川上貞奴~元祖国際女優
川上貞奴、名前は聞いていたが、どういう人物だか知見がなかった。
付き合った男たちがいずれも近代史に名を残す人物だったと同時に、初めて世界の舞台で活躍した女優でもあったのだ。
月刊誌「選択」2018年1月号の「をんな千一夜」に彼女の記事が載っているので、要約し紹介する。
貞は明治4年に両替商の娘として生まれたが、家業が傾き日本橋葭町の芸者屋に引き取られた。置屋の女将がかつて大奥で御殿女中をしていた関係から、読み書きや芸事を仕込み、立派な芸子に育て上げた。
12歳で「小奴」の名で半玉として座敷に出るが、その頃から人に媚びず独特の風格があって政財界の大物に寵愛され、葭町を代表する名妓になっていた。
ある日、貞は好きな乗馬で成田山まで遠乗りしていたところ、野犬の群れに襲われる。
これを助けたのが、後の「電力王」となる岩崎桃介で、二人はたちまち恋に落ちる。この辺りはなんかドラマでも出てきそうだ。
しかし桃介は慶応義塾の苦学生で、塾長の福沢諭吉に見込まれてその次女と結婚することを前提として婿入りしたばかりだった。
貞もまた花柳界のしきたりに従って「水揚げ」を受けることになるが、相手は内閣総理大臣の伊藤博文だったというから凄い。
「奴」と改名した貞は、気に入らなければ高位高官の座敷でも中座するような超売れっ子の芸妓となっていた。
貞は元よりそんな境遇に満足せず、有力者や有名人の女になる気もさらさら無かった。それより何かになりたくて悶えているような男に魅かれていた。
そんな貞が傾倒したのが、壮士芝居の川上音二郎だった。貧しい生まれで学問もなかったが、何かをしようとする気持ちが身体から溢れていたのだ。
貞は音二郎を伴侶に選び、すっぱりと芸者をやめてしまう。
音二郎は社会風刺や政権批判を演劇にして上演するものだから、直ぐに牢屋に入れられてしまう。
選挙に出れば落選し借金まみれ。
追い詰められた音二郎は、新天地をアメリカに求めて出港する。もちろん、貞も一緒だ。一緒というより、夫を叱咤激励した。
しかしアメリカでの音二郎の興行は上手くいかず、飢え死に寸前までになる。
この危機を救ったのが貞奴だった。
芸者時代に鍛えた舞踊劇を演じたところ、これが大当りして、観客が殺到。
ヨーロッパからも公演依頼が舞い込み、英国ではエドワード王子が貞奴に魅了される。
フランスでは大統領夫妻からエリゼ宮殿に招かれ、劇場に出ればアンドレ・ジッドが熱狂。
ロダンは貞奴にモデルになってくれと口説き、ピカソも彼女に夢中になった。
ザクセン王国の国王からロシアのニコライ二世、イタリアの作曲家プッチーニ、画家のパウル・クレーと、彼女の魅力の虜になった男の名を上げればきりがないほどだ。
これをサクセスストーリーで終わらせない所が、彼女の素晴らしさだ。
一方で、厚遇された貞奴は西洋では演劇が文化として重んじられ、俳優や女優の地位の高さ、とりわけ女性たちが社会の中で生き生きとして活動している姿に衝撃を受ける。
日本に帰れば、女優は舞台に立つことさえ許されない時代だった。俳優の社会的地位も低かった。
日本とのあまりに大きな落差だった。
そこで彼女は日本に帰国し、俳優養成学校を作り女優を育成しようと思い立つ。
ところが日本で待っていたのは予想以上の非難、中傷だった。「芸者風情が偉そうに」とバカにあれ、脅迫まで受ける。
特に、夫の音二郎が死去すると、その攻撃はいっそう酷くなる。
そんなおり、貞奴の前に福沢桃介が現れる。再会した二人は既に40歳を超えていたが、桃介の傍にいて支えて欲しいという申し出を受け入れ、女優をやめて桃介と共に生きることを世間に公表する。
ただ桃介には家族がいたため、彼女は妾の身であった。
そこで経済的にも自立しようと桃介から株取引のイロハを習い、女相場師として名を馳せてゆく。
さらに儲けた金で「川上絹布」を立ち上げる。
当時はまだ「女工哀史」の時代だったが、貞は女工の就業時間を9時から17時までとし、寮は個室。茶道や華道、テニスまで楽しめるという理想的な工場を作ったのだ。
貞奴が目指したものは、単に女優の育成という狭い分野にとどまることなく、女性の社会的地位を向上させ、幅広い「幸福」の形を提示したかったのだろう。
婦人解放運動に名を残すことは無かったようだが、終戦の翌年に生涯を終えた貞奴の人生は、女性の手足をしばり男に奉仕することだけを強制してきた日本社会に対する反骨精神に貫かれていた。
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コメント
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「選択」、持っているのに未読でした。
それほどすごい女だとは知りませんでした。
投稿: 佐平次 | 2018/01/17 10:42
佐平次様
貞が凄い所は男たちから経済的にも精神的にも独立していたことと、現状に甘んずることなく常に先へ先へと進んでいっていたことです。
もちろん、本人の美貌もあったのでしょうが、そうした姿勢が周囲の男たちを魅了したのだと思います。
投稿: ほめ・く | 2018/01/17 22:16