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2018/04/29

最も短い「安倍晋三」評

月刊誌「選択」4月号の巻頭インタビューで、現代史研究家の保坂正康が「政治家の劣化」について答えている。
その中で安倍首相について、次の様に述べている。
「そもそも安倍首相は、本を読む人ではない。言葉に形容詞が多く、根拠を示さない断定調で話す。五分も話すと、同じことを繰り返している。」
毎度お馴染みの漢字の読み間違えも、ここから来ているのだろう。

次いで憲法改正について、保坂は憲法改正自体には反対ではないとしながら、こう続けている。
「安倍首相の発言を聞いていると、日本国憲法を作った先達への畏敬の念が全く感じられない。なぜ、どういう事情で今の憲法が成立したのかという、きちんとした歴史理解がない。こういう人の下で憲法改正はしないほうがいい。」
憲法制定に至る経緯を真面目に見ていけば、少なくとも単純な「押し付け憲法論」など、出てこない。

漢字の読み間違いという点では、これまた度々嘲笑の対象となっている盟友、麻生太郎副総理も同類だ。
同じ雑誌に、先ごろ亡くなった野中広務についての記事があり、その中で次のエピソードが紹介されている。
「野中が首相に凝せられた際、麻生太郎が会合で『あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』と言い放ち、そのことを出席者に確かめた野中は麻生に『私は絶対に許さん』と詰問した。麻生はただ顔を真っ赤にしてうつむいていたままだった。」
麻生太郎の失言もしばしば話題にのぼるが、もともとが骨の髄からの差別主義者なのだ。
こうした人物を政権の中枢に置いているのは、実に恥かしいことだ。

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2018/04/27

「百年の秘密」(2018/4/26)

ナイロン100℃ 45th SESSION「百年の秘密」
日時:2018年4月26日(木)
会場:本多劇場

脚本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
<  主なキャスト  >
犬山イヌコ:ティルダ・ベーカー/ニッキー(ティルダのひ孫)
峯村リエ:コナ・アーネット(ティルダの同級生)/ドリス(コナのひ孫)
みのすけ:チャド・アビントン(同上)
村岡希美:リーザロッテ・オルオフ(同上)
大倉孝二:エース・ベーカー(ティルダの兄)
廣川三憲:ウイリアム・ベーカー(ティルダの父)
松永玲子:パオラ・ベーカー(ティルダの母)
山西惇:フォンス・ブラックウッド(ティルダの夫)
萩原聖人:カレル・シュナイダー(コナの夫)
泉澤祐希:フリッツ・ブラックウッド(ティルダの息子)
伊藤梨沙子:ポニー・シュナイダー(コナの娘)
長田奈麻:メアリー(ベーカー家の女中)
藤田秀世:カウフマン(リーザロッテの夫)
菊池明明:ヴェロニカ(エースの恋人)

ストーリーは、ティルダとコナ、同級生で親友同士の二人の女性とその家族、さらにはその周辺の人々の人生を描いたもの。最後は二人のひ孫まで登場するので、およそ百年の時を経ることになる。
もう一つの主人公は、ティルダの実家の庭にそびえる1本の楡の大木で、この木の下で繰り広げられる人間ドラマを見守っている。
登場人物はみな市井の人々で、どこの家庭でも起こり得るような幸せや揉め事が繰り広げられる。そして他人には言えない秘密を抱えていて、それが様々な不幸を招く元になってゆく。
登場人物の多くは不幸な死に方をするが(又は暗示しているが)、最後は救いが用意されている。

この演劇の脚本と演出を手掛けたケラリーノ・サンドロヴィッチ(ケラさん)は、今回の上演にあたって、次の様に述べている。

―「どうしても再演しておきたい公演」というのは滅多にない。「どうしても」となると、劇団での上演に関しては、今やこの作品が唯一。最後の一本だ。
(中略)
実は初演時から「絶対再演したい」とプロデューサーに直訴していた。初演の出来が悪かったからとか、観客の評判が良かったからではない。強いて言うなら、作品側から求められていたのだ。
―劇中に震災を想起させるような要素は皆無だが、執筆≠稽古中、ずっと頭にあったのは、幸せとは言えぬ亡くなり方をした方々の、その人生を引っくるめて「悲惨」と称してしまうことへの反発と、そう称されてしまう人生たちへの擁護だった。「終わり良ければ」は人の一生には当てはまらないのではないか。別の言い方をすれば、そもそも悲惨でない人生なんてないんじゃないか。そんな気持ちだった。

私は、この芝居を東日本大震災の翌年の初演の舞台を観ている。
正直に言えば、その時はさして感動もしなかったし、あまり良い作品だとも思わなかった。
この6年、当たり前だが私も6つ歳をとったし、この間に何人かの親しい人を失った。人間の死亡率は常に100%だ。どういう風に死んでいくのか誰も分からない。だから、死に方によって幸せだった不幸だったかを決められたら、堪ったもんんじゃないという主張は今なら共感できる。
もちろん、この6年で沢山の芝居を観てきたことも影響しているだろう。
今回の舞台は、とても良かった。

人生の歩みによって、劇評も変わってゆくことを実感した。

公演は30日まで。

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2018/04/25

「よみらくご」(2018/4/24)

第14回「よみらくご」
日時:2018年4月24日(火)18時30分
会場:よみうり大手町ホール
<  番組  >
春風亭正太郎『引越しの夢』
三笑亭夢丸『鷺取り』
神田松鯉『天保水滸伝より笹川の花会』
~仲入り~
古今亭文菊『夢の酒』
柳家権太楼『百年目』
(権太楼以外は全員ネタ出し)

この会の良い所は前座を出演させないこと。
前座を出す落語会が多いが、なんで下手な落語をじっと聴いていなくちゃいけないのか分け分からん。それより開演時間を繰り下げるか、終演時間を早めた方が客のためだ。どうしても前座を出したいなら、寄席と同じにして開演前に上げればいい。

正太郎『引越しの夢』
元は上方落語の『口入屋』を東京に移したもの。東京でも9代目文治は『口入屋』のタイトルで演じていたが、現在はこのタイトルで演じるケースがほとんだと思う。
違いは、『口入屋』では前半に店の小僧が桂庵から器量のいい奉公人を連れ帰ってくる場面が加わる。
正太郎はこの会は初とのこと。2016年に「讀賣杯争奪二ツ目バトル」で優勝したそうだから、満を持しての出場ということになろう。
この人らしい真っ直ぐな高座で、通常の出来だと思ったが、客席の受けはイマイチだった。
印象としては、会場の大きさに負けていたかな。つまり会場の広さに応じた高座になっていなかったかなと。
これから場数を踏んでいけば、自然に身について行くのだろう。

夢丸『鷺取り』
これも元は上方ネタで、舞台をそのまま東京に移して演じられている。サゲが、布団の四隅を持った坊主の所に男が飛び降りて、勢いで4人の坊主が頭をぶつけあい死んでしまうというのがオリジナル。それに対して、頭をぶつけあって火花が飛び、それが周囲に燃え移って火事になるというものもある、夢丸は後者だった。
夢丸の明るい芸風とネタが合っていて、楽しく聴かせていた。

松鯉『天保水滸伝より笹川の花会』
ご存知『天保水滸伝』の内、笹川繁蔵が開いた十一屋での花会を描いたもの。錚々たる大親分が集った中で、繁蔵と対立していた飯岡助五郎だけが子分を名代で出席させて恥をかく所を、繁蔵がフォローするという箇所だ。
所詮はヤクザ同士の抗争だが、天保水滸伝では飯岡助五郎が悪ものにされている。二足の草鞋を履く強欲な親分という設定だ。
こういう演目はやはり松鯉の様なベテランが演らないと恰好がつかない。貫禄を示した一席。
天保水滸伝、NHKの大河ドラマでやらないかな。西郷どんよりずっと面白いと思うけどね。

文菊『夢の酒』
私も家族に言えないような夢を見ることがあるので、この噺にはリアリティがある。それを若旦那が女房にペラペラしゃべるから話がややこしくなるのだ。倅を誘惑したと夢の中に入ってまで意見をするつもりでいた大旦那も、相手の女性の前では酒の燗を待つばかりとは、この夢の中の女性ってよほど魅力的だったんだろう。そこを文菊は十分に伝えていた。
この日改めて感じたのだが、このネタの文菊の声の出し入れや強弱が、先代の文楽を思わせる。
もうちょっと軽く演じれば、さらに良くなると思うのだが。

権太楼『百年目』
権太楼だけがネタ出ししていなくて、さて、今日は何を演るのか楽しみにしていたら『百年目』で大当り。
ストーリーは解説不要。
ちょいと桜の時期は外したが、やはりこのネタは春だし、春に一度はこのネタを聴きたい。
過去に数々の名演があるが、現役では権太楼がベストだろう。
満足のうちに終演。

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2018/04/22

朝日名人会(2018/4/21)

第178回「朝日名人会」
日時:2018年4月21日(土)14時
会場:有楽町朝日ホール
<  番組  >
三遊亭歌太郎『がまの油』
柳家花緑『井戸の茶碗』
入船亭扇遊『干物箱』
~仲入り~
隅田川馬石『三年目』
立川志の輔『小間物屋政談』

歌太郎『がまの油』
昨年にNHK新人落語大賞を受賞したこの人の高座を観るのも、今回の目的の一つだった。
この会は毎回二ツ目は一人だけで他は真打、それも売れっ子の真打が並ぶため、なかには気後れしてしまう者もいるが、歌太郎は全くそうした素振りを見せず堂々としていた。
マクラで客席を掴んでいたし、ネタも丁寧に演じていて悪くない。
ただ、がまの油売りの口上には工夫が要ると思った。時おり、講釈師のように扇子で足をポンポンと叩いていたが、あれはリズムを崩す。ここは口上を得意としていた3代目柳好や3代目金馬のように、唄い調子で流れるような口立てで演じるのが正解ではなかろうか。
いずれにしろ期待の若手であることは間違いない。

花緑『井戸の茶碗』
マクラで人口は減り続けてるのに、落語家は増え続けている。気が付いたら日本人がみな落語家になるんじゃないかと言っていた。
本人とすれば好きでなるんだろうが、その前に適性を考えたほうがいい。どう見ても不向きと思える人もいるしね。
ネタは、客席からは受けていたが、感心しなかった。むしろ花緑の欠点が目立つ高座だったと思う。それは登場人物のセリフに、演者の地のセリフが混ざってくるのだ。だから清兵衛がまるで現代人の様に映るし、思わず「ドア」なんて言葉が飛び出したのもそのためだ。
特にこのネタはもっと真っ直ぐに演じるべきものだと思う。

扇遊『干物箱』
若旦那の身代わりになった善公が2階に上がってから、若旦那と花魁とのイチャツキを連想して騒ぎ、果ては花魁から若旦那にあてた手紙を読むと善公の悪口が書かれていて、思わず大声で怒鳴ってしまい親父にバレルという演じ方。ここが何とも可笑しい。
古典は真っ直ぐに演じても十分面白いという見本のような高座。

馬石『三年目』
結論からいえば、不出来。何が悪かったかというと、ダレてしまったこと。
重い病で重篤状態になった女房だが、愛する亭主が後添えを貰って自分同様に新しい女房を可愛がると思うと、死んでも死にきれない。そこで亭主が再婚した初夜に幽霊になって化けて出るという約束をするが、3年経ってからようやく幽霊になって出て来る。それは坊主頭じゃ恥ずかしいので、髪が元のように伸びるのを待っていた。
この女房の究極ともいえる純愛、あるいは究極の嫉妬心とでも言おうか、そこを描くのが肝要だが、馬石の高座では感じられなかった。
亭主と女房との不毛とも思える会話をダラダラと続けたのも、無意味。

志の輔『小間物屋政談』
過去177回の朝日名人会の中で、このネタが演じられたのは1回だそうで、理由は長い割に面白くないからだと言っていた。
私もこのネタをナマで聴くのは初めてだ。因みに圓生と5代目圓楽のCDは持っているが、それぞれ欠点がある。
圓生のものは晩年の高座だったせいか、裁きの場面で奉行が原告と被告の名前を取り違えるというミスを犯している。
圓楽の方は、この人ってこんなに下手だったのかと思えるほどの不出来だ。
それだけ難しいネタなんだろう。
この物語は大きく3つに分かれる。
上では、若狭屋甚兵衛が死んだのを、手違いで相生屋小四郎が死んだことになるまで。
中は、再婚していた女房・お時の所へ小四郎が戻ってきて、大揉めになるまで。
下は、大岡裁きで大団円となるまで。
志の輔の演じ方は、上中下の間にトークを挟んで少し間を置き、観客に一息いれさせた点に工夫を感じる。場面転換の幕間とでも言おうか。
他では、小四郎が誤って死んだことにされると同時に人別帳から抜かれてしまったという設定にしていたこと。これは当然ではあるが、圓生や圓楽では触れておらず、後の問題解決にも重要なポイントとなる。
また、奉行の裁きの場面では、全体の裁きの後で小四郎だけを残し、若狭屋の女房と見合わせるというのも理にかなっている。この部分は他の登場人物とは切り離した方が自然だし、聞く側も理解しやすい。
志の輔の演出が成功した一席で、終演。

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2018/04/21

国立4月中席・楽日(2018/4/20)

国立演芸場4月中席・楽日

前座・春風亭べん橋『たらちね』
<  番組  >
桂夏丸『つる』
桂枝太郎『茶の湯』
桂竹丸『漫談』
Wモアモア『漫才』
瀧川鯉昇『粗忽の釘』
~仲入り~
コントD51『コント』
桂文治『源平盛衰記』
桧山うめ吉『俗曲』
三遊亭小遊三『厩火事』

ここんとこ国立に行ってないなと思い立ち、そういえば今日は中席の楽日だと、今朝早く残席を調べたら2席、それも前方の通路側という良席だった。おそらくキャンセルが出たんだろう。これぞ行けという天の啓示と受け止め、座席確保して出かける。
会場に着いた時は満員御礼の札が下がっていた。
初顔の人、久々の人、お馴染みの人、色々だった。

夏丸『つる』
初見。入門16年でこの5月にようやく真打昇進とのこと。他の人より昇進までが長くなったようだが、見方によってはその分力を蓄えたともいえる。
喋りはいいし、声もいいし、シュっとしている。唄が上手いので、目指せ芸協の市馬!

枝太郎『茶の湯』
枝太郎というと、スマートなスタイルの先代(インテリの枝太郎)を思い出してしまうが、当代は対照的だ。
今は地方出身者の東京落語家が多いが、通常は訛りを消して東京弁でしゃべる訓練をする。
この人は(多分)敢えて東北訛り(岩手県出身)を残したまま演じている。このギャップと、ちょっと間を外したようなクスグリを入れるのが特徴。
茶杓で茶をすくう時、「安倍さんと一緒で底が浅いとすくいにくい」。
浅い出番でこのネタを手際よくノーカットで演じて見せた。

竹丸『漫談』
何とかいうタイトルを付けていたが、中身はマクラや小咄を並べたような漫談。
この日の様に古典が並ぶときは、こうした息抜きの高座も必要。
サービスの「かっぽれ」が実に結構だった。寄席の踊りというのは上手けりゃ良いってもんじゃない。重要なのは愛嬌。この人の踊りはその手本だ。

Wモアモア『漫才』
オッチャン風なボケと企業の管理職風なツッコミとのコンビで、かみ合わないヤリトリが特長のベテラン漫才。
最前列の年配客(米丸より年上とのこと)から手土産を渡されていた。ファンは有り難い。

鯉昇『粗忽の釘』
女房が、箒を掛けるから釘を打ってと言われて長い瓦釘を打ってしまうというのがオリジナルだが、箒なら軽いものだから、そんなに長いのは必要ない。鯉昇はそう考えたんだろう、一時期はエキスパンダーを使っていたが、ここ最近は飛びきり重いロザリオにしている。
男が隣に行くのを間違えてお向かいの家に行ってしまうが、ふり向くと女房が恐い顔をして手招きしているので間違えに気付くという演りかたも独特。
いつもの様に気怠いマクラから、終いは熱演というお馴染みパターンで、仲入り。

コントD51『コント』
このコンビの、くどくてワザとらしい演技が好きじゃないので、睡眠タイム。

文治『源平盛衰記』
今日も絶対コレだと思っていたら、やっぱりコレ。その日の客のレベルを見てネタを選ぶっていうのは、ウソだね。

うめ吉『俗曲』
音曲の芸人としては声が細くて小さいというのが弱点。
(失礼ながら)お年の割に可憐な印象を受ける所が強味。
地毛で日本髪を結う貴重な存在。

小遊三『厩火事』
次官のあれはセクハラじゃなくて色ボケでしょうと言っていたが、未だ色ボケってぇ年じゃないしね。
10歳も年下の亭主は仕事もしないで家でゴロゴロ。おまけに髪結いで稼いでいる女房をしり目に昼間っから牛肉で一杯。こんな男のどこがいいんだと言いたくなるが、そこはそれ、夫婦にしか分からない事があるのだ。
だからこのネタはかなりエロチックなのだが、そこを程よく見せるのが腕の見せどころ。
小遊三も程よく見せて終演。

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2018/04/19

イプセン「ヘッダ・ガブラー」(2018/4/18)

SIS Company「ヘッダ・ガブラー」
日時:2018年4月18日(水)18時30分
会場:Bunkamuraシアターコクーン
脚本:ヘンリック・イプセン
翻訳:徐賀世子
演出:栗山民也
<  キャスト  >
寺島しのぶ/ヘッダ・テスマン(ガブラー)、ガブラー将軍の娘
小日向文世/イェルゲン・テスマン、ヘッダの夫、学者
佐藤直子/ミス・テスマン、イェルゲンの叔母
水野美紀/エルヴステード夫人、ヘッダの友人、レェーヴボルクを恋い慕う
池田成志/レェーヴボルク、ヘッダの元カレ、イェルゲンとはライバルの学者
段田安則/ブラック判事、テスマン夫妻の共通の友人、ヘッダにソノ気ありあり
福井裕子/テスマン家のメイド

【あらすじ】
高名なガブラー将軍の娘で美しく気位が高いヘッダは、キラ星のごとき男の中から将来性があると踏んだ学者イェルゲン・テスマンを夫として選び、結婚する。
ところが夫は学問にばかり夢中で、死ぬほど退屈な男。
そこへ、ヘッダの元カレで、ヘッダが銃を突き付けてまでして関係を断った男、レェーヴボルクが突然現れる。
以前は身を持ち崩していたが、今ではエルヴステード夫人の手助けによって立ち直り、学者として実績を上げつつあった。
一方、エルヴステード夫人は恋しいレェーヴボルクを追って家を捨て、彼を追いかけてくる。
テスマン家で再会を喜び合う二人に、ヘッダは嫉妬の心を燃え上がらせる。テスマン夫妻の知り合いであるブラック判事によれば、次の教授にはレェーヴボルクが有力だという。そうなれば、ヘッダの人生計画も狂ってしまう。
ヘッダはレェーヴボルクを再び堕落の道へ落とすべく計画を練り、成功するかに見えたが・・・。

時代は19世紀。家庭に不満を持っているが、ヘッダは自立する気もない。かと言って、友人のエルヴステード夫人の様に、好きな人のためなら家も家族も投げ出してといった行動に出るわけでもない。
もっとも19世紀という時代の制約の中では、女性の自立は極めて困難だっただろうが。
人を見くだし、自分より恵まれたと思う人間に嫉妬を募らせ、相手の足を引っ張るだけの人生。
最後は破滅の道に進むのは当然だろう。
しかし、ヘッダの心境というのは、21世紀に生きる人々にも、共感が得られる部分はあるだろう。
この芝居は、人間の愛欲、嫉妬、打算といった普遍的な問題をテーマにしており、そこが現代人にも受け容れられるのだと思うj。

出演者では、寺島しのぶの存在感、演技力が舞台を圧倒していた。やはりDNAか、舞台映えする。
他の共演者もそれぞれいい味を出していた。
小日向文世がフサフサのカツラをかぶると、あんなに若く見えるんだね。オレも髪を真っ黒に染めてみようかしら。息子より若く見られたりしてね、フフ。

公演は30日まで。

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2018/04/17

意味不明な番組『超入門!落語 THE MOVIE』

先日、たまたまTVをつけていたら、NHKで『超入門!落語 THE MOVIE』という番組をやっていた。昼間だったので再放送だったのだろう。
名前は聞いたことがあるので、どんなものかと見てみた。
三遊亭兼好『親子酒』と柳家喬太郎『初音の鼓』の2席で、いずれも短縮版だった。
落語家がしゃべり出すと場面が切り替わり、俳優が口演に合わせて口パクと演技で物語を演じるというのもの。

何でこんな番組を考案したのか、意味不明だ。
落語の特長、良さというのは、演者の口演を聴いて、観客の一人一人が自分の頭の中で場面を想像し、解釈してゆくことにある。
10人が聴けば、10人の頭の中では別の場面が浮かび、10人それぞれが物語を紡いでゆく。
演者が違えば、同じ噺でも客の受け止め方が異なる。客が違えば、高座での演じ方も変わる。そういう芸能だ。
演者の声の高低、強弱、緩急、息づかい、そして何より「間」。身体全体から指先にいたるまでの動き、顔の表情変化、時として目の動き一つで場面全体を表現することもある。
それが落語というものだ。
それを「絵」にして見せるなんざぁ、愚の骨頂。もはや落語とは全く別物。入門にもなにもなりゃしない。

解説によれば、聴衆の側に聞くためのスキルを要する落語、とかなんとか言ってるようだが、冗談いっちゃいけねぇ。
落語を聴くのにスキルなんざぁ要らない。スキルを磨いてから落語をなんて、聞いたことがない。
日本語さえ分かれば、誰でも理解できる。
ただ、面白いと思うか、興味を惹かれるかは、人それぞれだ。

いずれにしろ、公共放送で制作するようなシロモノじゃないね。

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2018/04/15

皇室とネガティブキャンペーン

約1ヶ月ほどブログを休載していたが、意外にアクセス数が落ちていなかった。
原因は、ある記事にアクセスが急増していたからだ。
その記事は2009年に書いた”皇室の危機(3)「『皇位簒奪』の仕掛人」”というタイトルの記事だ。
当時、雅子妃の状態をめぐって次の天皇には皇太子は相応しくなく、秋篠宮に皇位継承すべきという意見がネットに溢れていた。

「簒奪」とは皇位(王位)を奪うという意味で、日本の歴史の中でも山ほどあった。
この記事では、昭和天皇の時代に起きたいくつかの事件をとりあげ、決して遠い過去のものではないことを例証している。
そして記事ではこう警告している。
「秋篠宮を天皇に」と主張し、「反皇太子キャンペーン」を展開している人々に対し、皇太子こそが正当な後継者だと主張する人も必ずいる筈です。
そうなると、お互いの正当性をぶつけ合うことになり、やがては双方のネガティブキャンペーンがエスカレートしていくでしょう。

いま眞子さんの婚約をめぐって、本人と相手に対して激しい非難の声があがり、それが秋篠宮家に対する批判にまで拡がっているようだ。
どうやら先の記事が、今日の事態を予測したものと受け止められ、アクセスが集中したものと見える。
天皇の代替わりを目前に、こうしたネガティブキャンペーンがさらに激しくなるかも知れない。

9年前の記事を改めて読んで、かつてはちゃんとした記事も書いていたんだなと、ここのとこのテイタラクを少し反省。


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2018/04/13

「一之輔・文菊 二人会」(2018/4/12)

第6回「春風亭一之輔・古今亭文菊 二人会」
日時:2018年4月12日(木)18時30分
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・春風亭一猿『十徳』
古今亭文菊『あくび指南』
春風亭一之輔『鮑のし』
~仲入り~
春風亭一之輔『蒟蒻問答』
古今亭文菊『子は鎹』

時代を代表する若手といえば、00年代は喬太郎で10年代は一之輔ということになろう。落語という世界に大きなインパクトを与えたという点でも二人は共通する。
10年代の一之輔に対抗しうる若手となれば、やはり文菊だ。人気(つまり集客力)の面では大きく水をあけられているが、実力は大きな差があるとは思えない。
芸風は対照的といって良く、一之輔がマクラでしばしば自分の家族を話題にするが、片や文菊は生活臭を感じさせない。
一之輔が自分で編み出したクスグリをどんどん放り込むのに対し、文菊は真っ直ぐに演じる
噺家の力量は60代に試されるというのがアタシの持論だ。
60代になった時の二人がどのような位置にいるか、アタシは見届けることは出来ないが、果たしてどうだろうか。

文菊『あくび指南』
このネタには大きく二つの型がある。
・男がいきなりあくび指南を受けると言い出し、指南所に行く。
・男がたまたま指南所の間で掃除している粋な年増を見初め、その女目当てにあくび指南を受けると言い出し、指南所に行く。
文菊の型は後者で、実際の指南者はかの女の亭主だったので、男ががっかりするという所から始まる。
乙に気取った指南者と、失敗を繰り返す男の対比を中心に受けていたが、やや力が入り過ぎていたきらいがある。
このネタはもっと軽く演じても良いのでは。

一之輔『鮑のし』
マクラで国会のことにふれ、麻生がニヤニヤしているのを見ると自分の中にも正義感があるんだと思ってしまうと言っていた。あれは印象が悪いよね。
麻生の薄ら笑い、もしかしたら安倍を引き下ろすための高等戦術かな。
一之輔は、お人好しだが抜けている男を描くのが上手い。このネタの主人公の甚兵衛さんの造形は、いわば自家薬籠中だ。
男は魚屋に行っても「鯛」が分からない。でも魚屋が「鯛だ」というと、「怠け者?」と返す。魚屋から「鯛を知らないのに、怠惰は分かるんだね」と突っ込まれる。
この男は女房から教わった口上はロクに言えないのに、親方から教わったノシの由来は割合とスラスラ言えるのだ。
甚兵衛さんて、抜けてんだか、まともなんだか。

一之輔『蒟蒻問答』
先代正蔵-先代柳朝-一朝-一之輔という流れで、このネタは一門のお家芸と言える。
一之輔の演じる坊主や寺男の荒々しさは、大師匠の柳朝に近い。寺男が「湯灌ば踊り」の代わりに「弔い節」を唄うのだが、哀調で途中にセリフが入るのが何とも可笑しい。
問答の場面を程よく笑わせて、下がる。

文菊『子は鎹』
このネタは子どもを媒介にした男と女の物語だ。
酒を飲んでは女房に乱暴を繰り返し、遂には女房、子と離別することになった男。一時の気の迷いから女郎上りの女と所帯を持つが、直ぐに破綻する。そこで初めて目が覚め、分かれた女房への未練だけが残る。
女は手内職をしながら倅を育てるが、男への未練が断ち切れず、縁談も断って独り身を通す。
だから倅が父親と会ったと聞いた途端、女は一瞬顔を上気させる。
文菊の描くこの女房は、まさしく「女」である。
翌日、男と倅が食事している店に向かう際は化粧を施し、おそらくは身づくろいもきちんとしていたのだろう。再び男と一緒になる決心を固めていたに違いない。
それは彼女の男への強い情念だ。
文菊は、女房お光の「女」の部分に強い光をあてる演じ方で、このネタに新たな息吹を与えていた。

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2018/04/09

月亭可朝の死去を悼む

以下はデイリースポーツ4月9日付記事より引用

【カンカン帽で「嘆きのボイン」を歌った落語家の月亭可朝(本名・鈴木傑=すずき・まさる)さんが3月28日に急性肺腺維症のために兵庫県内の病院で亡くなったことが9日、分かった。80歳だった。
高校を卒業後に3代目林家染丸に入門するも女性問題を起こして破門。
人間国宝だった3代目桂米朝にひろわれ、米朝一門の筆頭弟子となった。
1969(昭和44)年にコミックソング「嘆きのボイン」を発売し大ヒット。
その後も国政選挙への出馬と落選、ストーカー事件で逮捕されるなど破天荒な生きざまを貫いた。
通夜、葬儀・告別式は故人の意思で密葬で営まれた。】

3月11日に東京での独演会が予定されていたが、入院が長引いているので中止という連絡があり心配していたが、帰らぬ人となってしまった。
私が可朝の高座に接したのは2回で、いずれも昨年の独演会「可朝のハナシ」で、会場はお江戸日本橋亭だった。
日にちと可朝の演目は次の通り。
1月21日 『世帯念仏』 『色事根問』
8月19日 『鰻屋』 『算段の平兵衛』
扇子をひらひらさせながら踊る様な足取りで高座に上がってくる姿は、実に粋だった。
どの高座もやはり米朝の弟子だと思わせるものだったが、『算段の平兵衛』では、米朝の高座では平兵衛をどこか憎めない人物に描き、陰惨なストーリーを明るく描いていた。
対する可朝の高座は端正な語りで、ドロドロとした人間の業をさらけ出す様な演じ方だった。サゲを含めて自身の独自の解釈で演じたと思われ、深く印象に残った


8月の会ではゲストのせんだみつおとの対談で、自らのエピソードも披露していた。
・最初の師匠をしくじったのは女性問題。師匠が可愛がっていた芸妓に誘われて部屋に上がって一晩過ごした。翌朝、朝食の買い物に出かけた彼女の後を歩いていたら、師匠とパッタリで、即破門。
・しかし、その芸妓とは何のやましい事はなく、破門は厳しすぎるということで米朝に拾われ、弟子入りした。
せっかく弟子になったので小米朝を名乗りたいと申し出たら(「小米朝」は字画が、3,6,12と倍々になっていて縁起がいいと易者に勧められたのが理由)、米朝から弟子が自分の名をつける奴があるかと叱られた。傍にいたお上さんが、本人がこれだけ欲しがってるんだからと後押ししてくれて、望み通り小米朝に決まったという。
・可朝が馬券で大当りして100万円近い金を得た。さて何に使おうかと車の中で思案していたら、仏壇屋が目にとまった。そうだ、仏壇を買おうと有り金はたいて仏壇を購入。サービスに大きな蝋燭を付けてくれた。
仏壇にお灯明をあげるのでその蝋燭を使ったが、大き過ぎて仏壇に火がまわり、そのため自宅が全焼してしまった。
可朝は病院に見舞いに行っていたら、仲間から「あんたの家が火事や」と電話があった。たまたまその日が4月1日で、てっきりエイプリルフールの冗談だと思った可朝は、「そう、いま家を燃やしてるねん」と平然としていた。

落語の登場人物を地で行くような生き方と言ってもいいだろう。
晩年の可朝の高座を聴けたのは幸いだった。

ご冥福を祈る。

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2018/04/07

平成29年度「花形演芸大賞」の受賞者

3月29日に、平成29年度「花形演芸大賞」の受賞者が以下の通り発表になった。

【大賞】 
笑福亭たま(上方落語)

【金賞】
江戸家小猫(ものまね)
三遊亭萬橘(落語)
ストレート松浦(ジャグリング)
菊地まどか(浪曲)

【銀賞】
桂福丸(上方落語)
桂佐ん吉(上方落語)
鈴々舎馬るこ(落語)
雷門小助六(落語)

大賞が笑福亭たまになったのは当然だろう。むしろ遅すぎたくらいで、本当は昨年受賞にすべきだった。
新作が多いが、私はたまの古典に注目していた。非常にきっちりとした古典を演じながら、たまらしい個性が活きている。
いずれ上方落語界の中心的存在になると確信している。
銀賞にも二人の若手が受賞しているのは、昨今の上方落語の充実ぶりを示すものだろう。
桂吉坊の名がないのが不満ではあるが。

色物から江戸屋小猫とストレート松浦が金賞に選ばれたのも注目される。二人とも素晴らしい技能の持ち主だ。
浪曲から菊地まどかが選ばれたが、コツコツと花形演芸会に出演を重ねた努力が実ったものだろう。
金賞に萬橘が選ばれたのも順当で、来年は大賞目指して頑張って欲しい。

当ブログはただいまお休みだが、あまり嬉しかったでこれは臨時号。

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