【CD】「上方演芸 戦前黄金時代の名人たち」
演芸に限らず芸能はライブで観るのが一番だが、戦前から戦後にかけて活躍した人たちの芸は録音でしか接することができない。
「上方演芸 戦前黄金時代の名人たち」では、そうした芸人の全盛期の芸が聴ける貴重なCDだ。
ラインナップは以下の通り。
横山エンタツ・花菱アチャコ『早慶戦』 (映画「あきれた連中」より)
初代ミスワカナ・玉松一郎『金色夜叉』 (映画「お伊勢詣り」より)
林田十郎・芦乃家雁玉『運不運』 (実況録音 昭和30年6月4日放送)
松鶴家光晴・浮世亭夢若『お笑い勧進帳』 (実況録音 昭和34年1月1日放送)
東五九童・松葉蝶子『私はジャズ・シンガー』 (実況録音 録音日不詳)
浪花家市松・芳子『歳末歌の蔵ざらえ』 (実況録音 昭和30年5月28日放送)
初代桂春団治『いかけ屋』 (レコード、抜粋)
柳家金語楼『落語家の兵隊(靴磨き) 』(レコード)
初代柳家三亀松『新婚箱根の一夜 』(レコード)
上記の中でライブで観たことがあるのは初代柳家三亀松だけで、他はラジオで聴いた記憶があるだけだ。
上方芸人として柳家金語楼や三亀松の名前があるのは不思議に思うかも知れないが、二人とも戦前は吉本興業に所属していて大阪を拠点に活動していた。戦後は御存じの通り、二人とも東京が中心だった。
戦後、NHKラジオで、林田十郎・乃家雁玉の司会による「上方演芸会」という番組があり、上記のうちエンタツ・アチャコを除く漫才師たちはその番組で知っていた。但し、ミスワカナ・玉松一郎だけは初代のミスワカナが戦後の翌年に急死してしたしまったため、ラジオで聴いたのは2代目以後だ(2代目ワカナは後のミヤコ蝶々、4代目までいた)。
お笑いの世界は残酷で、時代が変わると全く通用しない場合も少なくない。反対に時代が移っても面白さが色あせない人もいる。
エンタツ・アチャコによる『早慶戦』 は今や伝説的となっているが、実はこの二人は人気が出てから早々にコンビ解消していて、映画以外の音源が残されていないとのこと。動きで見せる漫才だったようで、この貴重な音源からは面白さは伝わってこない。
ワカナ・一郎『金色夜叉』では、初代ワカナの甘ったるい歌声から彼女の歌唱や色気が伝わってくる。男女の漫才で女性優位というスタイルを初めて確立したという、これまた伝説的なコンビの魅力が、短い時間ながら片鱗を見せている。森光子はワカナの弟子だった。
十郎・雁玉『運不運』 、戦後の上方漫才の復興に寄与した大御所として知られるコンビだが、子どもの頃にラジオで聴いて時には面白さを感じなかったし、この録音でも面白さは伝わってこない。しかし戦前の古い万歳スタイルを現在の漫才に変えた功労者として地位は揺るぎないようだ。弟子に芦屋雁之助らがいる。
光晴・夢若『お笑い勧進帳』 は、いま聴いても十分に面白いというより、このコンビの芸の確かさに感心する。タイトルの通り歌舞伎の演目のパロディだが、長唄や科白がちゃんとサマになっている。さらに当時大人気だった2代目吉田奈良丸の浪曲の真似まで披露している。この二人の漫才が単なるしゃべくりだけではなく、芸の深さに裏打ちされていることが分かる。
五九童・蝶子『私はジャズ・シンガー』 、この夫婦漫才も当時人気が高かった。ちょいとモダンな感じで、五九童がよく流行歌を披露していた。蝶子が頭を叩くと、しばらくしてから突然に五九童が「痛いな、もう」というギャグが有名だった。
市松・芳子『歳末歌の蔵ざらえ』 も、いま聴いても面白さが伝わってくる。浪花節や演歌師の演歌、伊予節など、様々な音曲を採り入れた芸で楽しめる。会場の反応から察すると、舞台の仕草も楽しかったようだ。
初代春団治『いかけ屋』 と金語楼『落語家の兵隊』は、双方ともにこのレコードの音源だけでは面白さは分からなかった。
三亀松『新婚箱根の一夜 』、いま聴いても艶っぽさは十分に伝わってくる。この人の晩年、夫婦で高座を観たが、妻があまりの色気に身体が震えたと言っていた。それ程の芸人だった。発禁になったレコードが31枚だったいうレコード(記録)保持者だ。
寄席でしばしばトリを取っていたが、音曲の芸人では後にも先にもこの人ぐらいだろう。
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