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2019/01/20

朝日名人会(2019/1/19)

第186回「朝日名人会」
日時:2019年1月19日(土)14時
会場:有楽町朝日ホール
<  番組  >
柳家喬の字『千早ふる』
三遊亭萬橘『堪忍袋』
柳家喬太郎『偽甚五郎』
~仲入り~
古今亭文菊『七段目』
入船亭扇遊『鼠穴』

今年初めの朝日名人会、4人の真打がそれぞれの本領を発揮し、充実した会となった。

喬の字『千早ふる』
今秋、真打に昇進するにしては物足りなさを感じた。

萬橘『堪忍袋』
高座に上がっただけで会場の空気が一気に温まる萬橘、いつもの自虐ネタのマクラから本題へ。
このネタは5代目小さん、3代目金馬、8代目柳枝らでお馴染みだが、萬橘の高座もそうだったが、最近の演じ方は少し変わってきている。
先ず夫婦喧嘩の原因が単純なものではない。例えば女房が、亭主に子どもを銭湯に連れて行ってくれと言うと嫌味を言われると怒る、仲裁に入った大家が、それは尤もだと亭主を叱ると、この夫婦には7つを頭に8人の子どもがいる。それを仕事から帰ってから銭湯に連れていって世話をすると言うのがどれほど大変な事かと亭主が言うと、大家もその通りだと思う。かほどに夫婦喧嘩というのは、それぞれの言い分がある。こんな風だから、仲裁には堪忍袋を使わせるしか手が無いのだ。
サゲも従来の型とは異なり、夫婦に堪忍袋を借りた商家の嫁が姑に対して「クソババア、死ね!!」と絶叫し、袋が一杯になる。処が、その姑が病身で重篤だということで商家の番頭が袋を借りて行くと、姑の前で袋がはじけ袋の中に入っていた嫁の「クソババア、死ね!!」を聴いた途端に姑が元気を取り戻す、というサゲだ。
推定だが、このネタを上方落語に移したものが東京に逆輸入されたと思われる。
この日一番受けていた。

喬太郎『偽甚五郎』
初めて聴くネタだった。神田愛山という講談師がネタを提供し、喬太郎が落語にまとめたものらしい。
ある男が、高野山に母親の遺髪を納める途中に山賊に襲われ身ぐるみ剥がれた所を源兵衛門という人に助けられ、居候することに。職業は大工で名前を甚助というこの男、毎日酒を飲んではぐーたらしている。源兵衛からは、同じく居候している大工の名人がいるから、少し見習えと言われる。
ある日、甚助が良い酒の匂いを頼りに離れに近づくと、そこには左甚五郎が源兵衛から頼まれた鯉を彫っていた。源兵衛は盛んに感心しているが、甚助はその彫り物を見て「この鯉は死んでいる」と酷評する。
怒った源兵衛は、それなら甚助に鯉を彫ってみろと命じ、5日後に鯉を彫り上げる。
二つの鯉の彫り物を比べると、甚五郎が彫った鯉は見るからに立派だが、甚助のものは貧弱だった。しかし水に入れてみると甚五郎のものはプカプカ浮くだけだが、甚助のものは本物の鯉と見まごうばかり。
ここに至って偽の甚五郎は頭を下げ、「自分は師匠に破門になって放浪してる者」と素性を明かし、甚助にあなたこそ甚五郎に違いないと言う。源兵衛も今までの失礼を詫び、鯉の彫り物のお礼にと50両を本物の甚五郎に渡す。甚五郎はその金の一部を偽甚五郎に渡し、これから一生懸命に仕事に精進するよう諭す。
この話が近郊近在に噂で広がり、村人だけでなく旅行者までもが鯉の彫り物を一目見ようと集まってきた。
その中の一人が「この鯉は死んでいるな」と呟き、サゲ。
今も有名人を騙った詐欺がある位だから、情報が乏しい昔は偽物がかなり横行していただろう。甚五郎を騙って大金をせしめようとした者を本物が見破るという趣向もよくあるストーリーだ。この噺がよく出来ているのは、その本物さえ偽物かも知れないと匂わせて終わっている所だ。ここは完全に喬太郎のオリジナルの様で、ストーリがより重層的に仕上がっている。
前列で寝息を立てている客の様子さえアドリブで噺に取り入れる巧みさが光る高座だった。

文菊『七段目』
噺そのものより演者の芝居の所作が見せ所のネタで、どの様な演目をどう演じるかだ。文菊は12世市川團十郎の声色の物真似を披露したが、タイムリーだった事もあって大受けだった。
一つ一つの所作が丁寧で綺麗、良い出来だった。
ただ、あのちょいと嫌味のマクラは何度も聴かされると飽きる。そろそろ再考した方が良いのでは。

扇遊『鼠穴』
この噺、陰惨な所があってあまり好きではないのだが、そう感じさせないのは扇遊の人柄か。例えば圓生が演じる竹次郎の兄は本当に冷酷な人間に見えてしまうのだが、扇遊だと最初から弟思いの優しさが感じられるのだ。田舎から江戸に出てきて人に言えない苦労を重ね成功した人間だからこそ持っている冷徹さと、弟を一人前にしようとする優しさを併せ持つ兄の姿が描かれて好演。
充実の会のトリに相応しい扇遊の高座だった。

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コメント

「朝日ホール」は、きれいなハコでゆったりとした気分で聴けます。
私が行ったとき、喬太郎は「小政の生い立ち」を演りました。そうだ、いまだ存命だった圓蔵がロビーにたたずみ、客の様子を単とも形容しがたい眼差しで見つめていて、心中察しかねる感じでした。

投稿: 福 | 2019/01/21 06:38

>あの嫌味なマクラ
同感です。
誰か注意しないのかな。

投稿: 佐平次 | 2019/01/21 09:33

福様
有楽町朝日ホールは丁度いい広さで聴きやすい会場です。喬太郎は会の名称を「朝日これでも名人会」に改めて方が良いと、マクラで言ってましたが。

投稿: ほめ・く | 2019/01/21 11:50

佐平次様
以前に小圓遊という噺家がキザで売ってましたが、彼の場合はぶ男だったからシャレになったんです。文菊じゃシャレになりません。

投稿: ほめ・く | 2019/01/21 11:54

訂正です。記憶違いで圓蔵が客の流れを凝視していたのは、よみうりホールでした。
さて、文菊が小円遊とは・・・どんなマクラなんでしょうか?一寸想像もつきません。

投稿: 福 | 2019/01/22 06:48

福様
落語家は崩れた顔の方が良いのだが、そこいくと私は・・・。自分でもどうにかしないと思ってるけど、もって生まれた品というのは、どうにもならない。
と言ったマクラで他愛ないものですが、毎回これをやられると嫌味に感じられます。

投稿: ほめ・く | 2019/01/22 09:52

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