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2018/02/25

「長い間ありがとう」三田落語会・昼(2018/2/24)

第54回「三田落語会・昼の部」
日時:2018年2月24日(土)13時30分
会場:仏教伝道デンタービル8F
<  番組  >
前座・柳家小はだ『道灌』
柳家権太楼『代書屋』
入船亭扇遊『花見の仇討』
~仲入り~
入船亭扇遊『明烏』
柳家権太楼『藪入り』

三田落語会は今回をもって休会に入る、その昼の部へ。
調べてみたら三田落語会には第7回を皮切りに35回参加している。もっとも昼夜のいずれかの参加なので、出席率としては3割を超えた程度となる。

この日出演の権太楼について、2度記事にしている。
一度目は2010年の『権太楼さん、ここは無理せずに』という記事。権太楼の体調が悪いため通常は2席演じるところを1席にして、別の演者が1席を補うというお知らせがあった。
この年の秋からは寄席も休演しており、「落語界の宝」なんだから無理せずに万全の体制になってから高座に戻って欲しいと書いた。
二度目は2012年の【権ちゃん、そりゃないぜ』という記事。
出だしを下に引用する。
【権太楼の1席目『お化け長屋』、高座に上がった権太楼、明らかに不機嫌そう。本人も機嫌が悪いんだと切り出す。その原因は今日の二人会の相手が白酒だからと言うのだ。
「これが雲助、金馬、さん喬、一朝、小満ん・・、なら分かる。喬太郎なら・・。
だけど白酒は・・・・・、いや、格がどうのって言ってるんじゃない。」】
でもこの文脈からすれば、明らかに「格」を問題にしてるとしか思えなかった。
権太楼はマクラでしばしば歯に衣を着せぬ物言いをするし、それがまた魅力でもあるのだが、この時は明らかに言い過ぎだし、第一お客に失礼だ。
客席に微妙な空気が流れたし、後から上がった白酒は明らかにやりにくそうだった。
ここまでくると「事故」だ。

事故といえば、一之輔の高座の途中で気分の悪くなった方がいて、スタッフが救護活動している間、高座が中断されたことがあった。やむを得ぬ事とはいえ、一之輔には気の毒だった。
喬太郎が『錦木検校』を掛けていて一番の山場で携帯の着信音が鳴り響いた。これが何故かなかなか止まらないと思っていたら、別の携帯からさらに大きな音が加わり、すっかり興醒めになってしまった。
この会の客は概してマナーが良かったが、あれは酷かった。

最も思い出深い高座といえば、2016年4月の喜多八の高座だ。これがこの会への最後の出演になってしまったが、高座の上がり下りは前座の肩につかまりながらという状態だったにも拘わらず、『居残り佐平治』『愛宕山』の2席を演じた。
面白かったけど、心の中では泣いていた。

演者で印象に残るのは、露の新治だ。『大丸屋騒動』『中村仲蔵』『七段目』など、いずれも素晴らしい高座だった。

本格、本寸法の古典というモチーフに相応しい出演者が顔を揃えていたが、これは主催者の好みかも知れないが顔ぶれが落語協会に偏っていたように思う。
芸協など他の協会、流派の人たちがもっと多くても良かったのではと思う。

それやこれや、思う所が一杯だが、とにかく三田落議会は楽しかった。

権太楼の1席目『代書屋』
前日の会で『笠碁』を演じていたが咳き込んでしまい、途中でやめようかと思ったと語っていた。
座布団の横に喉を湿す湯呑みが置かれていたが、使ったのは圓生の物真似の時だけだった。
この日も体調が悪そうで、この十八番のネタもいつもの勢いに欠けていたせいか、客席も爆笑の渦とはいかなかった。
マクラで、ある女流講談師のことを採り上げ、これから講談師として生きて行くという覚悟が窺えない。何か腰掛けで演じているような印象だと言っていた。
こうした辛口の小言が言えるのは権太楼だけだろう。

権太楼の2席目『藪入り』
通常の演じ方と異なり、息子を奉公に出すまでの場面を加えている。
だがこの場面を出すと、一人息子を他家に奉公に出す背景は何だったのだろうと考えてしまう。普通なら父親の職業を継ぐだろうし、何か理由があったのだろうかと、ついつい余計なことを考えてしまう。
息子が藪入りで帰って来てからは、父親が泣き過ぎる。演者が泣き過ぎると、却って客は白けてしまう。
あまり良い出来とは思えなかった。

扇遊の1席目『花見の仇討』
ちょいと季節は早いが、時節に因んだネタ。
扇遊はこの噺を得意としているし、このネタの演じ手としてはトップクラスに入るだろう。
扇遊いわく「休会のオモテ」に相応しいチョイスだった。

扇遊の2席目『明烏』
扇遊の良さは、登場人物を丁寧に描くことだ。
この噺にしても、日向屋半兵衛や倅の時次郎、町内の札付きの源兵衛と太助、茶屋と貸し座敷の女将、それぞれがきちんと演じ分けられている。
特に大事なのは源兵衛と太助の描き方で、同じ遊び人でも源兵衛は日向屋半兵衛の世話になっているようで、時次郎を吉原に連れ出す筋書きも彼が書いたと思われる。太助の方はその付き合いで同伴しただけで、性格もより荒っぽい。こうした二人の立場の違いが噺の随所に現れる。
こういう所が扇遊は上手いのだ。
権太楼が今日は扇遊に任せると言っていたが、その通りとなった。

長い間、三田落語会有難う。
スタッフの皆さん、お疲れ様でした。
会の再開を首を長くして待ってます。

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コメント

やはり、いらっしゃいましたか!
おっしゃる通り、昨日は扇遊の日でしたね。
こういう会がなくなるのは、本当に残念です。

投稿: 小言幸兵衛 | 2018/02/25 18:16

>辛口の小言が言えるのは
和をもって貴し、が強い中、権太楼は異色なんですね。
弟子のほたるが入門する際に、「よくあんな怖い師匠のとこへ行くね」と言われたとか。
そういえば新人コンクールで小痴楽に助言しているとき、気の入らない感じだったのを「おい!」とただしていたなぁ。

投稿: 福 | 2018/02/25 19:52

小言幸兵衛様
この日は扇遊が浚ってました。権太楼が万全ならもっと良かったでしょうが。
休会という言葉を信じて、再開を待ちたいと思います。

投稿: ほめ・く | 2018/02/25 21:49

福様
権太楼の厳しさは、弟子や後輩に甘くなった昨今の傾向から貴重な存在と言えます。
気がかりなのは、ここ最近の高座での体調が悪そうな事です。

投稿: ほめ・く | 2018/02/25 21:52

ちょっと心配な権ちゃんでした。
喜多八の面影もまだ生々しいです。

投稿: 佐平次 | 2018/02/25 23:14

佐平次様
会の看板ともいえる権太楼の体調が悪そうだったのが残念でした。
喜多八の穴はなかなか埋まりません。

投稿: ほめ・く | 2018/02/26 03:03

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