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2018/10/08

番頭が主人からクビにされる珍しいネタ『足上がり』

【あらすじ】
ある大家の番頭、店の金を着服しては芸妓遊びを繰り返している。今日も今日とて芝居小屋で桟敷を借り切り、芸妓連中を侍らせて豪遊。お供に連れてきた丁稚の定吉には、金の出所は「筆の先から」などと自身の悪事をひけらかす始末。
定吉には、店に戻ったら主人には「佐々木さんの所で同業者と碁を打っていて遅くなる」と報告するよう命じて、一足先に帰す。
定吉は言われた通りに主人に報告するが、主人から「定吉、そのお座布団触ってみ。温ったかいやろ。佐々木さんが最前まで座ってはったんや。今日は番頭はんに会わんならんけど、まだ帰ってこんのかいな言うて、帰らはったばっかしやねん。ここにいてはった人が自分の家で碁を打てるとはおかしいやないか。嘘つきなはんな。」と旦那に叱責され、とうとう定吉は洗いざらい白状してしまう。
主人は「どうも近ごろ様子がおかしいと思うとった。何ちゅう奴っちゃ。飼い犬に手噛まれるとはこのことや。明日、請け人呼んで話つける。」と怒り狂う。定吉は「ええっ!番頭はん、足上がるんでっか!どうぞ勘弁しとくれやす。」と必死にとりなすが、主人は許さず、このことは番頭にも誰にも言うなと口止めする。
そうとは知らず店に戻ってきた番頭は定吉を部屋に呼び、「お前が帰ったあとの芝居よかったんやで。」と、「東海道四谷怪談」の大詰「蛇山庵室の場」を仕方噺で聞かせる。
定吉は怖がりながらも、「けど、番頭はん、芝居巧いなあ。」と褒める。
気を良くした番頭が「どや、幽霊が蚊帳の中に消えるとこ、まるで宙に浮いとるようやったやろ。」と得意げに言うと、定吉「宙に浮くはず、既に足が上がっています。」 でサゲ。

「足が上がる」というのは解雇されるという意味の上方の古い表現だ。
落語には帳面をドガチャガドガチャガして金をごまかし、芸者遊びや妾を囲う番頭が登場するが、主人が気付かなかったり、気付いても説諭程度で済むケースがほとんどで、クビにまでなるというのはこのネタ位ではなかろうか。
当時の商家の番頭というのは、主人に代って手代以下の者を統率し,営業活動や家政についても権限を与えられていた。主人はたまに帳簿を見る程度で、日常の業務は番頭任せだったというのが、理由の一つだ。
もう一つは、男の奉公人は終身雇用制度に近く、丁稚奉公から始まって最後は番頭にまで昇りつめ、その先には暖簾分け(分家)で自分が主人におさまることも出来た。その反面、途中でクビになると再就職の道が閉ざされてしまう。今とは比べ物にならない厳しい措置だったのだ。
そのためか、大概は主人も大目に見たのだろう。

このネタは芝居噺に属するが、「東海道四谷怪談」のうち「蛇山庵室の場」が演じられるというのも珍しい。
桟敷で芝居見物し、御馳走を食べて小遣いまで貰って有頂天になっていた定吉が、店に戻り主人から叱責されて一気に暗転してしまう筋書きはなかなか心憎い。
後から店に戻った番頭が、奉公人たちにお土産と称して饅頭と寿司を渡すのだが、いかにも遊び慣れた人物として表現されている。
短いネタだが、非常に良くできた噺と言える。

演者はもちろん桂米朝、「米朝十八番」に含まれている。

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コメント

この噺ですが、どこかで聴いたことがあると思ったら、
5年前の読売GINZA落語会(最終回)で米團治がかけていた噺だったことを思い出しました。噺のすじやサゲは全く覚えていませんでした。サラ口の遊雀とトリの志の輔がおもしろかったことを覚えています。

投稿: ぱたぱた | 2018/10/09 08:02

ぱたぱた様
この噺は短い中に5つの場面転換があり、そこを煩雑に見せない所が大事です。終盤の芝居仕立てでは歌舞伎のセリフと所作が入りますし、やはり米朝の様な力量がないと無理なのかも知れません。

投稿: ほめ・く | 2018/10/09 09:15

「5つの場面転換がある」
なるほど。私は録画の米朝師の自在で滑らかな噺しか知りません、きっと他の噺家さんは厳しいかもですね。
それにしても、この番頭さん『百年目』の次(治)兵衛さんと正反対のドガチャガ番頭で、『味噌蔵』の例もあるように“ありがち”な業務上横領だったのでしょうか。
以前ご指摘のように、聞く客の側も歌舞伎や文楽を知らないと、こうした芝居噺は細部まで楽しめないかも、と再び思った次第でした。

投稿: Yackle | 2018/10/09 12:27

Yackle様
以前は恐らく歌舞伎や文楽と寄席の客層が重なっていたのでしょう。今はそれが分離しているので、落語の芝居噺が分かり難くなっているのでしょう。私は歌舞伎座では3等A席でしか観ませんが、これだと入場料は6000円で、各種落語会と比べても決して割高ではありません。もっと気軽に芝居に行って貰いたいと思います。

投稿: ほめ・く | 2018/10/09 16:07

この噺、昨年10月24日の拙ブログで、「グレーテルのかまど」に桂吉坊が登場し、このネタで栗きんとんを食べる場面が、なかなかうまく出来ず、米朝に助言をしてもらったということを紹介しました。
あの記事に、ほめ・くさんからコメントも頂戴していましたね。
あの後、米朝の音源を聴いたのですが、栗きんとんの名は出てきますが、食べる場面はないですね。
吉坊の工夫で、食べるシーンを入れようとしたのかなぁ。
ちょっとした、疑問です。

投稿: 小言幸兵衛 | 2018/10/10 19:02

小言幸兵衛様
米朝によると店に戻って主人から叱責されながら、定吉が羊羹を頬張る所は工夫が要るとしています。
芝居の桟敷で定吉が料理をご馳走になる所は米朝はあっさり演じていますが、この場面はさほど重要ではないと考えているかも知れません。

投稿: ほめ・く | 2018/10/11 09:55

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