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2019/01/08

新春国立名人会(2019/1/7)

新春国立名人会・千穐楽
日時:2019年1月7日(月)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
太神楽曲芸協会『寿獅子』
古今亭文菊『湯屋番』
宝井琴調『徂徠豆腐』
柳家小ゑん『ぐつぐつ』
伊藤夢葉『奇術」
桂文楽『六尺棒』
―仲入り―
春風亭一朝『芝居の喧嘩』
柳家小さん『親子酒』
林家正楽『紙切り」
柳家小三治『小言念仏』

2019年の正月の初席、何とか松の内ギリギリの7日の国立演芸場へ。まだ新年の華やいだ雰囲気が残る。

お馴染みのネタが並んでいるので寸評を割愛して、小三治のマクラの紹介だけする。

「小三治のマクラ」の要点
・楽屋のTVで自衛隊機への照射問題を報じていた。大した事じゃない。
・太平洋戦争の時も中国との小さな事件から始まって戦争になった。
・戦争だけは絶対ににしてはいけない。どんな理由があろうと戦争はしてはいけない。
・昭和14年生まれで、戦時中は宮城県の仙台に近い岩沼に1年間疎開していた。仙台への空襲の時は空が真っ赤に染まり、子どもだったので思わず「綺麗だ」と言ったら、傍にいた大人から頭を叩かれた。岩沼でも畑に機銃掃射があり、こんな所を攻撃してなんの意味があるんだろうと思った。
・戦争が終わって終戦と言ってたが、あれは敗戦だ。
・今の首相は戦争を知らないから。
・落語家になった一番の動機は、親を困らせるためだった。狙いは図に当たった。親は教育者で、いい学校を出ていい会社に入ればいい生活が出来るという考えだった。
・志ん朝は父親と全く芸風が異なっていた。入った時から凄いと思った。2年半で真打にしたが、あれは(当時、落語協会会長だった)志ん生の我がままが通ったのだ。
・談志が師匠の小さんに「小三治」の名前をくれと言う。なぜと訊いたら、「自分が小さんを継ぐからだ」と答えた。小さんは「お前みたいな根性の曲がった奴には、やれない」と断った。
・その小三治の名を小さんから貰った時は(談志の事は聞いていたので)複雑な気持ちだった。
・二つ目の時は「さん治」だったのに、真打に昇進したら上に「小」が付くのはおかしいと文句を言ったら、小さんはしばらく考えて「大三治(だいさんじ)じゃ変だろ」と答えた。小さんにはこういう面白い所があった。
・師匠の小さんからは、客を無理に笑わせようとするなと教えられた。噺に引き込んで自然に可笑しくなるようにしろと。
・夏目漱石が3代目小さんを褒めていたが、登場人物になり切って小さん本人が高座から消えていたと言う。同時代に活躍していた初代圓遊(ステテコの圓遊)は何をやっても後ろに本人がいた、そこが違うのだと言う。
・圓生は名人だが、時々変にクスグリを入れて笑わせようとする所があった。あの人は江戸っ子じゃないから。

当方の「感想」は次の通り。
全体として小三治の自伝的な内容だったと思う。
冒頭に、自衛隊機の照射問題を持ってきたのは、第二次大戦の時の日中戦争が小さな小競り合いから始まり、次第に泥沼に陥り敗戦に至った経緯を示唆したものと思われる。
支那事変における大日本帝国陸軍のスローガンは暴支膺懲(ぼうしようちょう)で、「暴虐な支那(中国)を懲らしめよ」の意味。 最近の対韓国への世論扇動が、この時の空気と似ていると感じたのだろう。
だから、そのあと何度も「戦争は絶対にいけない」を繰り返したものと思われる。
落語家になった動機が、親への反抗だった。親が最も落胆する方法を選んだというのだ。小三治の反骨精神の原点かも。
真打に昇進するときに、自分としては二つ目の「さん治」のままで良いと思っていたそうだ。芸名なんてものは所詮は符丁にしか過ぎないと。
談志のエピソードは、いかにもという印象だった。この件が、その後の協会脱退へと繋がったのかなと、これは私見。
話の中で、師匠の小さんを尊敬している事がよく分かった。客を無理に笑わせようとするなという教えを今でも忠実に守っているのだ。
志ん生が我がままで、言うなればそのごり押しで志ん朝が2年半で真打になったという評価は興味深い。
圓生が余計なクスグリを入れる癖があるという指摘は、その通りだと思う。あれは噺の品を落としている。
そんな訳で、この日の小三治のマクラは面白かった。

余談になるが、小三治は他の噺家を呼び捨てか、さん付けにしていた。師匠の小さんに対しては勿論呼び捨てだ。これは正しい。
最近の噺家が、同業者を「師匠」や「兄さん」呼ばわりするのを予てから不快に思っていたからだ。
序に言うなら、最近の客が噺家(真打)に「師匠」呼ばわりするのも変だね。それなら色物の芸人には「先生」を付けねばなるまい。
以前に、呼び捨ては失礼だとコメントした方がいたが、逆である。
「圓朝師匠」なんて言ったら、よけいに失礼に当たるではないか。

今日はこの辺で。

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コメント

本年も宜しくお願い致します。

良い顔付けですね。ネタも鉄板ですし。
圓生の余計なクスグリは、予てから思っていました。当人はシャレのつもりの言動が、全くシャレになっていなかったと、談志が言っていましたが、それに通じるような。

投稿: 蚤とり侍 | 2019/01/08 20:12

蚤とり侍様
こちらこそ宜しくお願いします。
本当は各演者の感想を書くべきでしょうが、今回は小三治のマクラだけになりました。
圓生に対する評は、その通りだと思います。

投稿: ほめ・く | 2019/01/08 23:49

戦争体験者としての感慨を庶民目線で語っていますね。
このあたりが「マクラが聴きたくて」という一群のファンを形成する所以でしょうか。
さて、文菊「湯屋番」は私見ではオハコに成り得るものと思います。
NHKの新春寄席中継でこみちと文菊が鈴本前にいた姿には、何だか嬉しくてたまらなくなりました。

投稿: 福 | 2019/01/09 06:49

小三治がしゃべる姿をイメージしながら読ませていただきました、いい話をありがとう。
一之輔などは、今は夢中でしょうが、そのうち小三治の言葉を身に沁みて感じるだろうと思います。そのときがほんとうの壁なんでしょう。
多くの若い噺家や客に聞かせたい言葉ですね。

投稿: 佐平次 | 2019/01/09 10:10

福様
文菊は道楽者の若旦那が似合います。相手の女性もやたら色っぽいですし、このネタはニンでしょう。

投稿: ほめ・く | 2019/01/09 11:52

佐平次様
この日は、小三治がマクラと言うよりは心中を吐露していたという印象でした。未だ言い足りない事もあったっようなので、また別の機会に聞くチャンスがあるかも知れません。

投稿: ほめ・く | 2019/01/09 11:58

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