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2018/05/31

新宿末廣亭5月下席・昼(2018/5/30)

「新宿末廣亭5月下席昼の部・楽日」

前座・立川幸太『子ほめ』
<  番組  >
春雨や風子『?』
新山真理『漫談』
春風亭昇市『桃太郎』
三笑亭可龍『たらちね』
山上兄弟『奇術』
笑福亭べ瓶『読書の時間』
立川談幸『寄合酒』
宮田章司『江戸売り声』
三遊亭栄馬『茄子娘』
三笑亭茶楽『厩火事』
ボンボンブラザース『太神楽曲芸』
三遊亭圓輔『長短』
~仲入り~
神田松之丞『谷風人情相撲』
東京太・ゆめ子『漫才』
山遊亭金太郎『看板のピン』
三笑亭夢太朗『転宅』
やなぎ南玉『曲独楽』
春雨や雷蔵『青菜』

新宿末廣亭5月下席は芸協の芝居。その楽日へ。
芸協の魅力は落語以外にもいろいろな芸を楽しめることだ。

この日でいえば、新山真理『漫談』。「漫談」という芸は私が幼い頃には大変人気があった。山野一郎、牧野周一といった人たちが寄席やラジオ放送で活躍していた。今でも三味線やギターなど楽器を使う漫談家はいるが、素のトークだけの寄席芸人は少ない。和服で座布団に座って演じるのは新山真理だけではなかろうか。この日も楽屋に戻れば介護士などと毒舌をはきながら笑わせていた。

寄席の奇術といえば、たいがいは年配の人が出てきて怪しい手品を見せるのだが、山上兄弟『奇術』は数少ない若手だ。この日は定番のマジックだったが、国立演芸場ではイリュージョンを披露することもある。

宮田章司『江戸売り声』、この芸だけはこの人の専売特許だ。貴重な文化遺産だが、後継者がいないようだ。

ボンボンブラザース『太神楽曲芸』、誰か日本一の曲芸師と言っていたが、その通りだろう。この日も鏡味繁二郎のとぼけた芸で客席を沸かしていた。特に見学に来ていた愛知の中学生たちは大喜びしていた。ここ最近、相方の勇二郎がよく物を落とすのが気になる。

神田松之丞『谷風人情相撲』、流行ってる人というのは勢いがある。講釈師としては読みに臭さを感じてしまうのだが、そんなものは吹っ飛ばしている。

東京太・ゆめ子『漫才』、ボケ役の京太のボケがどこまで芸なのか、どこまで本物なのか判然としない所が魅力か。

やなぎ南玉『曲独楽』、高座の奥の方で独楽を回す独特のスタイル。本人も言ってたように客席から見えにくいと思うのだが、こういう芸風なのだ。

色物で長くなったので、落語は印象に残ったいくつかを紹介する。

笑福亭べ瓶『読書の時間』、桂文枝作のネタで、東京でも演じられているが、やはり上方落語の方が断然面白い。べ瓶は初見だったが、テンポも歯切れもよく達者な印象だった。

談幸『寄合酒』、出番の直前に中学生の団体が入りざわついた雰囲気だったが、マクラで一気に客席を引き込んだ手腕は見事。ネタも短縮版だったが、ツボはおさえていた。芸協もこの人の加入で厚みを増した。

三遊亭栄馬『茄子娘』、渋い。でもこのネタには渋さが似合う。

茶楽『厩火事』、仲人から亭主と別れなさいと言われた時のお崎さんの目が良い。「昼間は優しくしてくれんですよ、でも夜になると荒々しく・・・」なんてお崎さんのノロケも色っぽい。

三遊亭圓輔『長短』、二人の煙草を吸う時の表情がいい。それと短七が煙草を吸いながら長さんの姿を窺う時に、オヤッという思い入れから相手の袂の辺りを見て、それから徐々に見上げる仕草をしていた。これは後半のサゲへの仕込みと思われ、工夫を感じた。

最後は季節感溢れる、春雨や雷蔵『青菜』でお開き。

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2018/05/29

メディアの扇動と国民の熱狂が導いた「アジア・太平洋戦争」(3)国際連盟からの脱退

(3)国際連盟からの脱退

日本の国際連盟からの脱退は、その後の日本の進路に大きな影響を与えた。
脱退に至った経緯は次の通りだ。
1931年に満州事変が起きると中国は直ちに国際連盟に提訴した。国際連盟理事会は実情把握の必要から調査団を派遣することを決定し、イギリスのリットン卿を団長に選任した。
日本は1932年1月に上海事変を起こし、中国本土に戦火を拡大、国際世論の反発を受けた。また同年3月1日には満州国の建国を宣言した。

リットン調査団は1932年の3月から6月にかけて日本、満州、中国各地で調査にあたり、10月に報告者を公表。
リットン報告書の骨子は、満州事変は日本の侵略行為であり、自衛のためとは認定できないというものであった。ただし、満州における日本の権益は認められるとして、そこに日本と協力する自治的な政権が成立することには容認できるとしていた。日本軍に対しては満州からの撤退すべきであるが、南満州鉄道沿線については除外した。
この様にリットン報告書は、満州事変は日本の侵略行為と認定しながら、日本の満州での権益を認めるという妥協的な内容であった。それはまた欧米帝国主義の視点に立ったもので、中国の独立や中国民衆の保護の立場は一切無視するものだった。

にも拘わらず、軍部は侵略行為と断定されたことによって満州国も否認されたものとして強く反発し、国内にもそう宣伝した。
政府内では、国際連盟からの離脱は必要ないという意見が主流だった。
1932年10月、国際連盟の総会に出席する松岡洋右全権大使に対する政府の指示は「連盟側をして或程度その面目を立てつつ事実上本件より手を引かしめる様誘導うること」であって、連盟脱退することなど、どこにも書かれていない。
国連法では、勧告を無視しても制裁を受けることがなかったので、そのまま連盟に留まっていれば良いというのが主流だった。
いま北朝鮮やイスラエルが何度も国連から非難決議を受けても脱退せず、国連に留まっているのと同じ理屈だ。

この状況が大きく変わったのは、12月に全国132の新聞が、リットン報告書拒否共同宣言を出したことだ。つまりメディアが対外強硬論で一致したことを示したのである。
これで軍部はすっかり勢いづいた。
翌年2月には、日比谷公会堂で「対国際連盟緊急国民大会」が開かれ、以下のような宣言が採択された。
「(前略)政府は宜しく速やかに頑迷なる国際連盟を脱退し直ちに公正なる声明を中外に宣言し、帝国全権をして即時撤退帰朝せしむべし。」
この大会の模様はNHKが全国に中継した。なにせ当時はラジオ放送はNHKしか無かったので、この影響は絶大だった。これはまたNHK放送が政治的影響を与えた最初の出来事となる。
松岡全権の背後にはこうした国民の声があった。
2月の閣議決定を受けて、日本は正式に国際連盟から脱退し、国際的孤立化の道を歩むことになる。

いまヨーロッパ各国でポピュリズムを唱える政党や極右政党が勢力を伸ばしており、既に政権に参加している国まで現れている。米国の大統領もこの流れと見てよい。
わが国では、政権が一部のメディアに対する圧力を強めながら、政権のお先棒をかつぐメディアには優先的に重要な情報を流すなど、メディア選別を強めている。
私たちは戦前を教訓として、決して同じ轍を踏まぬようにせねばなるまい。

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2018/05/28

「トラ・キン会談」

トラさん「おれ、キン公の野郎、大嫌いだ」
シンちゃん「あたしもキン公嫌い、イヤな奴でね」
トラさん「こんど、キン公と一杯やることにしたよ」
シンちゃん「そりゃまた結構! キン公もあれでいいとこあるんですよ」
トラさん「キン公と飲むの、やめにした、どうもあいつ気に入らない」
シンちゃん「そうでしょ、あたしもそれがいいと思ってましたよ」
トラさん「気が変わった、やっぱりキン公と飲むことにしたよ」
シンちゃん「さすがは大将! ヨイショ!」

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メディアの扇動と国民の熱狂が導いた「アジア・太平洋戦争」(2)五・一五事件

だいぶ前のことになるが、戦前に新聞の編集者だった人にインタビューした記事を読んだことがある。
その元編集者は、「政府や軍部から圧力があったか?」という質問に対して「全く無かった」と答えていた。
「戦前日本のポピュリズム - 日米戦争への道」 を読んで納得したのだが、どの新聞も政府や軍部のお先棒をかついていたわけで、それなら圧力の掛かりようがない。
それは今のメディアでも言えることだろう。
(2)5・15事件
1932年に起きた5・15事件は、海軍青年将校・陸軍士官学校生徒らが首相官邸などを襲撃し、犬養毅首相を射殺したテロ事件だ。軍部はこれを利用して政党内閣に終止符を打ち、軍部独裁政治への一歩を進める大きな契機となった。
しかし、当時の新聞は犯人たちを非難するどころか、彼らの主張する憂国の志を賛美していた。
「その悲壮な国士的精神、犠牲的精神の純真さに感動を禁じ得ない」(大阪朝日新聞)
裁判の傍聴記事では専ら被告の陳述だけを、それも彼らの行動を赤穂義士の討入りにまで擬して、浪花節を語るごとくに紹介した。
国民の間には被告らの減刑を嘆願する運動が拡がり、全国から血書したものや血判をしたもの、さらには9人の青年から小指を根元から切断して嘆願書に添付したものが送られてきた。この小指をアルコールに漬けて弁護人が法廷に差し出すと、検察官から裁判官、傍聴人みな等しく涙を流したと新聞は伝えていた。
遂にはこの事件を題材にした「昭和維新行進曲」がレコーディング、発売された(後日発禁となる)。
歌詞は次の通り。
1、踊り踊るなら 五・一五の踊り 踊りや日本の夜が明ける
2、花は桜木 人は〇〇 昭和維新の人柱
3、男惚れする△△の 問答無用の心意気
(〇〇と△△は、実行犯の軍人の名前)
「問答無用」とは、実行犯が犬養首相を射殺する際に発した言葉とされている。
こうした空気の中で被告に対する判決は、実行犯らが最高でも禁錮15~13年になるなど、刑が大幅に軽減され、しかもその後に恩赦で釈放された。
こうした甘い処理が、その後の軍部によるテロやクーデターの引き金となってゆく。

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2018/05/27

文学座公演「怪談 牡丹燈籠」 (2018/5/28)

「怪談 牡丹燈籠」
日時:2018年5月28日(土)13時30分
会場:紀伊国屋サザンシアター

原作:三遊亭円朝
脚本:大西信行 
演出:鵜山 仁
<出演者>
早坂直家、石川 武、大原康裕、沢田冬樹
釆澤靖起、相川春樹
富沢亜古、つかもと景子、岡寛恵、梅村綾子
髙柳絢子、永宝千晶

【あらすじ】
この物語のメインストーリーは、飯島平左衛門の忠僕孝助の仇討だが、お馴染みの落語や芝居ではその部分はカットされ、サイドストーリーである伴蔵とお峰夫婦の物語を本筋としている。
圓朝の原作では年代を1743年としているが、大西信行の脚本では約100年ほど後ろにずらし幕末頃に設定している。
旗本飯島平左衛門の一人娘お露はふとした縁で浪人萩原新三郎を見染め、恋い焦がれた末に焦がれ死に、女中のお米もその後を追った。それを伝え聞いた新三郎は念仏三昧の供養の日々を送っていた。折しも盆の十三日、死んだと聞いていたお露とお米が牡丹燈籠を提げて門口に立った。二度と会えぬと思い詰めていた二人は激しく燃えあがる。
平左衛門の妾お国は、隣の屋敷に住む宮野辺源次郎と人目を忍ぶ仲。家督を早く乗っ取りたく焦った二人は、奸計を巡らし平左衛門を斬殺するが、源次郎も足に深手を負ってしまい、二人はそのまま江戸を出奔する。
新三郎は夜毎お露と逢瀬を重ねていたが、この家に出入りをする伴蔵は家の様子を見てお露とお米が幽霊だと見抜く。このままでは新三郎がとり殺されると、新幡随院の良石和尚から死霊退散のお札を貰い、戸口や窓に貼りつけ、新三郎の海音如来の尊像を身に付けさせる。このため家の中に入れず二人は萩原の家の周りを漂うばかり。
新三郎に逢えぬお露の嘆き悲しみを見て、不憫に思ったお米は伴蔵にお札と如来像を取り除いてくれと頼む。それを知った女房お峰の入れ知恵で、百両の大金と引き替えに伴蔵夫婦が一計を案じて新三郎海音如来像を盗み、お札を剥 がすと、牡丹燈籠はうれしげに高窓に吸い込まれて行った。
その1年後、ところは野州栗橋宿の関口屋という大店の旦那におさまった伴蔵とお峰の姿があった。 商売も順調だったが、近ごろ伴蔵は近くの料理屋の酌婦・お国に入れあげ夜遊びの日々。飯島家を出奔したお国と源次郎だったが、この地で源次郎の足の怪我が悪化し、その治療費を稼ぐためお国が店に出ていたのだ。
事情を知ったお峰は伴蔵を問い質すと、伴蔵が居直る、怒ったお峰が新三郎の一件を持ち出し伴蔵を詰る。ここで伴蔵は平謝りして、よその土地に移ってまた二人で一から出直そう説得し、お峰も承知する。
ついては新三郎から奪った金の海音如来を掘り出して逃げようとお峰を幸手堤に誘い出し、見張りをさせていたお峰を伴蔵は背後から刺殺する。

落語の演目でいえば、『お札はがし』『栗原宿』にあたる。
上演時間は休憩を除きおよそ2時間、間に三遊亭圓朝に扮した役者が高座に登場し、ストーリーの足りない部分を解説するという演じ方だった。手際よくまとめられ、筋が分かりやすい様に工夫されている。
「世の中の人の心を分析すれば 色気三分に欲七分」という都々逸があるが、「牡丹燈籠」はズバリその世界だ。
今の惨めな生活から何とか這い上がろうと必死にもがく男女、いったんは幸せを掴んだかに見えたが、その先にはもっと大きな不幸が待っていた。
因果応報という単純なものよりもっと深い、人間の不確実な運命を描いた作品だからこそ、100年経ても色あせないのだろう。

公演は6月3日まで。

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2018/05/25

メディアの扇動と国民の熱狂が導いた「アジア・太平洋戦争」(1)満州事変

筒井清忠 (著) 「戦前日本のポピュリズム - 日米戦争への道」 (中公新書-2018/1/19初版)
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満州事変から対米戦争を経て敗戦に至る「アジア・太平洋戦争」(一般に太平洋戦争と呼称されているが、実際には中国をはじめアジア各国を巻き込んだ戦争なので、「アジア・太平洋戦争」とする)について、軍部が勝手に独走し国民を強引に戦争に導いたと思われがちだが、事実はそう簡単ではなかった。
経緯を子細に見れば、むしろ国民の熱狂が政府を動かし、国民が政党政治を否定して中立的だと信じた権力(天皇、官僚、軍部)に依拠した結果が、この戦争を導いたと見るべきだろう。
そして、国民を扇動して上記の方向に導いたのが戦前のメディア(特に新聞)だった。
いま一部のメディアが中国や韓国朝鮮への蔑視と狭隘な愛国主義を煽り、これに呼応したネットでのいわゆるネトウヨと呼ばれる人たちの主張を見るとき、戦前日本の教訓を改めて思い起こす必要があると考える。
冒頭の書籍を参考しながら、重要なターニングポイントとなった1931-1932年の間に起きた歴史的事件をとりあげ、3回に分けて掲載する。

(1)満州事変
先ず1931年の満州事変について、日本軍が中国への侵略を本格化させたきっかけとなった事件だ。
この件について、当初「朝日」(当時は東京朝日新聞、大阪朝日新聞)はこれに批判的だった。
「今日の軍部はとかく世の平和を欲せざるがごとく、自ら事あれかしと望んでいるように見える」
「(陸軍側は)満蒙問題を殊更重大化せしめて、国民の注意を寧ろ軍拡の必要まで引き付けんとする計画に帰する」
これらの主張は今日から見れば妥当なものだが、国民の間から「朝日」の不買運動が起き、部数がどんどん減っていった。
これに対して部数を伸ばしていったのが「毎日」(当時は東京日日新聞、大阪毎日新聞)で、重役会議で満州事変支持を打ち出していた。
「強硬あるのみ」
「正義の国、日本」
「守れ満蒙=帝国の生命線」
こうした中で「朝日」も主張を転換する。
「満州に独立国が生まれることについては歓迎こそすれ、反対すべき理由はない」
やがて朝日は、満州駐屯軍への慰問金を公募し、関東軍司令官から朝日社長に感謝状が贈られることになる。
こうした新聞の報道姿勢に対して、荒木貞夫陸相が次の様に感謝している。
「能く、国民的世論を内に統制し外に顕揚したることは、・・・我が国の新聞、新聞人の芳勲偉功は特筆に値する」
陸軍内部においても参謀本部や軍務局には戦闘不拡大を主張する者もいたが、国民の間に「満州は日本の生命線」論が浸透し、政府もこれを追認してゆく。

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2018/05/24

ヘンリー五世(2018/5/23)

「ヘンリー五世」
日時:2018年5月23日 (水) 13時
会場:新国立劇場 中劇場

作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:小田島雄志
演出:鵜山仁
<  主なキャスト  >
浦井健治:ヘンリー五世
岡本健一:ピストル
中嶋朋子:王女キャサリン
立川三貴:シャルル六世
水野龍司:ウエストモランド伯
吉村直:騎士ガワー
木下浩之:皇太ルイ
田代隆秀:キャンタベリー大司教/オルレアン公
塩田朋子:王妃イザベル
浅野雅博:エクセター公
横田栄司:騎士フルーエリン
那須佐代子:ネル/アリス
勝部演之:イーリー司教/バーガンディー公
金内喜久夫:ハーフラー市長/騎士トーマス・アーピンガム
小長谷勝彦、下総源太朗、櫻井章喜、清原達之、
鍛治直人、川辺邦弘、亀田佳明、松角洋平、内藤裕志、
田中菜生、鈴木陽丈、小比類巻諒介、永岡玲央

【あらすじ】
即位したばかりのヘンリー五世の宮廷にフランスからの使節が訪れる。さきごろヘンリーの曽祖父エドワード三世の権利に基づき要求した公爵領への返事を、フランス皇太子から遣わされたのだ。そこにはヘンリーの要求への拒否だけではなく、贈呈として宝箱一箱が添えられていた。中身は、一杯に詰められたテニスボール。それは、若き日のヘンリーの放埒を皮肉った、皇太子からの侮蔑だった。それを見たヘンリーは、ただちにフランスへの進軍を決意し、フランスに内通していたケンブリッジ伯らを処刑する。
フランスに上陸したヘンリー五世の軍は苦戦しながらも、軍勢において圧倒的に不利だったアジンコート(アザンクール)の戦いに大勝利し、シャルル六世を降伏させる。その後フランスと講和(トロワ条約)を結び、フランスの王女キャサリンを王妃に迎える。

このシェイクスピア劇を観た当時のロンドン市民らは、さぞかし痛快な思いをしただろう。何しろイギリス軍がにっくきフランス軍に大勝利してというストーリーなのだから。
私たちは既に「ヘンリー四世」を観ており、五世の皇太子時代の悪い遊び仲間(フォールスタッフの仲間)との放埓な生活を知っているので、王に即位した彼の姿をまるで息子の成長を見るような気分になる。
そのフォールスタッフの仲間の連中も、この劇ではフランスとの戦争に従軍し、仲間の一人であるピストルの奮戦ぶりが描かれている。
フランスで苦戦していたヘンリー五世が家来からマントを借りて羽織り、一人でうずくまって思案していると、そこに兵士が現れ国王とも知らず話しかける。兵士との他愛ない会話で元気を取り戻した国王が、兵士と手袋を交換し再会を誓い合う。
何だか「暴れん坊将軍」や「遠山の金さん」を連想させるような筋立てだ。
ただ大きな違いは、ヘンリー五世の方は例え知り合いでも規律に反する者は容赦なく切り捨てる非情さがあることだ。
またイギリス軍といえどもスコットランドやウエールズ、アイルランドなどの地域の兵士も従軍しているので、お互い訛りがあるので言葉が通じない。これを邦訳では東北弁や九州弁などで表現していて、可笑しみを出していた。
イギリスに負けたフランスの王女が、お付きの者から一所懸命に英語のレッスンを受けるシーンもある。
本来は政略結婚だったヘンリーとの婚姻も、劇中ではヘンリーがキャサリンに恋してプロポーズするという筋にしている。
こうした味付けが劇の中身を膨らませ、約3時間の芝居を楽しませてくれた。
今回初めて一連のシェイクスピア劇を観たのだが、こうした大衆性がシェイクスピア作劇の人気の源なのだと感じた。
一連の作品の上演にあたり、スタッフや出演者をほぼ固定するという試みは、観る側にとって安心感をを与えるという効果があったようだ。

公演は6月3日まで。

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2018/05/22

5月文楽公演第二部「彦山権現誓助剣」(2018/5/21)

「彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」
須磨浦の段
瓢簞棚の段
杉坂墓所の段
毛谷村六助住家の段
日時:2018年5月21日(月)16時
会場:国立劇場 小劇場

【あらすじ】
作者は、梅野下風と近松保蔵で、初演は天保6年(1786年)。仇討物語だ。
物語の背景は秀吉の朝鮮出兵で、それに明智光秀の遺恨がからむ。
秀吉より命令を受けた大名は剣術の優れた者をスカウトせねばならなくなった。その一人が彦山の麓にある毛谷村に住む六助という男で、吉岡一味斎という剣術指南役から手ほどきを受け一巻を伝授される。
また六助を見込んだ一味斎は長女のお園の婿に迎え家督を継がせようとしていた。次女のお菊は既に他家に嫁いでおり、弥三松という男の子がいる。
そのお菊に横恋慕していた京極内匠は一味斎との御前試合に敗れた腹いせに、一味斎を暗殺し逃亡する。
敵討の許しを得たお園は母のお幸と、お菊は弥三松を連れて、それぞれ仇討の旅に出る。
「須磨浦の段」
お菊は仇の一味斎に出会うが、返り討ちにあって殺される。幼い弥三松は葛篭に入っていて難を逃れる。
「瓢簞棚の段」
博徒に扮していた内匠は光秀の亡霊に導かれて自分が光秀の遺児だと知り、織田家の名刀・蛙丸を手に入れる。瓢箪棚でお園は名刀をめぐって内匠と斬り合いになるが、内匠は秀吉の象徴である瓢箪を切り払い、逃げてゆく。
「杉坂墓所の段」
小倉藩は、六助と試合をして勝った者を五百石で召し抱えるとう高札を立てる。
六助の前へ微塵弾正と名乗る男が現れ、病弱な母親に孝行するために剣術の試合に負けてくれと頼まれる。人が良い六助は頼みを引き受ける。
六助はまた瀕死の男から幼い男児を託されるが、この男児が実は殺されたお菊の子の弥三松だと後から分かる。
「毛谷村六助住家の段」
約束通り六助は御前試合で相手に負けてやるが、相手は感謝どころか尊大な態度に出て、六助の眉間を割る始末。
六助の家に老女が訪れ一夜の宿を借りるが、自分を母親だと思ってくれと言うので奥の部屋に泊める。
六助は預かった弥三松の着物を家の外に干しておいたが、その着物を見て虚無僧が来て「家来の敵」と六助に斬りかかる。その虚無僧は実は女で、弥三松が女の顔を見て「おばさまか」と縋りつく。
六助が弥三松を預かることになったいきさつを話し名を名乗ると、女も女は一味斎の姉娘のお園であることを明かし、父が内匠に殺された経緯を語る。
そこに奥から最前の老女が現れるが、老女は一味斎の妻でお園の母親のお幸だった。六助をお園はお幸の前で祝言をあげる。三人が今までの事を話し合っていると、六助が御前試合で負けてやった男こそが仇の内匠だと分かる。
六助は師であり舅である一味斎の敵を討つ決心をして、勇んで支度をする。

イヤー、面白かった。予想以上だった。
人物でいえば、お園という女性は剣術の達人にして力持ち、男装して虚無僧に扮したりするのだが、相手が許嫁の六助と分かるといきなり「お前の女房」と言い出し、シナを作ったり、姉さんかぶりで竈の火をおこしたりと、すっかり女房気取り。その反面、三々九度の酒を一気にあおるなど、豪快な面も見せる。
古典の歌舞伎にはあまりお目にかかった事がない女性像で、興味を魅かれた。

そして何より文楽の醍醐味である、太夫と三味線と人形が一体となった素晴らしい演技が見られた。
とりわけ瓢簞棚の段の「奥」での
竹本津駒太夫
鶴沢藤蔵
お園:吉田和生
内匠:吉田玉志
また、毛谷村六助住家の段の「奥」での
竹本千歳太夫
豊澤冨助
六助:吉田玉男
お園:吉田和生
太夫と三味線と人形遣いのぶつかり合いは感動的だった。
文楽の素晴らしさを改めて感じさせてくれた。

文楽に詳しい方のサイトを見ると、大阪での公演は空席が多い反面、東京公演では土日ともなるとチケットが取れないという悩みがあるという。確かにこの日も平日にも拘わらず、入りが良かった。
その方は、文楽公演は東京中心にすべきだと主張しておられるが、一考を要するだろう。

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2018/05/19

柳亭こみち真打昇進披露公演(2018/5/18)

研精会OB連落語会「柳亭こみち真打昇進披露公演」
日時:2018年5月18日(金)18:30
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・柳家小ごと『道灌』
春風亭一之輔『寄合酒』
柳家三三『夏泥』
柳亭燕路『鹿政談』
~仲入り~
『口上』下手より司会の志ん吉、夢丸、一之輔、こみち、燕路、三三、扇辰
入船亭扇辰『権兵衛狸』
柳亭こみち『七段目』

柳亭こみち、昨年昇進してるので今さら昇進披露でもあるまいと。だが、この日は研精会OB連としての会なので、出演者は師匠の燕路を除けば全員が研精会出身者だ。
人気者が顔を揃えてとあってか、2階席まで一杯の入り。

落語家の数が東西で1000人になったそうだ。喬太郎じゃないが「そんなに要らないでしょ」。
春先になると入門希望者が増えるようで、まさか受験に落ちたからとか、内定を取れなかったからとか、そんな理由で入門してくるじゃないんだろうね。
落語家は好きだからといって勤まるような商売じゃない。
前座の段階である程度将来が見通せる。ダメな人はダメなんだ。無理に続けるのは本人にとって不幸だし、聴かされるこっちも不幸だ。
師匠方も適性をみて、弟子に採るかどうか判断して欲しい。

一之輔『寄合酒』
テンポが良い。この噺を無駄に時間をかけてダラダラと演るのがいるが、あれは邪道。乾物屋と男との押し問答に一之輔らしさが出ていた。それにしてもこの乾物屋は災難だね、品物だけでなく女房まで盗まれてんだから。

三三『夏泥』
何かというと「さあ殺せ!」と脅して泥棒から金を巻き上げる男、しまいには「季節の変わり目に又来てくれ」だと、相当なワルだ。
さすが三三、短い時間だったが、気弱な泥棒を巧みに描いて好演。

燕路『鹿政談』
奈良の名物といえば、「大仏に、鹿の巻き筆、あられ酒、春日灯篭、町の早起き」。この中の「あられ酒」だが、かつては酒造といえば奈良が本場だったそうだ。それが伏見や灘にお株を奪われてしまい、今では酒を使った漬物の「奈良漬」にその名が残っていると、これは圓生のマクラの受け売り。やはりこのネタは圓生の極め付けだ。
燕路はマクラで、鹿が餌の煎餅を与えようとすると首を上下に振り、これが外国の観光客にはお辞儀をしていると評判が良い。でもあれは、鹿が早く餌を寄こせという催促なんだと言っていた。

『口上』
こみちは前座の頃から気働きの人だったようで、それは見ての通りだろう。
対照的な日大出身の一之輔、前座に言いつけて「あの真打を壊してこい!」と命令してみようかと、時事に絡めた毒舌。
扇辰はギターを弾きながら、「こみちの名前で出ています」を唄いあげた。
最後は司会の志ん吉が、「では皆さま、お手を拝借」と手拍子を始めようとして三三から叱られ、扇辰の手締めで終了。
各自、勝手な事を言っているようだったが、こみちに対する温かい気持ちは伝わった。

扇辰『権兵衛狸』
通常は権兵衛が狸を縛り上げて天井から吊るすと、そこの村人が現れ「狸汁にすべえ」お言うのを権兵衛が止めてという場面があるが、扇辰の高座はこの部分をカットし権兵衛一人だけで懲らしめの丸坊主にするという演じ方だった。
時間を短縮したかったのか、それとも扇辰の演りかたなんだろうか。

こみち『七段目』
芝居のセリフの啖呵が切れる、踊りの名手だけあって所作が綺麗だ。
鳴り物入りで、こみちの強みをたっぷり活かしての熱演だった。定吉のお軽が可愛い。

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2018/05/17

五代目小さん孫弟子五人会(2018/5/16)

「五代目小さん孫弟子五人会」
日時:2018年5月16日(水)18時45分
会場:内幸町ホール
<  番組  >
柳家小八『やかんなめ』
柳家甚語楼『本膳』
入船亭扇辰『藁人形』
~仲入り~
柳亭左龍『鹿政談』
柳家喬太郎『饅頭こわい(改)』

5代目小さんの17回忌に合わせて開かれた孫弟子5人による落語会。顔ぶれの割にはハコが小さい。

下手な前座は省略。

小八『やかんなめ』
亡くなった喜多八の唯一の弟子、真打昇進時に師匠の前名を襲名。
師匠は徹底した放任主義だったようで、前座の時にも自宅に通うことがなく、教わることも無かった。
師匠の死後、小三治門下に移籍したが、今の師匠は喜多八とは正反対なので、真打になってから本格的な修業を始めていると言っていた。
ネタは喜多八の十八番で、トボケタ味わいや脇役のべく内を上手く使っている辺りは、やはり師匠の芸風を継いでいるなと思った。

甚語楼『本膳』
ある村で庄屋の家に村人がこぞってお祝いを贈ったところ、お返しに料理の招致があった。聞けば本膳だという。誰も本膳の礼式を知らないので村の医者宅を訪れると、それなら自分の真似をしろと告げる。
本膳が来ると村人たちは医者の一挙いっとうそくをそのまま真似る。医者がしくじると村人が一斉にその真似をするので、あきれた医者が隣の村人にいい加減にしろと肘でついて知らせる、つかれた村人は訳が分からず次の村人を肘でつき、順送りになって最後の村人、肘で突こうにも相手がいない。
「先生さまぁ、この礼式はどこへやるだ?」でサゲ。
やや精彩を欠いた印象を受けたのは、体調でも悪かったか。

扇辰『藁人形』
噺のテンポ、セリフの間、人物の演じ分け、いずれを採っても申し分のない完成度の高さだ。1席1席を大事に丁寧に演じる点では扇辰は最右翼といえる。その分ネタを絞っているので、同じ噺を繰り返し聴くことになる。
この辺りは一長一短である。

左龍『鹿政談』
左龍のしっかりとした語り口は説得力があり、こういうネタにはピッタリだ。
特に白洲の裁きの場面は良く出来ていて、好演。
将来、さん喬の名はこの人が継ぐのではなかろうか。

喬太郎『饅頭こわい(改)』
昼間『たいこどんどん』の舞台を務めての登場ということで、前方の左龍が言っていた通り、やつれた印象だ。高座に上がっただけで、客席から笑いが起こる。
ネタは途中までは通常通りだったが、やがて登場人物全員が自分の怖いものが原因で死んで行くという、ホラーの様な展開。そのためタイトルを『饅頭こわい(改)』とした。
展開に些か無理があり、改作としてあまり成功したとは言い難いが、帯を解いて蛇に見立て、その蛇に巻かれて死んでゆく演じ方は、まるで芝居の様だった。
サゲは、饅頭が恐い男、実は本当に怖いのはモナカだったというもの。

小さんが亡くなって16年、それに孫弟子ともなれば、あまり思い出も無かったようだ。

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2018/05/16

よこはま文菊開花亭(2018/5/15)

第23回「よこはま文菊開花亭」 
日時:2018年5月15日(火)19時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・橘家かな文『一目上り』
古今亭文菊『あくび指南』
古今亭文菊『火焔太鼓』
~仲入り~
古今亭文菊『百川』
(3席ともネタ出し)


先日のかめありリリオホールでの落語会で、マナーの悪い観客について触れたが、具体的にはこういうことだった。
開演10分ほど前に席に着こうとしたら、男が座っていた。私がチケットの座席を確認していると、その男は隣の席に移りながら、私に背中を向けたまま後ろの席の人に「もう来ないだろうなんて(言ってたのに)、来ちゃったよ」と話しかけた。くだんの男は二人連れで、他に後方の席の4人が同じ仲間だったようだ。仲間同士の会話とはいえ、失礼な話だ。
この二人連れの方は、公演が始まると隣席の人にサゲを教える。後方の4人連れはお構いなしにおしゃべりをする。周囲の人が目配せしても気付かないようで、何度も繰り返す。会話の中で「つまらない」という言葉が聞こえた時は前方の席の人が振り返って睨みつけたので、さすがにおしゃべりをやめた。
ここまで酷い客には会ったことがないので、呆れた。
こういう人ばかりでは無いんだろうが、この会場には二度と行く気になれない。

そこいくと、横浜にぎわい座にはそういうお客はいません。

前から文菊の独演会には一度行こうと思っていたので、この日出向く。
第23回「よこはま文菊開花亭」とあるが、確か以前は地下の「のげシャーレ」で行っていたと思う。大きな会場に移ってから何度目だろう。
入りは1階席8分といった所か、独演会としてはマアマアだろう。

ちょっと残念だったのは、『あくび指南』『火焔太鼓』の2席は最近聴いたばかりだ。
違いは何かというと、この日はより気合が入っていたことだ。かつ、より丁寧に演じていた。やはり自分の会だと意気込みが違ってくるのだろう。

『あくび指南』は志ん生流の古今亭の型ではなく、男があくび指南所の前を掃除していた女性につられて、あくびの指南を受けに行くというもの。
演じ方からすると、喜多八から教わったのではと推察する。船の揺れ方や煙管の持ち方が喜多八そっくりなのだ。

『火焔太鼓』は一昨日観たばかりで、これもこの日の方がより丁寧に演じていた。改めて感じたのは、文菊の武器は目の使い方だ。目でモノを言わせている。
2席でおよそ1時間を要したが、あまり負担に感じなかったのは、文菊が適度に息抜きを作っていたせいか。

3席目の『百川』は、この人では初。
このネタ、若手が演じると百川の主人が若く見えてしまいがちだが、さすが文菊の高座では老舗の料理屋の主という雰囲気を出していた。
他も総じて登場人物の演じ分けがしっかり出来ており、好演だった。特に百兵衛の造形が良かった。

もうちょっと軽く演じて欲しいと思う事もあるが、こういう演じ方は文菊の個性と考えるべきかも知れない。

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2018/05/14

かめあり亭(2018/5/13)

かめあり亭第35弾「小三治、小里ん、文菊~江戸落語の粋を聴く~」
日時:2018年5月13日(日)14時
会場:かめありリリオホール
<  番組  >
柳家小もん『たらちね』
柳家小里ん『試し酒』
~仲入り~
古今亭文菊『火焔太鼓』
柳家小三治『野ざらし』

かめありリリオホールはお初。駅の目の前で雨の日は助かるが、我が家からだとあまり足便は良くない。
客席は傾斜が大きく見やすいのだが、たまたま私の周囲だけだったかも知れないが、マナーの悪い人が目についた。それも数名。
この会場のリピーターにはなれそうもない。

小もん『たらちね』
3月下席から二ツ目に昇進して、小たけから改名。
この人の最初に前座の高座を見た時は、上手い若手が出てきたなという印象だった。
しかし、その後は足踏みしている様に思える。セリフにもっとメリハリが要るのでは。

小里ん『試し酒』
毎度のことながら、非の打ちどころがない完成度の高い高座だと思う。しかしどうだろう、このネタを得意としていた先代小さんや志ん朝に比べると面白味に欠けるのだ。
それは愛嬌というか、艶というか、そういうものが足りないからだと思う。だから、大酒呑みの清蔵という人物に魅力が乏しいのだ。
小里んの上手さには感心するのだが、その点がいつも不満として残ってしまう。

文菊『火焔太鼓』
文菊の良さは丁寧さだ。セリフの、所作の一つ一つがよく練られていて、丁寧に演じる。隅々まで計算して演じているのがよく分かる。
やたら気の強い女房と、人は良いのだが小心翼々とした甚兵衛との対比も明確に描いている。
ただ、これを十八番としていた大師匠の志ん生が演じる甚兵衛夫婦は、演者自身の経験に裏打ちされていて、生活感に溢れていた。
文菊の高座ではそこが出せていない。ただこれは文菊だけの問題ではなく、古典に登場する人物を今の若手がどう描けるのかという共通の課題ではあるのだが。

小三治『野ざらし』
マクラで会場が亀有なので、その連想から淀橋浄水場のこと、更には江戸の町が世界一の人口になったのは幕府が多摩川水系から水道水を江戸の町に供給できたからだという話題。江戸時代の官僚組織が優秀だったわけだ。もっとも金町浄水場は1926年に造られたので、江戸の話題とはずれるのだが。
もう一つは、別冊太陽という雑誌に小三治特集が企画されていて、先日某有名カメラマンによる撮影が行われたとのこと。その時に、自分が被写体になってはじめて人物スナップ写真の撮り方のコツみたいなものが分かったという話題。
マクラだけで終わるかと思ったら、ネタに入った。
全体としてとても元気だという印象だったが、ご本人が「ちゃんとした落語を聴きたいと思ってもダメですよ」と自虐的に語っていたように、やはり衰えは隠せない。
こういう小三治がいいんだ、という声もあるのだろう。

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2018/05/13

花形演芸会(2018/5/12)

第468回「花形演芸会」
日時:2018年5月12日(土)18時
会場:国立演芸場

<  番組  >
前座・柳亭市坊『一目上り』
春風亭正太郎『棒鱈』
林家ひろ木『クイズの王様』+『津軽三味線』
青空一風・千風『漫才』
柳家燕弥『崇徳院』
―仲入り―
ゲスト・柳家権太楼『黄金の大黒』
鏡味味千代『曲芸』
桂佐ん吉『火事場盗人』小佐田定雄=作

花形演芸会の魅力は、なんと言っても出演者全員が真剣に演じていることにある。審査員が客席から採点しているというコンクール形式のためだろう。各人がいま持っている技能を最大限発揮しようと努力する姿は、いつ見ても清々しいものだ。
若手芸人の登竜門としては他にNHK新人演芸大賞があるが、あちらは本選の映像を見る限りでは時間が短い。対して花形では、大賞を狙うとすれば30分程度の長い演目で勝負せねばならない。演者の力を計るのは花形の方が相応しいだろう。
協会に所属していに芸人が見られるのもこの会の特長だ。

正太郎『棒鱈』
将来を嘱望される二ツ目として、この正太郎は十指に入るだろう。いや五指かな。古典をそのまま演じて面白く聴かせる力量を備えている。
江戸から東京に替わるころ、将軍のお膝元に薩長の下級武士が大手をふって立ち回ることになる。これが江戸っ子には甚だ面白からず。そうした空気を反映した落語のネタがいくつもあるが、『棒鱈』はその代表と言えるだろう。
襖一枚挟んで、短気で酒癖の悪い江戸っ子と、無粋な薩摩侍との対比を描き好演。

ひろ木『クイズの王様』
なよなよとした頼りなさそうな風情だが、これがこの人の持ち味なんだろう。父親の代役で急にクイズ番組に出演することになったボケた祖父の噺で、この人のフンワリとした喋りと合っていた。
終わりに趣味の津軽三味線d「ダイアモンドヘッド」と「津軽じょんがら節」を披露。後席の人も言っていたが、この人は三味線を持つと気合が入る。

一風・千風『漫才』
正統派のしゃべくり漫才で好感が持てる。
何かひとつきっかけを掴めば、ブレークする可能性があるだろう。

燕弥『崇徳院』
もしかして初見か。
先ずリズムが良い、セリフの「間」が良い。柔らかな身体の動きも良い。
登場人物の演じ分けもしっかり出来ていて、完成度の高い高座だった。
他のネタも聴きたくなった。

権太楼『黄金の大黒』
長屋の連中が大家さんとこの猫を食べちゃうって言うのは、瀧川鯉昇の専売(『長屋の花見』)かと思っていたら、権太楼も演るんだ。実際は不味くて食えないそうですよ。
ネタは長屋の連中が大家宅に出向いて、頓珍漢な口上を言う所で切っていた。
最近の権太楼の高座を観ていると、peak outに達したのかなという印象が強い。

佐ん吉『火事場盗人』
若手ながら数々の受賞歴が示すように話芸の力量は折り紙付きだ。
ネタは小佐田定雄の新作で、場所は京都。誓願寺の門前には「迷子のみちしるべ」と呼ばれる石があり、迷子を捜す時はこの石にお願いすると見つかると言ういわれがある。これが背景となっている。
泥棒がたまたま入った家が火事で、この家の主人が女の赤ちゃんを入れた葛篭を奉公人と間違えてこの泥棒に渡してしまう。取り敢えず家に連れ帰り、翌日から女の子の家を探すのだが、屋敷は丸焼けで家人もどこへ行ってしまったのか分からない。途方に暮れていると、女房がそれなら家の子として育てようと言い出し、堺に引っ越してゆく。
それから18年、泥能だった男もあれから足を洗い今では棟梁。女房は亡くしていたが、店の若い者と娘との縁談がまとまり、今日はお祝いの簪を買いに京都に来ていた。娘が買い物をしている間、男が誓願寺の門前の茶屋で休んでいると、隣に年配の男性が。聞けば誓願寺にお参りの帰りで、18年前に火事の騒ぎの中で幼い娘を見失い、それからずっと探し続けていたと言う。男は、その娘を預かったのは自分でさっきの娘がその時の子だと、相手の男性に謝る。
それを聞いた男性は娘の無事を喜び、戻ってきた娘に簪のお祝いとお金を渡す。
去って行く父と娘を見送っていると、先の娘が男性に近づき耳元で「父さん、ありがとう」と囁く。娘は二人の話を聞いていたのだ。
30分近い高座だったが、佐ん吉はこの人情噺をじっくりと聴かせてくれた。上出来の高座だったと言える。
新作はどうしても受賞にはハンディになるが、もう一つ上の賞が狙えるに十分。

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2018/05/12

桃月庵白酒独演会(2018/5/11)

第4回文京春日亭「桃月庵白酒独演会Ⅱ」
日時:2018年5月11日(金)19時
会場:文京シビックホール 小ホール
<  番組  >
開口一番・桃月庵あられ『道灌』
桃月庵白酒『鰻屋(素人鰻)』
桃月庵白酒『粗忽長屋』
~仲入り~
桃月庵白酒『厩火事』

稀勢の里の5月場所休場が発表された。同部屋の高安も休場だ。稀勢の里の休場は7場所連続となる。これじゃ「一年を休んで暮らす良い男」になっちまう。
ケガは仕方ない。だけど稽古の姿を見ても、先ず身体ができてない。ダブダブだ。あれじゃ本場所以前の問題だ。田子の浦親方は一体どういう指導をしているんだろう。相撲が取れるだけの体力作りもせず、ただダラダラと出場を先延ばしにしているとしたら、横綱失格である。
と、急にこんなことを書いたのは、白酒を見て連想したからだ。
客席は満員、人気があるんだね。

あられ『道灌』
まだ見習いだろうか。年の割にひねてる。

白酒『鰻屋(素人鰻)』
持ち時間の関係か、最近のトピックスを話題にした長めのマクラから本題へ。
『素人鰻』というと名人文楽の極め付けが思い浮かぶが、こちらは志ん生が得意としていた方で、寄席でもお馴染みの別題『鰻屋』。
新しく開店した鰻屋に行った男、2階で呑んでいても出るものは香香だけ。聞けば鰻職人がいま不在で蒲焼が出せないので、今日は無料にすると言う。
この男、またくだんの鰻屋の前を通るとちょうど鰻職人が店を出たところ。そこでタダ酒を飲もうと友人を誘って再び鰻屋へ。
今日はどうしても鰻を食いたいというので、仕方なく店の主人が鰻を掴もうとするが、指の間をするりと抜けて行く。鰻を追いかけて店の外に出て行く主人。
「どこへ行くんだ?」「前に回って鰻に聞いてくれ」でサゲ。
白酒の最大の特徴は、独特のセリフの「間」と切り返しで、このネタでは鰻屋の主人と男との間のヤリトリに活かしていた。
指先を使った鰻の動きが見せ場。

白酒『粗忽長屋』
マクラで池袋駅近くの要町に芸人が多く住んでいると言っていた。江戸時代から似たような業種の人がひとっところに住んでいたわけで、近ごろのマンションやアパートでも同様のことが言えるだろう。
お馴染みのネタだが、ここに登場する二人の男は粗忽というよりは、自分と他人の区別がつかないという究極のアイデンティティの喪失者だ。これが二人揃ってるんだから、もう無敵だね。
白酒の演じ方は、最初の行き倒れを見つけた男が、お前の死体だと言って熊を連れて来るのだが、よく見たら熊ではなく自分だったという設定。ここまで来るともはや病膏肓。
行き倒れの立ち合い人も、呆れるよりは寧ろ事態の推移を楽しんでいた。

白酒『厩火事』
夫婦喧嘩の末に仲人の所に来たお崎さん。今日という今日は愛想が尽きたから亭主と別れると言い出し、仲人もその方がいいと賛成する。
するとお崎さんは態度を一変、喧嘩の後に亭主はいつも優しくしてくれるとノロケまで言いだす。推察するにこの亭主は「床上手」なのだ、この仲人はちと察しが悪い。
まあ、このお崎さんという人物も風変わりで、白馬が焼け死んだと聞くと、馬肉を皆で食べたのかと訊くし、麹町の奥方が皿を抱えたまま階段から滑り落ちた時に主が「皿はどうした、皿は大丈夫か、皿皿皿皿・・・・と、息もつかせず36ぺん言った」と聞くと、誰が数を数えたんですかと聞き返す。
「問題はそこじゃない、そういう風だから亭主と喧嘩になるんじゃないか」とお崎さん、仲人から窘められるのもゴモットモ。
白酒の描くお崎さんは、ちょっとピンボケでそそっかしいが、とても可愛い女性だ。そこは良く出ていた。

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2018/05/10

柳家喬太郎奮闘公演の「たいこどんどん」(2018/5/9)

こまつ座「たいこどんどん」
日時:2018年5月9日(水)13時
会場:紀伊國屋サザンシアター

脚本:井上ひさし
演出:ラサール石井
<  キャスト  >
柳家喬太郎:幇間・桃八
江端英久:若旦那・清之助
あめくみちこ:女郎・袖ヶ浦、他
武者真由:女郎・藤ノ浦、他
新良エツ子:女郎・里ノ浦、他
野添義弘:主人、他
有薗芳記:ひげ侍、他
木村靖司:あばた侍、他
小林美江:魚婆、他
俵木藤汰:片目侍、他
森山栄治:駕籠かき。他
酒井瞳:お篠、他

井上ひさし作「たいこどんどん」は、2011年5月にシアターコクーンで上演された
演出:蜷川幸雄
中村橋之助(当時):若旦那・清之助
古田新太:幇間・桃八
鈴木京香:女郎・袖ヶ浦、他
のキャストの舞台を観ていた。
それで今回の公演にはあまり食指が動かなかったのだが、10日ほど前にふと新聞を読んでいたら、喬太郎が主演とあった。それではどんな芝居になるんだろうかと興味を持ち、観劇した次第。
本作品は、井上が直木賞受賞後の第一作として書いた小説「江戸の夕立ち」を1975年にみずから戯曲化したもの。
以下、あらすじは当時の記事より引用。

【あらすじ】
時代は幕末。
江戸日本橋の薬種問屋の若旦那・清之助と、幇間(たいこもち)・桃八が、品川の女郎屋で隣席の薩摩のイモ侍と揉め事をおこし、あわやの時に海へドボン。
危ういところを東周りの千石船に拾われる。
着いたところは陸中釜石。
そこから江戸に戻る予定が、行く先々で清之助がトラブルに巻き込まれ、それを桃八の機転で何とか乗り切る。
そんな繰り返しをしているうちに、東北から北陸までグルリと、まるで「奥の細道」のようなコースをたどることになってしまう。
時に清之助からひどい仕打ちを受け、離れ離れになる時があっても、桃八は若旦那に尽くし続ける。
だって、タイコモチだもん。
9年にわたる遍歴の果てに慶応4年8月、ようやく江戸に戻った二人を待ち受けていたものは・・・。

幕が上がるとメクリに「柳家喬太郎」、出囃子の「まかしょ」が鳴り、喬太郎が登場してこの戯曲のイントロを語る。
終幕には再び喬太郎が高座姿で登場し、シメの一言を語る。
カーテンコールでは、「たいこどんどん音頭」を唄い踊りながら、喬太郎が最後に舞台をおりる。
今回の演出は、喬太郎の高座の中の芝居として「たいこどんどん」が演じられるという趣向のようで、これが2011年の蜷川演出との決定的な違いだ。
いうなれば、「柳家喬太郎座長公演」といった趣きだった。

芝居全体としては、いかにも井上ひさしの初期作品らしい猥雑で卑猥だが、迸るようなエネルギーと笑いに溢れたものだ。
出演者は喬太郎、あめくみちこを始め、全員が実に楽しそうに演じていた。
江端英久が急な代役にもかかわらず好演。

終演後アフタートークがあり、喬太郎が落語家もこうした芝居にどんどん参加した方がいいと言っていた。
でも「(こういう芝居が出来るは)オレしかいないよ」と言ってたのは、本音だろう。

公演は20日まで。

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2018/05/08

木下忠司さんを偲ぶ

作曲家の木下忠司さんが、4月30日に死去した。102歳だった。
兄の木下恵介監督作品の同名の主題歌「喜びも悲しみも幾歳月」や、TVドラマ「水戸黄門」の主題歌「ああ人生に涙あり」など、数多くのヒット曲があるが、私の青春の思い出にとって忘れられない曲は次の2曲だ。

「惜春鳥」
https://youtu.be/iNR3sVa_2V4

「ここは静かなり」
https://youtu.be/YZEn-iQvX1Y

曲を聴いていると、今でも当時の甘酸っぱい思いが蘇ってくる。
木下忠司さん、ありがとう。
安らかにお眠りください。

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2018/05/06

にぎわい座名作落語の夕べ(2018/5/5)

第188回「にぎわい座名作落語の夕べ~柳家の芸、古今亭の芸」

日時:2018年5月5日(土)18時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・柳家寿伴『狸札』
隅田川馬石『船徳』
柳家花緑『試し酒』
《仲入り》
古今亭菊之丞『火焔太鼓』
柳家さん喬『笠碁』
(全てネタ出し)

「にぎわい座名作落語の夕べ」は昨年ぐらいから企画ものになり、今回は「柳家の芸、古今亭の芸」がテーマ。
とは言っても、一昔前とは違って「派」によるネタの違い、演じ方の違い、芸風の違いは少なくなっている。今や門外不出のネタなんて皆無じゃなかろうか。
この日は柳家が先代小さんの十八番を、古今亭が志ん生や志ん朝の十八番を、それぞれの一門の後輩が演じるという趣向。
補助席も出る満員盛況だった。

馬石『船徳』
馬石の芸風を一口に言うと、フンワリだろう。懐の深さが滑稽噺でも人情噺でもいけるというのが強味だ。
先ずは、そのフンワリ振りがこのネタの主人公である徳さんとよく合っていた。
座高(身長)が高いのと手が長いので、動作が大きく見えるのも利点だ。その利点を活かして竿の突っ張り方や、船上での客の身体の揺らし方を大きく見せることが出来る。徳さんが船を出す前に乙に気取って見せる姿も良かったし、船が石垣につきそうになるのを客の二人が腕で拡げながら防ぐ姿も型にはまっていた。
最後の場面では、徳さんが船を桟橋につける方法を未だ習っていなかったというのは、この人のアイディアだろうか。
馬石の持ち味が活かされて好演。

花緑『試し酒』
良い出来だった。
余計なクスグリや、地のセリフも入らす、真っ直ぐに演じたことが良かったと思う。
先ず、酒の飲みっぷりがいい。見ていて確かに大きな盃で1升あけたんだなと思える飲み方だった。
清蔵が飲むにつけ、次第に酔っぱらっていく様子も巧みに描いていた。
久々に花緑の良い高座を観られた。

菊之丞『火焔太鼓』
マクラから客席を引き込む巧さに感心する。芸能ゴシップを話題にしながら、季節の物売りの声、そして道具屋の小噺から本題に入る。
菊之丞の芸風を一口にいうと、サッパリとした芸ということになろう。それが時には物足りなさを感じさせることもあるが、この日のように『試し酒』と『笠碁』の間に挟まれると、こういう演じ方のほうが納まりが良い。

さん喬『笠碁』
私事になるが、私の兄は将棋が強かった。最初は父親が教えたのだが、小学校上級の頃には父は全く歯が立たなくなっていた。近所に将棋に凝ってる人がいて、兄との一番を希望する。兄は昼間は仕事をして夜間学校に通っていたので、帰宅は夜の10時過ぎだ。すると対戦希望者はそれまでじっと待っていて、帰宅した兄をつかまえて将棋を始めるのだ。兄も仕事と学校で疲れているんだろうが、嫌な顔もせず相手をしていた。
そういう姿を見ていたから、碁将棋に凝る人の気持ちは良く分かる。
この噺のポイントは、二人とも大店の大旦那で、それが碁の待ったをめぐって子どもの様な喧嘩をする所だ。
若い人が演じると、二人がどう見ても大旦那とは思えないということになる。演者に年の功が要る。
さん喬は、二人の喧嘩-退屈の様子-意地の張り合い-仲直りというプロセスを、緩急を織り込みながら演じて見せた。
サゲで、さん喬は通常の「まだ菅笠をかぶったまま」の後を続けて独自のサゲをつけていたが、これは好みの分かれる所だろう。

4席、結構でした。

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2018/05/03

【街角で出会った美女】沿ドニエステル編

海外旅行をしていると、独立宣言をしているのに国際的には独立を認められていない国にぶつかります。もちろん、国連には未加盟です。
でも国としての形は整っているので、入出国審査や通関検査も行っています。
沿ドニエステルもそうした国の一つで、ソ連からモルドバが独立した際に、ドニエステル川の沿岸に住んでいたロシア人やウクライナ人が、モルドバから分離独立を果たしました。独立の際にはモルドバとの間で戦争になりましたが、今は休戦協定を結んでいて、ロシア軍などから停戦監視団が派遣されています。
独自の通貨も発行していて、スーパーなど地元商店では沿ドニエステル・ルーブルしか通用しません。看板や標識はロシア語。
最大の特徴は、地上から姿を消したはずの「ソ連」が残されていることです。
国会や市議会の前にはレーニン像がたっていて、国章はソ連の国旗をデザインしたものを使っています。
建物も何となくソ連スタイルで、頑丈そうだが野暮ったい。
ガイドに言わせると、旧ソ連を味わいたかったら、この国が一番だそうです。

写真は昼食に立ち寄ったレストランのウエイトレスで、カメラを構えたらポーズを取ってくれました。

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2018/05/01

”満州天理村「生琉里(ふるさと)」の記憶: 天理教と七三一部隊 ”

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エィミー・ツジモト (著) ”満州天理村「生琉里」の記憶: 天理教と七三一部隊”
(えにし書房 2018/2/25初版 )

本書は、戦前の国家神道のもとで、政治がいかに宗教を利用していたか、それに呼応して宗教団体がいかに自らの教義をゆがめていったかを、天理教による満州移民の実態を通して記述したものだ。

日清日露戦争を経て日本は大陸に侵出してゆくが、昭和に入って満州事変から中国への侵略、傀儡国家としての満州国設立といった情勢の中で、日本政府は満州への移民政策を推進する。
こうした国策に呼応して天理教教団も移民の希望者を募り、信者を満州開拓団として送り出していった。
当時の日本の農村は困窮を極めていて、その一方で満州での開拓農業をバラ色に宣伝していたため、およそ3000人近くの信者が満州へ移民として渡っていった。
しかし、その実態は期待とは大きく外れるものだった。

開拓団の土地は元々満州人の農地であり、それを関東軍が半ば強制的にとりあげて日本からの移民に割り当てていた。
天理教信者の開拓団の村「生琉里」は周囲を壁て囲み、その外側には電流を通した鉄条網を敷き、鉄製の門には関東軍の兵士が警備するという物々しいものだった。
さらに移民たちには武器が貸与され、軍事教練も行われた。
つまり単なる移民ではなく武装移民であり、いざという時には関東軍の補完勢力となることが期待されていたのだ。

彼らは馴れない土地での農作業に励むが、さらに「生琉里」には不幸が待ち受けていた。
隣接した土地に、細菌兵器を開発するための731部隊の本部が建設されることになったのだ。
「生琉里」の中から男たちが731部隊の施設の建設に使役される。もちろん、当初はどういう施設かは知らされていなかったが、命にかけても秘密を守るよう指示され、彼らも特別の施設であることはうすうす気づく。
やがてトラックで次々と、「マルタ」と呼ばれる被験者が運ばれてくる。彼らは全員が生きてここを出ることはなかった。
すると「生琉里」の男たちの作業は、今度は死体処理になってゆく。来る日も来る日も穴を掘って中へ死体を投げ込み、その上に薪を並べて重油をそそぎ火をかけて燃やすという作業だ。
731部隊の「マルタ」というのは、中国人捕虜かと思っていたら、実際は違っていた。朝鮮人やロシア人も含まれ、なかには女学生や幼い少女、生後3ヶ月の幼児までいたのだ。細菌兵器の効果をあらゆる世代に試したかったんだろう。若い女性は性病の被検対象にされていた。
およそ3000人がこの施設で犠牲になったとある。

あまりのおぞましさに、読んでいるのが辛くなる。

ソ連が参戦してくると、今度は731部隊の痕跡を完全に無くすための作業に駆り出される。
生存していたマルタはみな青酸ガスで毒殺し、焼却する。
施設は各所の爆薬をしかけ、完全に爆破する。
この作業に従事した者だけは「生琉里」には戻さず、秘密は墓場まで持ってゆけという命令のもとに、特別の輸送ルートで日本へ帰国させた。

残された「生琉里」の人々にはさらに大きな苦難が襲う。
731部隊ではネズミを使った動物実験も行っていたので、そうした動物たちが隣接の「生琉里」の中に紛れ込んできて、細菌感染により最初は家畜、やがては開拓団の人たちからも死者が出てくる。
そして敗戦からソ連の参戦に至る過程では、ソ連人や現地人による日常的な略奪や暴行に遭う。日本政府からも関東軍からも見捨てられ、棄民にされてゆく。
そして、生きのびて日本へ引き揚げる苦難の道が、この先に待っている。

「生琉里」の生き残りの人たちの大半が口を閉ざす中で、著者のインタビューに応じてくれた風間博氏は、こう述べている。
「よその国に軍隊を持って入り、土地を取ってしまったら侵略なんや。中国の人には申し訳ないことをしたし、我々も辛かった。もう、こんな事を繰り返してはいかん。」
風間博氏はここに至った天理教教団の責任を追及しているが、教団は未だに認めていないとのこと。
天理教の「せかいは いちれつ みな きょうだい」という教義は、どこへ行ってしまったのか。

こうした不幸を二度と繰り返さすよう、こうした時代に二度と戻らぬよう、多くの方に読んで欲しいと願い、紹介した次第。

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