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2018/09/03

昭和怪優伝「三原葉子」

鹿島茂 (著) 「昭和怪優伝 - 帰ってきた昭和脇役名画館」 (中公文庫-2013/10/23)
Photo著者の鹿島によれば、1970年代におよそ3000本の映画を見たとある。それも多くは邦画のようだ。これらの映画の中で特に印象に残った脇役12人をとり上げて熱く語った書籍だ。
従って日本映画史上に残る名脇役を縦覧したものではなく、言ってみれば鹿島茂の独断で選んだものだ。
荒木一郎、岸田森、伊藤雄之助、天知茂、川地民夫、成田三樹夫といった名前を見ると、確かに強烈な印象の名脇役だったなと頷くこともあるが、佐々木孝丸(「赤旗の歌」の訳詩者)の名前を見て、この人はドイツ文学者じゃなかったっけと首を傾げる人もいる。
12人の中に「三原葉子」の名前があったのは妙に嬉しかった。

通っていた中学校の近くに新東宝専門の映画館があった。学校からはあそこには絶対行っちゃいかんというお達しがあったが、クラスの中には見に行く奴もいた。でも館内には生活指導の教師が巡回していて、見つかると直ちに追い出された。
それだけ厳しい規制をする位だから、きっと凄い映画だろうなと想像していた。
処が、1961年にその新東宝がつぶれてしまうと、当時のTV局が一斉に新東宝映画の放映を始めた。会社が倒産したので、きっと安い放映権で手に入れたのだろう。
高校生になっていた私は、どんな凄い映画か楽しみに見たが、よくこんなものを金を取って見せていたな、これじゃ会社がつぶれるのも無理はないと、そう思った。

Photo_2ただ、女優陣の中で一人だけ魅力的な人がいた。それが三原葉子だった。
今はあまり使われていない様だが、当時は女性を評して「グラマー」という言葉が流行っていた。英語本来の意味では「魅力的な」ということらしいが、日本語の語感としては「豊満な」という意味で使っていた。
ただ太ってるだけじゃない、顔も可愛くて体にくびれがあってバストとヒップが発達している女性、というのがイメージだ。
それに三原葉子にはぴったりだった。
新東宝映画の中ではストーリに関係なく、キャバレーやクラブで下着姿で踊るシーンが必ずあった。今風にいえば、この場面になると視聴率が跳ね上がったということか。他には海女をテーマにした映画では常連だった。常に肌の露出が多い役どころだったわけだ。
新東宝も創成期には文芸映画を沢山作っていたが、後年はいわゆるエログロ路線に転換していたので、三原葉子はその路線を体現した女優といえる。

新東宝倒産後は三原葉子は東映に移り、やはりエログロ路線の映画に出ていたようだ。
鹿島茂の著書は、専らこの時代の彼女の活躍をとりあげているが、私は反対にこの時期の彼女の映画はほとんど見ていない。
著書から察するに、ずっと「不健康なエロ」を貫いていたようだ。

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コメント

同じ三原でも順子しか知らないんですが、伊藤雄之助の怪優ぶりには驚嘆しています。
必殺シリーズで古風で正義感の強い岡っ引きを演ったかと思えば、非道な親分にもなる。

投稿: 福 | 2018/09/04 06:45

福様
三原葉子は恐らく65歳以上の人でないとご存知ないでしょう。
伊藤雄之助、数々の映画やドラマで脇役として活躍していました。名脇役という方がピッタリです。

投稿: ほめ・く | 2018/09/04 07:56

新東宝。
大江健三郎『セヴンティーン』の少年の性を思い出すとともに今回のテーマを選んだブログ主さんの中高生時代を想ったりしました。私自身は日活ロマンポルノが懐かしい。おとなしめだと思っていた久保菜穂子が新東宝出身で、三原葉子と若尾文子が同い年の女優さんと知り驚いています。

投稿: Yackle | 2018/09/04 09:21

Yackle様
若尾文子もデビュー当時は「性典女優」と呼ばれてましたから、イロモノ扱いだったんですね。
久保菜穂子は「女王蜂シリーズ」で売れてました。
新東宝出身では、女優なら他に池内淳子、三ツ矢歌子らがおり、当時は「まくり女優」なんて言われていましたっけ。

投稿: ほめ・く | 2018/09/04 10:47

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