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2019/02/24

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2019/02/22

映画『金子文子と朴烈』(2019/2/22)

Fumiko
『金子文子と朴烈』
監督/イ・ジュンイク 
脚本/ファン・ソング
<   主なキャスト   >
チェ・ヒソ:金子文子
イ・ジェフン:朴烈(パク・ヨル)
キム・インウ:水野錬太郎(内務大臣)
山野内扶:布施辰治(弁護士)
キム・ジュンハン:立松懐清(予審判事)
金守珍:牧野菊之助(裁判長)
配給/太秦 PG12
2月16日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

映画館に行くのは年に1回あるかないかだが、韓国映画『金子文子と朴烈』という作品を観に、渋谷の宮益坂上近くの小さな映画館「シアター・イメージフォーラム」に出向く。
金子文子と朴烈についてはその事件とともに、多くの資料や評論、小説やノンフィクションでとり上げられていて、最近もある月刊誌で金子文子の生涯についての連載記事が載っていたことから興味を覚えたのだ。
登場人物は全て実名である。

1923年の東京。アナーキストらが集うおでん屋で働いていた金子文子は「犬ころ」という詩に心を奪われ、この詩を書いた朝鮮人の朴烈に出会う。彼に共鳴した文子は直ちに同志、そして恋人として生きる決心をする。二人は、日本人や在日朝鮮人による「不逞社」を結成するが、その直後の9月1日に関東大震災が発生する。
震災の混乱に乗じて、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れ、火を放っている」というデマが流され、自警団による朝鮮人虐殺事件が各地で起き、犠牲となった朝鮮人は数千人に及ぶといわれている。
朝鮮人大虐殺を招いた内務大臣・水野錬太郎は国際世論をかわすために、朝鮮人たちが爆弾を使って皇太子(その後の昭和天皇)の暗殺を企てたという筋書きを作り、そのスケープゴートに選ばれたのが朴と文子だった。
二人は水野がでっち上げた「大逆罪」をあえて認めることで法廷に立ち、大日本帝国の権力者たちを糾弾し、文字通り命懸けの闘いに挑む。特に天皇制に対する批判は峻烈だ。
この法廷闘争により、関東大震災時の朝鮮人虐殺が国際的にも知られるようになる。
しかし二人は、予審判事や弁護士の助力にも拘わらず死刑判決を受け、その後恩赦で終身懲役に減刑されるが、文子は獄死(自殺という説もある)してしまう。

韓国の作品だが、金子文子と朴烈二人は事件に関与していないと確信した予審判事が罪を軽くするよう腐心したり、困難な中で弁護活動をした布施弁護士らの活躍や、法廷に提出するため文子の書いた文書を添削してくれた刑務官がいたりと、決して日本人を一方的に悪人として描いていない。
出演者では文子を演じたチェ・ヒソの知的で凛とした美しさが光る。
ただ作品の中で、金子文子がなぜ死を賭してまで日本の権力者と闘わざるを得なかったのか、その背景がもう一つ描き切れていなかった憾みがある。

不都合な事実は「無かったこと」にしようとする昨今の日本の風潮に一石を投じる作品として注目されよう。

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2019/02/18

立川ぜん馬、渾身の『ちきり伊勢屋』(2019/2/17)

「ぜん馬・扇遊 二人会」

前座・桂こう治『牛ほめ』
<   番組   >
立川ぜん馬『ちきり伊勢屋』
~仲入り~
入船亭扇遊『付き馬』

水泳の池江選手が白血病だったという事が連日の様にニュースやワイドショーなどでとり上げられていた。
「本人が治療に専念し無事回復できるよう静かに見守りたい」
と揃って言っておいて、大騒ぎしている。
池江さんと医療スタッフ以外の第三者が、今直ぐに出来ることは何もない。だから文字通りじっと静かに見守るしかない。
この件でよけいな事をしゃべって五輪担当相が叩かれていたが、あの人は他人の名前も覚えない、自分の経歴さえも思い出せない、落語でいえば与太郎だ。与太郎に罪はない。「愚者無罪」である。
むしろこの件で分かったことは、志ん生じゃないが五輪担当相なんてもんは「シャツの三つ目のボタン」で「あってもなくてもいい」存在だということ。スポーツなら文科省の所管だし、JOCや五輪組織委員会があり、主催者である東京都がある。こんな大臣を置くこと自体が間違っているのだ。

さて本題の「ぜん馬・扇遊 二人会」。
立川流の中で最も噺が上手い人はと言うと、これは人によって答えが異なるだろう。私は立川ぜん馬が一番だと思う。昨年聴いた『夢金』なんか実に結構でした。本寸法だし芸に艶がある。
何より立川流の一部にある「どうだ、オレはうめえだろう」臭が無いの良い。だいたい、自分は上手いなんて自惚れているのにロクな噺家はいない。そういうのはせいぜいTVのコメンテーターでもやって稼ぐんだね。誰とは言わないけど。
立川ぜん馬の話に戻るが、5つの癌と闘い(本人曰く、罹ってないのは子宮癌と乳癌だけ)、落ち着いてきたら新たに血球貧食症候群という難病を患っている。それでも元気に高座をつとめているが、この日は声の調子が悪いため当初の出番を入れ替えて前方に上がった。

ぜん馬『ちきり伊勢屋』
確かに声の出が悪く、ネタも途中で切り上げる事になるかもしれないというお断りがあった。その場合は後方の扇遊が2席演じる予定で待機しているという。今日がぜん馬の最後の高座になるかも、だから今のうちご祝儀をなどと冗談を言いながら本題に入る。

【あらすじ】
麹町の質屋ちきり伊勢屋の若旦那傳次郎が、占いが当たると評判の易者の白井左近に易を診て貰うと死相が現れているのを見とがめ、およそ半年後の来年二月十五日の正九刻に死ぬという。亡父のむごい商いの祟りが傳次郎自身にふりかかったものでどうすることもできない。残された人生は善行を積んで来世に望みをつなぐことしかない宣言される。
絶望した傳次郎は次の日から江戸を歩きまわり貧しい者を助ける。赤坂の喰違坂で首を括くろうとする哀れな母親と娘に百両与えるなど人助けに励む。それに飽きると今度は茶屋遊びから吉原、柳橋を遊び倒して財産が尽き果てるころ、店の者に手当を渡して暇をやり、左近が予言した自分の命日を待つ。
いよいよ二月十五日の正九刻を向かえると、金にあかした葬儀が始まる。傳次郎は立派な死に装束で棺桶に入り、菩提寺で大和尚にねんごろな読経をあげてもらい、正九刻に墓に埋めようとしてもまだ生きている。 
結局生きたまま全財産を失った傳次郎は、とうとう宿無しとなってしまう。その年の9月になって、傳次郎は高輪の大木戸で白井左近に出くわし、お前の占いが外れたからこんな目に合ったと文句を言う。すると左近はもう一度傳次郎の顔を診て、あなたが首くくりの母娘を助けたことで父親の悪行の呪いが解けたのだ。八十まで長生きするのだと言う。
怒る傳次郎に左近は、品川のほうに幸福があると告げる。そして所持していた金から1分を傳次郎に渡し、傳次郎は言われるままに品川に向かう。
その途中で遊び仲間だった伊之助に出会う。伊之助も道楽が過ぎて勘当され長屋暮らしをしていた。
ぶらぶらしている二人に長屋の大家が駕籠かきになるのを勧める。二人は辻駕籠を始め、かつて傳次郎が贔屓にしていた幇間を客に乗せる。傳次郎はその幇間から、以前にお前にあげたものだからと羽織と着物を返させ、近くの質屋に羽織と着物を質入れに行く。
その質屋の奥から現れた女主人が美しい娘を連れて現れ、「もしや伊勢屋の傳次郎様ではございませんか?」「へい。どなたでいらっしゃいますか。」「私どもは以前赤坂で助けてもらったものでございます。」「ああ、そう云えば」「おかげで命も助かり。今こうしていれるのもみなあなたのおかげでございます。改めてお礼を申し上げます。」「わたくしは全身代失ってこんな有様でございます」「つきましては、うちの娘を嫁にもらって家督を継いでは頂けないでしょうか。もう一度ちきり伊勢屋の暖簾を挙げてもらえればこんなうれしい事はございません」
傳次郎は左近の予言はこれだと思って願いを受け容れ、二人は伊勢屋の店を再興し、ともに長寿を全うしたと言う。

ぜん馬がこの噺をネタ下ろししたのは昨年だそうだが、余命を宣告されながら生き続け天寿を全うした傳次郎に自分の姿を重ねたものと思われる。
最初は調子が悪かった声も次第に出るようになり、中断することもなく1時間超の長講を演じきった。
緊張感の中に笑いを散りばめて客席を引き込んだ、素晴らしい出来だった。
この日の高座に接したお客は幸せである。

扇遊『付き馬』
こちらも良かった。細部に至るまで神経の行き届いた高座はいかにも扇遊らしさが出ていた。
妓夫太郎を騙す男も扇遊が演じると、どこか憎めないのだ。

実力派二人の長講2席、実に結構でした。

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2019/02/15

今月の文楽公演は落語でお馴染みの「お半長」(2019/2/14)

上方落語の『胴乱の幸助』を聴かれた方も多いでしょう。
胴乱の幸助と呼ばれる喧嘩の仲裁だけが唯一の趣味という男。今日もどこかで喧嘩がないかと探していると、義太夫の稽古屋の前を通りかかる。中では『桂川連理柵(通称がお半長)』の帯屋の段の稽古の真っ最中で、長右衛門の継母・おとせが、長右衛門の妻・お絹をいびる場面だ。これを親子喧嘩と勘違いした幸助は周囲の人に事情を訊くと、これは有名な浄瑠璃で・・・と筋書きを教える。浄瑠璃なんて見たこともない幸助は筋書きが事実と勝手に思い込み、京都から三十石の夜船に乗って帯屋の舞台となっている柳馬場押小路虎石町の西側にある帯屋宅を訪れる。たまたまその場所に帯屋の店があったので、店の番頭に幸助は、聞いてきた筋書きの通りに事の次第を問い質す。ようやく事情が呑み込めた番頭が、
「それ、もしかしたら、ハハハ……『お半長』と違いますか?」
「何がおかしいねん」
「笑わずにおれますかいな。お半長は、とうの昔に桂川で心中しましたわいな」
「えっ、死んでもた、てか! しもた……ゆうべのうちに来たらよかった」
でサゲ。
この当時は子どもでも知っていたという『お半長』、恥ずかしながら私も幸助と同様、知らなかった。
今月の国立の文楽公演でこの『お半長』が掛かるというので、これを見なけりゃ先祖の助六に顔向けできないと、早速出向いた次第。

『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』
石部宿屋の段
六角堂の段
帯屋の段
道行朧の桂川
日時:2019年2月14日(木)11時
会場:国立劇場 小劇場

実際にあった心中事件を題材にした浄瑠璃で、『朧の桂川』など先行のお半長右衛門情話を、菅専助が脚色したもの。安永5 (1776) 年に初演以来、浄瑠璃や歌舞伎で度々再演されてきた。
帯屋の主人・長右衛門は、隣家の信濃屋の娘お半と伊勢参りの旅宿で泊り合せたのを縁に契りを結ぶ。長右衛門の貞淑な女房お絹が2人の身を案じるものの,親子ほどに年の違う2人の仲に長右衛門の苦悩は深まるばかり。長右衛門の継母・おとせは息子の儀兵衛に店を継がせるべく、難癖をつけては長右衛門やお絹を責めたてる。ついには,長右衛門がさる武家屋敷から預っていた刀をお半に横恋慕していた丁稚にでっちにすりかえられたことや、お半の懐妊で進退きわまり,お絹に心を残しつつ,お半と桂川で心中する。

長右衛門38歳、お半14歳、おそらく数ある心中ものでも最大の年の差だろう。一夜の過ちとは言え、親子ほどの年下の生娘であり、女房のお絹の弟の許嫁でもあるお半と関係を持ち妊娠させてしまう。過去には芸子と心中のし損ないをしていて、お半が妊娠したと知ると女房の弟と縁組させようと図る。女房の真心に打たれて全てを告白するが、肝心のお半の妊娠や、大事な刀がすり換えられていたことは打ち明けられない。
全ては、長右衛門の優柔不断さが生んだ悲劇と言えよう。
そう冷静に分析してしまうと感情移入が出来ないので、ひとまずは物語の世界に浸かって観るしかない。
やはり圧巻は「帯屋の段」で、松竹新喜劇ばりの笑いあり、口説きありで、たっぷりと楽しませる。前半を呂勢太夫、後半を咲太夫がじっくり語る。人形では勘弥のお絹が凛とした品格を見せ、清十郎のお半が一途な心を表現させていた。

落語ファンにも必見の浄瑠璃だ。

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2019/02/12

これって分かります?「ヒネルシャー」「鉄管ビール」

月刊誌「図書」に思想連鎖史が専門の山室信一氏が「モダン語」について書いている。
モダン語の定義としては「現代社会における新鮮な常識となり、溌剌たる生活要素となりつつある新語、外来語、術語、隠語」とされている。
ただ言葉の性質上、出所や流通する空間も流動的であり、同じ言葉も別の意味に使われたりするので捉えにくい。
「モダン語辞典」なるものも過去にいくつも発行されていたようだが、編纂時に採用したものの刊行時には既に廃れていたということもあり、使用に適さない例が多いようだ。
また、モダン語について「概ね外来語、もしくはその変形語にすぎない」という指摘もある。確かにアパート、コンクリート、スクリーン、ジャズ、イデオロギー、インテリなども、かつてはモダン語だった。

戦後、英語が解禁されたことから、英語をもじったモダン語がいくつも生まれた。その多くは死語と化しているが、中には現在も使用されている場合もある。

ヒネルシャー:水道。戦後それまでの井戸水から水道に切り替わる所が増えたため、水栓をひねるとシャーっと水が出ることを示す。当時の住宅売り出しには「水道完備」なんて表示がなされていた。
鉄管ビール:水道水。ビールなどとても口に入らなかったので、せめて鉄管ビールでも。
ゴーストップ:道路の信号。Goとstopを組み合わせたもの。圓生の古い録音でも使われている。
私たちも子ども時代に英語風に表現する言葉遊びが流行った。
スカート:スワルトバ(場)-トル
饅頭:オストアン(餡)デル

今では普通に使われている「大正デモクラシー」も戦後のモダン語だった。
民主主義を表す「デモクラシー」を「でも暮らしいい」と語呂合わせしたり、「貴族政治」を意味する「アリストクラシー」をもじって「アルトクラシイイ」で「お金」「裕福」を指していた。いずれも原義を活かした上手い語呂合わせと言える。

外来語ではないが、これも一般名詞になった「漫談」もモダン語だった。
無声映画の活弁士だった大辻司郎と徳川夢声が相談して造った新語で、決められた筋も結論もない話術を指す。落語家のマクラなども漫談と言えよう。
この漫談という言葉が流行ったことから、1932年に大阪の吉本興業が従来の「万才」を「漫才」と表記を改めた。

モダン語で最も多いのは名詞を動詞化したもので、これを更に短縮化したものもある。
洒落⇒しゃれる
駄弁⇒だべる
野次⇒やじる
アジテーション⇒アジる
サボタージュ⇒さぼる

時に政治風刺をこめたモダン語もあった。
初代朝鮮総督で軍人政治家である寺内正毅首相に「ピリケン」という綽名が付けられていた。これは頭が尖っていて眉が吊り上がっていたのが「ピリケン人形」に似ていたのと、「非立憲」の政治思想を掛けたものだった。
そうすると今の安倍首相も「非立憲(ピリケン)」だね。

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2019/02/10

「児童虐待死事件」あなたならどうする?

千葉県野田市で小学4年生の栗原心愛さん(10)が、父親らによる虐待で死亡した事件は、連日ニュースやワイドショーなどでとりあげられている。
この事件に対する学校や教育委員会、とりわけ児童相談所の対応について厳しい批判がなされている。この点についてはどの局のどのコメンテーターも意見は一緒のようだ。
それは正論には違いないのだが、もしあなたがあの時の児相の職員だったら、果たしてどういう処置をしていただろうか。
もちろん、今の時点では何とでも言えるだろうが、事件が予知されていない段階であったら、あなたならどうする?

2017年度の全国児童相談所における児童虐待相談対応件数は、速報値として13万3778件(前年度比1万1203件増)で、統計を取り始めた1990年度から27年連続で増加している。
虐待による死亡人数は49人に達しており、野田市の様な悲惨な事件がほぼ毎週起きていることになる。
一方、児相の職員数は、2015年度に全国の児相が対応した虐待件数は10万件超と10年間で約3倍に増えたが、児童福祉司の人数は約1・5倍の増加にとどまっている。
人員不足が深刻なのだ。
人材が育つには6~7年かかるが、経験が3年以下のワーカーが4割を超えているという。
職員の勤務実態も過酷で、日々何が起こるかわからない緊張感と忙しさでへとへとで、緊急呼び出しもあって睡眠時間まで削っているという。
更に追い打ちをかけているのは、虐待をしている親たちからの罵倒や脅しだ。
大声で怒鳴られたりすれば、身の危険さえ感じるだろう。
こうした状況に堪えられず退職に追い込まれる人も少なくないという。

今回の事件で、児相の職員の過失をせめることは簡単だ。
しかし、上記の現状を変えなければこれからも栗原心愛さんの様な悲劇は繰り返されるのは避けられない。
児童虐待を阻止するためには、行政と司法が一体となって取り組まねばならないし、その前提として私たち一人一人が自分の問題として捉えることが必要だろう。

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2019/02/09

「西のかい枝 東の兼好」(2019/2/8)

第二十九回にぎわい倶楽部「西のかい枝 東の兼好」
日時:2019年2月8日(金)19時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<   番組   >
前座・三遊亭じゃんけん『初天神』
三遊亭兼好『看板のピン』
桂かい枝『尻餅』
~仲入り~
桂かい枝『首の仕替え』*
三遊亭兼好『明烏』*
(*ネタ出し)

にぎわい座恒例の「西のかい枝 東の兼好」、特にかい枝は東京での公演が少ないため、この会は楽しみにしている。

兼好『看板のピン』
今年で芸歴21年だそうで、20周年記念落語会を各地で開催するとのこと。明日のさいたま公演が皮切りだが、雪の予報が心配だと。雨で1割、雪で4割客が減るそうだから天候は大事なのだ。
興行は当たれば儲かるし、外れれば損する、博打みたいなものというマクラからお馴染みのネタへ。
この噺、何となく聴いていると気が付かぬが、振ってから伏せた盆の横に事前に仕込んでおいたサイコロのピンを上にして置くというのは、相当な熟達した技術だろう。ここに出てくる親分というのは、そうしたイカサマ賭博を渡世にしていたのだろうが、それを見た若い衆が簡単に真似が出来るとは思えない。
国立演芸場で聴いた遊喜の『看板のピン』では、若い衆が予め練習をしてから別の賭場にという風に説明していたのは、合理的かな。

かい枝『尻餅』
かい枝は英語落語が得意で、先日も外国人向けの落語という番組収録を行ったとのこと。この日も英語で小咄を演じてみせた。
東京でも演じられるこのネタだが、オリジナルの上方版はかなり際どくバレ噺に近い。前夜に夫婦が布団に入ると睦事の描写がある。尻餅の場面では尻をまくった女房の尻の穴を亭主が覗き込もうとする。餅つきの音を両手でリズミカルに響かせるのも上方版の特長だ。

かい枝『首の仕替え』
男が甚兵衛に、女にもてるにはどうしたら良いかを訊ねると、「一見栄、二男、三金、四芸、五声、六未通(おぼこ)、七声詞、八力、九肝、十評判」と教えたくれたが、男には何一つ該当しない。それならと甚兵衛は、医者の赤壁周庵先生の所へ行って、女にもてる首と取り替えてもらえと勧め、男は早速500円持って医者宅を訪れる。
診察室の棚には上からずらりと首が並んでいる。女にもてる首は一番上の歌舞伎役者の首だが、500万円だという。二番目の棚はアイドルだがこれも50万円でダメ。三番目の棚は野球選手でこのクラスでも10万円もする。
500円しか予算がないと聞いた周庵先生は、生ごみのポリバケツの中の首なら500円でいいと言う。男が中を覗くと、みな落語家の首だ。鬼瓦みたいな顔の松鶴、ホームベースの形の仁鶴、ヤーさんみたいなざこば、目だけ笑っていない兼好、どれも女にもてそうもない首ばかり。
中に一つだけいいのがあった。訊けば桂かい枝の首だという。男が気に入ったというので早速医者が手術をして男の首を付け替える。
喜んで帰ろうとする男に医者が料金を請求すると、
「あほらしい、前に回って見てくれなはれ、頼んだやつの首が変わっておます」 でサゲ。
古典なのか新作なのか分からないが、上方では色んな人が手掛けていて、付け替えの首が演者自身というのが特長だ。
役者やアイドルの所でトピックスを入れこんで演じる所が見せ場のネタ。

兼好『明烏』
兼好はこのネタを得意としていて、何度か高座に接しているが、一行が吉原に行くまでの所がちょっともたついて、出来はイマイチだった。明日からの記念公演で頭が一杯だったのかな。

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2019/02/08

面白うてやがて哀しき・・「Le Père 父」(2019/2/7)

「Le Père 父」
日時:2019年2月7日(木)19時
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
脚本:フロリアン・ゼレール
翻訳:齋藤敦子
演出:ラディスラス・ショラー
<   キャスト   >
橋爪功:アンドレ
若村麻由美:娘アンヌ
壮一帆:女
太田緑ロランス:ローラ
吉見一豊:男
今井朋彦:ピエール

この戯曲は、ある父を巡る悲しいコメディであり、誰にとっても身近な物語だ。
若い看護師が泣きながらアンヌに電話をしてきたため、父に何らかの異変を感じ、行くはずだった旅行を急きょ取りやめてやって来た。父は看護師を自分の腕時計を盗んだと悪党呼ばわりし、自分は1人でやっていけるから看護師の助けなど必要ないと言いはる。しかし、アンヌに指摘されると、その腕時計はいつもの秘密の場所に隠してあった。なぜアンヌは誰も知らないはずの自分の隠し場所を知っているのか、と父は訝る。そして今自分が居るのは、長年住んだ自分のアパートなのか? ここは何処なんだ? 部屋の出入りする男や女は何者なのか? いや、娘の顔さえ思い出せないこともある。何が真実で何が幻想なのか? 
自分自身の信じる記憶と現実との乖離に困惑する父と、父の変化に戸惑う娘。
最終的にアンヌはある決断をするが・・・。

テーマは、ずばり「認知症」だ。
私の母は91歳でが、最後の数年間は私の顔さえ覚えていなかった。
母の妹、つまり叔母は死の直前まで意識がしっかりしていたが、連れ合いの死、息子の経済的破綻により自宅を売られ施設に入所した現実を嘆き悲しんで亡くなっていった。
どちらが人間として幸せだろうか。叔母も認知症であれば、あれほどの悲惨な思いをせずに済んだかも知れないと。
そんな思いを巡らせながら、この芝居を観ていた。

そうした現実をユーモラスに描いているので、父アンドレ(実は自分の名前さえ忘れてしまっているのだが)のチグハグな言動は観ていてしばしば笑いを誘う。
面白うてやがて哀しき物語なのだ。
この戯曲は2012年の初演以来、欧米諸国や南米、アフリカ、アジアなど多くの国で上演が繰り返されてきた。
日本では今回が初演なのは不思議なくらいだ。

主役のアンドレを演じた橋爪功は正に「はまり役」。残酷な現実をこれほどユーモラスに演じることが出来る人はそうはいない。
娘のアンヌを演じた若村麻由美のひたすら純粋な姿は心が打たれる。いつも思うのだが、彼女は舞台映えする女優だ。
他の演技人もそれぞれ良かった。
アンドレも美女たちに囲まれ幸せそうだったのが救いか。

決して観て損のない芝居なのでお薦めできる。
公演は24日まで。

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2019/02/06

国立2月上席(2019/2/5)

国立演芸場2月上席・中日

前座・立川幸吾『出来心』
<  番組  >
山遊亭くま八『魚根問』
ナイツ『漫才』
三遊亭遊喜『看板のピン』
丸一 小助・小時『太神楽曲芸』
春馬改メ
六代目三遊亭圓雀『花筏』
~仲入り~
神田京子『与謝野晶子』
三遊亭圓丸『天狗裁き』
江戸家まねき猫『動物ものまね』
三遊亭小遊三『引越しの夢』

国立演芸場2月上席は芸協の芝居、その中日へ。平日の昼席にも拘わらず一杯の入りだ。そのせいか、出演者は熱演が続き、サラ口からトリまで充実した高座を披露していた。

幸吾『出来心』
達者な前座だ。芸協も遊雀や談幸の入会は良い刺激になったと思う。

くま八『魚根問』
古典に独自のクスグリを入れたの口演だったが、洒落を言った後の「間」の空け方は感心しない。もっとリズム良く演じた方が楽しめると思うが。

ナイツ『漫才』
このコンビ目当てのお客も多かったようだ。
「沖縄でお神籤を引いたら『凶』しか出なかった」
「ほう、どうして?」
「これ以上、『吉(基地)』は要らない」
が受けていたが、ねずっちのネタだとばらす。
プロ野球のマニアックなエピソードを長々と話した後で、これが「寿限無」のパロディになっている仕掛けには感心した。

遊喜『看板のピン』
初見、噺家らしい噺家だ。看板のピンを披露する親分と、それを後から真似る若い衆の造形が良かった。

圓雀『花筏』
2016年に先代が死去した後を継いで、春馬から6代目三遊亭圓雀を襲名。芸協では昇太が十八番にしているが、より重厚な演じ方だ。身体が大きいので相撲ネタはニンか。

京子『与謝野晶子』
二つ目時代から注目していた女流講談師で、この日は与謝野晶子の半生を描いたネタだったが、上出来。読みの切れがいいし、押したり引いたりする呼吸も巧みだ。
落語とは異なり、講談や浪曲では優秀な女流が次々と現れてきて楽しみだ。

圓丸『天狗裁き』
初見、噺家らしからぬ男前だ。膝前にしては重たいネタかと思えたが手際よくまとめていた。男から何とか夢の話を訊きだそうとする女房、隣家の男、大家、奉行、天狗、それぞれの表情の作り方が巧みだった。

小遊三『引越しの夢』
大好きな夜這いの噺と、ネタに入る。
この噺の演じ方には細部に違いがある。
①通常は、女中はその気が無いのに、男の側が一方的に思いを掛けて夜這いを試みる。
②圓生の場合は、男たちに誘惑に女中が片端から色よい返事をしてしまうので、男たちは競って夜這いを仕掛けようとする。
③9代目文治の場合は、特定の男に色よい返事をして、その気にさせる。
いずれも実際に夜這いを実行するのは一番番頭と二番番頭で、小遊三は①の型だったが、もう一人若い奉公人が井戸の釣瓶にぶら下がるという演じ方。
小遊三の高座では、一番番頭が着物や帯をエサにして女中を口説く時のいかにも助平ったらしい表情が良かった。
こうしたネタは小遊三の様に大らかに演じるのが正解だろう。

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2019/02/04

聞くと見るでは大違い「ベネズエラ」

観光で一度行ったぐらいでその国の何が分かるかというのは正論ですが、それでも聞くと見るでは大きな違いがあります。
私がベネズエラを訪れたのは2007年でした。
目的はギアナ高地の観光で、先ず首都カラカス郊外のシモン・ボリバル国際空港に到着しました。
空港からカラカス市に向かう途中のホテルで1泊し、カラカス市内観光を予定していました。
この時期はチャベス大統領の全盛期と言ってよく、外国資本下にあった石油企業など基幹産業を国有化し、潤沢なオイルマネーを財源に貧困層に手厚い福祉政策を進めているという報道がなされていました。
日本からもマスコミやジャーナリストが取材に訪れ、新聞や雑誌にとり上げられていましたので、私たち観光客も楽しみにしていたのです。
空港からホテルへ向かう際に、最初に気付いたのは赤土です。酸化鉄が多く含まれているのでしょうか、家々の壁も赤いし、道路の側溝さえも赤味を帯びています。
海岸線を走るバスの北側にはカリブ海が見えるのですが、反対側はかなりの角度の斜面になっており、その斜面に貼りつくように沢山の住宅が見えます。
よく見ると、窓ガラスの無い家があり、崩れかかった家がありました。
所々に崖崩れや地すべりの後が残されているのも見えました。
それがずっと続いているのです。
写真は、バスの車窓から見た住宅地の風景です。
1

ガイドの説明では、以前におきた大雨による災害で、沢山の犠牲者が出たのが、未だ完全に復旧していない名残りだということです。
住めなくなった家はそのまま放置され、そこには現在ホームレスの人たちが住んでいるということでした。
窓ガラスが無かったり、夕方になるのに灯りがついている家が少ないのは、そのためでしょう。
ガイドのいう沢山の犠牲者を出した大雨災害というは、1999年の末に起きたものでしょう。既に7年以上経過しているのに、土砂の片づけさえできていないこの状態は一体なんなのだろうと思いました。

ホテルからカラカス市内まで約40kmという距離ですが、道路事情が悪く片道2時間以上かかると言うのです。これだと夕食までに戻れないからと、カラカス市内観光は取りやめになりました。
空港から首都までというのは基幹道路であると同時に、物資を運搬する生活道路でもあるはずです。
こんな政策は長続きしないだろうと、その時に予想していましたが、最近のベネズエラの政治の混乱を見ると、やはりチャベス政権の負の遺産と思わずにはいられません。

ベネズエラの混乱に乗じて米ロ中の3か国が干渉をし始めていますが、ベネズエラの国民自身の手で一日も早く問題を解決できるよう願っています。

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2019/02/03

インフルエンザが世界大戦に与えた影響

いま日本でインフルエンザが流行しているが、今から100年前の1918-1919年にかけて「スペイン・インフルエンザ(スペインかぜ)」が猛威をふるった。スペイン・インフルエンザの大流行(パンデミック)による被害は甚大で、当時の世界総人口約20億人の3分の1が感染し、死者は2000-5000万人(中国とアフリカを加えると1億人という推計もある)に達した。
月刊誌「図書」2019年2月号の中で田代眞人氏が「大流行による惨劇から100年」という記事で詳細が書かれている。

大流行の第1波は1918年春にアメリカのカンザス州の新兵訓練所で発生し、折からの第一世界大戦でアメリカが参戦したため流行がヨーロッパへ、さらの世界各地に拡大した。前線で罹患した兵士が後方に移送されて戦力が低下し、後方の市民にも感染が拡がった。だが健康被害は軽く、第1波は8月には終息した。
ところが9月になってインフルエンザが再出現し、3か月間で欧州から全世界に拡がり、壊滅的な被害をおよぼした。患者の多くは20-30歳代の青壮年で、高熱、頭痛、呼吸困難、チアノーゼ、混迷、出血を呈して次々と死んでいった。
原因も予防法も不明で、医療体制は崩壊した。葬儀や埋葬も間に合わず、社会機能は崩壊してしまった。
世界大戦の最終局面で両陣営の戦力は激減し、それがドイツ降伏の一因ともいわれる。
第一次世界大戦による死者数は約1000万人だが、参戦各国のインフルエンザによる死者数はそれを遥かに上回った。重症患者はさらに膨大な数におよび、政府による報道管制にもかかわらず国民の戦意は低下し、厭戦気分が拡がった。
休戦協定が結ばれた1919年にも第3波の流行があったが、この時は被害規模は少なかった。

世界大戦終結にともなうパリ講和条約では、ドイツへの賠償要求をめぐってフランスと米国が対立した。ところが穏健派の米国ウィルソン大統領が会議中にインフルエンザで倒れた。一命は取りとめたウィルソン大統領だったが、精神神経症状を呈して思考・意欲が低下し、フランスによる強硬な講和条約に病床でサインしてしまった。
スペイン・インフルエンザの流行により、労働人口不足で戦後の経済復興が遅れ、膨大な賠償金でドイツ経済が破綻。世界はその後の大恐慌を克服できず不安定化し、これがファシズムの台頭と第二次世界大戦へと突き進んでいった要因となった。
日本でもスペイン・インフルエンザによる被害は甚大で、当時の人口5500万人のうち、45万人が死亡し、市民生活・社会機能に大きな影響をおよぼした。
しかし、軍国主義的な風潮の中で、国民の士気を低下させるような情報は意図的に隠され、その惨劇は忘れさられた。

その後、インフルエンザの原因がウィルスであることが突き止められ、当時にくらべ予防や治療法には格段の進歩があった。
しかし、スペイン・インフルエンザで第1波と第3波に被害が軽くて、第3波だけが甚大な被害を出した原因は未だに解明されていない。
今後、再び起こるかもしれないパンデミックに備えて、医療面での研究と行政、双方の対策を立てることが急務だ。

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2019/02/01

「今季の阪神」Aクラス入りの鍵を握るのは、藤浪の復活と4番の固定化

今日2月1日はプロ野球球団のキャンプインの日。野球ファンとしては胸が高まる時期を迎える。
私は阪神タイガースのファンだ。それも昨日今日ではなく小学生の頃からのファンだ。今でこそ東京にも阪神ファンが少なくないが、私が子どもの頃は極めて珍しい存在で、これだけで変人扱いされたものだ。しかも成績が悪く滅多に優勝しないものだから、よけいに肩身が狭かった。

ファン心理としては贔屓のチームには毎年でも優勝して欲しい。
しかし、自分のチームを冷静に見ることも必要だと思う。
昨季、阪神タイガースはセリーグの最下位に沈んだ。開幕前には優勝を口にするファンも少なくなかった。それは前年が2位だったから今年は優勝と期待したのだ。
だが、2位といっても広島カープと優勝を争っての2位ではなかった。それに中継ぎ投手陣の奇跡的ともいえる頑張りがあったからだ。奇跡はそう続かない。
私の予想はAクラスなら上々で、その条件としては藤浪投手の復活と、4番打者の固定化が出来ればというものだった。
その期待は両方とも裏切られた。藤浪は低迷したままで終わり、打者では糸井、福留の両ベテランは気をはいたが、ロサリオが不発だった。
中継ぎでは、マテオが17年の防御率2・75から18年同6・75へ。厳しい場面での登板が多かったが岩崎も17年防御率2・39から18年同4・94と数字を落とした。終盤、能見をセットアッパーに回してやりくりしたが、及ばなかった。17年チーム最多となる12勝の秋山も18年は5勝に終った。
これではAクラスどころか最下位に落ちるわけである。

さて、今季の阪神タイガースはどうだろうか。
昨年のドラフトでは即戦力が期待される選手はいるが、小粒感は免れない。
そうすると外部からの補強に頼らざるをえないが、投手陣ではオリックス西、中日ガルシアの両2桁勝利投手を獲得できたのは大きい。これで先発のやりくりが随分と楽になるだろう。
打者ではエンゼルスからジェフリー・マルテ内野手を獲得して中軸を打たせる構想だが、こればかりはシーズンが始まってみないと分からない。
ただ、これだけでAクラスだ優勝だと浮かれるわけにはいかない。
Aクラス入りの鍵は今季も藤浪の復活と4番打者の固定化が握っていることに変わりはない。
藤浪はチームの大黒柱になって貰わなくてはならない投手だ。他の投手が10勝するのと、藤浪が10勝するのでは持ってる意味が違う。藤浪の復活はチームを勢いづかせることに違いない。
貧打に泣いた昨季の状況から、やはりシーズンを通して4番が務まる打者の出現が待たれる。それも生え抜きの若手であればベストだ。大山、中谷、江越、陽川、高山らの中から、誰か弾ける選手が出てくることを期待したい。

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