« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »

2018/06/30

2018年上半期「演芸佳作選」

今年の1月から6月までに聴いた高座の中で、優れたものを以下に列記した。
これらの作品は、当ブログ恒例の年末に発表する「My演芸大賞」の候補作となる。

古今亭志ん輔『お見立て』人形町らくだ亭(2018/2/5)
柳家小満ん『雪とん』小満ん夜会(2018/2/20)
入船亭扇遊『明烏』三田落語会(2018/2/24)
笑福亭たま『立ち切れ』花形演芸会(2018/3/3)
三遊亭兼好『一分茶番』白酒・兼好二人会(2018/3/6)
古今亭文菊『子は鎹』一之輔・文菊二人会(2018/4/12)
立川志の輔『小間物屋政談』朝日名人会(2018/4/21)
隅田川馬石『船徳』にぎわい座名作落語の夕べ(2018/5/5)
桂佐ん吉『火事場盗人』花形演芸会(2018/5/12)
三笑亭茶楽『品川心中』にぎわい座名作落語の夕べ(2018/6/2)
露の新治『お文さん』三田落語会大感謝祭(2018/6/9)
春風亭一朝『植木のお化け』三田落語会大感謝祭(2018/6/9)
隅田川馬石『井戸の茶碗』五街道雲助一門会(2018/6/12)
五街道雲助『つづら』人形町らくだ亭(2018/6/13)

【追記】
リストを眺めて感じたこと。
①落語協会が多数だが、芸術協会、立川流、圓楽一門、上方落語協会からもそれぞれメンバーが選ばれている。
②小三治、さん喬、権太楼、喬太郎、三三、白酒、一之輔の名前が無い。
③寄席興行からは選ばれなかった。

| | コメント (2)

2018/06/29

池袋演芸場6月下席(2018/6/28)

池袋演芸場6月下席・8日目

前座・金原亭駒六『道具屋』
<  番組  >
古今亭志ん松『真田小僧』
柳亭左龍『家見舞い』
柳家三三『三人旅』
ジキジキ『音曲漫才』
古今亭菊生『新寿限無』
柳亭市馬『天災』
─仲入り─
三遊亭天どん『粗忽長屋』
柳家小袁治『長短』
翁家社中『太神楽』
古今亭文菊『船徳』

都内4軒の定席の中でも、池袋演芸場の下席だけは変則的な番組になっている。通常の寄席形式は昼の部だけで、夜の部は「落語協会特選会」として独演会などの落語会に充てられている。
昼の部は午後2時に開演、5時に終演。この3時間という公演時間が昼下がりにのんびりと寄席で過ごすのに丁度いい時間なのだ。
この日は平日にも拘わらず客席は一杯の入り。顔づけが良かったせいだろう。

志ん松『真田小僧』
有望な若手が顔を揃える志ん橋門下の末弟。愛嬌があって良い。噺家にとって話芸を磨くことも大事だが、愛嬌や色気、華のあるなしも重要な要素だ。

左龍『家見舞い』
都会では汲み取り式の便所がすっかり姿を消してしまったので、肥甕がピンと来ない人が多いかも知れない。
前半をカットした短縮版だったが、出された冷奴を旨い旨いと食べいると、隣の男が変な顔をしている。「なに? この冷奴をどの水で冷やしたかって? そういうことは先に言えよ」といったヤリトリを、左龍は例の眼力で示していた。
浅い出番でもガッチリと客席を掴んでいた。

三三『三人旅』
長い旅の物語の中の、小田原で馬の乗る場面で、3人の江戸っ子と馬子との掛け合いを中心に演じた。近ごろあまり高座に掛からないのは、演者が儲かるネタではないせいだろうか。
短い時間だったが、三三は快適なテンポで面白く聴かせていた。

ジキジキ『音曲漫才』
楽器を使った漫才というのを近ごろ見なくなったが、楽器を持った夫婦漫才となると、東西を通してこの人たちだけではなかろうか。しゃべくり漫才も良いが、寄席ではこうした演奏や唄が入る漫才というのも華やかで良い。
この日の様に古典落語が続く中での色物としてはピッタリだ。

菊生『新寿限無』
もしかして初見。お馴染みの寿限無を三遊亭円丈が改作したものを演じた。「酸素酸素 クーロンのすりきれ ・・・」ってな調子。
古典を聴いてみないとこの人の実力は分からない。

市馬『天災』
久々だった。相変わらず手堅い高座だったが、エキサイティングじゃないね。

天どん『粗忽長屋』
この人の古典は初かも。意外にまともな演じ方だったが、人物の演じ分けがないせいか、平板に流れるという印象だった。

小袁治『長短』
久々だった。このネタを演じるには時間が短すぎた感もあるが、ベテランらしく要領よくまとめていた。

文菊『船徳』
通常は船宿から徳さんの船に乗り込むのは男の二人連れだが、これを文菊は夫婦に変えていた。観音様へのお参りの道筋で、女房の方が歩き疲れたので船に乗ることにしたという設定になっていた。
この演り方には無理があるように思う。
①船が石垣に着いた時に、亭主が女房の日傘を借りて石垣を突くのだが、それなら以前の道路を歩いている際に女房が日傘をさしていなかったのは不自然だ。
②途中で女房が煙草を吸いたくなり煙管を取り出し、亭主が煙草盆を差し出すという場面だが、当時の夫婦関係からこういう事は想像し難い。逆でしょう。
道楽者の若旦那が船頭になるという風情は良く出ていただけに、この改変は疑問が残る。

| | コメント (2)

2018/06/26

「ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ」(2018/6/26)

二兎社公演42「ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ」
日時:2018年6月26日(火)14時
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
脚本:永井愛
演出:永井愛
<  キャスト  >
安田成美:井原まひる(ネットテレビ局・代表)
眞島秀和:及川悠紀夫(リベラル系全国紙・官邸キャップ)
馬渕英里何:秋月友子(大手テレビ局・解説委員)
柳下大:小林司(保守系全国紙・官邸総理番)
松尾貴史:飯塚敏郎(保守系全国紙・論説委員)

本作は、2017年に初演された「ザ・空気」の姉妹編で、続編ではない。前作とのつながりは、ニュース番組のアンカーで自ら命を絶った「桜木」で、登場人物の会話の中で真のジャーナリストとしてリスペクトされている様子が窺える。
今回の舞台は、報道各社の政治部が入居する国会記者会館の屋上。これから総理記者会見が行われようとしている矢先に、記者クラブのコピー機に記者が書いたと思われる総理会見のQ&Aが残されていたのが見つかった。これは特定の記者が、総理に予め入れ知恵していたことになり、大きなスキャンダルに発展しかねない。
この文書の取り扱いをめぐって、追及しようとする及川や、穏便に済ませようとする秋月。隠避を図るQ&Aを書いた当事者である飯塚、その部下だがジャーナリストとしての良心の間に揺れる小林。さらには国会デモを屋上から撮影しようとしていたネットのジャーナリスト井原が加わり、それぞれの思惑が絡み合って物語が進行してゆく。
社名は出していないが、状況やセリフから判断して、及川は朝日、秋月は日テレ、飯塚と小林は産経といった所か。
途中までは侃々諤々の議論を戦わせていながら、最後は記者クラブという運命共同体に逆らえず、曖昧な決着に終わり、井原一人だけが悲憤慷慨して幕となる。
結論は「誰も書いてはならぬ」。

日本には大小あわせて800余りの記者クラブが存在しているそうで、重要な情報は記者クラブを通して流される。各省庁や自治体には記者室が置かれ、そこに記者が常駐している。記者クラブの加盟社は大手メディアに限られていて、それ以外のメディアは排除されている。
官邸クラブが所属する国会記者会館を例にとれば、国の建物(国民の資産)なのに、記者クラブが独占的に使用し、しかも無料。駐車場料金は年間で2000円という夢の様な待遇を受けている。
この結果、政府や官庁の一方的な情報が大手メディアを通じて国民に流されている。
この点は朝日も讀賣も産経も、所詮は同じ穴のムジナである。

今回の舞台は、この記者クラブの実態に鋭く切り込んだもので、コメディ仕立てながら現在の我が国の報道の自由について考えさせるものだった。
扱う問題が、いま正に進行形であり分かり易い。
松尾貴史による安倍総理の物真似はよく似ていて、会場を沸かせていた。
反面、前作に比べるとやや軽いという印象は否めず、薄味だったように思う。

公演は7月16日まで。

| | コメント (2)

2018/06/24

「安楽病棟」(2018/6/23)

劇団青年座第232回公演「安楽病棟」
日時:2018年6月23日(土)14時
会場:本多劇場

原作=帚木蓬生
脚本=シライケイタ
演出=磯村純
<  キャスト  >
柴木(85)=藤夏子
池辺(82)=山本与志恵
長富(90)=阪上和子
石蔵(92)=岩倉高子
松川 (88)=五味多恵子
高倉(85)=井口恭子
花栗(87)=吉本選江
板東(92)=堀部隆一
吉岡(93)=名取幸政
室伏(91)=嶋崎伸夫
下野(89)=永幡洋
三須(90)=山野史人
菊本(90)=児玉謙次
城野=小暮智美
浅井=津田真澄
山口=世奈
三田=鹿野宗健
香月=石母田史朗
理恵=橋本菜摘
茂雄=長克巳
佐和子=野沢由香里

舞台は、ある病院の認知症病棟。重症な人から軽症の人まで症状はさまざまだ。
人生の終幕を迎えようとしている彼らにも輝かしい日々があった。
そうした患者たちを甲斐甲斐しく看病する看護師たち。
ある日、元気だった患者が突然亡くなると、他の患者の急死が相次ぐ。
理想の看護を目指す新任の看護師が疑問を感じて調べていくと、いずれの患者も担当の医師が直前に新薬を処方していることを突き止める。
以前に、この看護師が医師と安楽死について意見を交換した事を思い出し、医師を呼び出し問い詰める。そして、今回の行為を医師自らが世間に明らかにし、安楽死に対する自説を公表するよう求める。

長寿社会を迎えて、安楽死の是非が議論されている。日本でも一定の条件の下では延命装置を外すなどの処置が認められている。
より積極的な安楽死を法的に認めている国としてオランダやベルギーなどがあるが、いずれの場合でも本人の意思の確認が前提となる。
しかし、認知症の患者に対して本人の意思を確認することは不可能である。もし判断が出来るとしたら、それは担当の医師しかいないというのが、この演劇に登場する医師の主張だ。
人間には、どう生きるかと同時に、どう死んでゆくかという選択肢も与えられるべきだと言う人もいる。それもあながち否定はできまい。

安楽死の方法として人工呼吸器を外すというのが一般的に行われ、一定の条件を満たせば認められている。しかしこの方法だと、患者は窒息状態で亡くなるので苦しみながら死んでゆくことになる。
もし致死量のモルヒネを投与できたら、患者は安らかなうちに死んでゆくことが出来る。でも、この処置を行った医師は殺人罪に問われる。
では、果たしてどちらの方が人道的だと言えるだろうか。

生まれたばかりの新生児に重度の障害があった場合、仮に親が望むとしても安楽死させることは認められない。
だが、胎内にいるうちに検査で障害児だと分かった場合、堕胎することは認められている。
この両者、本質的にどう違うんだろうか。

この芝居で突きつけられた問題は、いずれも重く、かつ正解が出しにくい。だが避けて通れぬ問題であり、いずれ私たちは結論を迫られるだろう。

原作をどう舞台に落とし込むのは相当苦心が要ったと思われるが、シライケイタによる脚本はよく工夫されていた。

出演者の中のセリフの言い間違いが気になった。この劇団にしては珍しい。
公演は7月1日まで。

| | コメント (0)

沖縄追悼の詩「生きる」

「生きる」
相良倫子(浦添市立港川中学校3年)

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間(とき)を
一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。

| | コメント (0)

2018/06/18

お知らせ

1週間ほどブログを小休止します。

| | コメント (0)

2018/06/17

朝日名人会82018/6/16)

第180回「朝日名人会」
日時:2018年6月16日(土)14時
会場:有楽町朝日ホール
<  番組  >
前座『たらちね』
古今亭志ん吉『紙入れ』
柳家三之助『蜘蛛駕籠』
金原亭馬生『柳田角之進』
~仲入り~
春風亭一之輔『百川』
桂文珍『猫の忠信』

志ん吉『紙入れ』
この会に上がる二ツ目は有望な人を選んでいる。今期も志ん吉もそうで期待の若手だ。
主人公の間男の名前が同じ読みの新吉。落語には間男が出て来るネタは多いが、大概は年上の人妻が若い男を誘惑するパターンで、この噺も例に漏れず。
志ん吉の魅力はしゃべりが滑らかな事だ。しかしこのネタの最も肝心な所は、新吉を誘う女房の色気が出せるかどうかだ。その点はさっぱりだった。現時点では荷が重いのかなという印象だった。

三之助『蜘蛛駕籠』
この日は、さんのすけが先で、後半にいちのすけが出て来るという趣向。これでトリがしのすけなら「のすけ」の揃い踏みだったのだが。
元は上方の『住吉駕籠』で、東京へは初代柳家小はんが移したとされている。
雲助以外の登場人物について。近くの茶屋の主、侍、酔っぱらい、踊る男、そして品川に遊びに向かう二人連れ。この内、酔っぱらいは『うどん屋』と同様で同じ話しを何度も繰り返し雲助を閉口させる。
いかにも三之助らしい丁寧で華やかな高座だったが、例の「あら熊さん・・・」の一度目で、声を掛けてきた女房の素性や特徴を話すのを逸してしまったのが惜しまれる。気がついたのか二度目で話し出していたが、不自然さは免れなかった。

馬生『柳田角之進』
柳田が番頭にもし後日店から金が出た時は番頭と主人の首を申し受けると言われたのを、番頭は主人に伝えていなかった。処が大晦日の大掃除の時に金が見つかり、初めて番頭がこの事を主人に告げるのが通常だが、馬生の演り方では柳田が姿を消した時に主人に告げる様にしていた。そして、金が見つかった時に再び先ほどの事を繰り返し主人に告げていたがこれは不自然だし、恐らくは演者のミスだと思われる。
馬生らしい品格のある高座だっただけに、このキズが惜しまれる。

一之輔『百川』
高座に上がってきただけで客席の雰囲気が一気に変わるという、今や貫禄さえ感じる一之輔である。
百兵衛が今度はサザエの壺焼きを飲み込もうとするのを河岸の若い衆が必死で止めるのが新趣向。終始客席を沸かせていた。
最後もも通常のサゲと変えていた。

文珍『猫の忠信』
数ある上方落語の中でもこの噺は非常によく出来ている。
浄瑠璃や歌舞伎の「義経千本桜」のパロディになっていて、オリジナルの狐を猫、鼓を三味線に置き換え、吉野屋の常吉で義経、駿河屋の次郎吉で駿河の次郎、お静さんで静御前、狐忠信で猫のただ飲む、と見立てが入っている。
偽の常吉の正体がバレてのセリフ「申します。もーーします。頃は人皇百六代。正親町天皇の御宇、山城大和二カ国に、田鼠といえる鼠はびこり、民百姓の悲しみに、時の博士に占わせしに、高貴の方に飼われたる、素性正しき三毛猫の、生皮をもて三味に張り、天に向かいて弾くときは、田鼠直ちに去るとある。わたくしの両親は、伏見の院様の手許に飼われ、受けし果報が仇となり、生皮剥がれ、三味に張られました。そのときはまだ、子猫の私、父恋し、母恋し、ゴロニャンニャンと鳴くばかり。流れ流れてその三味が、ご当家様にありと聞き、かく常吉様の姿を借り受け、当家へこそは入り込みしが、アレアレアレ、あれに掛かりしあの三味の、表革は父の皮、裏革は母の皮、わたくしは、あの三味線の、子でございます」もまた、オリジナルのパロディだ。
このセリフでは、ハメモノに乗せて歌舞伎と同様に言葉を伸び縮みさせる狐言葉で語る。演者の力量が求められるネタだ。
文珍は、内海英華の奏する囃子に乗って演じきった。
前半の滑稽噺の展開と共に、この会のトリに相応しい見事な高座を見せてくれた。

仲入りで、三味線の田中ふゆが毎度ポップスを演奏してくれるサービスがあり、これも楽しみの一つである。

| | コメント (0)

2018/06/14

人形町らくだ亭(2018/6/13)

第78回「人形町らくだ亭」
日時:6月13日(水)18時50分
<  番組  >
前座・春雨や晴太『八問答』
柳家やなぎ『転失気』
春風亭一朝『大山詣り』
~仲入り~
春風亭柳朝『源平盛衰記』
五街道雲助『つづら』

晴太『八問答』
初代春団治がいくつかの噺をまとめて改作した作品だが、東京へは誰が持ってきたのかは不明。
八五郎が隠居の家を訪れると、八は末広がりで縁起が良いという。世の中は全て八の字がつくと、足し算、引き算、割り算、掛け算から駄洒落まで駆使して何でも八にこじつけてしまうという根問ネタ。
リズミカルな喋りで悪くなかったが、間が欲しいところ。
この日の若手の中では一番良かった。

やなぎ『転失気』
本人は工夫している心算だろうが、全体に間延びしていた。
このネタは、あんなにダラダラ演じるものじゃない。

一朝『大山詣り』
お疲れに見えたのは気のせいだろうか。
皆より一足先に長屋に戻った熊が、上さんたちに仲間が船で遭難したという嘘の話しを語る時、もうちょっとしんみりと喋った方が良いのでは。そうでないと、上さん連中が感情移入できないと思った。

柳朝『源平盛衰記』
典型的な地噺で、間に挟むギャグで勝負するネタ。
時事ネタや芸人の流行語を多用していたが、これが古い。聞いていて、そう言えばそんな事もあったなという感想でしかない。客席の反応がそれを如実に物語っていた。
この噺は談志や10代目文治の様な個性の強い人に向いているように思う。
どうも柳朝にはニンじゃないと言うのが、感想だ。

雲助『つづら』
別題が『つづらの間男』、8代目文治-10代目馬生を経て、現在はその弟子の雲助や当代馬生が演じている。
演じ手が少ないのは、あまり面白い噺ではないからだろう。
つづらを見た事のない人や、質屋を利用したことのない人が多くなって、話しが分かり難くなったというのも理由の一つだろう。
江戸時代に、町人の間男に対する賠償金は7両2分と決まっていて、つまりバレても7両2分払えば勘弁して貰えたというルールだったそうだ。これは時価で大判1枚に相当した。
あらすしは。
博打好きの亭主のために悪い筋からの借金の催促に追われる由と女房のお兼。由は金策に走り回るが、どこからも融通して貰えない。仕方なく成田の叔父に相談に行くから今夜は泊りになるからと由は出かけてしまう。
角の荒物屋の女房から由は呼び止められ、お兼が質屋の伊勢屋の旦那と間男していると告げられる。由は成田に行くのをやめて、魚屋の奥座敷で時間をつないでいた。
そうとは知らぬ伊勢屋の主、由が留守だと知らされお兼の家を訪ねてくる。二人で酒と肴で一杯やってる所へ、亭主の由が玄関の戸を叩く。
さては美人局を仕組んだなと訝る伊勢屋の主を急いでつづらの中に隠してから由を招き入れる。
由は気付いてつづらを開けようとするが、お兼は必死でとめる。伊勢屋が借金を肩代わりしてくれたから、近ごろは取り立てが来ないのだと。
もし借金のことで由に万一のことがあったり、お兼が借金のカタに売られるようになれば、子どもが可哀そうだと説得する。
これを聞いた由は「開けない。しかしお前にも開けさせない」とつづらを紐で縛り、担いで伊勢屋へ向かう。
伊勢屋の番頭に、このつづらを7両2分で預けたいと申し出るが、最初は相手にされない。しかし、お上さんから中身を耳打ちされると態度を一変させ、大判1枚を由に渡す。
番頭「二度と虫が付かないようにしっかり預かります」
由「そいつを流さないでくんなよ」
でサゲ。
陰気な話だが、サゲが洒落ている。
雲助もややお疲れという印象を受けたが、じっくり聴かせてくれた。

| | コメント (2)

2018/06/13

五街道雲助一門会(2018/6/12)

「五街道雲助一門会」
日時:2018年6月12日(火)19時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・桃月庵ひしもち『出来心』
五街道雲助『お菊の皿』
桃月庵白酒『鰻の幇間』
~仲入り~
蜃気楼龍玉『駒長』
隅田川馬石『井戸の茶碗』

「大山鳴動して鼠一匹」、昨日の米朝「トラ・キン会談」の共同声明への感想だ。
鉦や太鼓の大騒ぎの割には、共同声明に盛り込まれた中身は過去の6か国協議での合意と大差ない。
会見で記者からその点をつかれたトランプは、以前とは大統領が違うと見栄を切っていたが、果たしてどうか。
肝心の拉致問題についても、トランプの反応は「ああ、言っといたよ」程度だった。
気になったのは、会見に金正恩が出てこなかったことだ。あれでは肝心の北朝鮮の意思が全く伝わってこないし、どこまで信用がおけるかも判断できない。
トランプが、非核化の費用は日本と韓国が負ってくれるだろうと明言していたことだけが印象に残った。
ヤレヤレ。

数ある一門の中で、いま最も充実している一門といえば、雲助一門だろう。師匠以下4人はいずれも芸達者で、かつ個性的だ。
この日も2階席までよく入っていた。

雲助『お菊の皿』
いきなりの師匠登場で会場がざわめく。ここの一門会では師匠がトリを取るのがむしろ稀だ。
幽霊のお菊が、客の数が数名から100名程度、最後は興行師が入っての大入りになるにつれて、芸風がどんどん変化していゆく様を描いていた。痩せて青白かった顔も次第に血色が良くなり、仕草も大仰になり芝居が臭くなってゆく。落語でいえば地域寄席からホール落語へ、といった所か。
そうした変化を雲助はいかにも楽しそうに演じていた。

白酒『鰻の幇間』
いくつか独自の工夫がなされていた。幇間がいきなり街頭で「丘釣り」するのではなく、馴染みの店を挨拶しに回るが空振りに終わり、仕方なく街中で客を拾うことになる。
連れていかれた店は「趣き」というとよりは「傾き」。2階に上がって窓を開けようとしたら、窓は絵だった。
久々に客をつかまえて浮きだっていたのが、逃げられたと知ってからの怒りと落胆、その落差を描くのがポイントだ。
幇間が女中に、うな重の中身は鰻かと訊いてもはっきりした返事がない。酒は近くの学校の理科室からって、そりゃエチルアルコールだろう。
香香がざあさいで、徳利の模様が西遊記。きけば5年前までは中華料理屋だった、
階段を降りようとしたら途中に腰かけているのがいる。どけよと言ったら、その人日本語が通じません!
白酒は、まさに踏んだり蹴ったりの幇間の悲哀を増幅して描いていた。

龍玉『駒長』
あらすじは。
借金だらけの長兵衛とお駒夫婦、借金の取り立てに来る上方者の損料屋の丈八を美人局で脅しておどして金を巻き上げようと算段する。
どうやら丈八がお駒に惚れているの様なので、お駒に丈八への恋文を書かせる。その手紙をお駒が落としのを長兵衛が拾い、丈八が損料を取り立てに来るのを見計らって嘘の夫婦喧嘩を始める。丈八が来たら、てめえお駒の間男だったなと証拠の手紙を見せ脅して、金品を巻き上げる計略だ。
いやがるお駒を相手に稽古を始める。長兵衛が「このアマ、太ぇアマだ。男のツラに泥を塗りぁがって」とお駒を殴ると、「お前さん、ごめんなさい」とお駒が謝る、といった調子だ。
そうとは知らぬ丈八がやって来て。長兵衛がお駒を殴っているのを見て止めに入るが、自分も長兵衛に殴られる
驚く丈八に証拠のニセ手紙を見せ、これから仲人の親分の所へ行って事の顛末を話し、二人を重ねて四つに斬ると息巻いて、二人を置いて長兵衛は家を飛び出して行く。
丈八はみすぼらしい着物で亭主に殴られているお駒に同情し、優しい言葉をかける。お駒も又本当は長兵衛となんか別れて、丈八の様な親切な人と一緒になりたいと打ち明ける。
元より丈八も前からお駒に惚れていたので、二人で上方に逃げようと話がまとまる。丈八はお駒に損物の着物、帯、羽織を着させ、お駒は長兵衛宛に置手紙をして、二人で上方へ旅立つ。
一方の長兵衛は、友達の家で一杯やって時間をつなぐつもりが飲み過ぎ明け方まで寝過ごしてしまう。
長兵衛はあわてて家へ帰るが二人の姿は見えず、お駒からの置手紙が残されていた。
お駒の手紙には、「丈八さんと手に手を取り、長の道中変わらぬ夫婦と相成り候・・・・・・あらあら目出度きかしこ」
手紙を読んだ長兵衛は出刃包丁を持って表へ飛び出すが、向うの屋根のカラスが長兵衛の顔を見て「アホウ、アホウ」でサゲ。
筋は『包丁』と似た所もある。
長兵衛が凄む場面では、龍玉の青白い長い顔が黒い着物の上に浮かび上がり、迫力満点。声も低くてドスが効いている。
龍玉は滑稽噺で固すぎると思うこともあるが、こういうネタはピッタリだ。

馬石『井戸の茶碗』
通常と異なる点がいくつかあった。
先ず、時代設定を田沼意次が権勢をふるっていた時代としていた。武士社会に賄賂が罷り通っていた時代だからこそ、正直で誠実な武士の姿が映えるのだ。
屑屋の清兵衛が浪人の千代田卜斎とは以前からのお得意さんで、家庭の事情も重々承知している。だからこそ、卜斎の申し出を受けて100文で仏像を買うことを承諾する。清兵衛が儲けは折半という約束をしないのも馬石の特長だ。
細川家の家来である高木佐太夫が清兵衛から仏像を買う時も、佐太夫が600文という買値を決めている。ここで清兵衛は500文儲かったのだ。正当な利益である。だから、この中では正直清兵衛という言い方は出てこない。
馬石のこの改変の方がストーリーとしては自然に思える。
仏像から出た50両の金をめぐって、清兵衛が卜斎と佐太夫の間を行ったり来たりするのを見かねた卜斎の長屋の大家が二人の仲裁に入るというのも納得のいく展開だ。
屋敷下を通る屑屋を佐太夫が片っ端から面あらためする場面や、それはきっと闇討ちにあった父親の仇を探しているんだと勝手な想像をした仲間の屑屋が仕方話しをする場面などで、馬石らしい滑稽な味も出ていて、良い出来だった。

さすがは雲助一門、4席いずれも結構でした。

| | コメント (4)

2018/06/10

三田落語会「大感謝祭」(2018/6/9夜)

三田落語会「大感謝祭」夜席
日時:2018年6月9日(土)17時
会場:浜離宮朝日ホール(小ホール)
<  番組  >
柳家三三『小田原相撲(寛政力士伝)』
春風亭一朝『植木のお化け』
~仲入り~
露の新治『お文さん』
柳家さん喬『鼠穴』

今年2月で休会となった三田落語会の大感謝祭、その夜の部へ。サヨナラ公演だと思っていたら、今年10月には会場を変えて再開するとの告知があった。
この会を楽しみにしていた人にとっては嬉しい知らせだ。

開口一番は、なんとかいう前座が『松竹梅』を。

三三『小田原相撲(寛政力士伝)』
三三は地元に縁のあるネタで『小田原相撲』を演じた。他には『寛政力士伝』というタイトルでも演じられているようだ。
ストーリーからすると講談から来た様にも思えるのだが、はっきりしない。お馴染みの谷風に関する相撲ネタだ。
あらすじは。
伊豆の下田に素人相撲で大巌大五郎という強いのがいたが、ヤクザをバックにして汚い手口で相手を投げ殺すこともあった。しかも江戸の相撲取りなんぞ、俺の相手になんかならねえと豪語していた。
これを聞いた谷風、大巌を懲らしめるべく、小田原で3日間の勧進相撲興行を打つ。
初日に江戸相撲の鯱が大巌と対戦するが、行司の見てない所で大巌が鯱の目の中に指をつっこんで相手がひるむところを投げ飛ばしてしまう。
土俵下でこの一番を見ていた谷風は2日目に大巌と対戦することにして、さてどうして相手の反則技に対処しようかと悩んでいたら、そこに母子連れが谷風を訪ねてくる。
聞けば、夫が大巌に投げ殺されて、その無念を晴らして欲しいとのこと。そばから子どもが家から持ってきた生みたての卵50個を差し出し、これを飲んできっと勝っておくれと言った。
親子が帰ったあと、隣の部屋で聞いていた雷電が「物の順序として明日はわしが取りましょう」と申し出る。谷風が承知すると、雷電はペロッと50個の卵を飲んでしまって、「ああ、いい気味(黄身)だ」。
翌日、雷電と大巌が土俵に上がると満員の観衆から「雷電!」「雷電!」の声援ばかり。
行司の軍配が返ると、なぜか雷電は両手を万歳した格好で相手を呼びこむ。得たりと大巌が双差しになって一気に寄り立てると、土俵の俵に足がかかった雷電が大巌の両腕を閂に決めてぐっと持ち上げると、大巌の両腕の肘がボキボキと音を立てて折れてしまう。さらに雷電は張り手をかまし、大巌を土俵の外に投げ飛ばしてしまった。
これだけの筋だが、三三は地噺風に進めながら随所にクスグリを入れて、楽しませていた。
マクラで、「落語ファン」は、とにかく落語が好きで楽しんでいる人。「落語通」は、「笑点」の出演者が高座に上がると煙草を吸いに外へ出る人。そして「落語マニア」は、メモを片手に高座をチェックする人、と言っていた。
なかなか面白い分類法だと思った。

一朝『植木のお化け』
あらすじは。
隠居の所に八五郎が訪れる、聞けば、権助に煮え湯をかけられた恨みで植木のお化けが出るという。二人が庭先で一杯やって待っていると、深夜続々とお化けたちが登場してくる。
「あの、酒乱の二人は?」「榊(酒気)に蘭(乱)だ」
「何も言わないで消えた奴は?」「梔子(口無し)だろう」
「勧進帳の富樫と弁慶のいでたちだったのは?」「石菖蒲(関所うぶor関勝負)と弁慶草」
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、ドンツクドンドンツク……と、ずいぶんにぎやかだが、あれは南無妙法蓮華経草かい?」「なあに、蓮華に橘さ」
いわゆる音曲噺で、小唄、都々逸、謡などの音曲の素養がないと演じられないし、囃子方も要る。洒落が分かり難いこともあって、高座にかかる機会が少ない。現役では恐らく一朝しか演じ手がいないのではなかろうか。
江戸落語の粋の世界である。是非、若手に芸を継承して貰いたい。
かつて美声で鳴らした春風亭枝雀という音曲師がいて、CDとしてこのネタの音源が残されている。

新治『お文さん』
マクラで、「膿を出し切るって、膿が言うてます」と、新治節全開。すっかり東京の落語ファンにもお馴染みになった新治、この日は先代の松喬が得意としていたネタを。
あらすじは。
先ず、「お文さん」とはの解説から、浄土真宗東本願寺派(大谷派)で、本願寺八世蓮如上人が真宗の教義を民衆向きにやさしく述べた書簡文154篇を総称したもので、門徒は経典のように暗記し唱える。このネタのサゲを理解する上で大事な予備知識となる。
赤子を抱いた一人の武家が酒屋「万両」で祝い酒を購入、丁稚の定吉に酒を持たせて相手先に向う途中でちょっと寄る所があるからと定吉に赤子を預けたままドロン。定吉が赤子を抱いて店に帰ると。大旦那が赤子の胸元に差してあった手紙を見つける。そこには故あって赤子を託したいとあった。若旦那夫婦に子がいないのを幸いに実子として育てようとする。就いては乳母が要るので、大旦那は定吉に命じて出入りの松吉の所へ乳母を頼みに行かせると、なんと松吉は既に乳母を用意しており、それも飛び切りの美人で名は「お文さん」という。タネを明かせば、若旦那が贔屓にしていた北新地の売れっ子の芸妓で、先の赤子は二人の間に出来た子どもだった。そこで松吉が一芝居打って、赤子を万両の若旦那の実子として引き取らせ、文を乳母として万両に送り込む手はずを整えたという次第。
定吉には固く口止めしてお文を店に連れ帰ると、赤子は文にすっかりなついでしまうので(元は自分の子だから当たり前)、大旦那一同は大喜び。
お文は赤子の世話からおさんどん、夕方からは店を手伝うという働きっぷり。美人で客のあしらいも良いので評判が上がり店は大繁盛。
定吉がついつい気軽にお文さんと呼んでいると、若旦那から注意されお文と呼ぶよう指示を受ける。
考えてみればこんな美人が乳母として店に奉公に来るのも不自然だし、どうやら近ごろでは若旦那がお文に着物を、それも妻のお花のものより上等な着物をお文に買い与えている様子。
そんな所に目を付けたのは女中のお松。どうやら定吉が全ての事情を知っていると睨んだお松は、お花と二人の前に定吉を呼び、好物の饅頭を食べさせ、嘘を言うと血を吐いて死ぬと脅して若旦那とお文の関係を聞き出す。
すると、どうやら若旦那がいずれお花を離縁し、お文を後添いに迎える算段をしているらしい。
怒ったお花は定吉に、いま若旦那は何をしているのか訊くと、離れで文を読んでると言う。直ちにお花が離れに行くと、若旦那はちょうど浄土真宗の「お文さん」を読んでいるところだった。ほっとしたお花はもどってきて、「若だんさんは、お文さんを読んでおられたわ。そないなところにどなりこんで行ったら、それこそ私に落ち度があると言われてしまう。定吉や、文ではなくちゃんとお文さんと言わなければ」と言うと、定吉は「いえ、私はお文さんというとしかられてしまいますんで」でサゲ。
ストーリーが入り組んでいる上に登場人物が多く、その演じ分けに苦労する大ネタだと思うが、新治の高座は丁寧な描写とテンポの良い運びで間然とする所がなく、聞き応えがあった。
いつもながら、新治の上手さには感心する。

さん喬『鼠穴』
ここまで長くなってしまったので、説明は省略。
夢だと分かった兄弟二人の明るさが、この前の陰惨な印象を吹き飛ばして、気分良く終演。

4席、結構でした。

| | コメント (5)

2018/06/07

「柳家小三治独演会」(2018/6/6)

「柳家小三治独演会」
日時:2018年6月6日(水)18時30分
会場:東京芸術劇場プレイハウス
<  番組  >
柳家一琴『転失気』
柳家小三治『青菜』
~仲入り~
柳家一琴『紙切り』
柳家小三治『挨拶』

私がまだ20代前半のころ、先代小さんの弟子に、さん治、さん八という二ツ目の有望な弟子がいて、いずれこの二人は落語界を背負っていくだろうと言われていた。やがて前者が小三治、後者が入船亭扇橋になる。
「栴檀は双葉より芳し」で、噺家も有望な人は二ツ目時代から注目される。志ん朝や談志がそうだったし、最近では喬太郎、一之輔も同様だ。
もっとも小三治の場合は、入門前の高校生の頃から一部の演芸ファンには知られていたほどの天才少年だったが。
噺家といえどもやはり才能がモノを言う。

他の落語会でもこの独演会について噂していたほど、落語ファンには注目されていた。プレイガイドではチケットは抽選だったのも話題の種だった。
小三治は昨年8月に手術したが、その後の経過を占う意味で大事な会だということだろう。

小三治の独演会は一つの型があり、開口一番は弟子の真打が勤め、その後に一席、仲入り後にもう一席というのが通常のパターンだ。

この日の開口一番は一琴『転失気』。
前座噺だが、やはり真打クラスが演じると面白い。
小僧の珍念が可愛らしかった。

小三治『青菜』
この日もマクラが長かった。
本人も、長いマクラに怒って帰ってしまう客がいると言っていた。その背中を「ざまぁ見ろ」と見送るのだと。
漱石が愛した3代目小さんは、高座に上がってしばらくはつまらない話しをしていたそうだ、そうすると呆れて帰る客がいる。その残った客にみっちりと面白い噺を聴かせていたそうだ。自分も最初からワッと笑わせるような演じ方はしないと。
先月の落語会で聴いた時は、雑誌に掲載するため写真撮影をしたと語っていたが、その写真が出来てきて、あまりに良く写っているので感心したと。身体を動かしながらの撮影だったので写真がブレているのだが、とても自然体で撮れていた。そう言ってアラーキーの腕前を褒めていた。
メディアの言葉狩りに触れて、本来なら言論の自由を守るべきメディアが、簡単に受け容れてしまった事を怒っていた。差別用語を禁じることと、差別を禁じる事とは全く別問題で、後者にこそ力を入れるべきだと。
その他、思い出せないが色々なことを語り、予定時間を大幅にオーバーしたようだ。

ようやくネタに入り『青菜』に。
植木屋が屋敷で飲み食いする場面にかなりの時間を割いていた。他の人の倍はかけていたろう。あれだけ時間をかけて飲めば、徳利も空になるというもの。
屋敷の主が、植木屋の水の打ち方を褒め、草木から落ちる水滴を通る風が涼しく感じると言う場面は大事な点だ。
菜を取り寄せるべく主が掌を軽く合わせて打つ場面は感心した。独特の打ち方で、後から本人が解説していたが、この屋敷の空間を意識して打ってるとのこと。こういう細部に価値がある。他の演者では、まるで居酒屋で店員を呼ぶような打ち方をする者もいて、あれでは幻滅だ。
例の「鞍馬から牛若丸が・・・」の口上で、植木屋がこれがお屋敷なんだと感心する。家が広いとか庭があるとか、食べ物がどうとかではないと言う。この発想から、自分の家に戻って同じ事をして見ようと試みることになる。
1点だけ抜けていたのは、最初に植木屋が縁側に腰かけるよう勧められた時に、縁側を汚すといけないと遠慮する場面だ。このミスは本人も後から気付いた様だ。
鯉のあらいの下の氷を頬ばる場面は、敢えてカットしたそうだ。
後半の植木屋が長屋に戻ってからは、屋敷の真似をする所からサゲまで一気に。
屋敷の静と涼に対して、長屋の騒と暑を見事に対比させて見せた。
1か月前と比べて遥かに動きが良くなっていて、元に戻った印象だ。
本人は、これからホップステップジャンプのジャンプを目指すと意気込みを語っていたが、本気度を感じた高座だった。

一琴『紙切り』
仲入り後に高座に上がってきて、紙切りをはじめたのには驚いた。後から小三治が、噺家をやめて紙切りになれと言い、やはり噺家を続けたいからと断られたエピソードを紹介していたが、器用な人だ。

小三治『挨拶』
終演時間まで2分しかないと言って、『小言念仏』の形だけして挨拶で終了。
手術後初めて『青菜』を掛けたと言っていたが、それだけ体力回復に自信がついたということだろう。
一席しか聴けなかったのは残念だが、また次の機会を待つことにしよう。

| | コメント (4)

2018/06/03

にぎわい座名作落語の夕べ(2018/6/2)

第百八十九回「にぎわい座名作落語の夕べ」
日時:2018年6月02日(土)18:00
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・柳亭市若『狸の鯉』
柳家甚語楼『短命』
橘ノ圓満『お直し』
《仲入り》
春風亭正朝『宮戸川』
三笑亭茶楽『品川心中』

一昨日の落語会で隣席の人がずっと居眠りをしていたのだが、その人が公演アンケートに記入していた。なんて書いたんだろう? 「とても気持ち良かった」とでも書いたんだろうか、色々な人がいる。

今回のにぎわい座名作落語の夕べのテーマは「艶噺」。会場の入りはあまり良くなく4分程度だった。
落語に注目が集り、テレビ番組や新聞記事でもとりあげられる機会が増えた。寄席の入りも以前よりは良くなったと言われているが、決して本物じゃない。
名の通った人や人気者が一人でも出ていると途端に客が多くなるが、それ以外では寂しい入りの時が少なくない。これだけの顔づけで、これだけの番組で、なんでガラガラなんだと思うことはしばしばだ。
関係者もブームの底の浅さを自覚しておかないと、とんだしっぺ返しを食ううことになる。

市若『狸の鯉』
夜中に他人の家を訪れるのに、あんな大声を出す奴があるか。無粋な狸め。

甚語楼『短命』
会場が固い空気のままネタに入る。もうちょっとマクラでほぐして欲しかった。悪い出来ではなかったが、こうしたネタはもっと軽みが要るのでは。力が入り過ぎていたように思えた。

圓満『お直し』
どこまでも堕ちてゆく男女。原因を作ったのは常に男の方で、ろくでなし。でも女に頼ってしか生きてゆけない。そんな男を見捨てることもなく、一所懸命に尽くす女、どん底に生きる男女の機微を描いたこのネタは、落語というより短編小説か、川島雄三の映画の世界だ。
圓満の高座だが、前半が単調だった。もっとしゃべりにメリハリが欲しい。このネタを初めて聴く人にはストーリーが分かりづらかったと思う。
後半の「けころ」の場面に入ってからはぐっと良くなった。女と男の客とのじゃれ合いと、それを見ながら嫉妬心を燃やす亭主との対比が良く出来ていた。客が去った後の夫婦喧嘩と仲直りの場面も、この二人のこれからの幸せを予感させていた。

正朝『宮戸川』
マクラで、車内での女性の化粧の話題で会場を一気に温めた。私もあの神経は分からない。今までで最長は45分、宇都宮線でのことだ。基礎工事から最終仕上げまで隣の席の女性が入念に化粧を施していた。上野駅到着前に先に立ち上がり、その女性の顔をチラッと見ましたよ。
感想は、無駄な時間を過ごしましたねー。あ、これってセクハラですか?
この噺もそうだが、落語に登場する生娘というのは、概して男に積極的な人が多い。江戸時代の娘さんというのは意外に奔放だったのかも知れない。
正朝の高座はいかにも軽く楽しげに演じていた。こうしたネタはこれが正解。

茶楽『品川心中』
東京落語の最大の特長は「粋」だ。粋さが無い東京の落語家は失格である。
そこいくと茶楽、毎回粋な高座を見せてくれる。
お馴染みのネタだが、いくつか工夫があった。
お染が金蔵に心中を持ちかける時、私だけ死んだら金蔵のとこへ化けて出てとり殺すと脅す。金蔵は、どっちに転んでも死ぬんだからと、心中に同意する。
翌日、金蔵は家財道具を売り払って、こさえた金で白無垢の死に装束と脇差しを買う。処が、親分宅を訪れた際に、玄関に脇差しを立てかけておいたため、急いで飛び出してきて脇差は忘れてきてしまう。
死に装束は持ってきたが、金が足りなくて自分の着物は半纏の様な短さだ。「どうせ今度出て来る時は、足が無いんだからちょうどいいや」と金蔵は暢気なもの。
それでも、お染からカミソリを見せられた時は震え上がる。
いよいよ心中となって、品川の桟橋からお染が先に行っとくれと金蔵を海に突き飛ばすと、見世の若い衆が金が出来たからとお染をとめる。
お染「金ちゃん、ちょっと早かったよ、お前さんたらいつだって早くって、あたしを置いていくんだから」と、この期に及んでも下ネタを。どこまで厚かましい女なのだ。
海から八つ山に上がってきた金蔵、駕籠に乗ろうとすると駕籠屋は幽霊と間違えて逃げ出ししまう、その後は、親分の家でのひと騒動で、鈴木主水先生だけが悠然と座ってる。親分が「さすがお侍」と褒めると、「なに、拙者腰が抜けた」でサゲ。
志ん生や志ん朝より、先代馬生に近い演じ方だった。
流れるような喋りに乗って、出色の高座だった。

| | コメント (2)

2018/06/02

「花形演芸会スペシャル~受賞者の会~」(2018/6/1)

「花形演芸会スペシャル~受賞者の会~」
日時:2018年6月1日(金)18時
会場:国立演芸場
<  番組  >
前座・柳亭市坊『たらちね』
雷門小助六『武助馬』
桂福丸『天満の白狛(元犬)』
三遊亭萬橘『壺算』
江戸家小猫『ものまね』
―仲入り―
『平成29年度花形演芸大賞贈賞式』 司会:橘家圓太郎
大賞・・・笑福亭たま
金賞・・・江戸家小猫、三遊亭萬橘、ストレート松浦、菊地まどか(休演)
銀賞・・・桂福丸、桂佐ん吉(休演)、鈴々舎馬るこ、雷門小助六

橘家圓太郎『祇園会』
鈴々舎馬るこ『真田小僧』
ストレート松浦『ジャグリング』
笑福亭たま『鰍沢』

月例の花形演芸会のスペシャル版で、昨年度の花形演芸大賞の贈賞式と、受賞者による演芸が披露される。
毎年人気の番組で、今年も辛うじてチケットを確保。
   
小助六『武助馬』
贈賞式の審査評で、「派手さはないが」と言われたのが本人にとって不本意だったようだが、むしろ「華やかさはないが」とした方が的確だと思う。その代わり確かなしゃべりがこの人の魅力であり、地味な芸風で成功している噺家も少なくないので、信じた道を進んで欲しい。

福丸『天満の白狛(元犬)』
東京落語の『元犬』が当代の文枝が上方に置き換えたもののようだ。ただ、シロが奉公に上がった先の主人が座敷犬を飼っていて、それと喧嘩になるという筋は、サゲを含めて改変されていた。
高座スタイルも語り口もスッキリとしていて好感が持てる。他のネタも聴いてみたいと思わせる出来だった。

萬橘『壺算』
高座に上がってくるだけで、客席からクスクスという笑いが起きる。存在それ自身が面白いという、得な芸人だ。
このネタは、兄いがどうやって3円50銭の壺を3円に値切るのかが演者の腕の見せ所だが、萬橘は兄いが店先で土下座するという演り方だ。店員も困惑して50銭まける。
通常は二荷の水瓶が欲しいのに先ず一荷の水瓶を買うという筋だが、萬橘の高座では後から二荷が必要だったと気付き、店に戻って取り換えるという演じ方だ、これだと例の詐欺商法は当初から計画したものではなくなる事になる。サゲの改変も含めて好みの分かれる所だが、全体としてはとても面白く聴かせていた。
この花形演芸大賞での金賞は4回目だそうだ。そろそろ大賞にランクアップして上げたら。

小猫『ものまね』
デビュー当時から見ているが、物真似はもちろんのこと、トークに磨きがかかってきた。誰もが鳴き声を聞いたことが無い動物の物真似で、あそこまで客を引っ張る技術は大したものだ。
寄席でトリを取る日もそう遠くはないだろう。

『平成29年度花形演芸大賞贈賞式』
今回の司会は圓太郎だったが、この贈賞式では毎回司会者が一番緊張するようだ。次は新しく日本芸術文化振興会理事長に就任した河村潤子氏だっただろう。何せ初舞台だし、前理事長が毎回駄洒落を入れて会場を和ませていたので、そのプレッシャーがあっただろう。
先ずは「たま」の大賞受賞、遅きに失した感もあるがとにかく目出度い。以前にも書いたことだが、この人の感性や技能は、やがて上方落語界をリードしてゆくものになるだろう。
金賞4人中落語家は一人で、他はいわゆる色物の芸人というのは初めてではないだろうか。こうした芸に高い評価が与えられるというのは良い事だ。
銀賞4人は、東京と上方がそれぞれ二人ずつで分け合った。ここの所の上方落語の充実ぶりを示している。

圓太郎『祇園会』
短いながら東京と京都のお祭りの囃子や掛声合戦の場面もあり、先輩噺家の貫禄を示した。
若いころ、師匠の小朝に似てると言われて嫌だったと言っていたが、今はその師匠の影響を全く感じない。

鈴々舎馬るこ『真田小僧』
今回の受賞がきっかけとなって、鈴本でトリを取るそうだ。この人の短いネタしか聴いたことがないのだが、どんなトリ根多を演じるのだろうか。

ストレート松浦『ジャグリング』
いつ見ても見事な芸だ。この日は音楽を口ずさみながらの演技だったが、ちょっと苦しそうだった。だいぶ心拍数が上がったんじゃないのかと心配になったけど。

笑福亭たま『鰍沢』
マクラの得意のショート落語で、「TOKIO」ネタを演じたが、これが傑作。中身はモッタイナイから教えられない。
演目は東京の『鰍沢』を上方に置き換えたもので、旅人は和歌山、お熊は大阪の出身という設定で、他は東京とほぼ同じ。
心中のし損ないで相手の男は死ぬのだが、別の薬屋のしくじりと一緒に甲州に逃げてきて一緒に暮らしていたというもの。
時間が通常の半分程度だったので、元の噺にある情緒みたいなものは消されていたが、ストーリーとしては過不足がなく、このネタを始めて聴く人には分かり易かったと思われる。
今年で花形を卒業のたまが、思い出話にと演じた高座。結構でした。

| | コメント (4)

2018/06/01

書評「美空ひばり 最後の真実」

Photo

西川昭幸「美空ひばり 最後の真実」(さくら舎-2018/4/9初版)

美空ひばりぐらい毀誉褒貶の激しかった歌手は他にいないだろう。
今でこそひばりは昭和を代表する歌手、昭和の歌姫などという国民的歌手の称号が与えられているようだが、そうした評価になったのは彼女の晩年、もっと言えば亡くなってからだ。
私自身は元より、家族を含めて周囲に美空ひばりが好きだという人は誰もいなかった。仮に好きだったとしても、あまり人前では言い出しにくかったかも知れない。
ひばりは歌が上手いという点では衆目の一致するところだが、俗に一卵性母娘と言われる母親の存在や、世間常識を逸脱した家族愛(特に弟に対する)、尊大な態度、暴力団とのつながり。そうした事が敵を増やし、社会から孤立していった原因だ。
この書籍は、そんな美空ひばりの光と影を余すことなく描こうと試みている。

著者は以前に「美空ひばり公式完全データブック」を上梓しており、内容の正確さは十分に信用できる。
ひばりは戦後まもなくデビューし、日本の復興から高度成長期を経て、昭和の最後の年に亡くなった。従って彼女の歌手人生を描くことは戦後日本を描くことになり、昭和の歌謡史、芸能史も描くことになる。
ひばりの公私にかかわった人々の証言は、貴重な記録でもある。
本書の中で圧巻だったのは、ひばりの沖縄公演と、ブラジルでの公演の記録だ。

ひばりの第1回沖縄公演は、本土復帰前の1956(昭和31)年だ。日本は独立したが、沖縄だけは切り離され米軍統治下にあった時代だ。那覇市の1週間の公演に、実に5万7千人の人が参加した。当時の那覇市の人口が11万5千人だったことを考えると驚異的な人数だった。もちろん、沖縄本島だけに限らず、離れた島々からも船で大勢の人たちが那覇にやってきた。入場料は映画館の数倍と高く、貧しかった当時の沖縄では見にいくことが出来なかった人も少なくなかったにも拘わらずである。
ではなぜ、ここまで沖縄の人々が熱狂したのか。
それは日本のトップスターであった美空ひばりが来ることで、沖縄が日本であることを実感したからだ。つまり、ひばりが日本本土の象徴だったのだ。

ひばりのブラジル公演は、1970(昭和45)年だ。
日本人のブラジル移民は1906(明治39)年に始まる。しかし日本政府がうたっていた内容と現地の実情は大違いで、奴隷同然の扱いを受けていた。
その後、与えられ土地を開墾し自営農家としての道を歩む人も出てくるが、今度は戦争が始まると敵国民として差別や迫害を受ける。
日本語の使用が禁止されたため、戦争が終わっても日本が勝ったと信じる人も出て、日系人の中で勝ち組と負け組が分かれて殺し合いまで行われた。
ブラジル移民の歴史は苦難の歴史である。
サンパウロで行われた美空ひばりの公演は、3日間で3万6千人の動員記録を打ち立てた。
アマゾンの奥地から、隣国のパラグアイから、何日もかけて大勢の日系人がこの公演に駆け付けた。
なかには、ベッドに寝たままの患者までいた。死ぬまでに一目ひばりを見たかったというのだ。
ここまでブラジルの日系人を動かしたのは、故国日本への望郷の念だった。ひばりの姿に日本を見たのである。

私はひばりの生前に、彼女の映画を見たこともなかったし、公演はおろか、1枚のレコードも買ったこともない。
今にして思えば、一度でいいからひばりのライブを見ておきたかった。
それは今にして思うことだが。

| | コメント (0)

« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »