤレヤレ!

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2018/01/09

「圧力」が「暴発」を生んだ戦前日本の教訓

米国トランプと北朝鮮金正恩との詰り合いはエスカレートする一方で、それも「お前のかあちゃん出べそ」級の低俗ぶりは世間の顰蹙をかっている。
それが言葉の応酬で済んでいるうちは良いのだが、なにせ二人とも核のボタンを握っているのだから、穏やかではない。

現在、世界の核保有国は北朝鮮とイスラエルを加えれば9ヶ国になる。
ただ、第二次世界大戦後に実際の戦闘で核兵器が使用されたことは一度もない。だから核兵器は使えない兵器とも言われてきた。
核兵器を使用した場合の被害に大きさもさることながら、使用した国は国際的な非難を浴びて孤立するのが避けられないからだ。
通常では使用できないとすれば、恐れるのは「暴発」だ。
追い詰められて自暴自棄になり「暴発」して核兵器を使用する、これが最も怖い。
米国と日本政府は相変わらず北への圧力を強化することの一辺倒だが、過去を振り返れば圧力が暴発を生んだ歴史がある。
他ならぬ、戦前の日本だ。

1941年
7月26日 日本の在米資産凍結
8月1日 石油・ガソリンの対日輸出全面禁止
9月6日 御前会議で天皇は「10月下旬を目途とし戦争準備を完整す」を裁可
10月16日 近衛内閣総辞職
直ちに東条英機を総理とする大命を下す
11月2日 天皇は東条に「戦争の大義名分」を考えるよう命令
11月5日 天皇は「米国との交渉は12月1日深夜をもって打ち切る」を裁可
11月27日 中国とインドシナからの完全撤退を求める「ハル・ノート」が到着
東条はこれを大本営政府連絡会議で米国からの「最後通牒」と報告
機動部隊が択捉からハワイへ向けて出発
天皇の裁可を受けて山本五十六連合艦隊司令長官は真珠湾作戦命令を発す
12月8日 対米開戦

日本はアメリカに勝つ見込みもないまま、戦争は始めても終結させる見通しのないまま、「暴発」 して対米戦争に突入した。
米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、北との武力衝突が近隣諸国にどれだけの被害、惨事をもたらすかを分析し、北がソウルと東京を核攻撃した場合、最大で死者が210万人、負傷者が770万人に及ぶと見ている。
考えるだに身の毛のよだつような予測だが、こうした攻撃を確実に防ぐ方策はないのが現実だ。
米国と北朝鮮の無益な脅しあいをやめさせ、追い詰められた北朝鮮が「暴発」せぬよう知恵を絞るのが、我が国のとるべき道ではなかろうか。

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2018/01/07

昔の本を読み返す「神々は渇く」「ゴリオ爺さん」「脂肪の塊」など

10代の頃に読んで面白かったり、感動したりした本を読み返してみようと思い立った。
「チボー家の人々」や「戦争と平和」の様な長大なものは避けて、もうちょっと手軽なものをいくつか探し出して読み始めた。
なにせ半世紀以上前に読んだ本だから、筋は完全に忘れている。だから新鮮だ。そして、とにかく面白い。
ただ読み返してみて、10代の頃に何にそんなに感動したのか、そこは良く分からなかった。

アナトール・フランス「神々は渇く」(大塚幸男・訳 岩波文庫)
やはりこれは名著だ。
フランス革命の末期から寡頭政治に移行する2年間を描いたもので、革命に殉じた青年の悲劇がテーマになっている。
主人公と彼を取り巻く数名の人間以外は、全て実在の人物という歴史小説とも読める。
作者は背景となった2年間の日々の出来事や文書や発言、天候に至るまで丹念に調べ、作品の中に織り込んでいるので、記録文学としての価値もある。
主人公の純粋だが過激な思想や行動が、自ら処刑されてしまう結末を著者は冷徹な目で見ているが、それでも未来への希望は失っていない。
最後の数頁にいかにもフランスの作家らしい香辛料も効いていて、小説の醍醐味を味わうことが出来る。

オノレ・ド・バルザック「ゴリオ爺さん」(博多かおる・訳 集英社文庫)
バルザックの生きた時代は、政治的にはフランス革命後の王政復古からナポレオン帝政時代にいたる。ブルジョワ階級の台頭と貴族社会の没落。初等教育の普及による識字率の向上があり、印刷技術の進歩により大量の出版物が世に出た時代だった。
こうした急激な社会変化の下での、人々の喜怒哀楽を描いた小説だ。
娘たちの幸せだけを願い、全財産を娘たちにつぎ込んで、自らは貧困の中で死んでゆくゴリオ爺さん。
人間の強欲さ、エゴイズム、時にはおぞましさをも深く描きながら、バルザックの底にあるのは人間賛歌だ。
情景や人間心理の細かな描写は、小説の手本といって良い。

ギィ・ド・モーパッサン「脂肪に塊」(太田浩一・訳 光文社文庫)
1870年にフランスとプロイセンとの戦争(普仏戦争)が勃発し、プロイセンが勝利して、ナポレオン三世による第二帝政が終わる。モーパッサン自身もこの戦争に従軍していて、大きな影響を受ける。
作品の背景はプロイセンの占領地域にあるフランスのある街から抜けだして、非占領地域に向かう乗合馬車の一行を描いたもの。
一行の顔ぶれは貴族や成金、大商人、修道女、民主主義運動家だが、そこに「脂肪の塊」の愛称で呼ばれたいた娼婦が同乗している。
他のメンバーは娼婦の存在に露骨に目を顰める。処が馬車はあいにくの天候不良や道路事情により遅々として進まず、戦争下で食料店は閉まっていて、一同は空腹に襲われる。
ひとり娼婦だけが食料を準備してしていて、同乗の人たちに分け与える。途端に周囲の娼婦に対する態度がガラリと変わる。
馬車の進行は大幅に遅れて、宿泊する場所もプロイセン占領地域になってしまう。占領軍の士官が娼婦に何事か言い寄るが、愛国者の娼婦は拒絶する。
そうすると士官は報復のために、馬車の出発を止めてしまう。一行は、娼婦のために馬車がいつまでも動けないと、娼婦にプロイセン士官に身を任せるよう迫り、娼婦は止むを得ず要求に応じる。
その結果、翌日に無事馬車は出発するが、今度は周囲の人たちはまるで汚い物でも見るような目で娼婦を蔑み、娼婦は耐えらえれず泣き続ける。
馬車を舞台に、当時の社会の縮図を描いた作品で、ブルジョワジーたちの冷酷さを見事に描いている。
この一作でモーパッサンが一躍人気作家になって世に出た記念碑的な作品でもある。
でも、高校生の当時に読んで面白さを感じた理由が、ちょっと謎だ。

こんな調子でこれからもシコシコ読み返しを続けるつもりでいる。

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2018/01/05

相撲協会はいっそ「公益法人」なんて返上したら

新年早々恐縮だが、税金のはなし。

2015年度 15万円
2016年度 15万円
2017年度 15万円(見込み)
(万円未満は四捨五入)
上の金額は、相撲協会が年間に納入した税金だ(月刊誌『選択』2018年No.1).。
一方、相撲協会の売上高は次の通り。
2015年度 115億円
2016年度 120億円
2017年度 110億円(予算)
(億円未満は四捨五入)

110億円以上の売り上げで、2016年度で7億円を上回る利益をを上げている法人が、なぜ実質無税に近い扱いで済んでいるのか、そのカラクリは相撲協会が公益法人であるからだ。
公益法人の場合、公益目的の事業は非課税だ。

では、なぜ相撲協会が公益法人なのかというと、
・太古より五穀豊穣を祈って執り行われる神事を起源とし
・我が国固有の国技であることを考慮し
・「大相撲」はこうした神事や伝統の「一般公開」であると位置づけ
・それ自体が「公益目的事業」とされる
というのが理由である。
ヘ~、知らなかったなぁ。

大相撲が神事や伝統の一般公開とは笑わせる。
あれはどう見ても格闘技の一種で、他のプロスポーツと同様の単なる「興行」にすぎない。
名目と実態とがあまりに離れすぎている。
仮に「神事や伝統の一般公開」なら、なぜNHKから年間30億円もの放映権料をふんだくってるんだろう。その原資は私たちから強制徴収している受信料だ。
公益法人なら公共放送から金を取るのはおかしい。
公益法人なら、暴力団とは完全に縁を切るべきだ。

それがイヤなら、さっさと公益法人なんて返上して税金も納めることだ。
そうすりゃ、どこやらの家元のオバちゃんから、ガタガタ言われるなくても済むぜ。

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