必見!「赤道の下のマクベス」(2018/3/13)
「赤道の下のマクベス」
日時:2018年3月13日(火)13時
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:鄭義信
演出:鄭義信
< キャスト >
池内博之:朴南星(清本南星)
浅野雅博:山形武雄
尾上寛之:李文平(清原文平)
丸山厚人:金春吉(金田春吉)
平田満:黒田直次郎
木津誠之:小西正蔵
チョウヨンホ:ナラヤナシ
岩男海史:看守A
中西良介:看守B
私は終戦の前年に生まれたので戦争の記憶は全くないが、家族や親類、ある時は銭湯で見知らぬ人から、戦争の実相を聞かされた年代だ。
我が家はは戦前は中野駅の近くで水商売をしていて、軍隊生活を送っていた人も客として来ていた。そうした場所では、彼らも気を許して自分の家族にさえ話せなかったことも喋ってしまう。
父は何も言わなかったが、母親からは兵士たちの嫌な話を顔をしかめながら私に語ってくれたことがあった。
だから最近の日本軍を賛美するような論説は、あまりに実態と異なるものだと違和感があるのだ。
その一つに極東国際軍事裁判(東京裁判)に対する批判がある。私もこの裁判には大いに不満があるが、それは巷間のものとは正反対からの批判だ。
次の数字は軍事裁判によって死刑判決を受けた人数だ。
A級戦犯 7名
BC級戦犯 934名
戦争を遂行し命令を下した側と命令された側の死刑の数があまりにアンバランスなのだ。
BC級戦犯の死刑のうち11%は捕虜収容所の関係者で、捕虜に対する虐待や暴力が処刑の理由となっている。捕虜収容所の監視員らがその対象とされていた。
しかし彼らは軍の最高方針である捕虜に対して「無為徒食をせしめず」に従って捕虜を労役に使ったのであって、命令に従っただけなのだ。
この演劇は、1947年のシンガポール、チャンギ刑務所が舞台。
第二次世界大戦のBC級戦犯として収容されていた日本人と元日本人だった朝鮮人の物語だ。
死刑囚が収容される監獄・Pホールには、演劇に憧れシェイクスピアの「マクベス」の本をボロボロになるまで読んでいる朴南星、戦犯となった身の上を嘆き悲しむ少年の李文平、一度は無罪で釈放されながら再び死刑判決を受けてここの戻されてきた金春吉の朝鮮人。そして山形、黒田、小西の3人の日本人とあわせて6人の死刑囚が収容されている。
判決から処刑までおよそ3ヶ月という期限に日々怯えながら、過酷な環境の中で精神的にも肉知的にも追い詰められるている。
そうした中でも朴南星だけは明るさを失わず、落ち込む仲間を励ましてムードメーカーの役割を果す。
舞台はいかにも鄭義信の作品らしく賑やかな場面もあるが、それが反面の熾烈さを印象づけている。
朝鮮人死刑囚が日本人死刑囚に対して「あんたたちは、それでも名誉が残るからまだいい。俺たちは何も残らない」という言葉は重い。国に残された家族たちも、息子が日本軍の協力者だったということで迫害を受ける。彼らには全く救いがない。
外見は朗らかにしていた朴南星がいよいよ死刑執行を前にして、「生きたい、もっと生きていたい」と嘆く場面は胸を打つ。
私は以前タイに旅行した際、この芝居の背景にもなった泰緬鉄道に乗車した。カンチャナブリー連合軍共同墓地も訪れ、その墓石の多さに驚いた。
クワイ川にかかる「戦場にかける橋」は徒歩で渡り、橋の袂にあった日本軍慰霊碑も訪れた。
泰緬鉄道の建設期間中に、約1万6千人の連合軍の捕虜が、飢餓と疾病と虐待のために死亡した。
忘れてはならないのは4-7万人と推定されるアジア人労働者の犠牲者だ。その正確な人数は未だに分かっていない。
戦争は狂気である。
舞台は重いテーマにも拘わらず笑いの場面もあり、舞台を跳ね回る演者たちのエネルギッシュさに圧倒される。
そして、泣ける。
出演者は全員が熱演で舞台を盛り上げたが、なかでも主演の池内博之の演技が素晴らしい。
テーマも舞台も、まさに必見!
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